第13話 リリシア帝国の港町トマリ
僕と師匠はセラ侯爵の納めるカムロの街を出た後、さらに西に進んでいる。何やら気配を感じるが無視して歩いていると師匠が言って来た。
「カムロの街を出た後からずっと私達を見ている者がいる。」
「はい。僕も気づいていました。でも、敵意はないようですよ。それに、神聖な気を感じます。」
「そうだな。だが、このままというわけにもいかん。」
僕達は立ち止まって、道をそれて森の中に入った。
「僕達に用事があるなら姿を見せてください。」
すると、水色の髪をした美女が目の前に現れた。
「私は水の大精霊ウンディーネ。一言お礼を言いたくてついてきました。」
「お礼ですか?」
「そう。あなたが毒に侵された湖を蘇らせてくれました。そのお礼です。」
「僕はシンです。」
「私はナツだ。」
「シンさん。ナツさん。ありがとうございました。ところで、シンさんからはドリアードの匂いがするのですが。」
「ああ、僕、ドリアードさんから宝珠をもらいましたから。」
「なるほど、納得しました。では、私もシンさんに宝珠を受け取ってほしいのですがいいですか?」
「はい。遠慮なくいただきます。」
僕は水の大精霊ウンディーネさんから宝珠をもらった。すると、ドリアードさんから頂いた時と同じように、宝珠が僕の体の中に吸い込まれていった。
「ありがとうございます。」
「何かあったら私を呼んでくださいね。これですぐに駆け付けることができますから。」
「はい。」
水の大精霊ウンディーネは姿を消した。
「シン。お前は大精霊達に好かれるようだな。」
「そうかもしれません。」
“ドリアードさんもウンディーネさんもさすがに大精霊だけあって奇麗だったけど、師匠が一番きれいなのはなぜなんだろう。”
僕が頭の中で考えたことなのに、何故か師匠はニコニコしていた。師匠には僕の考えていることが分かるんだろうか?
5日ほど歩いてきたところで風がジメジメしてきた。それに何か潮の匂いがする。
「師匠。海が近いかもしれません。」
「シンは海に来たことがあるのか?」
「前にいた世界で海に行ったことがあるんです。」
「そうなのかぁ。」
なんか師匠が寂しそうだ。
「どうしたんですか? 師匠。」
「いや。私もシンのいた世界に行ってみたいと思ってな。」
「確かにこの世界よりも便利ですけど、でも、僕はこの世界が好きです。」
そんな話をしていると、リリシア帝国の港町トマリの街の入り口が見えてきた。カムロの街と同じように、街に入るために長い行列ができている。僕達が並んで順番を待っていると、後ろから1台の豪華な馬車が来た。どうやら貴族のようだ。馬車は順番も待たずに悠然と中に入って行った。
「人族の世界では権力を持った人間が優先されるのだ。」
僕が不満に思っていることを察したように師匠が呟いた。
「別に急ぐ旅でもありませんから、僕は気にしませんよ。」
師匠は強がる僕の顔を見て笑っていた。やっと僕たちの順番が来た。僕達は身分証を見せて中に入ることが許可された。
「師匠。海を見に行きましょう。」
「ああ、いいぞ。」
僕は師匠とつないでいた手を放して海に向かって走った。
「おい、シン。急ぐな。転ぶぞ!」
「大丈夫です。」
いった矢先に僕は思いっきりこけた。こけた先には男の子がいた。
「痛ぇてて!」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫さ。」
男の子が心配して声をかけてくれた。
「お兄ちゃんは旅の人?」
「そうだよ。」
「なら、僕の家に泊まってよ。僕の家は宿屋なんだぁ。」
よく見ると、男の子以外に何人もの人達が宿屋を案内している。どうやらこの街は観光地らしい。僕が師匠の顔を見ると、師匠が笑顔で頷いている。
「じゃぁ、君の家に案内して。僕と師匠と2人でお願いするよ。」
「ありがとう。」
僕達は男の子の案内で宿屋に向かった。宿屋が並ぶ通りを少し奥に入ったところに男の子の家があった。他の宿屋に比べて少し小さい。
「ここだよ。」
その建物の看板には『絆亭』と書いてあった。中に入ると、母親と思われる女性が出てきた。
「ジョン。お客さんを連れてきてくれたのかい? 偉いね。」
優しそうなお母さんだ。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「はい。」
「1部屋でいいですかね?」
「はい。」
「1泊2食付きで一人銀貨5枚になります。何泊しますか?」
僕は師匠の顔を見た。
「5泊お願いできますか?」
「えっ?!」
師匠がいきなり5泊と言ったことに僕は驚いてしまった。そして部屋に案内されて僕達は部屋に行った。
「師匠。どうして5泊なんですか?」
「この宿屋はどう見ても盛ってないだろう? あの親子は必死で働いて生活しているんだ。2泊しかしなくても、おつりはいらないと言えばあの親子の足しになるだろう。」
「師匠は優しいんですね。」
ナツは自分でも感じていた。シンと出会ってシンと一緒に生活するようになって、自分が変わってきたと実感していた。何故かシンといると素直になれる。優しくなれるのだ。
僕と師匠が部屋で寛いでいると何やら下が騒々しい。僕と師匠が下に降りると、人相の悪い男達が3人で女将を攻めていた。
師匠が声をかけた。
「どうしたんだ?」
「こいつが貸した金を返さねぇんだよ。」
「いくらだ?」
「金貨5枚だ!」
「シン。」
「はい。師匠。」
僕は空間収納の鞄の中から金貨を5枚出して男に渡した。
「これでもう文句はないな。」
「ああ。」
男達はお金を受け取って立ち去った。
「お客さん申し訳ありません。借りたお金は必ずお返ししますから。」
「大丈夫だ。名乗っていなかったが、私はナツだ。こっちはシンだ。」
「私はタキです。こっちは息子のジョンです。」
「お金は返さなくてもいいから、明日ジョン君に街でも案内してもらおうかな。」
「それでは申し訳ありませんから。」
ここで僕は気になることがあった。
「タキさんに聞きたいんですけど、ジョン君のお父さんはどうしたんですか?」
「主人は漁師だったんですが、1か月ほど前に漁に出て行方不明なんです。多分遭難したんだろうと思って、私もジョンも諦めています。」
「そうだったんですかぁ。大変ですね。」
「でも、ジョンと2人で力を合わせて頑張りますから。」
僕と師匠は再び部屋に戻った。
「師匠。」
「シン。こればっかりは無理だ。遭難して死んだ人間を蘇らせることなどできん。」
僕は何故か釈然としない思いだった。ジョン君のこと考えると涙が出てきた。そんな僕を師匠は優しく胸の中に抱き寄せた。
「シン。お前は優しいな。」
「優しくなんかないですよ。僕には何もできませんから。」
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