第11話 リリシア帝国の街カムロ

 キャサリンさんと別れてちょうど5日目だ。すでに山の反対側まで来た。やっと奥深い森を抜けて草原の中を歩いている。



「師匠。まだですか?」


「もう少し行けば街だ。」



 確かに街は近いようだ。何本もある道が1か所に向かっている。僕達がのんびり歩いていると面前に高さ10mの城壁が見えてきた。城門には街に入るために大勢の人々が並んでいる。



「師匠。あの人達は何をしているんですか?」


「街に入るのに順番待ちしているんだよ。」




僕はフードを被って師匠と一緒に列に並んでいる。かなりの時間待っていたが、いよいよ僕達の番がきた。



「身分証を出せ!」


「持っていません。」


「ならば、こちらで借りの身分証を発行するから手数料で一人銀貨5枚だ。」


「お金もありません。」


「なら通すわけにはいかんな。」


「討伐した魔物をここでお渡ししますので、それでは駄目ですか?」


「仕方がない。ならこっちに来い。」



僕と師匠は門兵の後ろについて行った。



「ここに出してみろ!」



僕は空間収納の付与された鞄の中からホーンボア1体を出した。



「これなら金貨1枚の値が付くな。お釣りはないぞ!」



門兵は困ったような顔をしながら言った。



「いいえ。お釣りは結構です。」


「そうか。ならばこのまま行ってよし。」



門兵は嬉しそうにしながら僕達を街の中に入れてくれた。



「身分証がないと厄介だな。シン。冒険者ギルドに行くぞ!」


「はい。」


 

僕は師匠と冒険者ギルドに向かった。道に迷いながらもなんとか冒険者ギルドに着いた。すると、建物の中からお酒の臭いが外まで漂っている。中に入ると正面が受付で、その左側は酒場になっていた。昼間にもかかわらず男女の冒険者達がたむろっている。



僕達の姿を見て、受付の女性が声をかけてきた。



「何か御用ですか?」


「この街の名前を教えてくれるか?」



 受付の女性は不思議そうな顔をしている。



「ここはリリシア帝国の街カムロです。」


「そうか。冒険者登録をしたいが金がない。魔物の素材を売りたいがいいか?」


「はい。では、こちらにどうぞ。」



 僕と師匠は受付の女性の後ろについて行った。ギルドの裏だ。かなり広いスペースになっていて、解体場や倉庫もある。僕は空間収納の鞄の中からホーンベアを1体取り出した。



「これは大物ですね。あなたが倒したんですか?」



 受付の女性は師匠に聞いた。



「いいや。私ではない。この子が倒したんだ。」


「ええっ―――――! まだ子どもですよね?」


「はい。僕も冒険者登録します。」


「年齢制限があるのよ。君はいくつ?」


「10歳です。」


「良かったわね。10歳からなのよ。」


 

 受付の女性に連れられて受付カウンターまで戻ってきた。



「では、最初に魔物の報酬ですね。」



 渡されたのは金貨3枚だった。ただ、それがどの程度の価値なのかわからない。



「次に冒険者登録をしますね。このカードに名前を書いて、そこの石板に手を置いてください。」



 言われた通りにするとカードが少し光った。



「はい。これで登録終了ですよ。冒険者の説明はどうしますか?」


「今日は時間がない。またにするよ。」




 僕と師匠はギルドを後にした。



「師匠。説明を聞かなくてよかったんですか?」


「ああ、構わんさ。私もシンも別にランクを上げる必要はないからな。」


「そうですけど。」


「ただ、街の様子を知るにはギルドの掲示板が良さそうだな。あそこには解決して欲しい問題が張り付けてあるからな。」


「解決したらお金ももらえるんですか?」


「いくらかわからんが、報酬はもらえるだろうな。」


「なら、明日からギルドに行きましょう。」


「ああ。」



 僕はフードを被っているし、美人の師匠と一緒に居るせいか、以前のように僕が目立つことはなかった。



「今日はこれからどうしますか?」


「久しぶりに転移で家に帰ろうかな。家の状況も心配だしな。」


「はい!」



建物の陰から僕と師匠は元の家に戻った。出発して時間が経っているが、思ったより埃はなかった。それでも一応僕の『クリーン』の魔法で奇麗にしておいた。早速夕食の準備だ。水を汲みに行って畑に行ったが、畑には何もできていなかった。当たり前だが、留守の間に野生動物か魔物に全部食べられてしまったようだ。



「師匠。今日は野菜がありません。」


「エルフの里の果実があるだろう。それを出しておけ。」


「はい。」



 僕は空間収納からブドウとモモに似た果物を出しておいた。そして、料理ができるまで庭で素振りだ。しばらくすると、師匠の呼ぶ声が聞こえたので家に入り食事をした。食後の片づけは僕の役目だ。僕が片づけを終わらせると師匠がソファーに座って待っていた。



「師匠。今日から僕は一人でお風呂に入ります。」


「ダメだ。風呂場で転んでけがしたらどうする。」


「僕には自己再生の能力があるから大丈夫です。」


「背中とか一人で洗えないだろう。」


「大丈夫です。自分で洗います。」


「とにかくだめだ。早く来い。一緒に入るぞ!」


「わかりました。」



 僕は師匠には逆らえないようだ。師匠と一緒にお風呂に入って再び抱き枕になって寝た。




 その日の夜、僕は不思議な夢を見た。水色の髪をした女性が泥だらけになって泣いているのだ。僕が水魔法で奇麗にしようとしても、汚れが取れない。その女性のために何とかしようとしているうちに目が覚めた。




 “なんかすごくリアルな夢だったなぁ。あの女性は誰なんだろう?”




 僕と師匠は朝食を取り、リリシア帝国のカムロの街まで転移で戻った。2人で冒険者ギルドの掲示板を見てみると、領主からの依頼が出ていた。どうやら、ここ最近このカムロの街で体調を崩す人が続出しているらしい。その原因調査だ。報酬が破格だ。白金貨5枚となっている。ただし、領主の館まで面談をしに行かなければならない。僕と師匠は早速その依頼を受けるため、領主の館に向かった。



「君達がこの依頼を受けてくれるのかね?」


「はい。」



 領主から見れば、僕達は女冒険者と10歳の子どもだ。とても役に立つとは思えないだろう。



「ギルドで聞いているかもしれないが、もう10人以上の冒険者に依頼したが誰一人として森に行ったまま帰ってこないのだ。見たところ女性と子どものようだが、本当に大丈夫かね?」


「何なら試してみてもいいですよ。」



 すると、建物の陰からナイフが飛んできた。僕は咄嗟に師匠の前に移動して、指2本でそれを掴んで、投げた相手に投げ返した。



「ギョエ――――」



 建物の陰で転ぶ兵士がいた。



「どうやら腕は間違いないようだね。すまない。危険な仕事だけに試させてもらったのだ。」

  

「では、細かいことを聞きたい。」



 師匠が領主のセラ侯爵に聞いた。侯爵の説明からすると1週間前から腹痛や下痢、発熱で寝込む市民が出てきた。侯爵の娘と息子も熱を出して寝込んでいるらしい。原因はいまだに不明だ。



「侯爵殿。貴殿の御子息達を診察させていただけないか?」


「なんと?! そなたは医術の心得もあるのか?」


「多少だが。」


 

 僕と師匠は領主の子ども達が寝かされている部屋に案内された。息子は15歳ぐらいで娘は10歳ぐらいだ。ともに、熱を出してうなされている。意識はない。



 師匠が2人の服を上半身だけ脱がして手で触っていく。次に目の瞳や脈を確認していく。



「シン。ちょっと来い。」


「はい。師匠。」



 僕は師匠と一緒に部屋の外に出た。



「恐らくあれは毒だ。何者かがこの街の人々に毒を飲ませている。私の薬では無理だ。」


「では、どうしますか?」


「試してみたいことがある。今から私が言うとおりにしてみろ。」


「わかりました。」



 部屋に戻った僕達は、意識をなくして寝転んでいる子ども達の前に立った。そして、師匠が一歩下がって僕はフードを取った。僕は両手を広げて子ども達の身体の上に手を掲げて、魔力を高めていく。僕の赤い瞳が金色に変わっていく。



「リカバリー」



 僕の手から放たれた暖かい光が子ども達の身体を包み込んでいく。すると、子ども達の息が整い始め、兄の方から目を覚ました。そして、次に妹が目を覚ます。僕は妹と目があった。2人が回復したのを確認して、僕は魔法を解除した。



「奇跡だ!!」


「これは奇跡だ!!!」



 セラ侯爵は愛する子ども達を力強く抱きしめている。その目からは涙が零れていた。



「良かったです。お役に立てたようですね。」



 セラ侯爵は我を取り戻し、膝をつき僕の手を握って感謝の言葉を言ってきた。



「そなたの奇跡の力で子ども達は救われた。わしは何とお礼を言っていいか。ありがとう。子ども達を救ってくれて、本当にありがとう。」



 娘の方が僕の前に来た。



「私を助けてくれたのね。ありがとう。でも、あなた、私の裸を見たわよね。私と結婚してもらうからね。」


「えっ?!」


「女性が裸を見られたんだから、その責任を取るのは当たり前でしょ?」


「これ! ヤヨイ! 何を言っているんだ!」


「だって! お父様、この方、天使様よ! お父様だって天使様の子どもを持ったら鼻が高いでしょ!」


「ちょっと待ってください。僕は天使なんかじゃありませんから。師匠も何か言ってくださいよ。」


「お嬢さん。申し訳ないな。シンは私の弟子でな。決して“天使”などではない。それに、我々は修行の旅の途中でな。“お嬢さんの気持ち”にこたえられそうにない。」



 侯爵の娘は真っ赤な顔をして下を向いてしまった。



 暫く子ども達の様子を見てから、僕と師匠は領主の館を後にした。



「師匠。森に何かありそうですね。」


「ああ、そのようだ。」

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