第117話 ニューヨーク・ニューヨーク
※ 今回の話は東方編145話を先に読むべきだ、という指摘がありましたためここに記しておきます。
×××
第四戦4-6にて敗北。
第五戦3-5にて敗北。
ワールドシリーズで四連勝で決まるのは、さほど多くはない。
だが三連勝したチームがそこから四連敗というのは、少なくとも20世紀以降のワールドシリーズにおいては存在しない。
だから気を緩めてしまった、というのもあるのかもしれない。
あとは二つ負けても、ニューヨークで試合が行えると考えてしまった者もいるのかもしれない。
確かにどうせ優勝するなら、フランチャイズの都市で優勝したほうが、盛り上がるのは確かである。
だがそれでまさかの、史上初の三連勝からの四連敗などになってしまったら、笑うに笑えないし、泣くに泣けない。
オーナーは激怒するだろう。
だが負けた理由はだいたい分かっている。
この二試合は、大介が決定的な役割を果たせなかったのだ。
「外を意識しすぎた」
それ以前はちゃんと、内角の球も打っていたのに。
「外の難しい球を打てるようにすると、内の打てるはずの球が打てなくなるんだよな」
チームのバッティングピッチャーにとっては、高度すぎて分からない部類である。
ポストシーズンに入ってからワールドシリーズの第三戦までに、大介は24個のフォアボールで出塁していた。
そのうちの敬遠は八回。
ただしワールドシリーズに入ってからは、歩かされはしても申告敬遠はなかった。
つまり三試合かけて、大介の視線を外角に誘導したのである。
そこまでやっても内角をホームランにしていた大介だが、それが効果が出たのが四試合目から。
内角を引っ張ってホームランという、大介にとって一番多いパターンで、ヒットしか打てていない。
アストロノーツにとっても賭けだったろう。
それに一度歯車が狂っても、すぐに修正出来るかもしれない。
だが大介はニューヨークに戻ってくる前日に、嫁からの電話でそれに気づいたのである。
飛行機でヒューストンからニューヨークまで戻ってくるのは、それなりに時間がかかる。
ただMLBの移動用ジェットは最大限に体を休めることが出来るため、想像しているよりは楽かもしれない。
他の選手たちが英気を養う間に、大介はシティ・スタジアムの屋内練習場へと向かった。
そしてバッティングピッチャーを呼び出して、己のスイングの修正にかかる。
修正と言っても、原因は分かっている。
とにかく意識が外角に向かいすぎたのが原因だ。
明日は試合前なので、出来るだけ今日中に直しておきたい。
おそらく明日負けて星が五分になれば、勢いは向こうに行ってしまう。
三連勝の後に四連敗などというのはこれまでになかったことだが、それを言ってしまえば大介の存在がこれまではなかったものだ。
強すぎる力の代償に、起こらないはずのことが起こるかもしれない。
変な期待をされないように、明日でシーズンを終わらせておくべきだ。
ゾーンに来た球を確実に持っていく。
ボール球は振らず、塁に出てしまえばいい。
打てる球なら打ってしまうのは、一度きりだ。
そしてその一度で、試合を決める。
とりあえずゾーンの確認は済んだ。
スイングに関しても、おそらくこれで修正出来ている。
(でも来年以降も、これをやられるとまずいな)
ボール球を多く投げるので、対戦するピッチャーもあまりしたくはないだろう。
だが外角を無理やりに打たせてフォームを崩し、内角を攻める。
致命的ではないが、有効な戦術にはなる。
ある程度のバイオリズムの変化のように、打てる時期と打てない時期が、それなりに出てくるかもしれない。
もちろん無理に打とうとはせず、フォアボールをもっと選べば別だ。
なんだかんだ言って大介は、出塁率のシーズン記録は更新していない。
歩いて確実に出塁するより、点を取るために打っていくことを優先したのだ。
なので大介には選球眼がないと勘違いする者もいるが、要は確立の問題なのである。
大介が無理をしてでも打つか、次のバッターに任せるか。
基本的に大介は、自分で打ってしまうだけの能力と実績がある。
大介が戻ったのは、まだ病院であった。
ネット環境さえあれば、コンシェルジュまでいる病院というのは、金はかかるが生活するのに都合がいい。
もちろん一流ホテルのロイヤルスイートよりも、さらに高い金額はかかってくる。
だが大介が仕事をしないオフシーズンでも、ツインズは稼ぐことが出来る。
虚業によって生まれた金が、資産運用の魔術で増えていく。
大介がいなくても、この二人ならばどうにでもなったのだ。
だがこの二人が、大介を選んだ。
それを理解も許容も出来ない人間が、三人を責めた。
バタフライエフェクトではないが、そういったことがなければイリヤはまだ生きていただろうか。
あるいは椿がいなかったことによって、子供の命まで失われてしまっていたか。
「どうよ」
病室でスイングをして、大介は感想を求める。
「OK」
「トップの位置が動いてなかったね」
わずかなスイングの違いも、二人の目には明らかなのだ。
あと一度勝てば終わる。
二度負けても終わるが、負けるつもりはない。
二年目のオプションを、間違いなく球団は行使するだろう。
1800万ドルの一年契約だ。
あるいはこのオフに、契約を一度破棄してもっと大型の契約を出してくるか。
FAになった選手に関して、MLBは長期の大型契約をしてくる傾向がある。
だが大介としては、あまり長期契約は結びたくない。
もちろんオプトアウトという、選手がさらなる上の成績を出したため、それを破棄できるという条件を入れることもある。
だが大介は緊張感を保つために、短い契約を好むのだ。
NPB時代にFA権を取得できるようになった時、複数年契約を結んでいなかったのは幸いであった。
もしも複数年で35歳ぐらいまで日本にいれば、さすがにMLBに来ようなどとは思わなかったのではないか。
未来は、色々な可能性があふれていた。
その中から選択して、大介は今ここにいる。
ワールドシリーズ第六戦。
メトロズの先発は、第二戦でも先発したスタントン。
あの一点差で勝利した試合は、リリーフのバニングに勝ち星がついている。
ここまで二勝したピッチャーがいないので、おそらく優勝すれば、大介がMVPとなるだろう。
フォアボールで逃げられまくっているが、それでも12打数6安打。
ホームラン三本に四打点。
だが大きいのはむしろ、フォアボールで塁に出てから、ホームベースに帰ってきている数の多さだ。
ここまでメトロズは26得点。
その中で大介がホームを踏んだのは、11回となっている。
打順は二番とまた変わり、一回の裏の攻撃。
アストロノーツは先取点もなく、逃げようのない状態で大介と当たることになる。
歩かせてしまったら、おそらく盗塁を決めてくる。
盗塁をしないまでも、ピッチャーのピッチングの幅を狭めてくる。
それだけに、どうにか打ち取りたい。
初球の外角のボール球に、反応してバットが動いた。
昨日までの試合で、外を打たせて内を窮屈にさせていた戦略。
一人のバッターに対して、ここまでのことをしなければいけなかった。
それだけ優れたバッターということである。
内角のぎりぎりを突いていく。
日本のストライクゾーンと、アメリカのストライクゾーンの差を感じているこの一年目。
今年はここを攻めて、なんとかこれ以上のホームランは防ぐ。
そう思っていた、二球目のボール球となるストレート。
バットの根元近くで打って、これは切れていくボールだと、誰もが思った。
だが大介は手首を柔らかく使って、バットをゆっくりと出していた。
打球はそのままライト方向に、切れていく回転もなく届いてしまう。
「よし」
ポストシーズン10本目の大介のホームランで、メトロズは先制した。
外角にばかり投げて、目をそちらに向けさせる。
申告敬遠ではなく、下手をすれば打たれる危険も考慮した上で、大介とは外角で勝負した。
そして実際に、明らかなボール球でも打たれてしまったりした。
しかしそこまでやった結果、内角で詰まらせることに成功した。
四戦目と五戦目では、これまでと同じく外角のボールを多く見せながら、内角のボールで打たせて取ることが出来ている。
それでこの六戦目も、封じられるはずだった。
だが結果はホームラン。
単純に一点を取られたというだけではない。
ここまでで築いてきた、打ち取れるはずの内角のコースが消えた。
気づいて修正したとしても、いきなりホームランに出来るものなのか。
それに最初のボールは、外角に反応していた。
意識自体が外に向かっていたはずなのに。
大介はそのあたり、全てを計算していた。
当ててくるぐらいのボールであっても、バットで弾き返すことが出来る。
内角ぎりぎりならば、バットの振出を遅くすれば、根元で打ってスタンドにまで運べる。
どういう技術なんだ、と打たれたピッチャーでさえ呆れていただろう。
とりあえずこれで、メトロズは先制したのであった。
大介を封じることが、メトロズの得点力を落とすことだとは分かっていた。
封じるにしても、単に歩かせるだけでは駄目だ。
大介はポストシーズン、この試合までに21打点。
そして得点に関しては、32点となっている。
ホームランの打てるスーパースラッガーであるのと同時に、塁に出たらどんどん前を狙ってくるリードオフマン。
二塁にランナーがいて一塁が空いているなら、間違いなく敬遠が正解だ。
だがランナーがなかった場合は、塁に出してしまうとやかましい。
だからといって下手に勝負をすると、ホームランを打たれてしまう。
笑えることにこのポストシーズン、大介は単打、二塁打、三塁打を足した数よりも、ホームランの数の方が多い。
どれだけクラッチでホームランを打っているのか、と呆れた気分になる。
だが大介はポストシーズンに入ってからの方が、成績は良かったのは日本時代も同じ。
そのあたりの情報収集をしていないのか、していても無視していたのか。
分かった上でちゃんと外角攻めをして、内角勝負としたのか。
メトロズは大介のホームランの後も、打線が勢いづいていた。
この年、日本では貧打の日本シリーズとなっていたのだが、それに慣れた人間がこの試合を見れば、やはり野球は点の取り合いだな、とスカッとしたかもしれない。
アストロノーツは二回以降、スタントンからしっかりと点を取っていく。
だが大介と二回目の勝負をしたのは、完全な失敗だったろう。
またも内角。
インハイのボールを打ったが、大介にしてはミスショット。
ボールが上がりきらず、ライトフェンスを直撃。
しかし一塁ランナーのカーペンターは、ホームにまで到達することに成功。
大介の内角を崩したのが、完全に修復されているのに気づいたのだった。
大介を歩かせてしまうと、止められないということが分かった。
さすがに野手の正面への打球で凡退があったが、この日は四打数で二安打。
打点は二点で、ホームを三度踏んだ。
この時までにメトロズ打線が作ったリードを、先発のスタントンは守ってリリーフ陣へつなぎ、そのリリーフ陣は得点を許さない。
最終回、九回の表。
三点の差があって、メトロズはクローザーランドルフを投入。
だがここでノーアウトから、一二塁とヒットとフォアボールが続く。
ワールドシリーズでクローザーとして安定していたランドルフだが、それでもこの場面では緊張するのか。
さくっとスリーアウトにして、またシャンパンを浴びようではないか。
だがこれが今年最後の登板で、チャンピオンリングがかかっているとなると、どうしてもプレッシャーはかかる。
ホームランを浴びたら同点なのだ。
まだこちらの裏の攻撃はあるが、トレードデッドラインでいせきしてからこっち、ランドルフは点は取られても追いつかれたことはない。
なのでこの状況が、逆に重いプレッシャーとなってしまう。
(しゃあねえな)
優勝ということには慣れている大介としては、こちらに打たせてくれればいい。
一二塁ならばショートへの打球で、ダブルプレイにはしてみせる。
そう思っていたところへ、打球が大介の上に飛んだ。
レフト前に抜けるかどうか、微妙な当たりの打球。
大介はそれを追いかける。
レフトも前進してくるが、ここは大介の方が追いつく。
ジャンピングキャッチした大介は、セカンドのランナーが大きく飛び出しているのを視界に捉えた。
着地した軸足から、体を弓なりに反らせてセカンドへ。
ランナーは戻れずにフォースアウトのダブルプレイ。
さすがに一塁ランナーは、戻っていたのでトリプルプレイはなかったが。
これで試合は決まった。
ランドルフが最後にはショートゴロを打たせて、大介は奇跡などを起こさせずにこれを処理。
ファーストがキャッチして、スリーアウト。
7-4にてメトロズは勝利して、ワールドチャンピオンを決めたのであった。
ニューヨークから夜が消えた。
普段のワールドシリーズ優勝では、さすがにこんなことはない。
だが夜だからこそと言えるのか、喧騒はシティスタジアムの周辺から広がっていく。
ニューヨークの人気のない方、などと呼ばれながらも今年のメトロズは、大きな記録がいくつも達成された。
そしてクラブハウスでは、シャンパンファイトが繰り広げられる。
FMやGMもやってきて、選手たち一人一人と握手していく。
そして最後にはオーナーのコールまでもがやってきて、選手たちに声をかけたのだった。
「ああ、諸君に知らせておかなければいけないことがある」
コールのこの宣言には、FMやGMまでもが不思議な顔をした。
「あと一戦、エキシビションマッチをしてもらいたい。もちろんボーナスとして一人あたり10万ドルを特別に払うし、勝ったら100万ドルを渡そう」
メジャーリーガーは巨額の年俸をもらっていて、一年で1000万ドル稼ぐ選手も少なくはない。
ただそれでも一試合で100万ドルというのは、かなり思い切った出費であった。
そんなに金を出して、ペイするのだろうか。
そもそもここから数日は間隔を入れないと、選手は疲れが取れない。
そしてそろそろニューヨークは、寒い風が吹いているのだ。
フロリダあたりで全米大学選抜とでも対戦するのかな、というのがおおよその思考であった。
ただその一試合のために、そこまでの大金をオーナーが出すのは不思議であったが。
コールとしてもそのあたりは分かっている。
「場所はハワイだ。家族の同行も許可する。数日の休みを入れてから一試合行い、その後は観光なり休養なり、好きにしてくれたらいい」
FMのディバッツは首を傾げてコールに問いかける。
ワールドシリーズを戦ってきた選手は、それなりに消耗している。
特にピッチャーなどは、それが顕著であろう。
「対戦相手はどこなのですか? 選手はこのワールドシリーズを照準に入れて、コンディションを上げてきたわけですし」
「まあ疲れている選手はそのまま試合には出ずにハワイを楽しんでくれてもいい。しょせんはエキシビジョンマッチだからな」
コールはこのことの意味を、深く考えていない。
「対戦相手は今年の日本のチャンピオンチームだ。たった一試合だけだから、負けてもそれは仕方がないさ」
いや、それは違う。
他の者は理解していない。
ただ大介だけが、理解している。
「一試合だけなんですか」
大介の言葉に、コールは鷹揚に頷く。
やはり分かっていないな、と大介はようやく、彼女の計画に気づいた。
「この試合を持ってきたのは、金髪の女性じゃないんですか?」
「そうだ。君もよく知っているはずだが」
頭が痛くなるのは、シャンパンに酔ったからではないだろう。
それが、セイバーの狙いだったのか。
いくら大介がこちらの試合に集中していると言っても、日本ではレックスが優勝したことぐらいは知っている。
それに日程のことを考えれば、レックスは充分に休養を取っているはずだ。
エキシビションマッチ。ならば負けることもあるだろう。
ワールドシリーズに全てを出し切った残りかす。それが今のメトロズなのだと言い訳が立つ。
「はめられたな」
そこだけは日本語で言ったので、コールは理解できなかったが。
これがまだしも、三試合をするのであれば良かった。
五試合であっても、まだ良かった。
だがたったの一試合であるならば、確実に直史が投げてくる。
おそらくは、たったの一人で。
球数の制限もなく、全力でもって。
状況を理解している者は、本当に少ない。
だが大介に、そしてツインズあたりは、しっかりと分かることだろう。
他のチームではなく、オーナー一人のわがままが、ある程度通るチーム。
そして大介が加われば、ワールドチャンピオンになってもおかしくないチーム。
それがメトロズだったのだ。
「俺たちの戦いはこれからかよ」
苦笑する大介の笑みは、やがて不敵なものへと変わっていく。
公式戦でも国際大会でもない。
だが一番分かりやすい対決が、二人を待っていた。
三章 了 四章へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます