第115話 ワールドシリーズ

 ピッチャーとバッターの対決は、初対決はピッチャーが有利。

 おおよそこれは統計的には事実である。

 大介も認めないわけではない事実だが、それでも初対決のピッチャーの方が、大介にとっては打ちやすい。

 なぜなら勝負にきてくれるからだ。


 MLBのピッチャーたちも、最初が一番大介を舐めていた。

 だからこそ月産22本という新記録、八試合連続というタイ記録を作り出せた。

 バッターは勝負をされない限り、どうしてもバッティング成績は残せない。

 足を使うのはあくまでも、勝負の機会を作るため。

 そしてピッチャーはバッターの特徴を探るために、どうしても実際に勝負をしたくなるのだ。


 ワールドシリーズ。

 MLBにおける、遊びじゃない本気のお祭り騒ぎ。

 ヒューストンからの対戦相手を迎え、まずはこちらで二戦する。

 それからヒューストンへ行って三戦、まだ決着がついていなければニューヨークに戻って二戦。

 このあたりは日本シリーズと同じような感覚である。


 大介が気になっているのは、ポストシーズンに入ってからの点差だ。

 カジュアルズとの試合では一試合、トローリーズとの試合では四試合が、一点差で決着している。

 そして終盤での逆転勝ちよりも、逃げ切り勝ちが多い。

 ピッチャーの継投、あるいは逆に長く引っ張るのが、レギュラーシーズンに比べて顕著なのだ。


 ピッチャーの価値は短期決戦の方が高い。

 つくづく色々な数字で、この言葉の意味が示される。

 大介はヒューストンのピッチャーとは、全て初対決となる。

 トレードデッドラインには、ピッチャーのトレード補強をしたのだが、それも対決したことのないピッチャーだ。

 よって映像をとにかく見て、その特徴をつかもうとする。

 

 同じピッチャーであっても、日によって調子は異なる。

 だが基本となる部分さえちゃんと押さえておけば、それほど変わることはない。

 データはあっても対戦するのは初めてというのは、甲子園でも当たり前だったことだ。

 MLBの場合は事前データの収集と分析が凄いため、その意味では対応は楽だ。

 もちろん対戦するピッチャーの基本的なレベルが、圧倒的に違うことは確かだ。

 だがこう言ったらなんだが、今のMLBのピッチャーは画一的なピッチャーが多い。

 アンダースローや変則派が、NPBよりも少なくなっているのではないか。

 少なくとも対戦してきた中には、印象的なアンダースローはいない。

 サイドスローはそこそこいたのだが。




 何度となくモニターで試合を見て、そして膝に登ってくる昇馬を振り回して遊んでみたりした。

 キャッキャと喜んでいるが、この子はなんだかそもそも生まれたときから大きかったというのもあるが、身体的な発育が平均よりもかなり早い。

 病室の中にはあちこちに、九九や平仮名の50音表などが貼ってあり、大介にも分からない数式が書いてあったりする。

 別にスパルタで教育をしているわけではないが、他には恐竜の絵の拡大コピーもあちこちに貼ってある。


 親の経済資本と文化資本は、子供の教育を大きく左右する。

 反面教師という言葉もあるが、だいたい子供は親のすることを真似するものだ。

 こういうことに手が出せない椿は、もどかしい思いをしている。

 防音をいいことに桜は、ある程度回復するようになってからは、トランペットやギターを弾いて聞かせたりしている。

 芸術的な素養を身に付けさせるというような意図ではなく、単純に子供の将来の選択肢を広げようという意思だ。


 ワールドシリーズの決戦を前にしても、大介が臆することなどはない。

 プロスポーツの世界で、野球の頂点の技術を競う場だとは思っている。

 だがその舞台に立とうという執念に関しては、甲子園の方がはるかに上だったと思う。

 今考えても、日本の甲子園はおかしい。

 おかげで大介は全くプレシャーを感じないが、その陰でどれだけの高校球児が潰れていったか、想像するだに恐ろしいものである。

 どうせそこで潰れるようならプロでは通用しないのかもしれないが、高校球児にプロで通用するメンタルを求める甲子園は恐ろしい場所である。

 

 愛する息子に邪魔をされつつ、ウルトラマンごっこなどをさせて遊び、だいたい大介はインプットした。

 ワールドシリーズと言っても、甲子園で試合をするのとは違う。

 正直に言うと甲子園の方が古臭さはあるのだが、逆にそれが伝統というか、雑多な圧力をかけてくる。

 ツインズに対してはオーナーが好意で、オーナー席の一角に招いてくれた。

 これは例外と言うか、ワンマンオーナーでないと出来ないことだろうが、それでもありがたいものだ。

 ただその席に、なぜここにという人物がいた。

「セイバーさん?」

「久しぶりね」

 日本からいつこちらに来たのか。

 日本シリーズが終わってからだから、つい最近到着したばかりだろうし、自分たちに連絡がなくても不思議でもない。


 大介はおろか直史でさえ、おそらくセイバーのことが過小評価している。

 なぜならば、絶対的に肉体の脆弱な女であるから。

 精神性は危険視しているのは、直史やジンなどは間違いなかった。

 ただ大介や武史などは、物好きなお姉さんなどという捉え方をしている。

 女に甘いのは、男の性なのかもしれない。


 単純に大介の応援とは考えにくい。

 もちろんそれもあるだろうが、ついでに何か自分に利益のあることをするのが彼女だ。

 そもそも大介をメトロズにと言い出したのも彼女だ。

 自分たちの要望もあったわけだが。


 セイバーは個人として多くの有力者とつながっている。

 MLBのチームも多くは、集団が経営権を持っていたりするのも珍しくはない。

 だがメトロズもそうだが、あとはアナハイムも珍しい個人が95%以上の権利を持つほぼ独裁のオーナーだ。

 デッドソックスから始まった彼女のキャリアは、東海岸と西海岸だけではなく、多くのチームに少しずつ影響力を持っている。

「オーナー、例の約束、お忘れなく」

「分かっているとも。ワールドチャンピオンになれるなら、多少の追加は我慢できる」

 何かの商売だろうか、とツインズは少し勘を働かせる。

 だがにっこりと笑顔を向けたセイバーから、少なくとも悪意は感じられなかった。

 彼女は悪意なく、経済原則で動くのであるが。




 ワールドシリーズの開幕。

 相互の戦力を換算すると、投手力ではヒューストン・アストロノーツがやや上。

 ストーブリーグの間にピッチャーをそろえて、強い先発陣を作っていたのだ。

 勝ちパターンに持ち込めば、ほぼ勝てるセットアッパー以降のリリーフ陣もいる。

 だが打線に関しては、それほどの脅威度は感じない。


 ただ、大介の感覚としては、スタジアムの応援席の雰囲気がいつもと違う。

 確かにメトロズは開幕からすぐに、満員御礼の試合が多くなっていった。

 スター選手の登場というのは、それだけのインパクトがある。

 だがこのポストシーズン、普段にも増して普段は野球を見ないような人間が、わざわざスタジアムにやってきている気がする。


 ニューヨークはそもそもラッキーズが古くから存在し、今では北米各所に移動したチームも、ニューヨークを最初の拠点としていたりする。

 メトロズは確かにニューヨークで二つ目の球団だが、その創設は100年以上の歴史を誇るMLBの中では、そこそこ新しい部類に入るのだ。

 その熱狂的なファンというのは、本来ならばそれほど多くはない。

 だがこれが三度目のワールドシリーズ優勝の機会。

 30チームもあるMLBにおいては、確かに球団の格差は大きいが、やはりワールドチャンピオンとなるのは難しい。

 そのワールドチャンピオンになる光景を、見たいと考えている者が多いのだ。


 ファンをより球場に呼び込むのではなく、新しいファンを作ってしまう。

 今年のメトロズと言うか大介は、そんな存在であった。

 スポーツの変革期には、特別な選手が生まれる。

 まだ一年目ではあるが、大介にはその胎動が感じられるのだ。




 ついに試合が始まる。

 メトロズの先発ウィッツは、ベテランのサイドサウスポー。

 33歳の彼は球速こそそれほどではないが、安定した数字を残している。

 故障はあったがそれでもなくなてはならないピッチャー。

 一回の表からランナーは一人出したものの、得点には結びつかないようにピッチングを組み立てている。


 この試合のメトロズの打順は、一番がショートの大介。

 二戦目以降はともかく、まず第一戦は最強のバッターを一番多く回ってくる打順に置いたのであった。

 アストロノーツのピッチャーは、ベテランのスノーマン。

 エースの矜持にかけてか、マウンドから大介を見つめる視線は鋭い。

(これは初球から投げてくるかな)

 アウトローか、あるいはインハイか。

 化け物じみたバッターだとデータでは分かっていても、実際に対戦してどうなるか。

 少なくともまだ、この日最初のバッターに投げる球なのだ。


 大介は呼吸を整える。

(インハイはないかな)

 おそらくアウトローを少し外したあたりで、自分の調子を見るのではないか。

 そして大介としても、少し外れる程度であれば、そのボールは打ってしまうことが出来る。


 初球。

 アウトローの、MLBの外に広いストライクゾーンから、さらにボール一個外れたところ。

 素晴らしいコマンドの能力であるが、大介はそれを狙っていた。

 ボール球でも、狙っていたならばホームランにしてしまえる。

 ライナー性の打球は、ポールに当たって跳ね返り、グラウンドに戻ってきた。

「よし」

 ワールドシリーズの初打席の初球で、ホームランを打ってしまう大介であった。




 先制パンチをくらわせれば、それだけ試合は楽になる。

 いきなり初球を打たれたスノーマンは、ベテランではあるがそこから立て直すのは難しい。

 初回に三失点し、どうにかチェンジ。

 一気にメトロズは試合展開が楽になってしまった。


 殴り合いの方が、メトロズは強いのだ。

 そして第二打席も、大介相手に勝負をしてきた。

 恐れ知らずと言うよりは、この試合を捨ててでも、大介の力量を見定めるつもりなのだろう。

 だが、忘れられているのだろうか。

 大介は第一打席にホームランを打ったことで、ポストシーズンのシーズンホームラン記録に並んだのだ。

 ここでもう一本打てば記録を更新し、さらに打点でも並ぶことになる。


 そんな記録は、本当にどうでもいいらしい。

 スノーマンはちゃんと組み立てた配球で、フルカウントまで追い込む。

 そこからカットボールを、膝元に投げてきた。


 見送ったらボールかもしれない。

 とても強振は出来ない。

 そう思えたボールであったが、大介の体が沈んだ。

 そして浮き上がるように、ボールを引っ張る。

 ライト方向への、今度は上段にまで達する飛距離のホームラン。

 ポストシーズン九本目のホームランであった。


 試合の流れは、これで決定的になったと言っていい。

 その後の大介は二度ほど歩かされたが、おかげでまたホームを踏むことが出来た。

 試合全体でも8-5とメトロズの勝利。

 先発のウィッツは六回までを投げて、勝利投手になることが出来た。


 メトロズのフランチャイズなので、観客席は大喜び。

 ヒーローインタビューでは大介の記録更新と、記録に並んだことが言及された。

 少なくとも残り三試合はある試合で、一点でも打点を上げたらそれで新記録。

 もっとももう、ニューヨークの住民は、大介が記録を残すことに慣れ始めている。




 オーナー席でそれを見ていたツインズは、ハイタッチをして喜んでいた。

 またオーナーのコールも、年甲斐もなくガッツポーズを何回も決めていた。

 大介がホームランを二本打ったときは、血圧が上がって倒れるか、興奮のあまり嬉ションするかと、ちょっと心配していたセイバーだったのだが。


 セイバーとすれば、ちゃんと勝負してくれるのなら、この結果は不思議ではなかった。

 あとはMLBに影響力を持つ人間に、大介との勝負を避けるのは恥ずかしい、という風潮をさらに高めていかないといけない。

 本当ならもっと簡単なものであったのに、イリヤが失われてしまった。

 セイバーの理解の範囲外にある彼女には、正直怖いところもあったのだが、それでも協力はし合える関係だったのだ。


 ただ、これで舞台は整っている。

 大介と勝負をさせる。

 これがメトロズが勝利するための、一番のポイントだ。

 そしてそのためには、フィールドの中だけの勝負では足りない。

 世論をそう作っていって、勝負をさせないといけない。

 ポストシーズンで既にここまで、19個ものフォアボールや申告敬遠で歩かされているのが大介なのだから。


 ア・リーグのチャンピオンとして、アストロノーツには頑張ってもらわないといけない。

 過去にはひどいこともやったアストロノーツだ。当時の人間から人事は一新されたとはいえ、正々堂々と戦って、そして負けてもらおう。

(でも本当に、彼に勝てるのよね)

 上杉はともかく、直史が大介に勝っているのは、素人目に見ても不思議なことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る