第114話 玉座への道

 第四戦、メトロズの先発はシーズン中に一時離脱していたウィッツ。

 この試合で大介は、完全なアウトローのボール球をレフトスタンドに運ぶという離れ業を見せた。

 広いトロールスタジアムなのだが、これでちゃんとポール際にぶち込む。

 本当ならアウェイでブーイングが起こってもおかしくないのだが、それまでに三度も歩かせていたためもあってか、観客は大歓声を上げた。

 やはりMLBではホームランが華である。


 リーグチャンピオンシップシリーズだけではなく、その前のディビジョンシリーズから、全て大介は一度以上フォアボールか敬遠で歩かされている。

 そしていい加減にバッテリーも注意しているだろうに、平気で盗塁を決めてくる。

 ホームランバッターだけでは野球は出来ない。それを体現している。

 そもそも一人のプレイヤーが、二人分の役割を務められるとなると、その選手としての価値は二人分なのか。

 どちらかを選ばなければいけない場面で、どちらも選べるということは、とても有利な点だ。

 

 単純に一人一人の成績を積み上げていくのではなく、作戦を両方取れる。

 打力と機動力は、足すのではなく掛け合わすのだ。

 打率、長打、走力、守備力、肩力、出塁。

 これらのどれかに特化していれば、スタメンではなくともプロで食ってはいける。

 だがこれらの全てに秀でていれば、どんな状況からでも勝利に貢献できる。


 カジュアルズとの対決で、大介は六打点を上げた。

 だが自らがホームを踏んだ得点は、八点となる。

 第五戦は地元の意地で、エースフィッシャーが投げたこともあり、トローリーズが勝利。

 ワールドシリーズ進出が決まるかと思って駆けつけていたオーナーとGMはがっくりときていた。


 ポストシーズンに限っても、大介はここまで13打点。

 そしてホームを踏んだのが19点。

 そもそも得点のMLB記録を、今年は大幅に更新したのだ。

 打点も史上初の200点台となったが、得点は241点。

 打たれたくないからと塁に出せば、それだけさらにホームを踏んでくる。

 ぶつけようとしたら正当に報復してくるし、勝負したら普通に打たれる。

 もうどうしようもない。せめてランナーがいない状況では勝負していこうと思うが、ランナーがいると外れたボール球にも、バットを伸ばしていく。


 得点することへの執念が凄い。

 自分が打てば勝てる、という意識があるのだろうか。

 もしも歩かせる球を全部振らなければ、打率はさらに上がるのではないか。

 もっと高い出塁率をと望むかもしれないが、現時点でそれは六割に近い。

 これ以上打撃を捨てろというのは、さすがに不憫と言えるものか。




 3-2で王手をかけた状態で、チームはニューヨークに戻ってきた。

 どうせリーグチャンピオンになるなら、フランチャイズでなった方が、ファンの喜びも大きいだろう。

 一日休んで、そして翌日が試合。

 この六戦目で決められないと、後が苦しくなる。

 ピッチャーが休むという意味だけではなく、ワールドシリーズの開幕も、誰を投げさせるかが問題となる。


 日程的にモーニングが投げるとなると、中四日。

 不可能ではないだろうが、ポストシーズンのモーニングは各種指標の数字が悪くなっている。

 レギュラーシーズンで強いピッチャーと、ポストシーズンで強いピッチャーは違う。

 モーニングの場合はどちらかというと、レギュラーシーズンの方が安定している。


 ポストシーズンの短期決戦は、やはり安定しているだけでは勝てないのだ。

 大介はライガース時代、大原の評価がペナントレース中とポストシーズンでは、かなり異なることを感じていた。

 上杉や武史、直史といった怪物たちと同時代であったせいで、タイトルは新人王ぐらいしか取っていない真田。

 対して大原はかなり運が偏ったが、最高勝率のタイトルを取っていた。

 しかし短期決戦では真田や山田、あとは若手の阿部などに期待はかかり、大原は上杉や直史に当てられて、最初から勝利を期待されていないような使い方をされていた。


 モーニングもその系統か。

 確かにポストシーズンでは、スレンダーやフィッシャーなど、サイ・ヤング賞候補のピッチャーに当てられている。

 それでも上手く打線が援護できれば、勝利をつかめる。

 モーニングはそういう扱いのピッチャーなのだ。


「それでもイニングを食べるピッチャーは重要だね」

 病院では桜が手早く赤ん坊の世話をしながら、そんなことを話している。

 椿は片手だけで、パソコンをいじっている。

「それは分かるけど、20勝2敗でタイトルを取れないもんなんだなあ」

 大原は25先発し、12勝12敗だった年がある。

 しかしそれでも年俸は上がっていた。


 エースが確実に勝ち星を稼ぐ中、その他の試合を五分で終わらせるピッチャーは貴重なのだ。

 それに大原には完投力があった。

 勝っている試合では終盤にリリーフを投入するが、分からない試合では最後まで投げさせる。

 リリーフ陣を休ませる先発ピッチャーなど、貴重であるに決まっている。

 これは一歩間違えば、星のような扱いになっていた。

 もっとも大原は星と違って、すぐに肩が出来るタイプではないので、同じ運用は出来ないだろうが。


「すると、今日で終わらせたいなあ」

 ア・リーグの優勝チームも決まっていないが、試合が多くなればなるほど、ピッチャーは消耗してしまう。

 短期決戦にすればするほど、ピッチャーは楽になるのだ。

 逆にバッターはピッチャーを、どれだけ援護するかが重要になる。

 レギュラーシーズンはとにかく試合を崩さず、バッターの得点を待っていたピッチャー。

 イニングを抑えればそれで完了であったが、ポストシーズンでは一試合の価値が違うため、少し無理をしてでも抑えにいかないといけない。


 ランドルフがクローザーとして、とても重要なのが分かる。

 ただやはりそれを考えれば、レギュラーシーズンからやっておけば良かったのではないか。

 それともここまで追い込んだからこそ、クローザーとして力を発揮できているのか。

「ほんじゃまあ、行ってくらあ」

 そしてまた、病室からスタジアムに出勤する大介であった。




 今日で決まる気がする。

 それは甲子園からNPBと、優勝に関わる試合に多く出場してきた、大介の嗅覚によるものだった。

 もちろんホームフィールドのアドバンテージというものもある。

(いや違うな。今日で決めないといけないんだ)

 ポストシーズンを戦って分かったことがある。

 メトロズの投手陣というのは、実はそれほど確実性がない。


 レギュラーシーズン中は、圧倒的に打撃で援護してきたので気づかなかった。

 モーニングが20勝2敗、スタントンが18勝5敗と大きく勝ち越していたため、充分な投手力と思っていたのだ。

 だがポストシーズンで対するピッチャーが全開で投げてくるのと比べると、どうしても先発が強いとは思えない。

 むしろ11勝5敗のオットーの方が、あとは途中離脱していたウィッツの方が、安定感はある。

 このあたりのピッチャーをしっかりと休ませてワールドシリーズで使うためにも、もう今日の試合で勝っておきたい。


 メトロズのホームシティ・スタジアムは大満員。

 特別に立ち見のチケットを作ったのだとか。

 同じニューヨークでもラッキーズに比べればその人気はやや抑え目。

 しかしながら今年は、大量の完売御礼の結果が出たという。


 やはり大介がホームランを打ちまくったからだ。

 スタジアムに来ればいつでも出場していて、そしてホームランを打ってくれる。

 塁に出れば盗塁して、味方のチャンスを増やしてくれる。

 今年大介は146試合に出場して、そのうちの126試合ではホームランか盗塁を記録している。

 そのどちらもがなくても、ヒットで打点を増やしている。

 派手にホームランを打たなくても、打点や得点の記録はどんどんと伸びていった。

 これは記録が更新されると思えば、そのメモリアルに立ち会いたいと思うのが、ファンの心理というものだ。


 フランチャイズのシステムにより、球団の人気はその土地によるものが大きい時代。

 だがそれでも脅威のホームランバッターは、全米的な関心を引いたのだ。


 セイバーの浸透により、新しい価値観で野球を見る者は多くなった。

 ヒットとフォアボールの出塁は、価値的には変わらないとされる。

 だが大介の圧倒的なバッティングの記録は、セイバー的にも確かに優れているが、誰が見ても分かる凄さだ。


 そもそもスポーツの魅力というのは、誰が見てもそのプレイが、すごいと分かるものでなくてはいけない。

 数値的に優れた選手だなどと言われても、それが分かるのは通のプレイヤーだけだ。

 野球場に来た子供が見たいのは、あのバッターボックスから放たれる、長大な飛距離のホームラン。

 そしてそういったバッターすらも、三振に取るパワーピッチャーなのだ。


 大介自身は、三振を少なくしてゴロを打たせ、球数を減らすピッチャーの怖さは、身に染みて分かっている。

 だが素人が見てもはっきり分からないと、やはりスポーツとしての広がりは薄い。

 上杉が出現し、大介が打ってから、また高校野球が盛り上がったように、MLBにも派手なプレイが必要なのだ。




 FMのディバッツが試合前に最後の檄を飛ばしているが、なんとなく大介も通訳なしで分かってきた。

 今日でもう、試合を決めてしまうつもりなのだ。

(今日で試合を決めてしまうと、二日間は休めるわけか)

 そうなればおそらくワールドシリーズの第一戦は、ウィッツを持ってくるつもりだろう。

 今季は途中欠場があったが、復帰してからポストシーズンにかけて、徐々に調子を上げてきた。

 トローリーズとの試合も試合も第四戦を投げて、勝利投手になっている。

 ワールドシリーズの第一戦で投げるとしたら中五日。

 回復には充分な時間と言える。


 ワールドシリーズに上がってくるのがどちらのチームであっても、メトロズとはレギュラーシーズンのインターリーグでは当たっていない。

 大介と勝負をしてくるかどうかで、試合は決まるかもしれない。

(まずはこの試合、どうやって勝つかだけどな)

 ワールドシリーズまで出れば、大介はまたも記録を更新するかもしれない。

 ポストシーズンにおけるホームランのレコードは8本。

 ここまでに大介は、既に6本のホームランを打っているのだ。


 最後のノックを受けている間も、特に大介は緊張したりはしない。

 まだこれは、甲子園で言うなら準々決勝。

 あるいは甲子園出場を決める県大会の決勝か。

 決戦はまだこの先。

 そう思えばこの段階では、まだ緊張する理由などない。


 人生で一番緊張した試合はなんだろう。 

 案外プロに入ってからは、緊張などはしていない。

 むしろ高校時代、甲子園の方がプレッシャーはあったのではないか。

 そう思ったが記憶の中に、プレッシャーなどはなかったと思う。

 あったとしたら無失点に抑えていた直史を、さっさと援護しようと思っていたぐらいか。

(あとはあれだな)

 ワールドカップの試合は、変な方向からプレッシャーがかかっていた。

 予告ホームランというのは、さすがにプレッシャーがかかったものだ。

 もっともプレッシャーというのは、楽しんでこそプロだと言える。




 この試合も先行したのはトローリーズの方であった。

 大介は一打席目は、普通にヒットを打ったのみ。

 後続が切られてしまうと、さすがにホームを踏むことは出来ない。

 ややトローリーズ側が優位に試合を進める。

 メトロズの方はホームランなどが単発で出たが、ソロではそう大きな影響がない。

 またトローリーズも強打者はいるので、ホームランを打ち返してくる。


 二打席目の大介は、ボール球を選んで出塁。

 進塁してホームを踏んだが、期待されていた仕事とは違うだろう。

 その間にもトローリーズの方が、得点を積み重ねる。

 やはりピッチャーの質自体は、トローリーズの方が全体的に高いのか。


 だが八回の裏、待っていたチャンスがやってきた。

 ツーアウト二三塁で、バッターは先頭打者に戻ってカーペンター。

 もしもここでランナーを出したら、満塁で大介に回ってしまう。

 満塁からの敬遠というのは、確かにある。

 だがポストシーズンでそれをやったら、さすがにおしまいである。

 いや、大介相手であったら、ありうるのかもしれないが。


 カーペンターとしてはここは、確実に塁に出て大介につながないといけない。

 もしも満塁ホームランでも出てしまえば、一気に逆転。

 残りのイニングから考えても、リリーフを使っていけば、逃げ切ることが出来る。

 もちろん全ては、大介がグランドスラムを打てたらであるが。


 そんなカーペンターは、内野がやや深く守っていたのと、俊足を活かしてセーフティバントに成功。

 ツーアウトであるのに、サードランナーに少し注意が向いた、内野のミスもあった。

 5-2の三点差で、ツーアウト満塁から大介。

 ここで点差を縮められなければ、おそらく試合は決まってしまう。

 まだクリーンナップには回るが、それでも三点差はきつい。


 勝負してくるかな、とそれだけが心配な大介である。

 しかしここでトローリーズは、なんとクローザーのゴンザレスを出してきた。

 回またぎで次のイニングまで投げられれば、あとはどうにかなるという考えか。

 間違ってはいない判断に思えるが、それは前提から間違っている。

 ここで大介と勝負するなど、それが間違っているのだ。




 ゴンザレスはストレートのMAXが102マイルで、ツーシームとスプリットを使うと共に、コントロールよくチェンジアップまで投げてくる。

 初球から何を投げてくるか、大介は考える。

(万が一にもホームランだけは打たれたらまずいと考えるだろうからなあ)

 ツーシームかスプリットを、少し沈めてくるのか。

 アウトロー以外であれば、それでも打っていける。


 アウトローへのボールが、わずかに沈んでボールから入る。

 想定内であり、これは打ったら内野ゴロというものであった。

(ゴンザレス相手だと、シュミットやペレスでも、あんまり打てないだろうしな。ここで一気に同点にまでは追いつかないと、かなり苦しい)

 だからここで決めよう。


 大介は意外なほどに、決定的な場面で勝負をかけられることが少ない。

 ただ決定的な場面になる前に、既に打ってしまうということが多いので、なかなかそんな場面にはならないとも言える。

 そういった場面でしっかりと勝負して来てくれていたのは、ほとんど上杉だけだ。

 直史の場合は、決定的な場面を作らずに大介と勝負してくる。


 こんな場面で勝負をかけてくる、その心意気は買いたい。

 確かにゴンザレスのコントロールとスピードを考えれば、大介であっても簡単に打てるというものではない。

(けれどこういうとき、メジャーのピッチャーは必ず、自分に一番の自信があるボールで勝負してくる)

 インローにフォーシームを投げてきて、それを打てば右方向に切れていった。

 102マイルと出ているが、もうちょっと出ていてもおかしくはない。

 そしてチェンジアップを投げてきたが、大介はこれには手を出さなかった。

 ゾーンを通っていたが、打つべきボールではない。


 追い込んだゴンザレスは、まだボール球を使える。

 ここから際どいところに投げてきたが、大介はそれをカットした。

 そしてさらにもう少し外したら、これは余裕で見逃す。

 審判の判断のクセも、おおよそは分かっている。


 フルカウントになった。

 ゴンザレスはおそらく、ここでアウトローにツーシームを投げてくる。

 ゾーンの中にしっかりと入ってくるかどうか、それは微妙なところだ。

 だが分かっていても打てない球、という配球をここまでしてきている。

 内角のボール球で腰を引けさせているから、次は必ず外の球だ。

 そう思わせて内角インローというのもあるかもしれないが、それではストライクカウントは取れない。


(来るな)

 分かっている。そして分かられていても、それを投げてくる。

 MLBのエースというのも、しょせんはピッチャーの本能に縛られているのか。

 大介よりも20cmは大きな体格から、投げ下ろされるツーシーム。

 真ん中やや外よりから、アウトローへ。

 分かっていても打てないスピード。

 だが大介は打つ。


 思ったよりも速かった。

 だから、引っ張ることは出来なかった。

 外角の160km/hオーバーを引っ張ってホームランということ自体が、そもそもおかしくはあるのだが。

 バックスクリーンに着弾したホームランで、大介は逆転。

 スタジアムはこの日一番の大歓声に満たされた。




 ランドルフが最後、一人はランナーを出したがそれだけに抑えて、6-5でメトロズは勝利。

 メトロズはワールドシリーズ進出を決めた。

 リーグチャンピオンシップシリーズ最優秀選手賞は当然のように大介が選ばれるべきだが、それよりもマスコミなどが注目するのは、ポストシーズン記録の方である。


 これまでにポストシーズンにおける、最多ホームランは一シーズンで8本、最多打点は一シーズンで19点。

 だが大介はワールドシリーズの決戦を残した段階で、ホームランを7本、17打点を記録している。

 ただ大介にしてみると、記録などというものは、大介がプレイすれば自然と、その後に出来てくるものだ。


 高校時代の甲子園での記録、プロ入りしてからの各種の記録。

 大介がプレイすると、それがそのまま記録になる。

 事実この新人王の年も、記録を散々に塗り替えているではないか。

 レコードブレイカー。

 クラッシャーとも言われる大介が、よく言われている異名である。

「ニューヨークでチャンピオンリングを作りたいね」

 大介はそう言って、スタジアムのファンを湧かせたものだ。


 そしてこの日、ワールドシリーズでの対戦相手も決まった。

 ヒューストン・アストロノーツ。

 ア・リーグ西地区のこのチームとは、レギュラーシーズンでの対戦はない。

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