第113話 西へ

 メトロズ、リーグチャンピオンへ向けて地元二連勝。

 そんな新聞が売れて、また電子の中で話題となっていく。

 この第二戦は、大介はホームランは打っていない。

 だが四打席で三出塁と、確実にホームベースを踏んでいる。


 明らかなボール球を打ってツーベースにして打点もつけて、もはや止められないレベル。

 守れるだけでなく走って打てるショートというのがどれだけ貴重な存在か、万人に知らしめている。

 実際に二戦目も4-3と一点差の勝利で、勝ち星はリリーフのバニングについた。

 なおセーブはランドルフがまた獲得している。


 ここからメトロズはロスアンゼルスへ。

 東海岸から西海岸へ、一気に移動する。

 レギュラーシーズン中も長い移動はあったが、これほど一気に動くのは珍しい。

 時差があるので時計も合わさないといけなくなる。


 舞台はトロールスタジアム。

 MLBの中でも最も観客収容数の多い球場である。

 WBCにおいても決勝戦の舞台となり、大介にとっても思い出がある場所だ。

 同じアメリカであっても緯度が違うということもあるが、まだカリフォルニアは空気が暖かい。

 アメリカは広大だ。

 それは東西南北だけではなく、高低も差がある。

 コロラド・マウンテンズの球場などだと標高が高く打者有利だったりと、日本ではありえない環境で野球をする。

 だがとりあえずこの移動後の三戦目は、レギュラーシーズンよりは楽だ。

 なにせ到着直後に試合というわけではないからだ。


 子供たちのことも考えて、ツインズは今回はニューヨークにとどまる。

 それでなくともまだまだ、椿は動くのが難しい。

 もう一ヶ月と言うべきか、まだ一ヶ月と言うべきか。

 大介が祖父の死から立ち直るのには、それほどはかからなかった。

 だがそれは死を覚悟する年齢であったからだ。

 イリヤのように急に失われたからではない。


 この試合を観戦に、織田はケイティと一緒に来ると言っていた。

 そしてケイティが誘えば、ミュージシャン界隈が多く集まるということだ。

 有名人がポストシーズンの試合を見に来ることは珍しくない。

 もっともこれがロスではなくニューヨークでもなく、飛行機の便が悪い場所であれば別だったろうが。




 イリヤつながりでこの試合を見に来たミュージシャン連中は、だいたい大介の味方である。

 特にミュージシャンの中でも、人種差別問題に特に関心を持っていたりすると、問答無用で大介の味方になったりする。

 ただ同じ有色人種でも、逆に黒人だけの権利を主張する者もいたりと、差別の形は千差万別だ。

 大介からすると、同じアメリカ人で済んでしまうのだが。


 アメリカ在住の日本人メジャーリーガーも、まだ勝ち残っているチームの人間以外は、だいたい注目している。

 ただしこの試合の場合は、トローリーズの方も先発が本多なのだ。

 レギュラーシーズンで圧倒的な勝率を誇ったメトロズだが、トローリーズ相手には負け越している。

 だがその中には大介のいない試合があったのだ。


 大介がいないということは、大介と勝負しなくてもいいということで、また大介がいないということは、他の厄介な選手を敬遠しやすくなるということでもある。

 たったの一人でどれだけの価値があるのか。

 もっとも大介のいた時といなかった時とで、それほど得点に差が出ているわけではない。

 これもまた不思議なことではある。

 休んだのは16試合。

 一試合あたり一点ぐらいは得点力が落ちてもよさそうなものなのだが。

 このあたり大介がいない間に、得点力が落ちたと言われたくない、メジャーリーガーの意地を感じる。

 

 アウェイであるので、先攻が取れる。

 今日も大介は二番であるが、果たして初回から勝負してくるのか。

 ポストシーズンに入ってから、大介のパフォーマンスはさらに上昇している。

 相手のピッチャーも全力で投げているだろうに、そういったことはまるで関係がない。

 五試合で23打席13打数7安打。

 そして4ホームラン。7安打で4ホームランである。つまり打てば半分以上の確率でホームランになる。


 これを相手に本気で勝負をかけてくるのか。

 確かに今年本多は、MLB移籍初年から、見事な成績を残した。

 大介がいなければ、新人王を取っていたかもしれない。

 もっともMLB一年目とはいえ他国のプロリーグの経験者を、本当に新人と呼んでいいのかの議論は、前からあるのだが。




 本多の新変化球は、現時点でもちゃんと有効だ。

 そもそもどんなボールでも、それ単体で優れた効果を持つというものは少ない。

 大介の感じた限りでは、真田のスライダーが、一番魔球と呼ぶのには相応しいと思う。

 だが外角を意識させた後の上杉のインハイストレートは、分かっていても打てないことが多い。


 魔球はコンビネーションで生まれる。

 大介が思い出すのは、高校時代の直史とジンの会話。

 絶対に打たれない配球を考えて、それを大介に試す。

 確かに打てない。だが打てないままでもいない。

 打てない配球を作り、それを打てるようになり、また打てない配球を考える。

 あの二人の組み合わせから、直史のコンビネーションは魔球とまで呼ばれるようになった。


 実際のところはカーブ、チェンジアップ、そしてスルーあたりが、特に打てない球であったが。

 右打者には有効なスライダーは、左の大介にとってはそれほどのものでもない。

 大学にてさらに進化を遂げた直史のボールを、大介はなかなか打てなかった。


 去年の一年で、大介はレギュラーシーズンに直史と九打席、ポストシーズンのクライマックスシリーズで六打席対戦している。

 そしてその結果は、15打数の1安打。

 得点も打点もなく、三振は四回と比較的少ない。

 ただ、全ての試合でレックスには負けていたのだ。


 真田、山田、阿部、大原とライガースのピッチャーもローテ陣のエースクラスが多い。

 それなのに特に真田などは、二試合とも1-0で敗戦投手になっていた。

(要するにそういったのに比べれば、本多さんの変化球もそれほど打てなくはないわけだ)

 大介はそう開き直っている。




 本多はこの新型シンカーと、元からのフォークを主体に、ピッチングを組み立てている。

 MLBに来るピッチャーは、必ずこれぞという自分の決め球を持っていないといけない。

 そのボールを、打ってみろと投げていく。

 それにバッターがどう対応するかが、MLBにおけるベースボールだ。


 初回の攻撃、カーペンターにはやや球数を使って、三振に打ち取った。

 肩をぐるぐると回して、さらなる力が加わるようにしている。

 本多は161km/hを出したこともあるが、基本はストレートは158km/hぐらいを多く投げる。

 スプリームはそれとあまり、速度が変わらない。

 もっともスピンの関係から、手元では遅くなって沈むのだが。


 決め球であったフォークも、スプリットと言った方がいい感じに、落差を二つにしている。

 ボールの上を打たせるのと、空振りを取るのと。

 とりあえずカーペンター相手には、フォークで空振り三振を取った。

 そして大介との対決である。


 NPB時代の本多は、どこか窮屈そうであった。

 タイタンズが暗黒期に突入した中で、本多は着実に成績を上げていった。

 そして結局は優勝は味わえず、FAで海外移籍。

 年齢的にもこれが最後のチャンスだと考えていたのか。


 現在のタイタンズは基本的に、ポスティングを認めようとしない。

 ポスティングで得られる金銭よりも、確実な戦力の方が貴重だからだ。

 そんなに海外に行きたいなら、FAを取ってから行け。

 そう言われたのかどうかは分からないが、本多も井口も海外FA権が発生するまでは待ったのだ。


 井口も本多も一年目から戦力となっているが、もしもこれが成功しなかったとして、タイタンズは再び契約しただろうか。

 今のタイタンズの人事に関しては、大介も去年まではひどいものだと人づてに聞いていた。

 この二人は投打の主軸で、ポスティングで出すことなどないと考えられていた。

 だからこそ海外FAの発生まで待ったのだが。

 NPB時代はいい給料をもらっていて、実はMLB一年目の今年は、年俸が下がっている。

 もっともそれは大介も一緒だが。




 大介を相手に、どうやって勝負するか。

 本多は決め球こそフォークであるが、日本時代はストレートが基本であった。

 だがMLBに来てからは、少しカットボール気味に投げるストレートが多い。

 単純なまっすぐだと、通用しないと言われたこともあった。

 しかし本多が、フォークもスプリームも使わないときに投げるのは、フォーシームストレート。

 そしてこれでかなり三振を奪えている。


 初球からゾーンにストレートを投げたら、絶対に持っていかれる。

 よっていきなりスプリームを外角に外した。

 珍しくも大介は、普通にこれを空振り。

 だが視線はボールからは離れなかった。


 ボール球で空振りが取れてラッキーと本多は考える。

 三振にこだわるのではなく、大介に自分のバッティングをさせないことが大事なのだ。

 だが大介は体勢が崩れていても、片方の足で踏ん張って腰の回転で持っていってしまう。

 なんとも理不尽なまでの、ミート&パワーである。


 二球目、内角低めに全力ストレート。

 これも日本ではストライクだが、MLBではボール球というもの。

 本多のコマンドはそこまで高くはないはずだが、上手く投げられた。

 そしてまだ日本のストライクゾーン感覚が残っている大介は、これを打つ。

 バットの根元であるが、それでも腰の回転から腕を畳んで、上手く打てた。

 そしてボールはスタンドに入った。

「え?」

 本多としては、今のは決め球に入る前の、視線を誘導するための球であった。

 MLBでは左バッターのあそこに投げると、打ってもファールになるものなのだ。

 だがそれは、大介には当てはまらないらしい。


 日本にいるころから散々に、人外の能力を持っているのは分かっていたはずだ。

 勝負をして打たれたことが、何度あったことか。

(完全なボール球にしないと駄目なんだった)

 本多はMLBに慣れてしまっていたが、大介はまだNPBを引きずっている。

 だから打てたとも言える。


 拾い物の一点。

 だがまずは一点である。




 この試合メトロズも、18勝5敗のスタントンが先発である。

 日本であればスーパーエースと言われるのかもしれないが、各種数値は実は本多の方が上。

 メトロズのビーンズとしては、本当はローテを回すスーパーエースを一人手に入れたかったのだ。

 だが今年のFA市場とトレード選手を考えると、既に決まってしまっていたり、どうしても手放さなかったりした。


 来年も大介がいるため、この年のストーブリーグには、激しく交渉するつもりのビーンズである。

 自宅でテレビを見ている彼は、大介がホームランを打ったこの試合は、まだまだ動くと見ている。

 そしてそれは正しい。

 スタントンの勝ち星は、勝ち運に恵まれたもの。

 本来なら18勝もするようなピッチャーではないというのが、統計的な評価であった。


 一回の裏からいきなり逆転などということはなかったが、毎回ランナーを背負うピッチング。

 そして五回までを投げて、二失点でリリーフ陣に交代。

 この時点でメトロズも一点を追加し、2-2の同点となっている。

 ちなみにMLBの延長戦は、基本どちらかが勝つまで続いて、引き分けというものがない。

 なので時々ピッチャーを使い切って、ピッチャー経験者の野手がピッチャーをすることもある。


 ここで勝って3-0となったなら、ワールドシリーズ出場の決まる瞬間を見るために、西海岸へ飛ぶ予定のビーンズ。

 ちなみにオーナーのコールも同じように考えている。

 冷静沈着に戦力補強をするビーンズだが、実際に試合を見ていると叫び声が出てくる。

 大介が敬遠されると、Fから始まる言葉を叫んだりもする。




 遠い東海岸よりも、さらに遠い日本にまで、この試合の様子は届いている。

 日本はこの時点で既に日本シリーズに入っており、多くの野球ファンは日本シリーズの他にMLBまで、しっかりと視聴をしていた。

 なにしろ大介が大活躍したため、日本のMLBファンはまたも急増している。

 日本人選手が活躍すると、自然とMLBを見る選手も増える。

 特に大介などは野手のため、毎試合出られるからだ。


 この試合は本多と大介の対戦なだけに、よりその視聴者は多くなる。

 時間的には早朝からの試合だが、それでも早起きして見る者は多い。

 そして一打席目のホームランを見て、とりあえずは満足してくれる。


 そろそろかな、と彼女は考えていた。

 人を通じて大介をあえて、メトロズに入れたセイバー。

 その計画にはかなり早い段階から、修正が加えられていた。

 正確に言うなら、色々と条件が整いつつあったのだが。


 この試合自体はまだ、どうなろうと関係がない。

 ただ彼女の計画のためには、まずワンマンの経営権を持つオーナーが必要であった。

 しかしそんなチームであっても、大介一人ではワールドチャンピオンにはなれない。

 だからあくまでも、これは本来とは違う計画だったのだ。


 ありがたいことに大介が打ちまくって、有能なGMが補強に走った。

 そしてメトロズは史上最高レベルの勝率を残し、ポストシーズンに進出。

 リーグチャンピオンシップにまで至り、さらに最初から二連勝。

 出来ればこのまま一気に、消耗も少なくワールドチャンピオンになってもらいたいところだ。

 それでこそ大介の価値は高まるし、直史を売り込むのも簡単になる。


 ただ、MLBの試合というのは、単純に戦力を整えれば勝てるわけではない。

 いいピッチャーでもある程度は負けるもので、むしろどれだけいいピッチングをしていても、勝ち星が増えないことがある。

 メトロズが優勝できないとしたら、それはピッチャーの駒不足だ。

 そしてこのオフにどう補強をしていくかで、来年のメトロズの成績も決まるだろう。


 戦力均衡が上手く働き、なかなか一つのチームが王朝を築くことがない時代。

 それは確かに、各地のフランチャイズのファンにとってはいいことなのだろう。

 だが球団の経営方針により、完全にシーズン前から勝負を捨てているようなチームもある。

 そんな中ではむしろ、圧倒的に強いチームも望まれるのではないか。




 だが結局この試合は、トローリーズの勝利に終わった。

 本多は先制点を取られ、また追加点も取られたが、それ以上にトローリーズの打線が援護した。

 そして逆転してから、もう二度と逆転は許さない。

 リリーフにつなげていって、打線の援護は引き続きあり、メトロズの追撃をどうにか防ぐ。


 大介は三打数二安打で頑張ったのだが、やはり勝負どころでは敬遠されたりフォアボールで歩かされた。

 本多は不服そうだったが、ベンチから申告敬遠が出てしまえばどうしようもない。

 勝つための作戦を、トローリーズは取ってきたのだ。

 大介としては三度も打つチャンスがあったことを、感謝した方がいいのだろう。


 トローリーズがクローザーのゴンザレスを出してきて、大介には六打席目は回ってこなかった。

 五打席で四出塁したのだから、それで満足すべきだろう。

 カジュアルズ戦とも合わせれば、もうポストシーズンでのホームランは五本。

 ちなみに同一シリーズのポストシーズンでのホームラン記録は八本である。


 トローリーズがある程度、メトロズに勝ってくれた方がいい。

 試合が増えて打席が増えて打数も増えれば、それだけホームランを打つ機会も増える。

 もっとも試合が進むごとに、この大介の脅威の打撃を見て、勝負をすることは少なくなっていくのかもしれないが。

 歴史的に見ても、史上二位の敬遠数に四球数。

 チームの強さにもよるが、ポストシーズンの記録も塗り替えてもおかしくない。


 メトロズはこれで、ようやくポストシーズン初敗北となった。

 だが点差は6-5とわずかに一点。

 もっとも前の二試合では、やはり逆に一点差で勝利している。

 トローリーズとの力の差は、ほとんどないのかもしれない。


 ナ・リーグはこんな感じであるが、ア・リーグの方もまだまだリーグチャンピオンは決まらない。

 ヒューストンが有利に試合を進めていると言われているが、果たしてどうなることやら。

 ピッチャーの運用が重要になるポストシーズンで、メトロズはやや不利な展開となっているのかもしれない。

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