第112話 リーグチャンピオンシップシリーズ

 日本のプレイオフもそうだが、アメリカのそれも段階的に盛り上がってくる。

 まずはここで、リーグチャンピオンを決める。

 日本でもセとパの代表を決めるが、それと似たようなものだ。

 ただ日本と違うのは、一勝のアドバンテージがない点。

 代表となっているのは各地区のチャンピオンチームと、それに勝ったワイルドカードのチームなので、どれもがほぼ同格という考えだ。

 ただそれでも勝率によって、順位づけはされる。

 まずは勝率一位のメトロズのフランチャイズにて二試合を行い、その後はトローリーズのスタジアムへ移動。

 そこで三試合を行い、まだどちらも四勝していなければ、ニューヨークに戻って決戦を行う。


 全七戦で四勝先行すればワールドシリーズに進出。

 そこで勝てば、ワールドチャンピオンとなる。

 北米周辺のリーグだけでワールドチャンピオンとは、という言葉の問題はあるが、現実的に一番巨大なマーケットであるMLBは、WBCよりも格式は高いとさえ言える。

 ただWBCの開催された当初は、各チームのエース級などが選ばれたが、アメリカは優勝していない。

 またWBC後の選手がレギュラーシーズンで調子を崩したこともあって、今ではトップレベルのメジャーリーガーがWBCに出ることは少ない。


 本当に自信があるなら、ここへ来い。そして成功すれば、富も名誉も得られるだろう。

 それがMLBという世界である。なのでワールドチャンピオンでも問題ではない。

 大介などはいまいち納得がいかないが。

 対戦機会がNPBに比べれば少ないとは言え、明確に負けた、と感じたピッチャーはいない。

 そのあたりもMLBは、ピッチャーの運用が微妙だと言える。ポストシーズンに入ると、その力の入れ方も変わってくるが。


 NPBとMLBの違いと言うか、日本とアメリカの野球の違いに、ポジションの価値観というものがある。

 その一つがピッチャーだ。

 日本はサイ・ヤング賞よりも早く沢村賞を作ったり、またアメリカにはベーブ・ルースがいたこともあってか、ピッチャーが花形のポジションと思われる。

 もちろんアメリカでも、ピッチャーは一番守備で貢献度の高いポジションだが、花形はショートだ。

 ピッチャーは特に、毎試合投げられるわけではない。

 なのでバッターがどう様々なピッチャーを打っていくかが、物語としては受け入れられやすい。

 これはピッチャーを軽視するとかそういうものではなく、単純に毎試合試合に出られるバッターの方が、スーパースターとして成立しやすいだけなのだ。

 特に最近はピッチャーは、球数で機械的に運用され、しかも評価も解析によってなされるため、勝ちまくるピッチャーというのが出にくい。

 メトロズなどはモーニングが圧倒的な成績を残したが、おそらくサイ・ヤング賞は取れないだろうと言われている。

 そんなピッチャーを打ち崩すバッターこそが、MLBにおいては正義側だ。




 そんなピッチャーの役割が増すのがポストシーズンである。

 普段は厳密に、継戦能力を維持して運用されるピッチャーが、これさえ終われば一ヶ月はダウンしていられるのが、ポストシーズンなのだ。

 その運用はレギュラーシーズン以上に過酷なものになるが、そこまでやるからこそピッチャーは、ワールドシリーズでもそれなりにMVPに選ばれることになる。

 レギュラーシーズンではめったにないことだ。


 だが今年メトロズのファンが望んでいることは、大介がワールドシリーズでもホームランを打つことだ。

 そしてワールドチャンピオンになり、ワールドシリーズMVPに選ばれること。

 レギュラーシーズンからポストシーズンに入っても、その打撃が色あせることはない。

 むしろ下手に抑えようとかかってきたところを、粉々に粉砕している。


 敬遠やあからさまな四球などがあれば、全力でブーイングしてやろう。

 メトロズのファンはそう考えて、万全の準備をしている。

「それじゃま、行ってくるわ」

 病室から球場へ出勤する大介を、ツインズは見送る。

「やっちゃえ」

 邪気のない顔で妻たちはそう言って、大介は苦笑する。

 この二人はまだ、完全に立ち直ってはいない。

 ただ大介がポストシーズンで勝ち残り、生まれた子供たちが泣いていれば、それを世話しないわけにはいかない。

 忙しさが悲しみを紛らわせてくれる。

 ならば自分も、勝利の喜びを運ぼうではないかと思うのだ。


 病院の廊下を颯爽と歩く大介の背中に、声がかけられる。

 ニューヨークの球団は二つあるが、ラッキーズの方が人気も伝統も、球団価値も高い。

 だがそれでも大介のホームランは、人々を魅了する。

 大介としては野球とは、ホームランで点を取るだけのスポーツではないと思うのだが、アメリカの野球は良くも悪くもその点では大味だ。




 トローリーズもまた大都市をフランチャイズとしており、その人気は高い。

 また資金力も豊富で、選手もしっかりと補強していた。

 全体的な選手の層の厚さでは上回り、さらに来年以降はもっと戦力は上昇するだろう。


 ピッチャーはメトロズがモーニングで、トローリーズがフィッシャー。

 共にエース格での勝負である。

 だがピッチャーの各種指標はフィッシャーの方が上。

 打線の援護がどれだけあるかで、この試合の勝敗は決まるだろう。

 いっそのことこの第一戦は、捨てても良かったかもしれない。


 シティ・スタジアムが熱狂しているが、大介は落ち着いている。

 台風の目が静かなことに似ているのかもしれない。

 試合前のインタビューもあったが、そんな派手なことは言わない。

 基本的に大介は、トラッシュトークが好きではない。

 喧嘩を売られたら買っていくが、自分からは売らないのだ。


(フィッシャーか)

 先にトローリーズの攻撃なので、大介はショートの位置でモーニングの背中を守る。

(考え方がナオに似てる気がするんだよな)

 劣化した直史だと過去には判断したこともあるが、実際のところは失礼な評価であろう。

 勝ち星においては打線に援護された、モーニングの方が多い。

 だがフィッシャーは防御率とWHIPが安定しているのだ。

 負けた試合でもクオリティスタートぐらいで試合は作っている。

 それがレギュラーシーズンのフィッシャーだった。


 一回の表はランナーを出しながらも、モーニングは無失点で抑えた。

 いよいよメトロズの攻撃で、大介は今日も二番。

 目の前でカーペンターが料理されていくのを見た。

 フィッシャーの気迫は、レギュラーシーズンのものとは違う。

 他のピッチャーもそうだがやはり、ポストシーズンでは戦い方が違うのだ。


 カットボール、スライダー、チェンジアップ。

 この三つの球種が主体なのは変わらない。

 だが打席に入ってから見れば、球威が明らかに違う。

 大介が九月に離脱していなかったら、もっと対戦経験を積めただろうに。


 今年もまた、サイ・ヤング賞の候補ではある。

 記者投票によって決められるこの賞は、その年の最も活躍した投手に送られる。

 レギュラーシーズンの成績から求められるわけだが、記者投票の場合はどうしても、ポストシーズンの印象も強くなってしまうだろう。

 基本的に三回サイ・ヤング賞を受賞していれば、薬物だのなんだのに関連していない限り、殿堂入りもほぼ確定。

 フィッシャーとしては己の名誉のためにも、またキャリアのためにも、ここで三度目の栄誉に輝いておきたいだろう。


 だがそれは、試合から離れたときの話。

 ワールドチャンピオンを目指している今この舞台では、勝利しか頭にない。




 大介は試合中であろうが試合を離れていようが、そういったものはどうでもいい。

 そもそも既に全ての打撃タイトルを、独占することは決定したようなものだ。

 総合的に最も優れたバッターに送られるハンク・アーロン賞も、大介以外に候補がいない。

 それが今年のMLBであった。


 ボールのコースから外いっぱいに入ってくるバックドアのカットやスライダー。

 大介から見たらボール球なのだが、角度的にキャッチャーミットに入ったときは、ストライクになっている。

 これを見極めるのはさすがに難しいか、と審判の能力には期待しない大介だ。

 外のこういう球なら、打ってしまう。


 大介の今年の成績を見て、甘く見るピッチャーがいるはずもない。

 レギュラーシーズンもすごかったが、ポストシーズンでは9打数5安打の3ホームラン。

 完全にクラッチスラッガーとでも言いかねない数字だ。


 そんな大介を、封じようと対戦相手は考える。

 冷静に考えれば、勝負は避けた方がいい。

 だがセントルイスがそう思って歩かせた結果、メトロズの16点のうち8点は、大介がホームを踏んだものなのだ。


 打つべき時に打つバッターが強い。

 それを分かっているはずなのに、勝負してしまう。

 これはもうピッチャーの本能とも言えるもので、FMもあまり抑えてしまうのはよくないと考える。

 レギュラーシーズンは統計で戦うのに、ポストシーズンになると精神論になる。

 このあたりは実はアメリカでもそう変わらない。

 精神論ではなく、プレッシャーの中でプレイできるメンタルが大切とでも言うべきか。


 最初ストライクで、次はボール球。

 その二球目はまた変化球かと思われたが、大介は振らなかった。

(振って追い込まれた方が良かったかな?)

 おそらく外に注意を集めて、最後には内角で決める。

 フィッシャーのウイニングショットと傾向からして、その可能性は高いと思ったのだ。


 ただ外のボール球を、見極められたと判断したらどうするか。

 もう一度ウイニングショットから逆に計算して、外の球を多くしてくるか。

 そう考えていたところに、内角の球。

 それを大介は打たず、腰を引いて見逃した。


 際どく外れたボール球であった。

 当たればデッドボールであるが、大介の報復打球はあからさまなビーンボールに対するものだけで、こういったボールに対しては報復はしない。

 ボールが先行し、さて次はどちらか。

 外のボールがまたも中に入ってきてストライクのコール。

 これでツーツーの平行カウントになった。


 外の球を無視はできない。

 しかし内角に入ってきたら、これも打たなくてはいけない。

 外か、内か。どちらかには決めておかないと、さすがに反射だけでは打てない。

 大介は決めた。




 外の出し入れで勝負するのは、確かに一般的な配球だ。

 だがここでフィッシャーは、あえて内を攻める。

 左バッターの膝元に突き刺さるように、お得意のカットボールを投げ入れる。

 これで打ち取れなければ、前提から全てを変えていかないといけない。


 空振りを奪う。

 小さなテイクバックから、加速して、放つ。

 カットボール。

 大介の目にははっきりと、その回転までが映った。


 思考が加速する。

 何度となく、無限の変化球を打ってきた。

 膝元のボールでも、腕を上手く畳めば、腰の回転を足の体重移動で、しっかりと打っていける。

 打球はそのまま、右方向に引っ張る。

 角度をつけすぎなように、しっかりと飛ばす。

 遠くへ、さらに遠くへ。

 ほら入った。


 ライト中段へ、いつもよりは少し高く上がった放物線で。

 おそらく簡単に打っているように見えるのかもなと思いつつ、大介の内か外かの賭けに勝ったのだった。

 かつては一番打ちにくいな、と思わされたコースを、見事に克服していた。




 先制したのはホームで迎え撃つメトロズ。

 だがこの一点のリードを、そのまま守りぬけるわけもない。

 中盤までに逆転されて、2-1で三打席目の大介が回ってくる。

 ランナーは一三塁で、ここはどうするか。


 当然のように申告敬遠をしてきた。

 分からないではないが、それでもメトロズのファンはブーイングである。

 しかしマウンドのフィッシャーとしては、それも仕方がないと考える。

 ツーアウトなので、ここからなら満塁にしても、どのベースでもアウトが取れる。

 大介と対戦することと、ランナーを増やすこと。

 ここは満塁策でいい。


 ただしメトロズも、このポストシーズンの準備は、ちゃんとしてきたのだ。

 大介の打撃を考えれば、歩かされることはもっと多くなっても良かった。

 それを抑制してのは、一つには塁に出たときの大介の足。

 そしてもう一つは、後続の打線である。


 三番シュミットの打ったボールは、レフト線への長打。

 ここで一気に逆転し、まだ連打となった。

 あくまでも結果だけを見れば、どうせならばあそこで勝負していても良かったのだ。

 そう思うように、ここでビッグイニングを作ってしまう。

 メトロズは大介さえどうにかすれば、抑えられるというような打線ではなかった。

 それでも期待値的には、ここでは勝負をしない方が良かったのだろうが。


 エースのフィッシャーが投げて、それでも打たれた。

 大介だけに打たれているのではなく、他のバッターもしっかりと塁に出ている。

 あるいは初回に大介が打ったことで、既に試合に流れは出来てしまっていたのか。

 ただトローリーズも、モーニングから着実に点を取っていったのだが。


 ここから先はリードを許さず、メトロズはリリーフを投入していく。

 トローリーズもところどころで点は取るのだが、ここでの大量失点が痛かった。

 最後にメトロズは、ランドルフを投入して逃げ切りを計る。

 そしてそれにちゃんと応えるランドルフである。


 6-5にて第一戦は勝利。

 大介はホームを二回踏むこととなった。

 五打席回ってきて、二打数の一安打でホームラン一本。

 相変わらずの得点の期待値がえぐい。


 三回も歩かせて、そのうちの二回が申告敬遠。

 メトロズのファンはブーイングを散々に浴びせて、さぞ気持ちが良かっただろう。

 そして結果的には勝ったのだから、よりその喜びは大きいだろう。

 何よりちゃんと、大介がホームランを打っている。


 


 大介としてはトローリーズのクローザーのゴンザレスを打っておきたかった。

 今年のトローリーズの成績は、先発としてはフィッシャーがいて、そしてクローザーのゴンザレスがいたからだ。

 なお本多も三試合目の先発として発表されており、これが変わる可能性は少ない。


 MLBのフェアプレイなどは日本とは全く違うところで発揮されており、予告先発というのがそもそもなく、数日までには発表するのが逆に当然となっている。

 もちろんなんらかの理由により、急遽変更になる場合はあるが。

 守ることが当然であって、そのため逆に罰則などもない。

 

 トローリーズとの対戦は、今年は七度あった。

 しかし大介は最初の三連戦以外は、離脱していた。

 かなりの金がかかった打線を、完全に打ち崩したとは言えない。

 ただこのポストシーズンでは、エースの本気が見れて嬉しくなっているが。


 まずは次の試合だ。

 勝っても負けても、そこからはロスアンゼルスに飛ぶ。

 同じアメリカ国内であっても、時差は三時間。

 だが三時間であれば、どうにかなるかなとも思うのだ。


 二試合目にも勝っておけば、かならずもう一度ニューヨークに戻ってくることが出来る。

 そう考えるとこの二試合目も、重要な試合であるとは分かるのだ。

 メトロズはバッターの方が戦力的に大きい。

 全ての試合を殴り合って勝つという、覚悟が必要になるだろう。


 メトロズも確かに打線は爆発したが、最後には追いつかれそうになっていた。

 両チームの間に、戦力の決定的な差はない。

 大介と勝負をするか避けるか、そこが重要なポイントになるだろう。




×××



 ※ 現地アメリカでの労使間交渉で、今年からMLBのポストシーズンが変更になりました。まだ全ての変更が明らかになったわけではありませんが、とりあえず確定しているのはポストシーズンは10チームではなく12チームで争われるようになるということ。レギュラーシーズンのよりポストシーズンの方が注目は大きく、オーナー側、あるいは球団側としては、レギュラーシーズンを減らしてポストシーズンを増やしたいという動きもあるようですね。

 正直シーズンの試合数が変わってしまうと、シーズン記録などが作りにくくなってしまって困るのですが。

 なお本作品はサザエさん時空をほどよく摂取しているため、12チームによるポストシーズンは翌年以降からの導入となるでしょう。

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