第110話 勝負強さ
ディビジョンシリーズ第二戦。
メトロズの先発は、11勝5敗のオットー。
これも勝ち星だけなら、三番手投手のスタントンが18勝5敗という結果を残している。
本当に勝ち負けだけでは評価しないんだな、と大介は思ったものだ。
防御率以外にWHIPなどもあるが、さらに打球の傾向なども見て、運の良し悪しでピッチャーの評価が決まらないようにする。
狙ったところにピシリと投げられるコマンド。
フライボールピッチャーか、グランドボールピッチャーか。
また守備の貢献度合いなども、ピッチャーの成績を左右する。
具体的に言うと今年のメトロズは、大介の守備範囲が鬼のように広い。
そこから肩の力だけでもファーストに投げられるし、レフトからの中継もど真ん中に投げるから、色々と評価は高くなるのだ。
もしもショートを守り二番か三番を打つ大介が、普通程度の能力の選手であったら。
メトロズの勝利数は、20勝以上少なくなっていたと計算される。
それでも充分強いチームではと思えるのは、大介の能力を見てGMが追加の補強に走ったからだ。
シュミット、シュレンプ、ランドルフ。
この三人が主な追加戦力であるが、これらの選手が平均的な選手と代わったら、さらに15勝前後は変わっていたであろうと言われる。
すると114勝が94勝に、94勝が79勝に。
81勝すれば勝率が五分なのだから、平均以下のチームとなってしまう。
いまだポストシーズンの序盤であるが、GMのビーンズは既に、来年のチーム構想も考えている。
オーナーのコールにはもちろん、ポストシーズンが終わってから話を持っていくが。
ストーブリーグと言われるシーズンオフのFAやトレードは、来季のチームを見通すものだ。
メトロズはもしも今年優勝出来ても出来なくても、来年も優勝できるチームを作ろうとしている。
その間違いなくコアとなる選手である大介は、第二戦でも活躍していた。
第一戦はモーニングがなんだかんだとエースらしいピッチングをしたのに対して、第二戦はオットーからリリーフ陣につないでいく。
対するカジュアルズはゴメスが先発である。
「あれ? そういやネイチャーズで先発してないなと思ったら、いつの間に移籍してたんだ?」
試合前に大介はそう尋ねていたが、これがメジャーリーグなのだ。
メトロズが補強をしていたように、カジュアルズも補強をしていた。
ワシントン・ネイチャーズは今年の七月にはもう、地区で二位以内に入ることも諦めていた。
そしてゴメスは五年契約の五年目で、今年のオフにはFAになることが決まっていたのだ。
それまでいたネイチャーズがもう一度ゴメスと契約をするということはなかったのか。
よほどのスタープレイヤー以外は、そしてチーム事情が許さない限りは、そういったことはないだろうと言われた。
ゴメスをトレードで出して、その代わりにとりあえずの先発一枚と、有望な若手を一枚確保。
その有望な若手はあと何年か、格安で使うことが出来る。
ワシントンは今年一位と二位を確実にしていた、メトロズとブレイバーズの戦力が、どうなるかを観察する。
その中でどちらかが戦力を大きく落とせば、ポストシーズンを狙って大型補強を行う。
機会が来るまでは出来るだけ、プロスペクトの育成を行う。
こちらも場合によってはトレードで使うことが出来る。
MLBの戦い方というのは、よほど資金力に余裕がない限り、球団はこうやって数年間のチャンスを待つ。
人材の流動性が高いため、戦力の変化の波も大きい。
ただし上手くチームの編成がいっているなと思っても、主力が二人ほど欠けてしまうと、途端に苦しくなる。
たとえばメトロズは大介がいなければ、ポストシーズン進出まではともかく、ワールドチャンピオンを狙える可能性はかなり低かっただろう。
大介の力がもっと早くにはっきりとしていれば、シーズン序盤から先発の二枚目か三枚目レベルのピッチャーも獲得にかかったはずだ。
しかしタイミングが悪かった。もう狙いどころの今年FAのピッチャーは全て所属が決定していた。
またトレードにしても先発のピッチャーは、現在は売り手市場にある。
数年間をどの選手をコアにしてチームを編成するか、GMの腕の見せ所だ。
そしてGMにも、短い期間でチームを短期間強くする者、長い期間でチームをそれなりに長く強くする者など、得意とする方針が違ったりする。
ビーンズは一定の戦力は常に維持し、三年ほどの特に強力な期間で優勝を狙いにいく。
ワールドチャンピオンであるが、実はあと一歩まではいくが、成功したことはない。
それでもコールがビーンズに任せているのは、その手腕を認めているのと、運の悪さで選手が故障したりすることもあるからだ。
第二戦は先取点を奪われたものの、試合中盤に大介が長打でランナー二人をホームに帰す。
そこからはかなり警戒されたが、塁に出れば塁に出るで、かき回せるのが大介の力だ。
今年のホームランと盗塁が70-90というのはもちろん過去に例がなく、おそらく人間が人間である限り、まず更新されないであろう数字だ。
その大介がホームを踏んだことで、逆転に成功。
この試合からクローザーとなったランドルフが、最後は見事に三人で封じた。
「ランドルフはもっと先にクローザーを任せておいた方が良かったんじゃないか?」
大介がそう言うのは、やはりクローザーとしてはライトマンは、かなり不安定だったからだ。
MLBでのクローザーはNPBよりも、かなり厳密に運用される。
確実にリードしている試合で、それも点差が少ない試合。
あとは連投が続けば絶対に、どこかで休みの日は入れる。
とにかくNPBと比べても、MLBは連戦が多すぎるのだ。
メトロズは打撃のチームであるので、先発が試合を作っても、それをひっくり返されることはあった。
だがそれでもやはり大介を中心として打ちまくれば、余裕をもってクローザーを使うことが出来る。
実績のあるライトマンだけに、クローザーを変更するというのは、勇気がいることだったのだ。
大介が打ちすぎるから悪い、とも言える。
「なんでだよ!」
杉村の冗談に、ツッコミを入れる大介。
伊達に大阪で九年間も過ごしてはいない。(甲子園は兵庫だけどね!)
ともあれこれで、二試合先取。
ディビジョンシリーズは三試合勝った方が、次のステージに進める。
ただこの二試合はホームのアドバンテージがあった。
カジュアルズはその地元では、圧倒的な応援の声援を得られることが予想されている。
それでも大介の体感的には、甲子園の応援の方が、圧力は大きいと思うのだ。
二連勝した。
そしてこのポストシーズン、FMのディバッツはついにクローザーを動かした。
これで負けたら問題になるが、勝っているので問題ではない。
全ては結果が、肯定か否定をしてくれる。
これだけ分かりやすい勝敗はないだろう。
飛行機に乗ってまたセントルイスへ移動する。
だがポストシーズンはちゃんと移動日は休みになっていて、本来のポテンシャルを発揮しやすい。
レギュラーシーズンの殺人的スケジュールに比べれば、はるかにマシだ。
もっともそれでも、飛行機を利用するあたり、やはりアメリカは広大だということになるのだが。
ディビジョンシリーズの次のリーグチャンピオンシップシリーズの対戦相手は、今のところロスアンゼルス・トローリーズになりそうな感じだ。
ニューヨークとロスアンゼルスは、まさにアメリカの東と西の果て。
東海岸と西海岸のチームが勝負し、そして勝者がワールドシリーズに進出する。
ア・リーグの有力なのはボストンかもう一つのニューヨーク、そしてヒューストンあたりではと言われている。
ボストンもヒューストンも、レギュラーシーズンの中では対戦がない。
どうせならラッキーズが上がってきて、ニューヨーク決戦といきたいところだ。
それこそまさにサブウェイシリーズ。
同じニューヨークの中で、世界一が決定する。もちろんその確率は、あまり高くない。
現状でア・リーグの有力なのはヒューストンだろうと言われている。
大介の感覚としては、MLBのポストシーズンの試合も、NPBの熱狂に比べると、それほどでもないかなと感じる。
あるいはライガースが異常であったし、また高校時代の甲子園も異常であったのだが。
WBCに比べれば、確かに盛り上がっているのかもしれないが。
セントルイスはMLBのフランチャイズの中でも、特に人気の高い街の一つだ。
だいたい年間の試合は多くがチケットは売り切れるし、ファンの熱量も高い。
だがライガースの狂ったような熱さには及ばないと思う。
ワールドチャンピオンを、メトロズは狙っている。
30もチームがあるMLBにおいては、有名選手で殿堂入りしていようと、チャンピオンリングを持っていない選手はたくさんいる。
それを手に入れられるチャンスとなると、誰もが興奮してくるのだ。
もっとも大介の場合は、優勝の喜びというのは、やはり甲子園が一番大きかったが。
プロの世界と言っても、優勝のチャンスは数年間はある。
年俸よりもチャンピオンリングを求めて、強いチームに行く選手だってある。
ただ大介にとって、三年の夏の甲子園は、生涯に一回しかない。
全国で4000を超えるチームの中からただ一つ。
トーナメントで一回でも負ければ、それで終わりなのだ。
それを経験しているからこそ、日本は国際大会のトーナメントには強いのではと言われる。
野球はプロの世界であれば、戦力均衡のこともあって毎試合必ず勝つということなどは出来ない。
ただ唯一の例外は、直史であったか。
一戦に全てを賭ける高校野球と同じ濃度で、直史は投げている。
だから常に勝つことが出来るのだ。
おかしな話だ。
一度負けたら終わりという意識だけで、本当にプロの世界でも勝ち続けることが出来るのか。
ただそれを言うなら直史も、大介はプロの世界で高校野球のような、突出した成績を残していると言うだろう。
四割を打って、そして70本を打った。
それをレベルに差があるはずのMLBでも、大介は達成しているのだから。
大介はこのポストシーズンが、ワールドチャンピオンにつながるのだという感覚がない。
そもそもこれはMLBのチャンピオンを決めるものであって、世界一を決めるものではない。
上杉も直史も、いないリーグでのチャンピオン。
大介はそれに、あまり価値を感じていない。
ただ、舞台は整えておくべきだろう。
来年、直史がこの舞台に立ったときに、それに相応しい立場と環境を作っておきたい。
そのためにはチームをチャンピオンにしておくべきだし、自分はMVPを取っておくべきだ。
もちろん既に今年のMVPは、決まったようなものであるが。
日本のプロ野球を、アメリカ人が楽しみに見ることはほとんどない。
だが日本人がアメリカで活躍したら、それは日本人も楽しんで見る。
世界的に見てもらうためには、やはりアメリカでプレイするしかない。
色々と文句はあるが、大介はこの舞台で直史と対戦したいのだ。
出来ることなら、上杉とも対戦したかったが。
その上杉は、ちゃっかりとこのセントルイスに、観戦に来ていたりする。
大介がその気になれば、観客の中に発見出来たかもしれない。
だが大介はもうアメリカに、知っている顔などあまりないのだ。
ツインズも外出は難しく、負けたとしても二勝二敗でニューヨークに戻れるため、この試合には見に来ていない。
肩を壊して以来、上杉はなかなか球場を訪れることはなかった。
ボストンには近くに、デッドソックスの球場がある。
だがそこを訪れて観戦することも、上杉はしなかったのだ。
リハビリに全力を注いでいた、という理由にはならない。
そもそもリハビリは一日中行うものでもないし、ボストンからニューヨークへは、その気になれば見にいける距離なのだ。
大介がアメリカ全土を騒がしていたのは、もちろん知っていた。
テレビではそれを見ていたし、MLBのレベルというのもだいたい分かってきていた。
「ようこそ、メジャーリーグへ」
そう上杉に声をかけたのは、この舞台へ連れてきたドン野中。
日米間の選手の移籍には、多く関わっている人物だ。
MLBには全く興味はなく、そして故障した上杉。
今でもまた、その球威は最盛期には戻っていない。
「メジャーリーグか……」
上杉は実際にスタジアムの客席を見回す。
WBCなどでもMLBのスタジアム自体は経験したが、やはり雰囲気は違うのだ。
国際大会よりも、国内のリーグの方が大事。
それがおおよそのアメリカの、プロスポーツである。
ゴルフやテニスなどの個人競技は別として、チームスポーツはNFLからNHL、そしてNBAにMLBと、国内のマーケットが最も大きい。
ヨーロッパでは大人気のサッカーも、アメリカではそれほどのものではない。
むしろ野球こそが、南北アメリカ大陸に東アジアだけの、マイナースポーツと言ってもいい。
NPBで活躍していた頃から、上杉はずっとMLBへの挑戦の意思はないのか、と何度も問われていた。
そしてその度に、アメリカの野球には興味はないと答えていた。
上杉を見たいというファンのいる、日本のプロ野球。
上杉がプレイしたいと思うのは、そんな日本の環境だけだったのだ。
そんな感情とは別に、大介のプレイしている姿はテレビで見ていた。
上杉の故障は、大介に責任はないが、原因は大介である。
大介に勝つために、さすがの上杉も限界を超えていった。
そして肩がパンクしたのだ。
翌年には大介はMLBに来て、あっという間に色々な記録を塗り替えていった。
それはプロ入り後の大介がしでかしたことと、ほとんど同じであった。
MLBで試合をすることに、大介は意義を見つけられたのか。
これから先もずっと、MLBでプレイを続けるのか。
上杉の故障は、かなり回復してきている。
それこそ並のエースピッチャーとは呼べるほどに。
だがこのままプロの舞台に戻って、上杉のピッチングが出来るのか。
ファンが期待しているほどに、もう一段階回復するか、それは分からない。
そんな上杉に接触してきて、大介の試合を見ないかと言ったのが野中だ。
そしてレギュラーシーズン中は動かなかった上杉も、このポストシーズンの試合には興味が湧いた。
大介はその舞台でも、活躍をし続けている。
永遠の少年のように、グラウンドを駆け回る。
その姿は上杉の目からしても、全力で楽しんでいると分かる。
もう一度、あいつとは勝負したいな。
上杉は確実に、そう思ってしまった。
そしてそう思わせることが、色々と陰で動く人間の、思惑に乗ることであるのだった。
日本とアメリカの二つの国で、今年の優勝チームを決めるポストシーズンが始まった。
そしてその中で、活躍するのは直史と大介。
上杉はそれに対して、完全なる傍観者の立場でいる。
「何が目的なんだ」
「それは試合を見れば、終わった頃には分かるかと」
上杉に対して、そう答える野中。
そもそもここまで上杉を連れ出した時点で、その計画はほとんど達成されたようなものなのであった。
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