第109話 ディビジョンシリーズ
今年のレギュラーシーズン、ナ・リーグ一位の勝率を誇ったメトロズは、ワイルドカードのチームと対戦することとなる。
勝ち上がってきたのは、セントルイス・カジュアルズ。
正直シーズンの前半戦も途中までは、それほどの強さを発揮するとは思われていなかったチームだ。
元々今年のナ・リーグ中地区は、絶対的な本命がいないと言われていた。
なので二位のチームも、それなりの勝率は得られるだろうと言われていたのだ。
ただシーズン前は、ブレイバーズが東地区の本命と言われていた。
それがメトロズがブレイバーズを殴り続けたため、ワイルドカードも手に入らなくなったというわけだ。
レギュラーシーズンとポストシーズンとの最大の違いは、投手の運用にあるとも言われる。
レギュラーシーズンでは球数を厳密に決めて投げていたエースクラスが、その限界を超えてぎりぎりまで投げる。
もちろんクローザーやセットアッパーが強力なら別だが、完投を目指すことも珍しくはない。
またブルペンでは本来なら先発のはずのピッチャーも、リリーフとして待機する。
逆にセットアッパーなどを、序盤に使ったりもする。
レギュラーシーズンの戦いは、統計と確率だ。
しかしポストシーズンの戦いは、経験と直感がものを言う。
ピッチャーの価値が、ポストシーズンは高くなる。
短期決戦で勝つには、やはり強力なエースが必要だからだ。
なのでサイ・ヤング賞があることも関係するが、レギュラーシーズンのMVPにピッチャーが選ばれることはあまりない。
しかしワールドシリーズMVPなどには、ピッチャーがそれなりに選ばれている。
ワイルドカード争いに勝利したカジュアルズは、メトロズの本拠地シティ・スタジアムにやってくる。
ここで二戦した後、今度はカジュアルズのフランチャイズで二戦。
そしてまだ決着がついていなければ、五試合目をまたメトロズのフランチャイズで行う。
出来ればこちらの地元で、二勝しておきたい、というのが正直なところだ。
カジュアルズは球団の創設から、場所をずっと移転していない。
ワールドチャンピオンになった回数も多く、また一試合あたりの観客動員数も多い。
近隣に他の球団があるため、お互いに試合で行き来しあいやすいことも、試合が盛り上がる理由なのだろう。
大介としても、カジュアルズのエースであるスレイダーに関しては、かなり強い印象を持っている。
最初の対決は向こうでの四月の対戦で、まだ周りを見ている余裕などはなかった。
次はホームでの試合だったが、そちらも負けている。
(けれどまあ、なんとかなるかな?)
お互いの投手力の比較は難しい。
今年のメトロズのピッチャーの多くは、打線の強烈な援護をもらって、成績が向上しているからだ。
たとえばエースのモーニングは、29登板で20勝2敗。
日本なら沢村賞候補といったところだろうが、実は防御率はさほども良くない。
現在のサイ・ヤング賞は単純な勝ち星や勝率ではなく、もっと総合的にピッチャーを見た指標から選ばれる。
防御率はある程度の指標になるが、それも完全ではない。
どちらかというとWHIPの方が、それに相応しい指標となるだろう。
それにサイ・ヤング賞が沢村賞と違うところは、先発以外のピッチャーも対象としているところだ。
先発のピッチャーが多いのは確かだが、過去にはセーブ数で圧倒的な数字を残したピッチャーも選ばれている。
モーニングは球団のエースであるが、MLB全体を見てみれば、トップ10にも入らないであろうという程度のピッチャーだ。
むしろセットアッパーとして移籍してきたランドルフの方が、役割こそ違えど総合的に見れば、優れたピッチャーなのである。
クローザーのライトマンも、その成績を見れば確かにセーブ数は多いが、勝利や敗北になった試合も多い。
やはり今年のメトロズは、打撃優位のチームなのである。
このポストシーズンの試合はやはり、相手のピッチャーをいかに打ち砕いていくかがポイントになる。
強力なエースがいても、それを打ち砕くだけの絶対的なバッターがいるのだ。
あとはそれをどう運用していくかだ。
幸いにもと言うか凶悪にもと言うか、このバッターはリードオフマンとしても使えるのが恐ろしい。
球場の雰囲気が、明らかにレギュラーシーズンとは違う。
ほうほうと感慨深い大介に対して、チームメイトからの声がかかる。
「プレイオフの雰囲気はどうだ? すごいだろう」
「いや、日本時代の俺がいた球団はもっとすごかったし」
ライガースの応援と比べてはいけない。
そもそも応援と言うならば、鳴り物を使える甲子園の応援か、マリスタでの甲子園行きをかけた決勝の方が派手であった。
基本的にMLBは、一部を除いて鳴り物での応援は禁止されている。
(あれも、あいつが作った曲だったな)
イリヤの影響は、こんなところにも残っている。
ニューヨークを拠点とした著名人ということで、MLBの選手にもイリヤのファンの中には、喪章をユニフォームに付けて戦う者もいた。
だが大介の場合は、そんなつもりにもなれなかった。
イリヤは大介のことを、天敵のように思っていた。
しかし仲自体が悪いわけではなく、むしろツインズを通じて、多く関わることは多かった。
大介はあまり繊細ではなく、芸術への素養もない。
ただイリヤの音楽は、普通にいい曲だな、と聴いていた。
多くのグループに楽曲を提供し、年に数億ドルの金を動かす。
分かりやすい金という指標からすると、イリヤの影響力は大介よりも大きい。
ただ、今年はニューヨークを揺るがせたのは、大介のバッティングであった。
74本のホームランのうち、フランチャイズのホーム球場で打ったのは38本。
あまり球場による差異などは関係なく、だいたいどの球場でもホームランは打てる。
勝負さえしてもらえば。
おそらくあのグリーンモンスターでさえ、大介にとっては壁とならない。
この試合の先発は、モーニングとスレイダー。
勝敗だけを見れば、今年はモーニングの方が圧倒的に上だ。
しかし各種指標を見れば、スレイダーが上回ることが多い。
大介の加入から始まった打撃力の援護がなければ、ここまで圧倒的に勝つことなど出来なかっただろう。
一回からカジュアルズは積極的に振って一点を先取する。
だがメトロズも一点までに抑えて、立ち上がりで崩れることは防ぐ。
その裏の攻撃メトロズは、一番カーペンターから。
二番の大介に、なんとかつなげようとする。
スレイダーは右投手だが、左バッターの懐に深く突き刺さるカットボールを使ってくる。
これに詰まらされて、カーペンターは内野ゴロ。
そして恐怖の四割打者が、バッターボックスに入る。
(集中できるな)
スタジアムの熱狂具合は、大介にとっては丁度いいぐらいだ。
スレイダーの初球ストレートは、102マイルで外いっぱいに決まった。
あそこからツーシームで曲げてこられると、さすがに大介も絞らないと打てない。
(ツーシームなのにキレはフォーシーム以上だからな)
フォーシームストレートとツーシームストレートを比較した場合、バッターの手元ではツーシームストレートの方が速い場合がある。
これは回転によって、減速が起こりにくいからだと言われている。
変化球の方がストレートよりも速いというのはおかしいかもしれないが、実際のところストレートというのはわずかにシュート回転しているのだ。
スレイダーはこれにカットボールを混ぜてきて、そして緩急のカーブを持つ。
わずかな対戦の中で大介は、ヒットは打ったもののホームランは打っていない。
(狙って打つならツーシーム以外)
ストレートも含めて、他のボールなら打てる。
102マイルの速球も、単にスピードだけならそれほどの脅威ではない。
(でもスピンレートが高い)
二球目はカットボールで、大介はこれを打ったがファールゾーンにしか飛ばない。
一気にツーストライクまで追い込まれたが、ここから三球勝負に来るか。
状況的に大介を三振にでも取れば、カジュアルズの士気は大いに上がるだろう。
なにしろ大介は今年、470打数で23個しか三振をしていない。
そんな主砲が手も足も出ないなら、他のバッターを萎縮させることが出来るかもしれない。
まあメジャーリーガーに、そんなおとなしい人間はほとんどいないのだが。
スレイダーの投げた三球目。
わずかなスピンの違いを、大介の目は捉える。
(ツーシーム!)
アウトローにわずかに逃げていくボールを、追いかけながらも遠心力をバットの先にかけて振る。
当たった打球はサードの横へ飛び、ベースに当たった。
打球は大きく弾かれて、その間に大介は二塁にまで到達する。
体が泳いでいながらも、長打に出来た大介の勝利と言えるだろう。
ピッチャーとバッターの対決は、どうなればどちらの勝利と言えるか。
これは難しい問題で、チームプレイに徹するならば、外野フライでもそれがタッチアップになれば、打点がついてバッターの勝利になるかもしれない。
つまり状況によって必要なバッティングは違い、結果的に成功したらバッターの勝利とされる、とでも考えればいいのか。
大介のツーベースはどこから進塁打とヒット一本で、得点につながった。
一回の表裏が終わって、1-1の始まり。
両チームがエースでありながら、静かな立ち上がりではない。
ピッチャーの使い方も違うが、バッターの集中力も違う。
確実にどのバッターもパフォーマンスを上げてくる。
ただしそれがピッチャーの上げ幅に比べればどうなるか。
またエースクラス相手であると、お互いがどこまで粘るかも重要になる。
100球を超えてなお、どこまで投げてくるのか。
両チームのエースは共に、七回までを投げた。
お互いの得点は4-3とカジュアルズがリード。
しかし延長に入ってメトロズは、最大のチャンスを迎えていた。
MLBのセットアッパーやクローザーは、基本的に先発よりもはるかに優れた防御率や奪三振率、そして与四球率を誇る。
わずか一イニングだけ。そのためだけに、セットアッパーやクローザーは働くのだ。
カジュアルズのクローザーギャリックも、33歳のベテランであり、ペナントレースの防御率は当然のように1を切る。
メトロズのクローザーであるライトマンは、1をわずかに上回る。
だがクローザーとしては充分な仕事をしてくれているのだ。
この試合はランドルフが八回を無失点に抑え、九回にカジュアルズが一点をリード。
その裏にメトロズは追いついた。
10回の表にもカジュアルズが一点を加え、ギャリックは回またぎで10回の裏にも投げる。
しかしツーアウトから、メトロズは同点のランナーを出した。
そして大介の五打席目が回ってきたのである。
普通なら一イニングだけしか使わないクローザーを、カジュアルズは回またぎで使っている。
メトロズもライトマンを同じように使っているが、信頼性がこの二人では違うのだ。
ライトマンはクローザーであり、つまりは勝っている場面で使われるのが多いはずが、今年はここまで6勝5敗となっている。
つまりセーブに失敗しているのだ。
その後に味方打線が勝ち越し点を取ってくれると、勝ち星がついてくる。
しかし本来のクローザーの役割からすれば、負け星はもちろん勝ち星でさえ、ついてはいけないはずなのだ。
FMであるディバッツは、ランドルフを次からはクローザーで使おうかと考えている。
少なくともランドルフは、メトロズに移籍してから22試合でホールドを記録している。
登板したのは25試合で、そのうち二試合は同点の場面での登板。
勝ち星も負け星もついていないため、無敗のピッチャーとは言える。
移籍する前には勝敗がいくつかついていたが。
合理的に考えれば、この安定したランドルフを、もっと早くからクローザーに転換するべきであった。
ただ経験的にはライトマンの方が上であり、なにしろセーブの数だけはかなり記録していたのだ。
レギュラーシーズンのかなり早い段階で、ほぼ地区優勝は決定していた。
それなのにそういった試みをしていなかったのは、一つには大介の記録が関係する。
大介の記録があまりにも大きく、そしてチームも大きく勝ち越していた。
それなので冒険的な選手起用がしづらかったというのはある。
だがそれは明日からの話であり、今はこの打席が問題だ。
大介はこの試合、自ら選んでフォアボールで出塁することが多かった。
スレイダーの調子を見て、そう簡単に打ち崩せるとは思わなかったのだ。
塁に出て足を使ってかき回す。
昨今のMLBでは、そういった戦術をメインで使うチームは少ない。
ただスレイダーは崩れなかった。
またその後のリリーフピッチャーも、大介を歩かせることは自然なことと考えていた。
多少は難しくても、打っていくべきだったのだ。
そう思ったが今更の話。
ところが試合は延長に突入し、大介の五打席目が回ってきた。
ランナーは一塁に一人。
もしも歩かせたら、同点のランナーが二塁に、そして足のある大介も出塁させることになる。
次のバッターも厄介なシュミットで、ペレスやシュレンプが後にいる。
統計的に見れば、大介とは勝負を避けた方がいい。
だが逆転のランナーを出して、それでいいと言えるのか。
カジュアルズは今年、七試合で五回も大介を敬遠している。
ならばここも歩かせてくるのかな、と大介は思った。
しかしどうやら勝負らしい。
レギュラーシーズンとポストシーズンでは戦い方が違う。
もっと冷静に歩かせてくるかと思ったのに、ここは勝負なのか。
クローザーのギャリックは、カットボールやツーシームを使って、あとはチェンジアップを使ってくる。
サウスポーではあるが大介の苦手な、大きくスライドしてくるボールは持っていない。
カットボールやツーシームを、狙ったところに決めてくるコントロールはある。
だがそれはあくまでも、常識的な範囲のボールだ。
先発から上がって試合を見ていたスレイダーは、勝負の行方が見えていた。
レギュラーシーズンではボール球でも、打てそうであれば打っていた大介。
だがこの試合では、フォアボールを選んできていた。
一打席は打ち損じがあって抑えたことになっているが、二打数の一安打。
その一安打はスレイダーのツーシームを不十分な姿勢から打ってきたものであった。
大介との勝負を選んだ時点で、負けているのだ。
だがもちろん一介の選手としては、選手起用や作戦に口を挟まない。
それが自分の起用にかんしてならばともかく、チームの方針なのだ。
FMの領分に手を突っ込んで、厄介な選手だと思われたくはない。
そして考えていた通りの結果になった。
アウトローに沈んでいったカットボールを、大介はフルスイングで引っ張った。
バッターボックスの前の方で、あまり変化が感じられないうちに。
ボールはそのまま、スタンドの上段にまで冗談のように運ばれていった。
逆転サヨナラホームラン。
この年のメトロズを象徴するかのような、派手な一撃でメトロズは初戦を勝った。
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