第108話 レコード・ブレイク
マイアミ・シャークスとの最終戦。
相手は今年も地区最下位のマイアミであるが、それでもシティ・スタジアムは満員の観客で溢れそうであった。
大介の現時点での成績で、主なものは三つ。
打率0.408(一位)、打点193(歴代一位)、本塁打72(歴代二位)。
打率は今後下がっていく可能性もあるが、おそらく極端なことがない限り、四割をキープするだろう。
21世紀以降、もう高打率とホームランの両立は不可能だろうと思われていた。
三振をしてでもフルスイングをして、ホームランを狙っていく。
全てのバッターはそれを、究極の目的としていくべきだ。
そんな意識が浸透している中に、現れたのが大介である。
打率よりもOPSの方が大事。
そんなことを言われる大介のOPSは、現在1.593と、ぶっちぎりの歴代最高である。
四球の数は201とこれも、シーズンの歴代記録では二位。
そこから盗塁を89個も決めている。
こちらはそこそこ、100回以上決めている選手がいる。
ただし大介の盗塁は、成功率が極めて高い。
この大介相手に、シャークスはどうせもう最下位が決まっているのだから、もっと勝負するべきだろう。
そう思うのは観客などの、あくまでも試合を見て楽しむ側。
実際に対戦する選手にとっては、そんな大記録の達成を、自分が投げるボールでやってほしくはない。
そうは言ってもこのプレッシャーの中では、FMも申告敬遠は出しづらい。
ピッチャーも外で勝負しようとは思うのだが、手元が狂って少しでも内に入ると、大介は普通に打ちにくる。
四連戦の中で打ったのは、たったの一本。
だがこれで、あと一本でホームランの記録には並ぶことになる。
(来年の敬遠祭りが怖いな)
イリヤの件がなければ、余裕で記録は達成していたであろう。
ただ打率に関しては、四割を切っていたかもしれない。
残された試合は、ブレイバーズとの三連戦。
昨年は地区優勝したブレイバーズだが、今年はワイルドカードでのポストシーズン進出も不可能となった。
全ては同じ地区のメトロズが、圧倒的な力を示したからである。
シーズン序盤こそメトロズ相手に優位な勝率を誇っていたが、オールスター後は力関係は逆転。
メトロズとの試合で勝率を落とし、ワイルドカードを手に入れるチャンスはなくなった。
ならばこの三連戦、どういう覚悟でメトロズと対戦してくるか。
大介の記録を邪魔しにくるか、それとも正面から対決し、来年の巻き返しにいいイメージを残すか。
「おおよそは正面から対決してくるだろうな」
そう言ったのはベテランであり、こういった終盤の駆け引きに通じたシュレンプである。
「ブレイバーズは勝率を落としたいはずだし、そのためには負けたい、つまりお前に打ってもらいたいはずだ」
負けたいということの意味が分からず、大介は首を傾げる。
ここで説明がある。
「ウェーバーでの指名順位を考えたら、少しでも勝率を下げておきたいだろう」
ドラフトが関係していた。
なるほどNPBのように一位指名は必ず競合ならともかく、アメリカのシステムならばそれは分かる。
同じポストシーズンに出られないならば、指名順位を少しでも上げておきたいというのは当然だ。
また大介を相手にして、勝負を避けまくるのもみっともない。
おそらくGMからFMに対して、そういった指示が出ているだろう。
他のチームが逃げまくる中で、うちは最後にはちゃんと勝負しましたよ。
そのイメージはチームとしては必要なものだ。
あとは対戦する実際のピッチャーが、どういう判断をしてくるかだが。
この三連戦、既に優勝も決まっているし、無理に勝ちにいくことはない。
だからメトロズも純粋に、大介の記録の達成だけを狙っていける。
本当ならもっと余裕を持って、記録の更新は出来たはずだ。
だがイリヤの死は、こんなスポーツ界にまで影響を与えた。
大介の場合は妻の怪我が理由であるが、主に音楽業界は、かなりの動きが止まってしまっていた。
芸能業界もそれに続いて、あちこちで文化的な活動が止まった。
よりにもよってなぜ、とはメトロズのみならずMLB全体が思ったことだ。
大介の記録更新というのは、今年のアメリカスポーツ界の中ではナンバーワン、社会的に見ても最も注目されるものであった。
それがイリヤの死と重なったことで、よりドラマチックになった面はあるが、大介の記録達成には難しくなったのだ。
それでもどうにか復帰し、打点などは更新した。
三試合で、二本のホームラン。
全力で警戒しているピッチャーから、それは難しいのではないだろうか。
それにくさいところを突いて、フォアボールで歩かせるという選択は、禁じられているわけではない、
ただ、大介はこの三連戦、ついに打順を一番に持って来られた。
最も多くの打席が回りやすいように。
そしてその後ろには、打てるバッターが勢ぞろい。
これだけお膳立てしても、ブレイバーズのピッチャーは外に投げてきた。
ボールに外れていくスライダーなど、サウスポーなら大介には相性がいいはずなのに。
外のボールが続いて、大介の意識は外に完全に向かう。
そこを狙い済ました、内角へのボール。
懐をえぐりこむようなボールだが、大介のスイングはスムーズに出た。
バットの根元寄りではあったが、それでも届く。
73号ホームランを打って、その160試合目は始まった。
どんなピッチャーだって、自分が投げた球を打たれて、74号ホームランになどされたくはない。
だがベンチから申告敬遠の伝達はない。
負けても仕方のない試合。
むしろわずかも、負けた方がいい試合である。
負けるだけなら、別に大介との勝負をしなくてもいい。
外に目を向けさせ、内角もボール球のはずだった。
だがそれを打ってしまうのが大介なのだ。
結局この日の試合は、大介に打たれたのはその一撃のみ。
次以降の打席は露骨に勝負を避けてきて、それでも大介は一度は打ったが、野手の正面に飛ぶボールとなった。
他の二度はさすがに手が出せず、フォアボールで出塁。
球場の観客は大ブーイングで、結局はブレイバーズを萎縮させることとなった。
試合はややもつれたが、メトロズが勝利。
こんなことならもっと、真正面から戦えよと、見ている側からしたら不満しかない。
ただそれでもこの試合は、試合の勝敗が微妙であったため、大介との対決を避けたといういい訳がきいた。
残り二試合。
ホームランが一本打てるかどうか。
実単純に、出場した試合でのホームラン数なら、大介は記録を残している。
これまでの記録もそれなりにシーズン中に休んで達成されたことはあったが、大介は16試合も欠場していたのだ。
また長打率にしても、シーズンでほぼ10割。
日本時代と比べても、ほとんど成績の低下がない。
少なくともレギュラーシーズン、大介は戦い抜いたと言えるだろう。
怪我などの離脱はなく、スタミナ切れもなかった。
移動での疲労蓄積は、かなり心配されたのだが。
悲劇が襲ったニューヨークは、なんとか大介の記録で盛り上がろうとしている。
もしもホームランがあと一本出なかったとしても、充分な記録ではある。
100年以上もいなかった四割打者に、ホームランと盗塁が70-90という記録。
今まで50-50さえいなかったのを考えると、どれだけ規格外の選手かは分かるというものだ。
三冠王も既に達成は確実で、盗塁王も達成。
最高出塁率に、最高長打率、最高盗塁成功率に、最高OPSに最多四球と最多敬遠。
ただ死球だけは少ない。
100マイルの危険な球でも避けてしまうか、バットではじき返していたため。
体を狙えばバットではじき返して、ストライクカウントを稼げるのではないか。
そんなことを考えていたのか、何度か続いたことがあったが、頭部付近へのピッチングでもなかったのに、ピッチャーは退場処分を食らった。
このあたりの判断は、ルールブックに記載されているわけでもないが、審判の裁量なのである。
頭部近くでなくても、明らかにデッドボールを繰り返してくれば退場。
これもまた大介が、MLBに与えた新基準である。
残り二試合で、打ってほしい。
どちらかというと人気が低下していたMLBだが、このすさまじい成績は多くのニュースで流れる。
大介の体格を見れば、フィジカルに優れた超人でなくても、スポーツでは活躍することが出来る。
それが分かっていれば、スーパースターに憧れて、子供たちはそのスポーツをやり始めるのだ。
なんだかんだ言ってMLBは、年間の試合数が最も多い。
そしてチケット枚数にしても、屋内で行われるNBAよりも集客に優れている。
試合を見に行ける回数が多い。
それこそがMLBの最大の長所だ。
おそらく観客現に悩まされているシャークスなどでも、来年はメトロズとの試合に限っては、多くの動員が見込められる。
今年の時点でも既に、シーズン半ばからはその兆候があったからだ。
勝負しろ、という観客のみならぬテレビの向こうからの怨念。
それを受けながら投げるブレイバーズのピッチャー。
申告敬遠をしないと、たまには手元が狂って、バットが届きそうなところに投げてしまう。
そしてそれを、大介は見逃さなかった。
161試合目の第二打席。
大介の打った打球は、センターの頭上を越えて、バックスクリーンにまで到達した。
よってこのホームランボールは、観客にキャッチされることもなかった。
大介に渡されたこのホームランボールは、自然と野球博物館に送られることとなったのだった。
74本を打った。
欠場していた試合の数を考えれば、二試合に一本はホームランを打っていた計算になる。
大介としては、これでようやく気が抜けた。
あとはやるべきことは、出来れば打点を三点稼ぎたい。
そうは思ったがこの試合もまた、試合自体が接戦になった。
なので大介は歩かされることが多く、試合に関してもメトロズが負けた。
のこり一試合で、大介の打点は197点。
満塁ホームランでも打ったら、200点に到達する。
ただこの時点で既に、打点とホームランのシーズン記録は更新しているのだ。
打率はさすがに無理であるが、それでも半世紀以上のなかった四割は、ほぼ決定している。
そして最終戦、大介はヒット二本を打って、ついに200打点を達成した。
ぎりぎりでの達成だったが、おそらくこれを破ることは、本人以外には100年は不可能となるだろう。
かくしてレギュラーシーズンの162試合が終了した。
大介の主な成績は以下の通りである。
146試合出場 677打席 470打数 192安打 241得点 200打点 ホームラン74本 盗塁90 四球205うち敬遠86 三振23
打率0.409 出塁率0.588 長打率1.015 OPS1.604
色々とおかしく、ほとんどの部門で人間を止めている数字である。
メトロズは打線が強力で、五打席目の回ってくる試合が多いのが、幸いしたとは言える。
ただその強力な打線の中でも、最強なのが大介であった。
100年なかった四割打者。
三冠王であり、盗塁王に最高出塁率、最高長打率、最高OPS。
ほとんどの部門で、記録を塗り替えた。
打率などの上下するようなものはともかく、積み重ねる打点や本塁打など、16試合も欠場していたにもかかわらず、この成績である。
満票MVPに選ばれないはずはないが、それはポストシーズンも全て終わってからだ。
ここからワイルドカードゲーム、ディビジョンシリーズ、リーグチャンピオンシリーズが行われ、ワールドシリーズが行われる。
この全てがポストシーズンの試合である。
チームとしてもメトロズは、114勝48敗と圧倒的な数字を残した。
21世紀以降に限ったら、この勝率は歴代二位。
また現在の体制になってからも、歴代三位タイ。
MLBはNPBと違って延長戦が長いので、基本的に引き分けは少ない。
よってこのような突出した成績となった。
ただ大介の離脱がなければ、この記録はさらに違うものとなっていただろう。
大介の離脱中、一点差で負けた試合は三試合。
これがひっくり返ると117勝となり、MLBの歴史をまた更新することになったはずなのだ。
大介の記録は悲しみのニューヨークを、熱狂の色で上書きした。
MLBの長い歴史の中でも、三冠王と盗塁王を同時に取った新人王などは存在しない。
そしておそらく今後も、二度と誕生することはないだろう。
ただあくまでも、これはレギュラーシーズンが終わったばかり。
ここから始まるのが、ポストシーズンのプレーオフである。
このプレーオフに出場できるのは、各リーグ合わせて10チームまで。
そしてワイルドカードは、各地区の二位のチームの中でも、勝率の高かった二チーム同士が対決する。
そして一試合だけで、ワイルドカードが与えられるチームが決定する。
MLBの中では最大の短期決戦と言えるだろう。
今年は最高勝率であったメトロズと当たるのは、このワイルドカードの勝者である。
そこからディビジョンシリーズは五試合で先に三勝したチームがリーグチャンピオンシリーズへと進む。
ここから先は七試合の四勝先取制でワールドシリーズへ進み、そこでも同じ七試合の四勝先取でワールドチャンピオンが決まるわけだ。
メトロズはここで、四日間の休みが入る。
その圧倒的な打撃力から、メトロズは優勝候補のナンバーワンであるが、MLBはレギュラーシーズンとポストシーズンでは、かなり選手の起用も変わってくるのだ。
あるいはここまでの全てが、ただの前哨戦とも言える。
メトロズが優勝できれば、それは単にチームの優勝だけにとどまらず、大介の偉業も同時に祝福されるだろう。
お祭り騒ぎになることは間違いない。
(こういうの、あいつは好きだったよな)
どうしてもまだ、しんみりとしてしまう大介であった。
×××
※ ワイルドカード
ポストシーズンに進むのは各地区の優勝チームと、地区の二位チームのうち勝率が上位の二チーム。
この中で二位のチーム同士が一試合だけをして勝利したほうが、勝ち残ってディビジョンシリーズに進む。
ただ現在のMLBではここを変更するような議論が行われていて、ポストシーズンに進むのは14チームか12チームになりそう。
このあたりの議論がまとまらないため、今年はスプリングトレーニングが遅れて、おそらく開幕も遅れるのではないかと言われている。
※ ウェーバー制
MLBは戦力均衡のため、勝率の悪かったチームからドラフトを指名できる、完全ウェーバー制を行っていた。
しかし戦力が全く整わないチームが、あえて負けまくってドラフト上位指名権を得ようというタンキングを行っていることから、これも変更になりそうである。
過去には確かに、一巡目の一位指名と二位指名で、その後の活躍が全く違った例もあるため、バカにできない。
資金のないチームはこれを利用して、負けまくった間に指名したドラフト上位選手を安く集め、数年に一度だけ優勝を狙いにいくことがある。
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