第101話 熱狂
野球という競技は、世界的に見ればあまりメジャーではない。
もちろん比較的という意味であり、地域に限れば北米圏と東アジア圏ではメジャーなスポーツだ。
だが競技人口などを考えると、サッカーやバスケットボールの方がずっと多い。
また競技人口やファン人口などは、本場のアメリカでも少しずつ減っていたはずなのだ。
どんな競技であっても、それが爆発的な人気を誇るようになるには、スタープレイヤーが必要になる。
またアメリカという国はひどくビジネスライクであり、興行的な成功のためなら、ルールを変更することも厭わない。
その悪い一面が、発覚しなければドーピングもあり、というMLBの歴史にある。
90年代はロックアウトなどもあり、MLBの人気が最低に落ち込んだ時だ。
それが復権したのは、たとえば野茂が活躍し日本のファンをMLBに目を向けさせたこともあるが、その後のマグワイアとソーサのホームラン王争いが大きかったと言うものは多い。
ドーピングによる競争であったが。
それが海外から、弱いはずのリーグから、怪物がやってきた。
知っている人はとっくの昔に知っていたのだ。
ワールドカップでは、逆の打席でホームラン、場外ホームラン、予告ホームランと、とにかく派手なことをしたハイスクールのスラッガー。
クールなニューヨーカーが、はっきりと熱狂の色を帯び始めている。
そして敬遠などをすれば、もう下手をしなくても、相手のホームでもブーイングが起こる。
二打席連続で勝負して、二打席ともホームランを打たれたため、その後の三打席では二度の申告敬遠。
三度目はフォアボールで出塁し、結局はまた盗塁をしかける。
単にバッターボックスの中だけではなく、塁に出てからも楽しめる。
大介は楽しみ方が多い選手なのだ。
記録を塗り替えられるのかとは、多くのファンの注目することであった。
ホームラン記録は、このままの頻度で打つなら、確実に塗り替えてしまう。
ランナーがいる時などは、ひどいボール球でも手を出して、ポテンと外野の前に落としたりもする。
だが基本的には、フォアボールを選ぶことも増えてきた。
後ろの打線が強力になってきたからだ。
60ホームランに70盗塁。
もはや試合に出るたびに、誰もなしえなかった記録がどんどんと伸びていく。
そして相変わらず敬遠も多いのに、勝負されれば打っていく。
無理に打っていけばどうしても打率は下がるのに、それでもNPB時代よりも下がることは少なく、そしてフォアボールは増える。
原因としては申告敬遠で敬遠されることが多いからだろう。
NPB時代は最後の一年、年間に61回の申告敬遠があった。
だがMLBではこの時点で既に、66回申告敬遠されている。
それを含めたフォアボールの数は149個。
この調子でフォアボールの数が増えていってしまったら。
年間のフォアボール記録232というMLB記録を更新する可能性がある。
おそらく来年からは、申告敬遠の数を数えることになるだろう。
そういった色々な部分まで、大介は記録を塗り替えようとしている。
一番恐ろしいのは、これだけの記録を残しながらも、アベレージを残していることだ。
四月の圧倒的な打率が大きいとは言っても、八月も入ってから四割を超えている。
アベレージを残しながら数字を増やしていくのは、本当に難しい。
だが大介はやってしまう。
フランチャイズのニューヨークで迎えたマイアミとの試合では、向こうに対するブーイングがひどかった。
それでも三試合で、三回の申告敬遠が発生した。
ホームランを四本も打っているので、仕方がないと言えば仕方がない。
しょんぼりと去っていくシャークスであるが、こっそりと試合は一試合勝っていた。
ひどい戦力であっても、こちらのピッチャーが崩れれば、そういったことはありうるのだ。
続いてはまたネイチャーズとの三試合をホームで行う。
あるいはネイチャーズもまた、大介との勝負は避けてくるかもしれない。
しかしシティ・スタジアムを埋めるニューヨーカーがそれを許すのか。
第一戦は初回からネイチャーズが得点し、試合は動くように見える。
二点を先行されたメトロズは、一回の裏はワンナウトランナーなしから、二番の大介に打順が回ってくる。
大介はボール球でも、内角ならば普通に打つ。
外角であってもバットが届くなら、ヒットにはしていける。
なので確実に歩かせるためには、やはり申告敬遠となる。
昔なら抗議の空振りなどをしていたか、バットを持たずにバッターボックスに入ったかもしれないが、本当に申告敬遠というシステムは、ピッチャーのプライドを守るためのつまらない制度だ。
球数制限の中で、必要な制度だと言うのか。
もしくは時間を短縮するため、という言い訳も存在する。
実際のところMLBの人気が頭打ち、あるいは低下していたのに、試合時間の長さというのはあったのだ。
昔と違って今は、娯楽さえものんびりと楽しむことが出来ない。
時間というものの価値が、高くなりすぎている。
どんな金持ちであっても、時間を短縮することは出来ても、増やすことは出来ない。
なので観戦の余裕を持つということは、他に趣味がなかったり、野球が身近な存在であったり、時間をこれについやするほどの余裕がないと難しい。
あるいは、時間を使ってでも見る価値があると思わせるか。
大介の打順が回ってくると、スタジアム中がうなりを上げる。
若者だけではなく、古くからの野球ファンが、年甲斐もなくはしゃいでいる。
こういった光景はやはり、四大スポーツの中でもMLBだけだろう。
その大介に対し、リードしたネイチャーズは、第一打席は勝負を選択する。
初球、様子見のカーブ。
単純な速球は大介にとって、完全なホームランボールだとは認識されている。
ゾーン内に甘く入ったが、大介は見逃した。
同じ東地区ということもあり、本日の先発シューメイカーとは、もう何度か対戦の経験がある。
開幕戦でホームランを打ったが、それ以降もかなり打っている。
なので実感としても、大介と単純に勝負するのが、どれだけ危険かは分かっているだろう。
だがシューメイカーはエースでもある。
ポストシーズン進出の可能性は低くなっているが、完全に消えてはいない。
実のところポストシーズン進出の可能性が低くなれば、チームとしてはあまり上を目指す必要はなくなる。
なぜならば順位が低いほど、MLBではドラフト指名で有利だからだ。
もちろん選手としては、年俸に反映される自分の成績を、意図して下げていくことなど考えない。
このあたり単純に負けていても、監督が代わらなかったりする理由である。
外外と投げて、ボール先行。
遅い球を続けて、次は速い球か。
(インハイかインローだな)
大介のスイングからは、インローが一番ホームランになりにくい。
だがそれは比較的そうだという話であって、確実にそうなわけではない。
そして投げられたボールはインロー。
(甘い)
タイミングを捉えてしっかりと打っていく。
高さのある打球は、大介にしては珍しい。
それでもやや右よりのバックスクリーンに、すこんと落ちた。
ホームランボールを取れなくて、観客はがっかりしていたが。
他の座席からは、立ち上がって歓声が上がる。
大介は軽くガッツポーズをして、ダイヤモンドを一周。
ここで大げさに騒ぐと報復死球があったりするが、大介としては当たるコースのボールなら、普通にバットでヒットには出来る。
かといって調子に乗ったりはしないのだが。
ともあれこれで、シーズン最多記録三位タイの65本。
まだ八月であるのにこの記録は、もはや更新は間違いないとも言える。
そしてホームラン以外の記録も、一気に更新するこのシーズン。
大介の活躍には、まだ全くかげりが見えない。
ネイチャーズとの三連戦は、ホームランは最初の一本だけに終わった。
だが打点は増えているし、それよりさらに得点が増えている。
大介が塁に出てしまえば、それをしっかりと後ろが帰してくれるのだ。
もっともそれは、後ろが強いからこそ出せる記録。
バッターとしては大事な打点の方も、既に歴代のレベルに達している。
この記録は上位20位までが、全て20世紀より前の記録だ。
特に上位10位までなら、20世紀前半まで。
しかし大介の164打点というのは、既に歴代17位タイ。
なおその記録は、ベーブ・ルースの生涯二番目の記録であったりする。
試合数やスタジアムの大きさが違うため、参考程度の記録にしかならないが。
そこからメトロズは、アウェイでブレイバーズとの対戦となる。
ブレイバーズはほとんど、地区優勝自体は諦めている。
だが狙っていくのはワイルドカードだ。
そのためにも地区二位の座と、勝率をなんとか残しておかないといけない。
確かにメトロズは同じ地区でも、ブレイバーズ相手には3勝7敗と負け越している。
色々と理由はあるが、投手力で負けているのが原因とされていた。
またここまでは大介をかなり警戒し、ホームランも三本しか打たれていない。
もっともやはり、かなり勝負を避けてはいるのだが。
ここでもアウェイでありながら、大介は大きな声援で迎えられる。
ここまで一人のバッターが人気を博すというのは、あるいはベーブ・ルース以来ではないのか。
一回の表はまたランナーのいない状況で、大介の打席が回ってくる。
さすがにここで、敬遠などというのは許されない。
ここは一本打たれてもいい。
相手のFMはそう考えるのかもしれないが、ピッチャーはそれを許容しない。
元々前の対戦でも、大介にヒットは打たれても、まだホームランは打たれていなかった。
それがおそらく悪かったのだろう。
初球からゾーンに入ってきたストレートを、大介は軽く叩いた。
するすると空気の中をすべる様に、ボールはライトスタンドに入った。
これにて大介の記録は、歴代三位の66本となる。
そしてブレイバーズも、迂闊な勝負は避けるようになる。
これまでは大介との勝負を避ければ、かなりの確率で失点を減らし、殴り合いに勝ってきたブレイバーズ。
しかし今は四番に、強打者シュレンプが鎮座する。
往年ほどのバットの輝きはなくても、その長打力は健在。
大介は塁に出れば、かなりの確率でホームを踏むことが出来るようになった。
そして試合が終盤になれば、勝っていればランドルフが出てくる。
一イニングを確実に、0で封じてくれるリリーフ。
あるいは今のクローザーのライトマン次第では、シーズン終盤はクローザーをするかもしれない。
この新戦力は上手く機能した。
メトロズはこの三連戦、先発ローテはさほど強くはなかったが、三連勝で終えたのである。
もちろん地区優勝は、もう決まったようなものだ。
それでもポストシーズンに当たる可能性がある、ブレイバーズに確実に勝っておく。
これでもし対決があれば、精神的に優位に立てる。
またも休みもなく移動するメトロズ。
次に移動するのは、ミズーリ州である。
これまでは対決のなかった、カンザスシティ・ノーブルズ。
昨年は地区最下位と散々な成績であり、一気に今年は集客力を落とした。
しかしここでの三連戦は、観客席が満員となる。
対戦相手の本拠地であっても、観客を集めてしまう。
かつてのNPBでは、タイタンズがそんな役割を担っていた。
今はメトロズと言うか、大介の打撃がその役割を果たしている。
二試合に一本以上の割合で、ホームランを打っている。
そしてホームランにはならなくても、多くの長打を放っているのだ。
類にさえ出れば走塁でも魅せる。
そんな大介に対して、集客で困っていたノーブルズは、ピッチャーに勝負を指示していたらしい。
おいおいと大介は思うが、ピッチャーとしても大介を抑えたら、それだけ注目されるのだろう。
そんなわけで第一戦は、比較的しっかりと勝負してきた。
誤りである。
大介はいっさいの手加減をしなかった。
そして大介に引きずられて、メトロズの他の打者も打ちに打った。
本年のシーズンにおいて、最大の得点となる18得点。
大介は六打席が回ってきたが、さすがに最後の打席はほとんど勝負を避けられた。
点差がつきすぎて、盗塁禁止というアンリトンルール。
またフォアボールのあとにボールスリーとなったら、次のストライクは見逃さないというアンリトンルール。
このあたりがかなり厳密に適応された。
大介としては二本もホームランを打つ大サービス。
さすがに点差が開きすぎて、最後にはプレイ全体が大味になっていたが。
ともあれこれで、大介のホームラン数は69本。
ほぼ確実に、記録の更新が見えてきたのであった。
×××
※ ドラフト
NPBでは一巡目は入札、二巡目からはウェーバー制となっているドラフトですが、MLBの場合は完全に成績によるウェーバー制を取っておりました。このため弱いチームほど、いい選手を取りにいけたわけです。ただしこれは優勝やポストシーズンがもう無理と見たら、積極的に負けにいくタンキングという行為がなされるようにもなってしまいました。
実は現時点でこれが問題視され、今年からMLBドラフトは完全ウェーバー制が廃止される模様です。NPBのように一巡目は最下位三球団までは競合して選手を取りにいくというようなシステムが検討されているようですが、まだ決定してはいません。
なおこんなシステムなため、下手に活躍して最下位を逃すと、ドラフトで注目の選手を取りにいけず、GMから睨まれるという選手もいたりするのです。
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