第95話 東・中・東

 セントルイス・カジュアルズをホームで迎えた試合は、大介が四試合で七つのフォアボールを食らったが、二勝二敗で終わった。

 ただしここのところメトロズは、リリーフ陣が疲れてきている。

 何人か休ませて、マイナーからあるいはマイナーでプレイしている選手を引き上げる。

 だが基本的にメトロズは、打撃で打ちまくって勝つチームだ。

 去年まではもう少し地味な攻撃もしていたが、大介が打ちすぎている。


 そしてまた、放浪の旅がまた始まる。

「NHLはよく知らんけどNBAと比べても、試合数多すぎだよな。チーム数はどっちも同じなんだから、試合数も同じにしていいだろうに」

「まあそのために色々と動いてるんですけどね」

「そうなん?」

「具体的にはポストシーズンを多くして、レギュラーシーズンを少なくしようと」

「あ? ああ、負けられない戦いが多いほうが、スリリングで面白いわけか」

 大介は知らなかったが、NHLであると優勝決定のスーパーゾールは一試合。

 そしてNBAであると、上位16チームがトーナメントで東西のチャンピオンを決め、そこから全米チャンピオンを決める。

 なお全米と言っているが、カナダのチームも含まれる。


 今のMLBは二つのリーグが存在し、それを三つの地区に分け、地区優勝チームと勝率の高い二位のチームから一チーム、合計八チームでポストシーズンを行う。

 金にならない弱いチームのレギュラーシーズンを減らし、ポストシーズンを盛り上げたいというのがオーナー側の要望だ。

 ただレギュラーシーズンが減ると、大きな問題も発生する。

 打率やOPSなどはともかく、ホームランや打点のシーズン記録が更新されなくなる。


 今のMLBは特に打撃成績を、汚れた記録と呼んだりする。

 ドーピング全盛期に出たホームランの記録は、それらの薬物が禁止されてから、60本に達することすらない。

 この時代の分かっているドーピング記録は、抹消すべきだという意見は根強い。

 また選手たちもほぼ全て殿堂入りを果たしていない。


 クリーンな選手によって、記録を塗り替えられるのが、一番望ましい。

 ただし大介の場合は、ナチュラルに体質がドーピングだという問題はある。

 優れた遺伝子を持っていることまで、ドーピング扱いされてはかなわないのだ。




 移動しながら大介は、さすがにこの試合数は多いよな、とは思う。

 特にこれだけのチームがあるのに、特定のチームとの試合が多すぎる。

 もっともそれを言うなら、日本の場合は同じチームと25試合も一年に戦っているわけだが。

 直接対決はMLBでも、同じリーグで同じ地区なら基本的に19試合。

 メトロズにはブレイバーズといったように、ある程度のライバル関係は存在する。

 それが因縁と見られるか、それとも代わり映えのしない試合と見られるかは、試合の内容次第であろう。


 カジュアルズとの対決の後は、またも敵地に飛んでアトランタ・ブレイバーズとの対戦。

 飽きるというほどではないが、またかという感想は湧いてくる。

 メトロズが地区優勝をするには、ブレイバーズとの直接対決は、かなり重要なものとなる。

 だが前回も四試合のうち一試合しか勝てなかったが、今回も負け越した。

 大介が三試合で四回も歩かされたら仕方がない。

 敵地であるにもかかわらず、ブーイングが聞こえたりした。

 それは小さなスラッガーが、チームの垣根を越えて支持されてきたということであろう。


 次に対決するのは、シカゴ・ベアーズ。

 現存するMLBの球団の中で、本拠地を移転していない球団としては、最も古くから存在する。

 大都市シカゴには二つのMLBチームがあるが、人気はこちらの方が高い。もっともファンの層が違うという話もあるが。

 100年以上ワールドチャンピオンから遠ざかったこともあったりと、色々と逸話のあるチームであるが、とりあえずここのところ地区レベルではそこそこ強い。

 ただし今年初対決となる大介を相手に、チームは実際の攻略法を試そうとした。

 そして普通にホームランを打たれた。


 ブレイバーズがその三連戦で、一試合も大介にホームランを打たせないという快挙を成し遂げたが、ベアーズはとりあえず対戦してみるか、と比較的安易にピッチャーに投げさせた。

 四試合で三本と、フォアボールで歩かせることはあったのだが、敬遠しないのが間違いだった。

 ゾーン内にさえ入ってくれば、間違いなくホームランを狙える。

 バットが届けば、どうにかホームランが狙える。

 そんな規格外が、白石大介だ。


 今年のベアーズは地区優勝を目指すには、まだ戦力が整っていない。

 だからかなり真正面から、大介と対決してしまった。

 殴り合いとなった四連戦で、メトロズは三勝一敗と勝ち越す。

 そしてまた対戦相手は、同じリーグの同じチームに戻っていってしまうのだ。




 その次のフィラデルフィアとの三連戦も、大介は敬遠されまくった。

 そして勝負する球も、明らかにボール球が多い。

 最後の試合は五回打席が回ってきて、三回も敬遠だったのは笑うしかない。

 それでもボール球を打ってライト線に飛ばし、二打点をつけたが。


 そろそろ満塁で敬遠ということが起こるのではないかl。

 過去に前例があったことなので、ありえなくはない。

 ただし時代が違う。大介は四番ではなく、二番か三番を打っている。

 前にそれほどのランナーがたまることはまずない。


 ランナー一二塁からなら、さすがに勝負をしようと思うのだろう。

 そこで大介はデッドボールに近い内角を、ゆっくり懐に飛び込んでから打つのだ。

 遠心力が足りないため、スタンドまでは飛んでいかない。

 だがファーストの頭を越えれば、長打となって点は入る。


 フィラデルフィアのやりたいことも、分からないではないのだ。

 今のナ・リーグ東地区は、打撃で徹底的に相手を打ち砕くメトロズがトップを走り、二位のアトランタもブレイバーズの勝率はなかなかいい。

 確実にこの上位二チームとの直接対決を制しなければ、二位を確保できない。

 ワイルドカードでポストシーズンに勝ち進む。

 実際のところ現時点で既に、それは難しくなっているのではないだろうか。


 次に対戦するのは、ホームに戻ってアトランタ・ブレイバーズ。

 ここまでは上手くかみ合わず負けていることが多いが、メトロズも強い先発三人から始まることとなる。

 ポストシーズンはレギュラーシーズンとは、全く違う戦い方になる。

 だが強いピッチャーを固めたここで、出来れば苦手意識は払拭しておきたい。

 そしてアトランタ側も、大介のさらなるデータを取った上で、弱点の発見を考えているのだ。




 結局ブレイバーズ相手に、またも負け越してしまった。

 しかも今回はリリーフ陣での逆転負けなどではなく、普通に先発に負けがつく形でのものだった。

 もちろん一方的なものではないが、ここまで上手く勝ちがつかないというのは、何かおかしなものである。

 大介を敬遠するわけでもなく、それなりの勝負はしている。

 つまり完全にではないにしても、ある程度大介の対策が取れるようになってきたわけだ。


 簡単に言えば、サウスポーのスライダー。

 それでも右打席に入って打ってしまうのだが、なかなかホームランにまでは持っていけない、

 強いピッチャーを三枚そろえたが、それでもエースのモーニング以外は敗北、

 先発に負けがついているというのが、かなりの問題であろう。

 首脳陣は色々と考えているが、大介には何もアドバイス出来ない。

 ピッチャーの球数制限や登板間隔があまりに日本と違い、いまだに戸惑っているというのもある。


 そんなことを言っている間に、六月が終わった。

 だんだんと打撃成績は悪くなってきているが、それも当たり前のことだろう。

 単純に勝負を避けられるケースや、ボール球を投げられることが多くなっている。

 たとえボール球でも、打てるものなら打ってランナーを帰す。

 それでずいぶんと、ひどい数字になってきているのだが。


 六月度は打率0.380 出塁率0.562 OPS1.496

 それでもホームラン13本の打点は38と、圧倒的な数字を残している。

 打点よりも特徴的なのは得点で、他の数字が下がっている中、これだけは上がっている。

 塁に出たらとにかく前に進んで、ホームを踏んでいくからだ。


 五月に、四月に比べれば失速したとき、多くの人間がほっとしたものだろう。

 ここから徐々に成績を落としていって、やがてすごいことはすごいが、理解できる範囲のすごさになるだろうと。

 だがそれは間違いで、五月の数字が底だったのだ。

 六月の数字はフォアボールを除けばほぼ何も変わっていない。

 シーズン通算では、いまだに打率は四割オーバー。

 86試合を消化したところで、ホームラン48本と打点129点は、普通にどちらもレコード更新レベルのスピードだ。


 やはり四月のスタートダッシュが、大介にはよかったのだ。

 今はホームランの倍の数のフォアボールで、そしてそのうちの半分近くが敬遠。

 そして盗塁の数が、早くも50に達した。

 50ホームラン50スチール。

 これまでのMLBにおいては、達成されていなかった記録。

 あとホームランを二本打てば、それが記録される。


 そもそもこの時点で、ホームランが48本。

 五月と六月は、ともに13本のホームランを記録している。

 七月以降は、オールスターなどもあるため、やや残り試合は少ない。

 だがこのまま13本ペースでホームランを打って行けば、80本には達するだろう。

 あとは打率はどうだろうか。

 現在の打率が0.415というのは、おおよそ残りの試合で0.385の打率を残せば、四割が達成される。

 打率の維持というのは、あるいはホームランや打点を増やしていくより難しい。

 だが六月が終わった時点での大介の数字は、色々な記録の更新を期待させてくれるのだ。


 オールスターファン投票は、多くのメジャーリーガーを抑えて圧倒的な一位。

 日本からの投票があったにしても、圧倒的であった。

 そして当然ながら、ホームランコンテストへの出場も決定している。

 お祭り騒ぎのようで、楽しいと思える大介であった。




 どうにかして止めないといけない、というのがメトロズ以外のほぼ全ての球団の総意であった。

 対戦する機会の少ない、ア・リーグのチームでも、ある程度の対戦はある。

 そして大介は野手なので、当然どの試合でも打ってくる。


 多くのスラッガーに対してなされてきた、敬遠策が使いにくい。

 特にランナーがいなければ、二塁までは確実に盗塁を狙ってくる。

 盗塁数が多い上に、その失敗率は低い。

 フォアボールでランナーとして出ることの価値が、絶対的に違うのだ。


 40-40ならともかく、50-50というのはなんなのか。

 パワーで飛ばすのではなく、技術で飛ばす。

 そのくせ飛距離はパワーヒッターよりも出ている。

 そして三振をせず、打率まで高い。


 大切なのはヒットを打つよりも、出塁することである。

 なぜならフォアボールでの出塁ともなると、ピッチャーに対しては球数を投げさせ、さらにプレッシャーを与えることになるからだ。

 綺麗にぽんとヒットを打たれるよりも、フォアボールで自らランナーを出すほうが、ピッチャーのダメージは大きい。

 そう言われていて事実そうなのかもしれないが、大介はホームランの数のほうが、単打よりも多い。

 そして単打でも、前にランナーがいなければ走っていく。


 デッドボール攻勢、というのも考えたりした。

 だが序盤にピッチャーが報復打球で退場し、その後にもう一度似たようなことがあったため、大介への故意のビーンボールは、誰も投げないようになった。

 報復死球をするにしても、他のバッターにということだ。

 そもそもミートでピッチャーを狙うというのは、大介にとってももったいないことなのだ。

 ピッチャーを狙って打てるようなボールであったら、普通にホームランにしてしまえる。

 なので実は、二度目の意図的なデッドボール以降は、ピッチャーもそんなことをしても、危険はないようになっている。

 NPB時代にも大介は、そんなことはしていなかったのだし。


 MLBのどこが紳士的なのか、とは大介も思っている。

 思った上で相手の土俵のルールで、自分なりに考えてバッティングを行っている。

 ホームランを打つにおいても、より遠くを飛ばしていく。

 基本的に引っ張ったボールは全てライナー性の打球で、それはバックスクリーンに直撃することもある。


 日本時代の成績から考えて、ある程度有効な手段としては、左ピッチャーを使うというものがある。

 スライダー系の変化球には、そこそこ弱いというデータがあるのだ。

 だが四割を打つバッターが、三割しか打てないということで、それを弱点と言っていいのかどうか。

 とりあえずリリーフを使うときは、サウスポーを優先して使うようにしているが。




 ブレイバーズとの三連戦後、大介は今度こそ一日休むことが出来た。

 翌日から始まるのは、サブウェイシリーズ第二ラウンド。

 今度はホーム球場にお招きしての、ラッキーズとの対戦である。


 とりあえず自分の成績に集中している大介だが、他のチームとの順位なども、全く気にしていないわけではない。

 たとえばア・リーグの各地区の動静は、最終的なワールドシリーズの対戦相手につながる。

 またナ・リーグの他の地区を見れば、ワールドシリーズに進出するまでの、戦う相手が見えてくる。

 六月を終了したということは、シーズンも半分を終了したというわけだ。

 ここから主力の故障や、逆に復帰によって変化することはあるだろうが、おおよその今年の動静は見えてくる。


 ナ・リーグ東地区は、勝率こそメトロズが圧倒しているが、直接対決ではまだブレイバーズと相性が悪い。

 直接対決に弱いのは、短期決戦ではもちろん不利だ。

 そしてその原因がどこにあるかも、だいたい分かってきてはいる。


 ナ・リーグ中地区は、セントルイス・カジュアルズとミルウォーキー・ビールズとの激しい首位争い。

 ただし二位になったチームが、そのままワイルドカードで出られるわけでもなさそうだ。

 そしてナ・リーグ西地区は、今年もロスアンゼルス・トローリーズが強い。

 そしてワイルドカードでのポストシーズン進出を、狙うのが二位争いを激しくしている。


 ポストシーズンでは、ア・リーグでは当たるのは最終的に一チームだけ。

 その有力候補は、東地区の二チームと、西地区の二チームのどれかだと思う。

 東地区のラッキーズ、ボストン・デッドソックス、西地区のヒューストン・アストロノーツ、アナハイム・ガーディアンズの四つだ。

 ラッキーズとデッドソックスは、共に名門で地区優勝を争うことが多い。

 もしも二位になったとしても、ワイルドカードで進出してくる可能性は高いだろう。

 サラリーの高い選手を抱えているだけに、どうにか優勝は狙ってくるはずだ。

 西地区はヒューストンが本命だが、ガーディアンズも侮れない。

 ただやはり、この地区ではヒューストンが強いと言えるだろうか。


 シーズンも半分を過ぎて、ようやく慣れてきたかな、と思えてきた大介。

 そして間もなく、オールスターが始まる。

 それに付随してホームラン競争もある。

 当然ながら大介は、こちらの方での結果も期待されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る