第94話 ダブルヘッダー

 一日二試合というのは、別に初体験ではない。

 高校時代の練習試合に、プロでもオープン戦などは、そういうことがよくあった。

 ただし公式戦では確かに初めてだ。

 それがMLBの、しかもニューヨークのチーム同士でのサブウェイシリーズ。

 一試合目は昼から、そして二試合目は夜から。

 先発は当然ながら変わるが、リリーフ陣をどう使うかが、首脳陣の腕の見せ所である。

 ちなみに次はセントルイス・カジュアルズをホームで迎え撃つ。

 そしてそれが終われば、また遠征道中の始まりである。


 ニューヨークのラッキースタジアム。

 自分がニューヨーカーになったと思っても、これまで訪れたことはなかった。

 WBCの試合などは西海岸か、もしくは南方のスタジアムで行われるため、プレイするのもこれが初めてだ。

 ア・リーグのチームのスタジアムとしては、唯一五万人を超える観客が観戦できる。

 そして今日の試合は、完全にチケットが売り切れていた。

 立ち見席を含めても全てだ。


 サブウェイシリーズで、ラッキーズもメトロズも、地区の一二を争っている。

 正確にはメトロズは完全に一位で、ラッキーズもボストンと激しい首位争いをしているのだ。

 伝統的にライバル関係の、ニューヨークとボストン。

 今日の試合にはラッキーズの大エース、サイ・ヤング賞を二度も受賞している、グレン・ハワードが先発する。




 ラッキースタジアムは右翼側が狭く、そして上空の空気の流れの関係もあって、ライト方向へのホームランが極端に出やすい。

 そのため左打者に圧倒的に有利な球場となっており、ピッチャー全般には不利だ。

 だからこそラッキーズは、左打者にとって圧倒的に強い、ハワードを手に入れた。

 左のサイドスローから投じられる、切れ味鋭いスライダー。

 あと二年ほどもすれば、将来の殿堂入りは確実と言われている。

 ランディ・ジョンソン二世などとも呼ばれるが、さすがにあそこまで身長は高くない。

 それでも198cmもあるのだから、やるスポーツを間違えている気がしないでもない。

「いや、NBAなら198cmなんて普通だし」

 そんなツッコミを受ける程度には、大介の英語力は上がっている。

 なお2m8cmあるランディ・ジョンソンは大学まではバスケットボールもしていたらしい。


 試合前、実際にスタジアムを見て、確かにこれは距離が短いな、と思った。

 ハワードのスライダーが逃げていくと考えると、どうしても引っ張るのは難しくなる。

 パワーの問題ではなく、角度の問題だ。

 ただ大介は、タイミングさえ合えば右に打てるのではないか、と思わないでもない。

(左中間ほ深いところは本当に深くて、右中間はそこそこ。特にポール近くは右側が近いのか)

 あとはバックスタンドの、何段にもなった観客席。

 いくどとなくワールドチャンピオンの決定戦が行われてきたスタジアム、と思ったが現在の形に改修されてからは、それほど多くのワールドチャンピオンへの決定戦にはなっていない。

(場外を打つなら、右中間のあちらの方向か)

 ナチュラルにそんな計算をするあたり、大介は鬼である。


 だいたいMLBというのは、なんだかんだレギュラーシーズン中は大味でいいのだと分かってきた。

 いわゆるスモールベースボールを展開するチームもあるし、そういうチームはそういう戦術に適した選手を集めている。

 NPBにおける定跡というのが、MLB球団ではそれなりにバラバラだ。

 球場の形が違ったりもするし、使える資金力も違う。

 それでもデータ重視なのは、どこの球団も変わらない。


 ラッキースタジアムは現在、平均して一試合に四本のホームランが出るという。

 そこまでホームランに慣れた観客は、普通のホームランでは魅了できないだろう。

 ストレートを狙っていったら、打てそうな気はする。

 ただハワードというピッチャーの特徴を考えると、先発の彼から打つのは難しい。

 リリーフ陣からどう打つか。

 今のメトロズのリリーフ陣を考えると、序盤でしっかりリードをしなければ、終盤での逆転勝利は難しいと思うのだ。




 しかし昼間から試合を行って、夜にも行う。

 昨日の雨はなんだったのかという晴天の下で行う野球は、やはり気持ちのいいものだ。

 NPBにしてもMLBにしても、平日は当然ナイターの試合が多い。

 それが平日でデーゲーム。

 それなのにスタジアムは満席。

 立ち見でいいから試合を見ようというのは、さすがは名門チームといったところか。


 ただ、それだけではない。

「白石さんのホームランを期待してるんですよ」

 嫌な話だ。

 大介はホームランアーティストであるが、別にホームランだけを狙っているわけではない。

 普通にアウトになるぐらいなら、フォアボールを選んで出塁した方がいい。

 今季も既に、敬遠ではないフォアボールは、42個もある。


 ただ四月はそれほどでもなかったフォアボールは、五月になってから急増。

 六月に入ってからは毎試合フォアボールで出塁しているが、敬遠の数も多くなっている。

(ホームランばっかり狙ってるのって、統計では正しいのかも知らんが、見てる方はつまんないんじゃないか?)

 スポーツの見所を、どこにするかが問題なのだろう。

 その意味で一戦一戦が負けられない高校野球が、戦術も多くて高度で面白い、というのは分かるのだ。


 本日の大介の打順は二番。

 ただし首脳陣からは、無理に打ちに行かず、塁に出ればいいと言われている。




 事前の映像を見る限りでは、カットボールが主体のスライダー使い。

 とにかくスライダーの左打者に対する被打率は、0.078という異次元の領域にある。

 球速を考えるに、真田のストレートのMAXと同じスピードで、スライダーを投げているのに近い。

 それもサイドスローからの変化。

 カーペンターはそのスライダーを空振りし、三振をしている。


 フロントドアで左打者の体に当たりそうな軌道から、一気に外角低目まで逃げていく。

 どういう変化量だ、と大介でさえ思ってしまう。

 これで左打者の内角に投げられたら、完全にお手上げだろう。

 ただそれをしてしまうと、角度の関係から、バッターボックスの一番前に立ったら、デッドボールになりそうな気もする。少なくともピッチャーは打ちにくいだろう。


(さて、俺にはどういう組み立てでくる?)

 ストレートも100マイルを少し超えるぐらいあるので、あるいは力で押してくるか。

 だが大介のこれまでのホームランの内容を見れば、ストレートが一番打たれて危険だとは分かるはずだ。

 ムービング系のボールも、インパクトの瞬間にパワーのベクトルをわずかに変えてしまう。

 なので読まれない限りは、ブレーキング系の遅いボールの方が、ホームランにまではなりにくい。

 そしてハワードはチェンジアップとカーブも使える。

 

 初球はリリースした瞬間、インハイかと思った。

 だがその次の瞬間には、チェンジアップだと感じる。

 ボールはインハイから、膝元へ落ちていく。

 見逃したがゾーンの内でストライクカウント。

(コントロールもいいな)

 チェンジアップを低めのゾーンぎりぎりに落とすのは、なかなか出来ないことだろう。


 二球目は、糸を引くようなアウトローへのストレート。

 回転が多くキレのあるボールは、思わず見逃してしまう。

(質の高いボールだな。スライダー、投げてくるか?)

 数値を見る限りでは、真田のスライダーよりも打ちにくい。

 決め球として左バッターに使えば、まず打てないはずだ。


 スライダー。

 リリースの瞬間、カットボールかスライダーだと判断する。

 そして大きく変化したボールは、大介の長いバットの届かない先へと逃げていく。

 体勢を崩して当てにいったが、それでもまだ逃げる。

 バッターボックスで倒れこみながら、大介は三振を喫した。




 モーニングもいいピッチャーではあるが、ハワードほどの支配力は感じない。

 試合の展開も、ラッキーズが初回からホームランを打ち、フランチャイズの声援を味方にしてプレイしている。

 その中で流れを変えるなら、ホームランの一発がほしいだろう。

 だがラッキーズの先発ハワードは、ゴロを打たせるピッチャーでもあるのだ。


 日本の野球ではかつて、転がせば何が起こるか分からない、というのがアマチュアでの常識であった。

 もちろんアマチュアレベルの、中学生ぐらいまでは、ホームランを打つパワーがなかったというのも事実だろう。

 だが今ではホームランを打つほうが打率を少し上げるより、貢献度は高いと統計が証明している。

 年間143試合もするプロの世界だと、バッターは基本的にはフライを打っていくのが正しくなる。


 ムービング系でミスショットをさせ球数を減らすのと、さらにそのムービングの変化ごとホームランを打つの。

 時代のトレンドは変わっていくものだが、今の理論ではフライ性の打球を打たれることはあまりよくない。

 MLB選手の身体能力による守備は、難しいゴロでも簡単に捌いていく。

 もちろん練習で鍛えるということもあるが、根本的に身体能力が、違いすぎる場合がほとんどだ。

 ただこのあたりはチームによって事情が違う。

 ファーストやサードにに守備力を求めず、二遊間の強いチームは打力を求める。

 逆に二遊間に強い選手をそろえられなければ、ファーストやサードにもある程度の守備力を要求する。


 メトロズはこの点、元々サードのペレスは四番まで打ってる割に守備は良かったところに、大介が鉄壁のショートとして入っている。

 ペレスは守備負担が軽くなり、昨年よりも良い打撃指標を持っている。

 だがラッキーズは左打者が多く、引っ張ってくる傾向が強い。

 フランチャイズのスタジアムに合わせて、入れ替えられるポジションは、左バッターを使ってくる。


 2-0とリードされた状況で、大介の二打席目が回ってくる。

 しかしここもランナーは前にいない。

 無理にホームランなど狙わず、塁に出てかき回す。

 次のシュミットは右打者だけに、二塁にまで進んでヒットを打ってもらえば、それだけで一点は入るかもしれない。


 バッターボックスに入って、ハワードとの二度目の対決。

 しかし今度の大介は、右のバッターボックスに入っていた。




 ハワードは単純に、右打者との対決の方が成績は悪い。

 そしてここはまず出塁を優先し、大介はこの選択をしている。

 大介がスイッチで打てるという情報は、ハワードにも入っている。

 だが基本的には左で打つということも、その回数からは明らかだ。

 右でもホームランは打てるが、確実に左よりは落ちる。


 なのでここでハワードは、普通に組み立てていくべきだったのだ。

 力で押せると思って、ストレートから入るのは避けるべきであった。

 大介としては逆に、こんな逆の打席に入れば、安易に相手がストライクを取りにくることは分かっていた。

 あとは普通にバットを振るだけでいい。


 鋭い当たりは低い弾道で、左中間のフェンスを直撃した。

 もう少しフライの角度がついていたら、スタンド入りしていたであろう。

 大介は俊足を飛ばして三塁へ。

 このスリーベースヒットにて、ハワードから一点を取ることに貢献したのであった。


 試合はその後も、ラッキーズの有利に進んだ。

 大介は三打席目のハワードとの対決では、またも右の打席に入る。

 だがそれに対してハワードは外のボールで対応した。

 普段とは逆の目がピッチャーに近いため、遠近感がわずかに狂う。

 なので外のボールを使って、上手くカウントを稼いだのだ。

 凡退したところで、今日のハワードの仕事は終了。

 あとはメトロズの方も、リリーフ陣の対決となる。


 大介には四打席目も回ってきたが、ここは普通に敬遠された。

 ランナーが一人いるだけで、もう敬遠されるのか。

 確かに長打を打つ確率を考えたら、そう判断するのも無理はないのだが。


 ここで大介を敬遠するという判断で、ラッキーズはメトロズの追加点を防いだ。

 最終的には5-2のスコアで、まず第一戦を勝利する。

 そしてさほどの休みをとることもなく、夕方からは二試合目が開始される。




 ダブルヘッダーというのは昭和の時代にはそれなりに起こったが、日本の場合は試合の消化もドーム球場でかなり順調なため、なかなか起こりにくい。

 もっともライガースは野天の甲子園を本拠地にしていたし、レックスやカップス、スターズも野天型。

 セ・リーグはあまり北にチームが存在していない関係もあるのか、屋天球場がメインになる。

 パだと逆にドームが多くなるのだが。

 北海道などは確かに、シーズン中でもまだ寒かったりすることがあるのだろう。


 一戦目をものにしているラッキーズは、そのままの勢いで二戦目もものにしようとしてくる。

 だがこの試合も二番に入っていた大介が、いきなりライト方向、一番深いところに叩き込んだ。

 スタンド最上段、もう少しで場外という打球に、ラッキーズファンも愕然。

 ただ球場の特性上、もう少し上に打ったほうが、空気の流れもあって場外まで飛ばせたかもしれない。


 一試合目でも大介が、本来とは逆の打席で、フェンス直撃を打ったのを見ていたはずだ。

 それなのにこの試合では、左の大介に安易に勝負にいってしまった。

 そして第二打席目は、外のボールは普通に流しうちでレフト方向にホームラン。

 そんな派手なことをしたため、残りの打席はほとんどまともに勝負してもらえなかったが。


 二試合目は双方合わせて、六本のホームランが飛び出る打撃戦。

 この大味で大雑把な試合でも、喜ぶ者は喜ぶらしい。

 そう感じる自分が、やはり日本人なのだな、と実感する大介。

 ランナーを上手く出して、ヒットや犠打でつなぐという、そういうスタイルはまだまだ残っている。

 それに来年、MLBのピッチャーの常識は破壊されるかもしれない。


 パワーピッチャー全盛の現在でも、まだ技巧派と言えるピッチャーは残っている。

 これまでに対戦した中でも、何人かはそういうタイプだった。

 フィジカルに任せてとにかく、三振を奪いホームランを打つベースボール。

 大介の能力も、その範囲で説明できるものだ。

 だが直史は違う。


 三振も奪えるが、それは次善の手段。

 いいのは球数を少なくして、アウトを簡単に取ってしまうこと。

 まるで打球の方向までも、コントロールするようなその精密なピッチング。

 あれに翻弄されるとしたら、MLBはどういう反応をするのだろう。


 第二戦は8-5で勝利したメトロズ。

 今年はまだ、あと二回の対決が、ラッきーズとの間では残されているはずである。

 そしてここからまた、ナ・リーグ内部での試合が始まる。

 まずは一日の休みがあって、セントルイス・カジュアルズをホームで迎え撃つ。

 そのはずだったのだが、なんと悪天候で飛行機が飛べない。

 またも一日二試合の、ダブルヘッダーが発生したのであった。

「つーかMLBの試合日程、本当に余裕がなさすぎないか?」

「でもこういうものだった認識されてるからね」

 杉村はそう言うが、確かに昔より試合数は増えているのは、NPBもMLBも同様なのである。



×××



 ※ MLBはナ・リーグにおいてもDH制を導入することが決定しました。これがどういうことかというと、これまでは守備や走塁が悪くなって打撃しか出来なくなってきた選手も、まだ活躍する機会が増えるということであります。

 選手の出場機会が増加するというのはいいことであり、実は我らが大谷選手も、交流戦でもDH枠で出場することが出来るようになり、前年よりもバッターとしての出場機会が増えることになります。

 外野などを守って怪我などをする可能性が減る分、これは望ましいことかもしれませんね。ただピッチャーにどこで代打を出すかなど、そういった戦術は見られなくなってしまいますが。

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