第93話 目
レギュラーシーズンも60試合を消化し、大介が二ヶ月連続でプレイヤー・オブ・ザ・マンスに選ばれ、規定以上のドーピング検査にも引っかからないと、さすがにもうナチュラルにあれをやっているのは超人だという認識が広がってくる。
大介に対して、色々と教えを請う選手も出てきたりする。
「ピッチャーだけを見てると駄目なんだな」
大介は通訳を使って説明するが、やはり分かりにくいだろう。
日本時代でもこれを理解できたチームメイトは、高校時代はやや怪しいながらもアレク一人であり、プロ入りしてからもかなり怪しいながら西郷だけであった。
別に秘密にしていたわけでも、極意としていたわけでもない。
ただ直史や上杉レベルを打つためには、必要だったのだ。
「目を頭の後ろに置く感じで、自分も含めてピッチャーを見てみるんだ」
俯瞰視していたわけだが、これにはさっぱり分からなかったろう。
同じ感覚は、上杉も持っていなかった。
少し話した感じでは、樋口や悟といったトリプルスリー組も持っていなかった。
直史は少し違うが似た感覚を持っていて、あとは意外な人物が持っていた。
一人はイリヤだ。演奏をしているとき、俯瞰して自分とステージを見ているのだと言った。
そしてもう一人女性が持っていた。
現在上杉夫人となった権藤明日美……ではなく、佐藤夫人となった神埼恵美理である。
さほど話す機会があったわけではないし、発動の仕方も大介とは違う。
だが彼女は、芸術的な完成から発現したものか、キャッチャーをやっている時に、バッターのどこを攻めればいいかが分かっていたらしい。
ほとんど超能力のようなものだと言われるかもしれないが、ボールの軌道を正しく捉えて、そこに自分のバットを最速のスイングで置くのだ。
リリースした瞬間に、反応していれば打つことが出来る。
ただ直史の場合は、打たれても長打にならないボールばかり投げてきていたりした。
自分ひとりで決めるしかないと思って、無理に打って行けば、フライまでにしかならない。
バッティングの更なる深奥がないのであれば、自分では直史を打つことは出来ないだろう。
実戦で大介は、ほぼ直史に封じられていたが、その直史の今年の成績を追いかければ、ずいぶんとおかしなことになっている。
一年目はMVPを取っていたが、あれでもまだプロの世界に慣れていなかったということか。
投手部門の月間MVPを連続で取っていて、全盛期の上杉状態である。
しかも上杉よりも打線の援護があり、自分だけで勝ち星を増やす必要がない。
去年もとんでもない勝率で優勝したレックスだが、ほぼ同じペースを保っている。
二枚のエースが強力すぎるのだ。
しかもそれが右の技巧派と左の本格派で、その気になればどんな打線にも対応するだろう。
スターズは上杉が一人であった。
ライガースも真田、山田の二人体制。
しかし守備の援護もあるが、レックスは真田と山田の成績が、三番手の金原と四番手の佐竹の成績になっている。
去年はこの四人で、80勝もしたのだ。
今年もここまで、44勝中の34勝をしている。
先発が磐石であり、リリーフ陣も崩壊しない。
完投してしまえる先発ピッチャーが二人もいることで、リリーフ陣には適度な休みが取れている。
「世界で一番強いチームなんじゃねえか?」
大介はそんなことを思ったりした。
日本のことは、大介に関係するのは来年のことだ。
今は目の前の、ナ・リーグ西地区の二チームとの対決を考えなければいけない。
だがコロラドはさほど強くもなく、サンフランシスコも歴史はあるが、ここまた再建中のチームなのだ。
もっともサンフランシスコには、やはりスーパーエース級のピッチャーがいる。
コロラドの方もまだ若手だが、投手の指数で高い数値を残す選手が出てきている。
まずはサンフランシスコとの三連戦だが、このタイタンズは大介がとんでもない記録を続けている五月の中旬に、投手のローテーションの変更を行っている。
MLBのローテーションは、NPBと違ってカードごとに発表されて、ピッチャーのローテーションはかなり前の段階から、誰かが故障してもマイナーから引っ張って埋めるだけで、変更することはあまりない。
だから変更したのは、スーパーエース級を大介と当たらないようにしたのだ。
打たれると思ったわけではない。ただ確率としては、打たれる可能性はある。
去年までのメトロズよりも、戦うのは難しい。
地区優勝のためにはどこでどう勝ち星を得るかが重要で、今年はおそらく地区優勝自体はトローリーズに奪われるものの、あるとしたらワイルドカードでのポストシーズン進出を考えていた。
そのため必要なのは、勝てる相手に確実に勝つということ。
日程が詰まっているMLBでは難しいが、そのためにローテーションを変更したのだ。
つまり、大介からしたら、やはり逃げられてと思えるものである。
サンフランシスコとの対戦は、二勝一敗で勝ち越した。
やはりリリーフをつなげていく試合は勝ちにくい。
ただエースのモーニングは、いまだに負け星がつかない。
それで大介は計算したのだが、メトロズは打撃にかなり偏ったチームだということだ。
日本時代とは試合数が違うから、いちがいに打席数だけで比較は出来ない。
だが五打席目が回ってくる試合が、かなり多い。
もっとも日本は今、ピッチャーにいい選手がそろっているとも言える。
アメリカはやはり球団数が多いため、良い選手が分散する。
ホームランばかりを狙っていくため、三振が多くて点も入りやすい。
大味に思えるが、シンプルな野球。
これがレギュラーシーズンの戦い方らしい。
サンフランシスコ・タイタンズとの対戦の次は、コロラド・マウンテンズとの対戦だ。
こちらもチーム事情はさほどいいわけではないが、このチームには特徴がある。
本拠地球場が標高1600mほどの高地にあるため、ホームで試合をすると気圧の関係もあって、打球が良く飛ぶ。
フィールドも広いためフライボールピッチャーにとっては鬼門。
つまりマウンテンズは本拠地と敵地とで、使うピッチャーのタイプを分けやすくなるのだ。
メトロズのホームで勝負するなら、フランチャイズではホームランになるボールが、外野の深いフライでしとめられる。
そんなわけでマウンテンズは、フライを打たせることが多いピッチャーを、このカードでも先発になるように調整してある。
だがそれは大介を相手にするなら、あまり賢い手段ではない。
甲子園だろうがNAGOAYNドームだろうが、とにかくホームランを打ってきた大介である。
だが確かに最後の年も、フェニックス相手のアウェイゲームでは、三本しかホームランを打っていない。
実は甲子園でも、ホームラン72本のうち33本しか打っていないため、普通に球場の有利不利の傾向には捕まっていると言える。
しかしメトロズのホームにおいては、普通に打球は飛んでいく。
第一戦では二打席連続のホームランを食らい、マウンテンズは撃沈した。
そこから敬遠で歩かされたが、盗塁で得点のチャンスを広げる。
先制してそこからさらに点を取っていく。
そのスタイルでまずは、第一戦を勝利。
二安打が両方ホームランという、鮮烈な記憶を刻み込ませた。
マウンテンズはフライを打たせる傾向のピッチャーでも、アウェイならばそれなりに抑えると計算していた。
大介にその考えは甘く、第二戦でも一発を浴びる。
そこでようやく、まともに勝負してはいけないと理解した。
おそらくホームのスタジアムで打たれたら、場外まで飛ばされる。
大介は問答無用で、中段以降の飛距離を出しているのだ。
バッティング技術によって、飛距離を出すことに成功している。
第三戦は先発が炎上して落としたものの、これで遠征してきた西のチームを相手に、両方勝ち越し。
そして大介はまだ六月であるにもかかわらず、ホームラン数が40に到達した。
研究されれば打てなくなる。
様々な識者や、単なるファンまでもが、そのようなことを言っていた。
だが大介は打率をまだ四割に保ちながらも、ホームランを打ち続ける。
そしてある意味ホームランよりも確実に取ってほしい、打点の数も増やしている。
六月の時点で100打点オーバー。
記録員が自分の正気を疑う数字が、どんどんと記録されていく。
そんな異様な空気のなか、いよいよやってきた。
インターリーグの対戦による、サブウェイシリーズ。
ニューヨークラッキーズとの、二連戦である。
舞台はあちらのラッキースタジアム。
トロールスタジアムの大観衆にも慣れた大介は、別にたくさんの観客を恐れるということはない。
そもそも観客の熱狂度合いでは、甲子園で散々に慣れてきた男である。
MLBでも一番の伝統と格式と強さを誇るラッキーズ。
常に地区優勝ぐらいは求められる、東海岸では最強のチームだ。
とは言ってもそれは平均的にはという意味で、この数年はポストシーズンに出場した回数こそ多いものの、ややワールドチャンピオンからは遠ざかっている。
30チームもあるというのは、それだけ戦力は分散しやすいということ。
そしてマイアミのように極端な戦略でもって、10年単位で一度の優勝を狙ったりするチームもある。
もっともマイアミなどは選手を育てて売るというのと、分配金で潤うことも多い。
本気で毎年優勝を狙うなどというのは、かなり限られたチームなのだ。
そんなチームの一つであるラッキーズは、このサブウェイシリーズに向けて、スーパーエース級のピッチャーを登板させる。
メトロズの方もエースのモーニングを登板させる。
さあ対決だと思ったところ、雨天中止。
やる気に水を差された大介であった。
MLBの試合というのは、天候で中止になったとしても、安易に延期することは難しい。
移動距離が莫大であるため、たとえば東のチームが西に行く場合、一日では済まないロスになることがある。
また近くても違うリーグであると、やはり試合日程の変更が難しい。
ならばどうするかというと、こういうことである。
「ダブルヘッダー?」
球団から連絡を受けた大介としては、マジかよとしか言えない。
NPBの試合はまだしも、余裕をもって日程が組まれている。
大介の在籍した九年間、選手の調子を見るためににオープン戦でダブルヘッダーになったことはあったが、レギュラーシーズンやポストシーズンでダブルヘッダーになったことはなかった。
ドーム球場が増えたというのも、その理由の一つであろう。
だが昭和の時代はダブルヘッダーも、普通に行われていたのだ。
アメリカの球場は新古典様式とも言われて、基本的に全天開放の野天型球場である。
なので雨で中止もあるのだが、雨の中でも中止にせずに行ってしまう場合もある。
そういった興行の結果、何が起こるかというと、日本では信じられないことだが、試合が中止になってそのまま行われなくなる場合もある。
もちろん順位が変更する可能性などがあれば別だが、順位も決定してしまっていては、一試合ぐらいは行われないというのがアメリカのスタイル。
チケット代はどうなるのだ、などと大介は心配になる。
ただ、これはややメトロズの有利に働く。
メトロズはこの試合のために、モーニングを中四日で持ってくる予定だったのだ。
それが雨のため、一日空いて中五日となる。
ピッチャーとしてはありがたいものだろう。
ここでもまた、大介は文化の違いを感じた。
ちなみにこの中止された試合が結局行われないというのは、バッターやピッチャーの記録がかかっていても、関係なく抹消されるらしい。
そんなことでいいのかとも思うが、MLBのゲームはあくまで、チームが勝つことが最大の目的という建前で成り立っている。
だからファンが記録の達成などを望んでも、それは関係ないらしい。
それって本当にプロなのか、などと大介は考えたりもするが。
やはり日本とアメリカでは、野球とベースボールというぐらいに、ルールはほとんど同じでも、その競技の背景が違うのだ。
アンリトン・ルールやドーピングへの考え。
また当番間隔やピッチャーへの評価。
実際の試合がどう動くのではなく、数字が無機的に評価をする。
この指標で見てみれば、どこかのフランチャイズプレイヤーが、実はたいした選手ではなかった、などという真実も明らかになってしまったりする。
「それじゃあちょっとボール打ってくるわ」
雨が降ろうが槍が降ろうが、とりあえずやることはやる大介であった。
翌日、雨は上がって絶好の野球日和。
ダブルヘッダーで二試合を、ニューヨークでフランチャイズのチーム同士が行う。
こんな機会など、はっきり行ってめったにない。
そんなめったにないことに行き会うのが、大介の野球に愛されたところなのかもしれない。
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