第92話 7ツール

 プレイヤー・オブ・ザ・マンスに選ばれるということは、当然ながらルーキー・オブ・ザ・マンスにも選ばれるということである。

 過去にルーキーながらMVPに選ばれた選手というのはいるし、プレイヤー・オブ・ザ・マンスに選ばれた選手もいる。

 だがそれが連続というのは初めてだ。

「あれをルーキーとしていいのだろうか」

 そんな声はあちこちで上がるが、NPBとMLBの通算記録をギネスに認めないというなら、MLBでは新人扱いでも仕方がないだろう。


 そのバッティングが一番注目されるが、実際のところは守備力と走塁も異常である。

 その守備範囲を正確に計測してみたら、左右に対しては平均の1.2倍、前後に対しては1.5倍で、上方に対してもその慎重にかかわらず、1.1倍と算出された。

 そして走塁は、34とホームランとほぼ同数であるが、成功率は90%を超えている。

 前にランナーがいない場合、大介を塁に出すと、九割の確率で二塁打相当になる。

 実際はまた違うのだが、そういうイメージが出来てくると、歩かせるのも難しくなってしまう。


 ミート、長打、走塁、守備、送球、5ツールがそろったプレイヤーと言っていいのだろう。

 あるいはその出塁率の高さから、6ツールプレイヤーとも呼ばれる。

 だが実際の大介は、確かに三振は少ないが、ボール球にも平気で手を出す。


 大介が打たないのは、ボール球ではない。

 自分が打ってもヒットにならないであろう球だ。

 ツーアウトランナー三塁で、フォアボールで一塁に進むか、それともボール球を打ってヒットを狙うか。

 この場合であれば間違いなく、大介はヒットを狙う。

「頭がおかしい。いや、持っている能力がおかしい」

 高校時代から何度も言われていたことである。


 体格自体は間違いなく小柄であり、全体的なパワーはない。

 だが力というのは、筋肉の量だけで生み出されるものではないのだ。

 アインシュタインの法則に従って、大介のバッティングを分析する。

 するとそのミートの仕方と、瞬間のスイングスピードが、とんでもないことが分かってくる。


 あの体格で打っているのはおかしい。

 八度の尿検査というのは、通常の規定の回数よりも、はるかに多い。

 また運動能力の低下につながるので回数は限定されたが、二度の血液検査もされている。

 本来なら拒否しても問題ないのだが、クリーンであることが重要なので、大介は協力した。

 そういった検査によって、大介の潔白は証明されている。

「スーパーマンは巨人ではなかったがスーパーマンだった」

 非常に分かりやすいこのフレーズは、この年にはあちこちで使われることとなった。




 敏捷性や瞬発力、そして選球眼をフォアボールのためではなく、正しいボールのミートのために使う。

 そんな大介は6ツールプレイヤーと呼ばれると、ツールには七つ目があると発言する。

 そして自分はその七つ目については、完全とは言いがたいと。

 その七つ目のツールとは何か、と当然ながら尋ねられる。

「状況を判断し、それに適したプレイを行うインテリジェンス」

 勉強は高校一年生から一気に落ちていったが、頭の回転自体は早い大介は、そう答えた。


 実際には八つ目もあるのだろうな、と大介は思っている。

 それは、広い選択肢を持つための器用さだ。

 このインテリジェンスと器用さを持った存在が、直史である。

 そしておそらく樋口もこれを、ある程度は持っている。

 直史の場合はバッティングに関して、長打を持っていない。

 走塁や肩も、大介の方が優れている。


 ただ、直史には制御する技術があるのだ。

 配球とリード、そしてそれを実行する揺るがないメンタル。

 このあたりを制御する知性が、七つ目のツールだ。

 これは別にピッチャーだけではなく、バッターとしても役に立つ。

 大介は意外と、ピッチャーの投げる球を読んで打つが、それも全て自分で考えてしたことだ。

 またあえて難しい相手の決め球を、打ってしまうという選択もある。


 そしてそれらを実際にやってみる器用さ。

 この器用さは他の全てのツールの根幹となるような気もするのだが、逆に全てのツールの中に分けられるのかもしれない。

 強いて言うならバランス、あるいはコントロールといったあたりか。




 そんなことを考えるのは、インタビューを受けたりする六月に入ってからのこと。実際は少し先の時系列になる。

 六月に入ってもチームは連戦で、ここでチームはマイナーから上がってきたオブライエンを先発で使う。

 三年前のドラフト一巡目指名で、ルーキーリーグから順調に上がってきた若手有望株、アメリカで使われている言葉ではプロスペクトという。

 普通に有望株と言えばいいのに、プロスペクトと横文字を使いたがるのは、むしろダサいのでやめた方がいい。

 MLBを説明する分には、実際に使われている言葉なので、問題はないだろうが。


 大介がMLBに来て驚いたことの一つが、若い選手が少ないことであった。

 若さの基準がどれくらいかということはあるが、28歳になる大介は、自分は相当のベテランだろうと思っていたのだ。

 だが実際には、開幕戦を迎えたとき、一番若い選手でも23歳であった。

 NPB時代の自分の一年目を思えば、21歳のシーズンを迎える黒田がいたし、控えキャッチャーの滝沢は21歳、先発と中継ぎを行き来していた琴山は20歳。

 そして同年代や後輩では、大卒の山倉は一年目から相当に投げていたし、大原は三年目の21歳から主力化した。

 真田は新人王を取ったし毛利は二年目から一軍に定着し、その後も品川、阿部などといった、一年目や二年目で活躍する選手が多かった。


 他のチームを見ても、一年目から活躍した高卒など、吉村、玉縄、福島、織田、金原、上杉正也、島などと言ったように、挙げればキリがない。

 MLBは大学から入団してくる選手が多いから、というのも少しおかしい。

 なぜならMLBの大学ドラフトは、だいたい三年生で中退して入ってくるからだ。

 それで23歳が最低年齢というのは、あまりにも数が少ないのではないか。

 また理屈の上では高卒選手もドラフト指名はしているのに、それはどこへ行っているのか。


 単純な話で、MLBはマイナーの期間が長すぎるのだ。

 MLBの平均デビュー年齢は24歳。

 メトロズのように、比較的裕福な球団は、中堅どころの選手をFAで取ることも多い。

 そのため一番若いのは23歳という、26人枠の中にしても、珍しいぐらいの高年齢化が進んでいた。

 もっともこの平均年齢が高くなる原因は、それこそ大介のように、他国からの既に実績のある選手が入ってくる例もあるからだが。


 またMLBは実は、選手の平均寿命も短くなっている。

 一部のスーパースターが、複数年契約で100億の契約を結ぶのが目立ったりするが、サービスタイムが終わった時に、代えの利く選手であるとあっさり切られたりもする。

 もっともサービスタイムという、球団が安く雇える期間の間、メジャーで生き残っていたら、それなりの評価はされる。

 なので比較的安めだが、他の球団との契約は結べたりするのだが。




 オブライエンはそんなわけで、まさに24歳のピッチャーとしてのデビューであった。

 相手のスネークスはそれほども強くなく、デビュー戦に勝利をプレゼントしてやりたくもあったが、取った以上に点を取られては、それも無理になる。

 だが初回、今日は二番に入っている大介が歩かされて、そこから早速先制点を奪う。

 そのリードをもらったオブライエンは、初回は失点なく終わった。


 二回以降もメトロズの打撃は、スネークスを打ち砕いていく。

 メトロズは今のところ、単純に言って得点と失点が10:7という割合で推移している。

 もちろんその中には、投手による防御率の違いはある。

 ただそれでも、平均的にメトロズは強いチームなのだ。

 特にショートの守備範囲は広い。


 五回までをどうにか投げて、二失点。

 かなり緊張して投げていたのか、それなりに球数は嵩んでいた。

 それでもメトロズは六点を取っていたので、ある程度は気楽に投げられただろう。

 もっとも四点差というのは、満塁ホームラン一発で同点になるものだったが。


 ここからメトロズは投手リレーに入り、ぼちぼちと打たれながらも決定的に崩れたりはしない。

 大介はまたも一度の敬遠を経験したが、そこからは無理をすることもない。

 味方のピッチャーが打たれる以上に、メトロズ打線が打っていく。

 終盤にそこそこのリードをされていれば、スネークスも無理に逆転を狙って、強いリリーフを出さないからだ。


 ポコポコと乱打戦を繰り返すことが、メトロズは本当に多い。

 ある程度点が取れるからこそ、向こうのピッチャーも大介と勝負してくれるのだろうが。

 後に確認して驚いたことだが、メトロズはレギュラーシーズンに入って二ヶ月、無失点で勝った試合が一度もなかった。

 それどころか一失点で勝った試合すら三試合しかなく、完全に打撃のチームとして見ることが出来るだろう。

 ただ現在のMLBは、かなり打高投低の傾向が、ほかのチームにおいても見られる。

 もっともセットアッパーやクローザーの中には、防御率が一点台というピッチャーもいるのだが。


 こいつらを相手にしたら、直史はどういったピッチングをするのだろう。

 大介はなんとなくそれを予想して、来年が待ち遠しくてたまらない。

 おそらく直史ならば、出会い頭の事故以外では、まず点を取られない。

 それはNPBでも同じことだが、直史は高校でも大学でもNPBでも、残している数字があまり変わらない。

 NPBではさすがに大学よりもヒットを打たれていると思われるが、それはあくまで試合数が多いため。

 あれは楽に勝てるならば、パーフェクトもノーヒットノーランも狙わない男だ。

 ただし確実に負けないために、完封だけは狙っていく。


 9-3でメトロズは二戦目も勝利する。

 そしてその勢いのまま三戦目も制し、スネークスをスウィープするのであった。

 



 20連戦がようやく終わった。

 この間の移動は、ワシントンからマイアミへ、マイアミからニューヨークへ。

 ホームで七試合した後、一日の休みもなくロスアンゼルスへ、そしてアリゾナへ。

 そして連戦が終わったと言っても、移動はある。

 アリゾナからニューヨークへ戻ってきて、わずかに時差に狂いがあったりする。

 この時差ぼけはアメリカ国内でも、最大三時間。

 こういった生活に慣れることも、メジャーリーガーの仕事の一つなのだろう。


 野球好き子供のままプロになってしまった大介だが、さすがにこれは大変だなと思い始めている。

 メジャーリーガーは確かに身体能力なども高いし、ハングリーでもある。

 だがそれ以上に何か、モチベーションが必要だと思うのだ。


 あるいはそれは、富であるのかもしれない。

 メジャーリーガーに限らないが、アメリカのプロスポーツの選手は引退後、五年以内に八割が破産しているという。

 おそらくそれは、現役中の莫大なストレスを散財して発散し、それが体と心に染み付いているからではないのか。

 NPBにしても現役中の金銭感覚が抜けず、引退後に苦労する選手は多い。

 また事業に手を出して、失敗する者も多いのだ。


 単に金遣いが荒くて破産するのではなく、事業に手を出して破産する。

 お前らは野球が上手いだけであって、資産運用や事業展開が上手いわけではない。

 だから現役時代から、己を律する力が必要となる。

 あるいは己の資産を託せる、優秀なパートナーか。


 大介の場合は、嫁が強力である。

 生活に何も心配せず、野球に打ち込める環境を作ってくれる配偶者の存在は、野球選手の成功する条件の一つかもしれない。




 ここからメトロズはフランチャイズの地元で、同じナ・リーグ西地区のチームと対戦する。

 まずはサンフランシスコ・タイタンズを相手に三連戦、そしてコロラド・マウンテンズを相手に三連戦。

 そしてその後は、絶対に盛り上がってくる対戦が待っている。

 同じニューヨークに存在する、ア・リーグの大本命ラッキーズとの対戦だ。

 球場は向こうのスタジアムで、このニューヨーク同士の対決は、サブウェイシリーズと呼ばれている。

 どちらかが弱ければともかく、今年はどちらもかなりの勝率を誇っている。

 おそらくは相当の観客が集まって、一番盛り上がる試合になるだろう。


 なおラッキーズの収容人数は、立ち見を含めて54000人が入場可能。

 MLBのチームの中でも最も名門であり、最も多くの優勝を経験する、資金力にも豊富なため「悪の帝国」などと畏怖されることも多いラッキーズ。

 ただそれでも年俸の関係上、あとはオーナーの関係上、セイバーはこちらのチームを選ばなかった。

 大介に、単純に強すぎるチームは似合わない、とも思ったのもある。

 もっともラッキーズは確かに安定して強いが、この10年ほどはワールドシリーズ制覇にまではいたっていないのだが。


 それはまだ先の話で、まずはサンフランシスコとコロラドとの三連戦である。

 このあたりもずっと連戦が続くが、ラッキーズとの対戦が終われば、ようやく休みらしい休みが一日ある。

「まさか俺が、休みをほしがりながら野球をするなんてなあ」

 そんなことを言いながらも、フリーバッティングではボールをスタンドに放り込み続ける大介であった。

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