第89話 ロスアンゼルス

 何気に何度か大介は訪れているロスアンゼルス。表記や発音は色々と注文が入ったりする。

 アメリカ西海岸の都市で、大介はWBC関連で何度か訪れているが、特に観光などをしたことはない、

 ここから少し移動すれば、本場の遊園地のあるアナハイムに至る。

 ただ今年のメトロズは、アナハイムとの対戦予定はない。


 ロスアンゼルスのトローリーズは、MLB屈指の金満球団である。

 そして同時に、屈指の強豪チームでもある。

 ワールドシリーズの連覇は、21世紀以降どのチームも果たしていないが、ナ・リーグ西地区のチャンピオンは、半分以上がトローリーズである。

 前年も地区優勝を果たしていて、今年もワールドシリーズ優勝を狙える戦力を持つ。

 ナ・リーグ東地区のチャンピオンであったブレイバーズよりも、その層は厚い。


 大介もいい加減に分かってきた。

 MLBの先発のローテーションは、ほぼ完全に固定していて、動かすことはまずない。

 なぜかと言えば、勝ちたい試合、勝たなければいけない試合、勝てるかどうか分からないが全力で戦わなければいけない試合が、それぞれあるからだ。

 同じ勝利においても、その価値が違う。

 簡単に言うと、同じリーグの同じ地区のチームには、勝てばそれだけ地区優勝に近づく。

 だが他の地区のチームに勝っても、自分の勝率を上げることにはつながるが、同じ地区のチームの勝率を下げることにはならない。

 アトランタとの四連戦、負けるのは仕方ないが一試合は勝たなければいけないというのも、そのあたりの計算からきているのだろう。


 そういう意味で考えると、トローリーズとの試合は、勝利の重要度がそれほど高くはない。

 もちろん一番重要度が低いのは、ア・リーグのチームとの試合だが。

 トローリーズとの試合も、リーグは同じなため、ワイルドカードを手に入れる計算が出てくると、重要度はそれなりに高くなる。

 だが現時点では圧倒的な勝率を残しているメトロズは、地区優勝でポストシーズンに入れそうだ。

 ウィッツが故障者リストに入ってしまったため、ピッチャーは弱くなっている。

 この弱くなった部分をどれだけ許容するかなどが、GMの判断なわけだ。


 FM、監督のやることは、手持ちの戦力で無理がない範囲で、試合に勝つことを考える。

 戦力が劣っていても、やりようによっては勝てるのだ。

 GMは現在の戦力で、それなりに勝てるかどうかを見ている。

 想定の範囲内の負けであれば、それは仕方がないと考えるのだ。


 


 トローリーズとの対戦は、第一戦にメトロズの先発では五番手となるマクレガーを先発させている。

 第二戦はリリーフ陣のショートリリーフで乗り切ろうと考えている。

 そして第三戦と第四戦は、勝ちを計算していけるモーニングとオットーを投げさせる。

 首脳陣の許容範囲は、一勝三敗までだろう。

 スウィープはさすがに許容できないと思う。


 NPBのライガース時代にも、言ってはなんだが勝ちを狙うピッチャーと、負けても仕方がないピッチャーはいた。

 そしてそれはリリーフ陣の疲労度合いなどによって、多少前後させたりもしたのだ。

 山田と真田、特に真田は、相手のチームのエースにぶつける。

 なんとしてでも勝ちたいし、真田ならばその力はあると思えるからだ。

 

 去年の例であれば、ライガースはレックスの直史が先発してくるであろう試合に調整して、まず真田をぶつけた。

 そして完璧な敗北を喫した。

 七回と三分の一まで、パーフェクトに抑えられたのだ。

 あれでライガースは、真田を直史に当てることを諦めた。

 考えてみれば高校時代から一度も、真田は直史に勝っていない。

 そんなジンクスも信じていたかもしれない。


 それからは安部、山田とエースクラスを一度ずつぶつけていったが、結局のところは敗北。

 クライマックスシリーズでは割り切って、イニングイーターの大原を最初にぶつけたものだ。

 結局直史相手に、一度も勝てなかったのが去年のライガースであった。

 いや、そもそも全てのチームが一勝も出来なかったので、ライガースの先発を責めるのは間違いだが。




 トローリーズの現在の順位は、それほど突出していないが地区一位である。

 二位がサンフランシスコ・タイタンズで、その差はあまりない。

 トローリーズは昨年ポストシーズンでリーグチャンピオンシップ、日本で言うならクライマックスシリーズのファイナルステージでアトランタに負けてワールドシリーズ進出を逃した。

 ただそこからアトランタはわずかに戦力を放出し、逆にトローリーズは戦力の入れ替えに成功している。

 メトロズが注意しなければいけないのは、やはり同じ地区のブレイバーズが第一なのだが、ワールドシリーズを勝ち抜くことまで考えると、トローリーズにもそうそう安易に負けるわけにはいかない。


 ただ戦力を見るに、ロースコアに抑えられれば負けるかな、と冷静に大介は思う。

 ロスのリリーフ陣の防御率は、純粋に低く抑えられている。

 WHIPや奪三振などの指標はともかく、あまり点を取られないリリーフ陣なのは確かだ。

 特にクローザーは強力で、昨年のセーブ機会に42回投げて、セーブ失敗が一度。

 スプリットというか、いくつかの沈む系統のボールで空振りを取るのが上手いのだ。

 そしてあとは、純粋に球が速い。


 ただ速い球と言っても、日本人はこの10年ほどの間に、高校野球でも一気にピッチャーのスピードの高速化が起きている。

 さすがに160km/hは少ないが、年に複数の150km/h台後半が出てきてもおかしくない。

 特に毒島世代は大学に進学した小川と共に、最後の夏に両者160km/hオーバーを記録している。

 高速という点では、ライガースの阿部が高校入学時に120km/h程度だったのが、最後の夏には161km/hを出していたのが有名である。

 なぜそこまで速くなったかの分析は、それまでの仮説を裏付ける実例の一つとなったが。


 MLBに来てから、確かに大介は速い球を投げるピッチャーは多いなとは感じている。

 そして速いストレートではなく、ムービング・ファストボールが特に多い。

 今はそれほどでもないが、ツーシームとカットボールが全盛の時代は、これが打てずにピッチャーの球数は節約出来た。

 しかし皮肉にもと言おうか、本日のトローリーズとの第一戦。

 あちらの先発は今年日本から移籍した、本多が投げてくるのだ。




 本多がどういうピッチャーかと、大介はチームメイトに問われた。

 どういうと言われても、そう一言では言いづらいほど、本多との付き合いは長い。

 高校時代には対戦しているし、ワールドカップでは代表としてチームメイトだったし、プロ入りしてからも何度も対戦している。

 本多もまた、NPBの投手の中では、大介との勝負を避けたくないと思っているピッチャーの一人である。

 敬遠としか思えないフォアボールを投げてきて、おそらくそれはベンチの指示だったのだろうが、涙ぐんで悔しがっていたこともある。


 そのあたりは性格の問題で、バッターとは正面から対決してくるタイプだ。

 ただ投打の総合力では、世代ナンバーワンと言われていたが、プロで本格的に先発として活躍しだしたのは三年目あたりからと言えるか。

「前は100マイル投げてたけど、最近は少しだけ球速は落ちたかな。それと空振りの取れるスプリットが最大の武器だった」

 本人も周囲も、フォークと言っていたが。


 元々速球派の投手で、天然のムービング系になるストレートを投げていた。

 甲子園では一年からマウンドに立ち、帝都一の全国制覇に貢献した。

 ただ一年上に上杉がいたため、完全な本格派としては、どうしても越えられない壁があるとは思っていただろう。

 あの二チームは練習試合も、遠征においてやっていたのだから。


 今年のオープン戦からの本多のデータを見ると、おかしなことが分かる。

 フォーク、もしくはスプリット系をあまり投げておらず、高速のシンカーの数が多い。

 ただこの高速シンカーは、おそらくフォークのバージョン変更版だ。

 ボールを抜くのがNPBの球とは違う感覚で、抜いた瞬間のスピンがシンカーの変化になっているのだろう。

 この高速シンカーを上手く使って、かなり三振も奪っている。


 ここまで9試合に先発して3勝1敗。

 MLBに来てから、単純に勝利数でピッチャーのレベルは測れないと分かってきた大介だが、タイタンズの環境から変化してこの成績なら、立派に結果を残していると言えるだろう。

「弱点はないのか?」

 そう問われてNPB時代の記憶を探るまでもなく、本多はストレートが高めに抜けたとき、ホームランを打たれることが多かった。

 あとは制球の面でも、そこまで精密にコマンドに投げることは出来ていなかったと思う。

 高めのストレートと、やや甘く入った球を打つ。

 好球必打で普通に対応すべきピッチャーだ。


 それとあとは、球数に対する意識が違う。

 本多は防御率などはいいが、六回までを投げられている試合が少ない。

 それは打たれて降板というものではなく、球数が100球に達してしまってマウンドを降りているのだ。

 中には制球が定まらず、無失点ではあるが四回でリリーフに託している試合もある。

 日本時代はレギュラーシーズンでも、150球ほどを投げて完投していたこともある。

 タフではあるが、MLBでは本人がタフと言っても、球数が100球に達したらドライに代えてしまうことが珍しくない。


 四回を無失点に抑えるよりも、六回を二失点に抑える方がいい。

 トローリーズのブルペン事情を考えれば、本多は投球スタイルというか、自分のピッチングの概念を変えていかないといけないだろう。


 


 MLBのみならずNPBでも、スタジアムの投手と打者、どちらが有利かというものはある。

 トロールスタジアムは投手有利の球場で、湿度や風向きからも、ホームランはやや出にくい。

 ただ大介にとっては、トロールスタジアムのサイズは日本の球場を思い出させる。

 それはこのスタジアムが、MLBの中では珍しく、左右対称の球場であるからだ。


 日本では左右対称が野球場の当たり前だが、アメリカではむしろそれは少ない。

 メトロズの本拠地であるシティ・スタジアムでも、ライト方向が狭くなっていて、大介は引っ張ってそちらにホームランを打つことが多い。

 中段まで運んでしまう打球が多いため、多少の広さはあまり意味がない。

 そもそもかなりホームランが出にくい甲子園で、あれだけのホームランを量産していたのだから。


 そして時間は、試合開始へと近づいていく。

 収容人数は56000人と、全MLB球団のスタジアムでも最多という球場が、どんどんと埋まっていく。

「トローリーズって人気あるんだな」

 のんびりと大介は呟いたが、ある程度は日本から来たリトル・ビッグバンに期待しているのだろう。

 もちろん地元のチームが負けたら気分は悪いだろうが、それとは別に小さなスラッガーのホームランは見たいだろう。

 またここのところ、やたらと敬遠をされている大介だが、ここは日本人同士の対戦。

 両者のプライドを賭けて、正面からの激突が起こることを期待する。


 そしてメトロズは、またも打順を変えてきた。

 大介の打順はなんと一番。

 一回の表の先頭打者から、日本人同士の対決が見られるわけである。




 プロで10年もやっていた本多は、だいたい配球の仕方も分かってきている。

 大介とも何度も対戦し、あまり勝率はよくはない。

 分かっていることではあるが、大介は特定のタイプのサウスポーとは相性がよくない。

 しかしそういう時は右打席に入って、それでもホームランを打ってしまったりする。


 スイッチヒッターではない。だが並の右打者以上には、右打席でも打てる。

 スイングの理論は、左右の打席で違うが、それでもホームランを飛ばせるのだ。

 本多は右腕であるため、そのあたりの意識はしていない。

 だが高速シンカー扱いされている自分のフォークは、大介相手なら使えるのではないかとも思っている。


 六月に入る前の時点で、もう32本のホームランを打っている大介。

 だが別に本多は、それを不思議とは思わない。

 大介はとにかくストレートや、速球系の球には強い。

 手元で動くムービング系の球でも、その変化ごと粉砕してスタンドに叩き込む。

 その中で本多のフォークも、膝をゆるめながら腰を回転させて打っていった。

 あれでヒットはともかく、ホームランが打てるのは不思議であった。


 今日の大介相手に、本多が対決するのは多くても三回。

 そして一打席分は、歩かせても仕方がないと思っている。

 この第一打席は、ランナーもいない状態で、逃げるべきときではない。

 MLBにきてから初お目見えの高速シンカーで、最初は空振りが取れる自信がある。


 まずは内角にストレート。100マイル表示が出たが、大介が最初から狙っていたら、打てている球だったろう。

(シンカーを警戒して、初球は見てきたな。じゃあこれはどうだ)

 二球目は外角の球で、わずかに変化してボールとなる。

 ツーシームだ。これはシンカーとは明らかに違う。


 大介としても、少し不思議に思っていることはあるのだ。

 シンカーは利き腕側への変化で、それならツーシームがそうではないかと思う。

 ただそれをシンカーと言うほど変化はしないだろうし、今のツーシームは映像のシンカーとは、明らかに違ったと思う。

(たぶん、フォークの抜くときの抜き方で、シンカーっぽく逃げながら落ちていく)

 そうあたりはつけているのだが、果たしてどの程度変化するのかは謎だ。


 本多としては、初対決となるここで、決め球にシンカーを使いたい。

 そのためにはあと一つ、ストライクカウントを取らないといけない。

(行け!)

 インハイのストレートを、大介は振った。

 ボール一個分ほどは上に外れていたが、打てると思ったのだ。

 しかしボールはバックネットに当たり、ストライクカウントを稼がれてしまう。


 追い込まれた。

 まだボール球を投げることは出来るが、本多はそういった組み立てで、大介を打ち取れるとは思っていないだろう。

 ならば警戒されているのが分かっていても、シンカーを使ってくるのでは。

(来い)

 高速シンカーの軌道をイメージする。

 真田も時々使っていたし、直史も使っていた。

 そして本多のリリースした球は、その軌道を途中までなぞる。

(!?)

 だが変化は鋭く、スイングは振り遅れていた。

 球速表示では、98マイルが出ている。


 なるほど、確かに高速シンカーだ。

 本多のフォークは速く大きく落ちるフォークだったが、それにシンカーっぽい変化が加わっていた。

 さらにスピードは、NPB時代のフォークよりも速い。

(次の打席からは、どう使ってくるかな)

 舞台が変われば人も変わる。

 久しぶりに三振らしい三振をして、大介はベンチに戻るのであった。



×××



 ※ コントロールとコマンド

 日本の野球においてはコントロールとは、だいたいボールをどのコースに投げられるかを示しているような印象がある。ただMLBにおいては、狙ったところにぴたりと投げるのを、コントロールとは呼ばずに特にコマンドと呼ぶらしい。

 コントロールはもっとおおまかな範囲を示すらしく、ものによってはストライクゾーンにちゃんと投げられるのをコントロールなどと言っていたりもするが、さすがにそれは適当すぎないか、と思わないでもない。

 キャッチャーの構えたところにそのまま投げられるのを、どうやらコマンドと言っていて、ゾーン内にコントロールは出来るがコマンドの能力が足りない、などという記述を散見することがある。

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