第88話 現状把握

 改めて確認する。

 MLBは二つのリーグがあり、その二つの中でも、東西と中央の三つの地区に分かれている。つまり六つに分かれるわけだ。

 両方のリーグのチャンピオンが、ワールドシリーズにおいて対決し、ワールドチャンピオンが決定する。

 そしてリーグのチャンピオンとなるためのトーナメントは、それぞれの地区の優勝チームと、ワイルドカードの一チームによるトーナメント試合で決定する。

 トーナメントといっても、ワイルドカードのチームを決める試合だけは一発勝負だが、あとは三回、もしくは四回先勝したほうの勝ちになる。

 ワイルドカードというのは、東・中・西の二位のチームの中で、勝率の高い二つのチームが一試合を行い、勝ったほうがリーグチャンピオンを決めるトーナメントに出られるようになるというものだ。

 つまりポストシーズンを戦うには、地区優勝をするか、優勝が無理でも勝率を高く保っておくことが必要になる。


 当たり前のことだが、現在メトロズは、ナ・リーグの東地区で首位を走っている。

 これに続くのがアトランタ・ブレイバーズで、ワシントン・ネイチャーズとフィラデルフィア・フェアリーズがそれを追っている。

 最下位のマイアミ・シャークス以外は、地区優勝は無理でもワイルドカードの出場は諦めていない。

 ポストシーズンまで勝ち残ると、開催される試合が多くなって、観客動員もかなり増える。

 このためにはやはり、優勝は無理でも二位は死守し、どうにかワイルドカードを得たいと思うものなのである。

 だがチームの主力が数人怪我をして、補強しても無理だと考えると、あっさりと主力を放出することはある。

 

 逆にシャークスなどは、他のチームが怪我人続出で、自チームの若手が急成長し、ワイルドカードを狙えると思えば、一気に補強をしてくることなどがある。

 その時のために金を貯めているのだ。もっともそんな機会はほぼありえず、数年に一度の戦力の充実を待つのが、マイアミのやり方だ。

 マイアミだけではなく、他のリーグの地区のチームにも、そういったところはいくつかある。


 メトロズは若手の成長と、長期契約の選手の調子を考え、来年が勝負の年だと思っていた。

 それが大介の獲得により、大幅な戦力アップが確認できたため、さらにシュミットと契約した。シュミットは正確にはトレードだが。

 大介は双方にオプションのある二年契約、シュミットも契約は残り二年。

 そしてこの、まだ投手力に不安がある状態で、現在は地区どころかリーグを独走。


 ただレギュラーシーズンはともかくポストシーズンで戦い抜くには、必ずリリーフ陣の強化が必要になるのが今のメトロズだ。

 ケチなわけではないが、ひたすら金を出すわけでもないオーナーから、トレードデッドラインまでに、金を出させる決心をさせられるか。

 そのあたりはやはり、アトランタとの直接対決を見る必要がある。

 同リーグ同地区のアトランタとは、レギュラーシーズン最後の三連戦というものがある。

 最終的には19試合を直接対決で行う予定だ。

 最初の四連戦では、まだ様子見ということで、一勝三敗と負け越している。

 そのうちの一試合は、クローザーのライトマンがセーブに失敗したものだ。


 レギュラーシーズン序盤の試合であったため、七回に負けていれば、勝ちパターンのピッチャーを持っていくことはあまりなかった。

 だがこの先に厳しい地区優勝争いが繰り広げられ、さらに数少ないアメリカン・リーグとの交流戦で、優勝候補相手にメトロズが勝つか惜しい勝負が続けば、GMとしては動く。

 余剰戦力になっている者や、若手の有望株などを、トレードに出してもブルペンを強化していくだろう。

 このあたりの誰を出して誰を取るか。

 また色々な条件をつけて誰を獲得するかで、GMの手腕は決定すると言ってもいい。

 トレード要員には、今年は怪我をして全休だが、来年以降はまた期待できる、というような選手を放出してしまうこともある。

 来年の優勝を諦めてでも、今年の優勝を取るか。

 あるいは当初の予定通り、来年に磐石の態勢を敷いて、ワールドチャンピオンを取りに行くか。

 このあたりは経営面でのオーナーとの話もするし、またFM(監督)とも話し合ったりする。

 だが基本的に人事の、誰をそろえるかまではGMの領分なのだ。

 



 これまでの大介は、なんだかんだ言いながらも、目の前の試合をこなしてきただけだった。

 一ヶ月以上が過ぎて、ようやく自分が落ち着いてくると、今度は周囲の方が熱狂している。

 しかしそんな中でも、ゆっくりと年間スケジュールを確認する。

 九月いっぱいで終わるための、詰め込まれたスケジュール。

 NPBならば少しぐらいは融通を利かすのだろうが、MLBは動かすものが人であれなんであれ、大きすぎてぎりぎりのスケジュールでやっている。

 162試合をNPBとほぼ同じ期間で終わらせようというのだから、それは無茶もかかるというものだ。


 しかしその年間スケジュールをようやく全て確認し、大介は難しい顔をする。

 むしろツインズのほうが、今更?と驚くぐらいであるが。

 それは対戦するチームの偏りである。


 いや、元々マイアミやワシントンとはやたらと試合が多いな、とは思っていたのだ。

 そして改めてスケジュールを見て、ア・リーグ西地区のチームとは試合がないことに気づいたのだ。

 合理的に考えれば、東西に離れたチームの対戦が少ないのは、選手の疲労度やスケジュールを考えたら合理的なことである。

 だがこの試合の偏りは、同じカードばかり見せられる観客は、飽きてしまわないのだろうか。


「逆に考えるんだ。同じチームと何度も戦うからこそ、戦術を練っていくんだ」

 杉村はそう説明してくれて、なるほどと納得した大介だが、その戦術の結果が、守備であればバッティングシフト、攻撃であれば常なるホームラン狙いなのか。

「だからWBCで日本に勝てると思えないから、トップメジャーリーガーを出してこないんじゃないかなあ」

 ツインズはそんなことを言ってしまって、それもまた納得する大介なのだ。


 間違いなく日本とは、野球に関する捉え方が違う。

 それもまたマイナーとメジャーでは違うらしい。

 直接マイナー経験者と話すほどの英語力はない大介であるが、チームメイトには英語の怪しいメキシカンなどもいて、そういう選手とは逆に片言英語で話したりする。

 なんだかんだと俗語はおぼえてきて、言語は習うより慣れろだな、と思う大介である。




 大介自身の契約についても、その意味が分かってくる。

 日本で13億、インセンティブを入れたら14億6000万で九年目をやっていた大介は、今年は600万ドルプラスインセンティブでやっている。

 実はこのインセンティブの部分が、去年の日本での成績を残せたら、1300万ドルほどになる。

 絶対に無理だろうと思っていたのだろうが、今のところは無理ではない。

 またそれは成績の話だけで、タイトルを取ればさらに増える。ワールドシリーズなどに出るのはチーム力が問題となるが、個人タイトルをこの調子で獲得して、成績の指標を残していけば、かなりの金額になる。

 MVP、ゴールドグラブ、首位打者、シルバースラッガー、打点王、ホームラン王、新人王、ハンク・アーロン賞がその対象になっており、盗塁王は入っていない。

 MVPが300万ドルで、他は100万ドルだ。

 全てを獲得すれば1000万ドル。

 つまり基本の600万ドルとプラスすると、2900万ドルとなるのだ。


 この年俸は全て達成できたとすると、さすがにMLBでもかなりの上位の年俸となる。

 だがNPBとはレベルが違うと思われるMLBで、それが達成されるなど、GMは思ってもいなかったのだ。

 これに加えてメトロズは、大介を来年1800万ドルで契約できるオプションを持っている。

 ただそれにインセンティブがついていけば、4000万ドルを超える。

 MLBはNPBと違って、ラグジュアリータックスでぜいたく税の範囲が決まっている。

 果たして来年も大介と契約するつもりがあるのかは、かなり微妙なところである。


 それは大介個人の話であるが、とにかくチームが負けない。

 リリーフ陣が弱いはずなのだが、そして事実あまり防御率はよくないのだが、先発が頑張っている間に打線が点を取り捲る。

 そしてリリーフ陣になって追いつかれる前に、さらに打線が点を取っていく。

 アトランタ相手には負け越したが、最初から勝負を放棄しているマイアミはともかく、ワシントンとフィラデルフィアを相手にも、圧倒的な勝率を誇る。

 打率はさすがに下がってきたものの、まだ四割台をキープしている。

 出塁率は五割、長打率は10割、OPSは1.6以上を記録。

 四月末の時点と比べれば、打率も長打率もOPSも下がっているのだが、出塁率はほぼそのまま。

 つまりフォアボールで歩かされることが、圧倒的に多くなっているのだ。


 五月に入ってからの25個のフォアボールのうち、敬遠はなんと12回。

 ホームランとほぼ同じだったフォアボールの数は、さすがにホームランの数が減ったということもあるが、ホームラン8本に対して三倍以上の数となっている。

 誰かもっとデッドボールを当てて、こいつを止めろとは思っている。

 だがビーンボールまがいのボールで腰を引けさせようとしたピッチャーが、次に外角に投げた球を完全なピッチャー返しをされて、ピッチャー強襲の内野安打となっていた。

 これは病院送りにはならなかったが、それでも恐怖感を与えるのには充分なものであった。

 そもそも人がボールを投げる速度よりも、バットがボールを打つ打球速度の方が、速いのであるから。




 ネイチャーズとの四連戦が終わったところで、シーズンは50試合を消化。

 ホームランのペースは落ちてきたが、それでも30本。

 当然ながらトップを走るハイペースであり、さらに打点や打率も高い。

 打率はともかく打点は、ホームランほどペースが落ちておらず、この調子ならシーズンの最多打点記録を塗り替えそうである。

 ホームランにしても、格段に落ちた五月のペースを維持したら、それで32本。

 ドーピング規制が厳しくなって以降、誰も到達していない60本に到達するかもしれない。

 また四月のように、ホームランを量産しはじめるかも。

 汚れた記録が浄化されるのを、期待している者はそれなりに多い。

 

 ネイチャーズとの四連戦の後、メトロズはまたア・リーグのチームとの対戦となるインターリーグを迎える。

 今度の対戦はア・リーグ中区のデトロイト・ライガースとの三連戦。

 なおライガースはア・リーグ中区のチームの中では、現在再建中で、マイアミに匹敵するぐらいの弱小チームとなっている。

「マイアミ並ってひどいな」

 それが大介の感想であるが、実際に二年前にコアとなる選手をほぼ全て放出し、プロスペクトでチームを再建中なのだ。

 ここまでも既に30試合に負けていて、メトロズの打線を封じる力を持つ投手陣がない。

 もっともそれでも、先発の中に一人や二人は、成長中の若手はいたりする。


 これらの若手の成長と、そしてFAになってからの大型契約を、デトロイトは考えているわけだ。

 同じライガースであった大介としては、なんだか不思議な親近感を抱いてしまう。

 ライガースも大介が入団する前の二年間は、リーグ五位のなかなかの低迷期であった。

 それが大介一人でどうにかなってしまったあたり、NPBの方が一人あたりの選手の貢献度は高いのかとも思える。

 実はそれは正しく、試合数が多いため選手がある程度離脱するMLBよりは、NPBの方が選手一人の力を計算しやすい。


 FA権を取ったらこのデトロイトにでも移籍することもあるのかな、と思った大介であるが、それはちょっとと止められた。

 杉村曰く、デトロイトは場所にも夜が治安はアメリカでも最低レベルで、日本人選手の所属した例もあまり多くない。

 将来的に移籍を考えるにしても、もっといいオファーを出すところはあるだろう、ということだ。


 この頃になると大介と杉村は、それなりに気心の知れた仲になってきている。

 そもそも大介はスーパースターとしては珍しく、傲慢さがない。

 それは日本人の特質の一つでもあるのだが、生活自体が謙虚であり、チームメイトを悪し様にいうこともない。

 あとは性格に変な癖もない。

 日本人選手でも、性格が悪いわけではないが、それなりに癖のある選手はいた。

 大介は基本的に、そのあたりの扱いは難しくない。


 そして大介の目的が、MLBで成功すると言うよりは、すごいピッチャーとの対決にあるとも分かってきた。

 今までに対戦した中で、その対決に満足できたのは誰かなどと問うが、基本的にはあまりいない。

 メトロズにも同姓のピッチャーはいるが、ネイチャーズのスタントンには力を感じたが好敵手と言うにはまだ経験が足りないと思った。

 あとはセントルイスのスレイダーはなかなか良かったかな、という程度で大介を満足させるレベルではない。

 大介の要求する水準は高すぎるが、日本時代の上杉や直史との対決を見ている杉村は、確かにもっと高いレベルが必要かな、とは思っている。


 デトロイトにはそこまで大介の要求を満たすピッチャーはいない。

 だがこのデトロイトとのカードが終われば、次に対戦するのはナ・リーグ西区のロスアンゼルス・トローリーズ。

 そこにならばMLBの中でも絶対的なエースと呼ばれるピッチャーが存在する。

 タイプとしては日本人選手の中では、武史が近いだろうか。

 おそらくローテーション的にも、投げてくるはずだ。


 そして同じ地区なら、ブレイバーズのクローザーも、大介を満足させるのではないか。

 前のカードでは対戦していないが、間違いなく30球団のクローザーでも、五指に入るピッチャーだ。

「ロスアンゼルスか」

 大介はWBCにおいて、西海岸の球場で試合を行ったことがある。

 その時にも、そういったスーパーエースレベルはやはり、出場していなかったのだが。




 トローリーズとの対決、そしてまだ見ぬスーパーエースとの対決を期待して、大介はデトロイトとのカードでも打ちまくった。

 そして対戦をまた避けられた。

 メトロズの打線は相変わらず好調で、三試合全てに五点以上の得点を記録した。

 だが二連勝のあとの第三戦では、やはりその弱点も出てきてしまう。

 試合序盤で背中の張りを気にしたウィッツが降板。

 そこからはブルペンのピッチャーでリリーフしていくのだが、勝ちパターンの時の三人以上に、リリーフ陣は頼りない。


 先発が勝っていた試合でも、勝ちパターンのピッチャーはそれなりに打たれることが多い。

 それを上回るほどの得点力で、今まではその欠点をカバーしてきた。

 だがその先発が序盤で崩れてしまうと、あとはもう打線同士の点の取り合いになる。

 総合的に言って、ブルペンのリリーフ陣が弱いのだ。


 また先発にしても、それほど確実に勝てるピッチャーばかりではない。

 モーニングとオットー、スタントマンにウィッツまではそれなりのピッチングを期待できるが、それでもそれなりのものだ。

 ただ登板数に比して負け星が先行しないのは、やはりリリーフ陣に勝ち星を消されてしまっているからだ。

 現在は年俸の査定も、単純な勝ち星や防御率では計算されないが、それでも気分が悪くはなってもおかしくない。

 またこの試合を降板したウィッツは、故障者リストに入った。

 それほど重傷ではなさそうだが、先発の一角が崩れたのは問題である。


(セットアッパーが一枚弱いのと、クローザーもそこまで安定してはいないんだよなあ)

 現在のクローザーのライトマンは、既に三度敗戦投手になっているし、逆転まではされなくても追いつかれたりはしている。

 ライトマンはセットアッパーぐらいにして、もっといいクローザーはいないのだろうか。

(そのあたりがトレード・デッドラインの勝負となるわけか)

 冷静に見て、レギュラーシーズンの優勝までは打撃力で呼び込めても、短期決戦のポストシーズンはピッチャーによる防御力が足りない。

 そこの補強をしてくれることは、やはりGMに任せる以外、どうにもならないのだなと大介は考えていた。



×××



※ ポストシーズンについて

 現在は地区優勝の三チームとワイルドカードの一チームによるリーグのポストシーズンと、リーグを勝ち抜いたチーム同士のワールドシリーズが行われています。ですが2022年2月現在、ロックアウトといって選手会とMLB機構の間での話し合いが止まっていて、どういう体制になるかは不透明です。おそらく作中にもあるスプリングトレーニングの開催も遅れそうで、作品の来年以降の描写にもそれが反映されるかもしれません。

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