第82話 ツーシーム

 セントルイス・カジュアルスとの第二戦。

 大介は初めて、MLBの中でも本当のトップクラスのピッチャーと対決する。

 もちろんこれまでにも、各チームのエースクラスとは対戦してきた。

 しかしサイ・ヤング賞を近年に取り、将来的に殿堂入りするであろうというピッチャーとは、これが初対決となる。

 トニー・スレイガー。

 カジュアルスのエースであると共に、現在のMLBを代表する大エース。

(タケぐらいの歯ごたえはあるかな?)

 大介はそんなことを考えていたが、今までにいないタイプのピッチャーであった。


 これまで大介が対戦してきた、さまざまなピッチャーは、本格派を上杉、技巧派を直史として頂点とし、MLBに来てもその評価が変わることはなかった。

 そして知りうる中で、一人を除いては、どのピッチャーにも共通していることがあった。

 フォーシームストレートが一番速いということである。

 唯一アレクが、そもそもストレートを投げられなかったので、例外となっている。

 だがこのスレイガーは、フォーシームも投げられるが基本はツーシームを主体として投げて、右バッターのバットを折ることに長けている。

 あだ名が「クラッシャー」なのだから大介と気が合うような気もする。

 しかしフォーシームよりツーシームの方が速いというのは、よく意味が分からない。

 ただピッチャーの投げるストレートは、程度の差こそあれ全て、シュート回転がかかっているとは言われているが。

 

 ビデオ映像では確かに、ツーシームが右バッターの手元に曲がっていくように見えた。

 だがピッチャーの投げるボールというのは、実際に体験してみないと分からない。

 本日はまだ二番打者になっていて、あんまり打順をコロコロ入れ替えないでほしいな、と大介は思う。

 打順ごとに役割というのが、大介の中では違うものだと思っているのだ。


 とりあえず先頭のカーペンターが内野ゴロで打ち取られる。

 ネクストバッターズサークルにいることを、MLBではオンデッキと言うのだが、大介はそのオンデッキから、球筋を確認していた。

(ツーシームね)

 一時期のMLBを席巻していたツーシーム。

 トレンドは変化したが、コンビネーション次第では有効なボールであることに変わりはない。

 左打者のカーペンターにとっても、外角の際どいところを攻めるツーシームは、やはり厄介なのだろう。

 まずはサードゴロでワンナウトとなり、大介の打順である。




 右打者のバットの根元に当てて内野ゴロ、というのがスレイガーのツーシームの一番多い使われ方だ。

 左打者は時折、バットのヘッドが下がったスイングをしてしまって、それが上手くミートすることになって、内野の頭を越えてしまうことがある。

 スライダーほどの強力な変化で、空振りを取るためのボールではない。

 だがミートは難しく、少ない球数でアウトを取るためには適した球種。

(初球はどう入る?)

 ツーシームを出来るだけ見たいと思っていた大介に、スライダーを投げてくる。

 内角のボール球で、ぎりぎり大介は腰を引いたが、おそらく動かなくても当たっていなかっただろう。


 また報復打球をしてほしいのか。

 大介も別にあれはしたいわけではない。最初に舐められるとどうかと思ったからやってみただけだ。

 小さな体で長いバットを持って、バッターボックスの低い場所から、見上げるマウンドは狂相。

 だがMLBのタフな選手は、それに怯えることはない。


 内角の後のボールは、外角。

 それもストライクゾーンから、ぎりぎり外れるようなツーシームであった。

(この軌道か)

 100マイルオーバーのツーシーム。

 軌道は同じだが、さらに速いスピードで入ってくる。

 カウントが悪くなったこともあって、この最初の打席は大介は出塁に成功した。

 だが後続が打てずに、先制点はない。

 大介は盗塁を決めたが、102マイルのツーシームというのは、やはり強力である。


 ピッチャーのローテーションから、今日は負ける可能性が高いことは分かっていた。

 先発のマクレガーも悪いピッチャーではないのだが、ローテを回すための35歳。

 六回までを投げて、クオリティスタートをしてくれれば充分というピッチャーだ。

 それに失敗しても、とにかくイニングを六回まで投げてくれれば、試合を一つ潰すことは出来る。

 負け試合と決まったとき、どれだけベンチはピッチャーを使っていくか。

 全ての試合に勝つことなど出来ないプロとしては、考えなければいけないことである。




 大介としては、今後も何度も対戦してみたいピッチャーになった。

 二打席目はまさに外角を打たされて、上手く角度がつかずにレフトフライ。

 そして三打席目が来るまでに、球数制限でスレイダーは降板。

 六回までを投げて無失点、被安打一の四死球一という、素晴らしいピッチングだった。

(これでも完投するのは難しいわけか)

 スレイダーが投げたのは、102球。

 六回でその球数なのだから、九回を100球で投げる友人が、どれだけおかしいか大介はつくづく感じる。


 ただ、今日は無失点のスレイダーだが、これでも普通に失点することはある。 

 防御率は2点台と、六回までを投げたら普通に失点はするのだ。

 今日のスレイダーは、特に調子が良かったとも言える。

 そして大介は、よりMLBの継投の厳格さが、ピッチャーの攻略を難しくさせていると感じる。


 三打席目があれば、少なくともヒットは打つことが出来たのではないか。

 継投でバッターの対応力を削っていくというのは、確かに合理的ではある。

 だがこれを突き詰めていくと、打者一巡ごとにピッチャーを代えていって、球数も50球ぐらいになってしまうのではないか。

 それは確かに野球というゲームではあるが、根本的にピッチャーの価値が下がってしまう。

 もちろん球数が少なくなれば、ピッチャーもそれなりに回復は早くなるのだろうが。

 ショートリリーフを続けて一試合を終わらせることは、現在でもないわけではない。

 だがこれが普通になれば、少なくともプロ野球から、エースという言葉はなくなるだろう。


 大介は三打席目にツーベースを打って打点を記録し、四打席目はツーアウト二三塁から敬遠された。

 そして後ろのバッターはヒットを打てずに残塁。

 つまりこの日は二打数一安打で、一打点という成績に終わった。

 これでも打率は低下していないし、打点は増えていくのだが。

 結局試合に負けてしまえば、その先はなくなる。


 そろそろ大介の連続安打記録も、話題になりつつある。

 開幕から八試合連続本塁打というタイ記録を作ったが、連続試合安打はまだ続いている。

 だが大介が本当に満足したのは、結局一度しか打数として数えられなかった、スレイダーとの対戦だ。

 まだまだ、厄介なピッチャーというのはたくさんいる。

 それを嬉しく思う感性の大介は、次の試合に14号ホームランを打ち、チームの勝利に貢献したのであった。




 つい先週行われたフィラデルフィアとの対決が、ホームとアウェイの違いこそあれ、またも行われる。

 大介はこの四月の試合を行っていく中で、ようやくMLBのポストシーズンのシステムを実感してきた。

 もちろん二つのリーグがあることは分かっていた。

 だがその二つのリーグの中でも、地区が重要だということが、いまいち分かっていなかった。

 ナ・リーグ東地区の中で、どうしてブレイバーズに対しては負けることを許容していたのか。

 それはピッチャーの巡り合わせということもあるが、ワイルドカードの問題も含んでくる。


 MLBのポストシーズンとNPBのポストシーズンは、リーグごとのトーナメントで代表が決まり、そのリーグごとのチームの対戦をワールドシリーズとしている。

 NPBであればこのリーグごとのトーナメントは、セとパの上位三チームで争うことになる。

 だがMLBの場合は、一つのリーグの中にも三つの地区がある。

 この三つの地区の優勝チームが、まずポストシーズンへの進出が決まる。

 そして最後の一枠が、ワイルドカードというわけだ。


 MLBは戦力均衡の影響で、ワールドチャンピオンになるチームはほぼ毎年変わっている。

 だがリーグの地区ごとの優勝ならば、かなり有力で毎年のように優勝に近いチームがいる。

 大介のいるメトロズが所属するナ・リーグ東地区は、とにかくブレイバーズが強い。

 他に強いのはア・リーグ東地区ではニューヨークラッキーズ、ナ・リーグ西地区ではロスアンゼルス・トローリーズが代表的だ。

 もちろんメトロズが金に糸目をつけず補強をすれば、ブレイバーズ以上の成績を収め、優勝することは出来るだろう。

 ただ問題はそのために、年俸などを払うことで、球団としての収益が悪化すれば意味はない。


 ブレイバーズに比べるとメトロズは、フランチャイズの都市もニューヨークであるので、そうそう資金力で負けることはないと思えるかもしれない。

 だが実際のところはニューヨークはもう一つの球団ラッキーズが、古くからの名門球団として存在する。

 過去には最も多いワールドシリーズの進出と優勝を誇り、日本におけるタイタンズのように、アンチも多く存在する。

 だがアンチというのは、そもそも人気があるからこそ、そして強いからこそ発生するのだ。


 メトロズはもちろん、地区優勝を目指していないわけではない。

 大介の加入から、シュミットを補強したのもそのためだ。

 だが今年本格的に優勝を狙うなら、ピッチャーももう少し補強するべきであった。

 それをしていないということは、フロントがそもそも今年よりも、来年を見据えている可能性がある。

 または今年の成績が良かったとしても、トレード期限ぎりぎりまでは、優勝を狙っていくかどうかまでは、見極めたいということだろう。

 NPBに比べると、フロントは本当に、収益に対してシビアである。




 地区優勝を狙えるか、そうでなくともポストシーズンにワイルドカードで進めるかで、フロントの本気度合いも変わってくる。

 ブレイバーズ相手の1勝3敗というのは、その見極めにも使われたわけだ。

 ただそのブレイバーズ以外には、勝ち越しているというのも本当だ。

 本当に勝ちに行くのは来年か、それとも今年か。

 戦力の移動が頻繁にあるため、なかなかフロントも見極めがつかないということだ。


 このあたり大介は、本当に悩むところである。

 ただシャークスのように、今年も負け続きで当たり前、という状態でないことはありがたい。

 どうせ今年は誰かと対決することを楽しむというわけでもないのだし、自分の成績にこだわってしまえばいいのかもしれない。


 幸いと言うべきか、大介がやたらとホームランを打っているおかげで、ホームでもアウェイでも、観客動員数は増えている。

 そんなにホームランだけが大切なのかと、首を傾げなくもない。

 ただ一人の選手の活躍で、MLB全体が盛り上がるのは悪いことでもない。

 来年は大介以上の、逆黒船がやってくる予定だが。

 それでも先発のピッチャーは、毎試合出られるわけではないのだ。


 フィラデルフィアとの三連戦、まずはメトロズが先取した。

 かなりのシーソーゲームにはなったが、終盤にメトロズは勝ちパターンの継投に入り、一点差を制した。

 大介はここでヒット一本を打って一打点。

 盗塁も一つ決めて、ホームランと盗塁の数が、どんどんと近付いてくる。


 第二戦は序盤からメトロズがリードして、先発に勝ちの付く試合となった。

 大介はホームラン一本を含む二安打で、勝利に貢献する。

 ただこのあたりにくると、もう大介には本当に、プレイヤー・オブ・ザ・マンス。つまり月間MVPがほぼ確実視されてくる。

 四月の試合は、残り六試合を残して、大介のホームラン数は15本。

 ちなみにMLBの記録は、月間20本が最高である。


 さすがに六試合で五本を打つのは難しいが、新人がいきなりこれだけを打って、新記録の可能性が出ていること自体がおかしい。

 今月の残りの試合は、全てホームで行われる。

 もしも地元でMLB新記録などが出たら、オーナーは大介にボーナスを出して、来年の年俸に反映させようという話も出ている。

 当の大介はそんなことを言われても、まずは対戦を避けられないことが大事だと思うのだが。




 そんなことを家で離していると、難しいだろうね、とツインズは言ってきた。

 単純に勝負を避けられるとか、ピッチャーがより力を入れて投げてくるとか、そういう問題ではない。

 MLBの記録を、日本人に更新されることを、嫌う人間が出てくるだろうという話だ。

「つまり、どういうことだ?」

 ニューヨークに来てから、街を出歩くのは大介よりもツインズの方が多い。

 桜は妊娠しているが、それだけに逆に、どういったルートが安全なのか、確認したりもする。


 二人はまだそれほど直接には感じないが、東洋系に対するナチュラルな差別は感じられる。

 だいたい現在は中華系と韓国系が問題なのだが、バブル期の日本人に対する対抗心や嫉妬心も、いまだに残っていたりする。

 さらに昔の第二次大戦が、差別理由にまでなってしまうらしい。


 もっとも大介は、かけらもそんなものは感じていない。

 単純に鈍感で、文化の違いかなとスルーしているだけの問題もあるのだが。

 大介は15本のホームランを打っているが、既に四死球も18個となっている。

 もっともこれに関しては、後ろにも打てるバッターがいるため、それほど多くはないのでは、と思っている。

 日本時代は最高で、年間61個の申告敬遠もあった。


 ホームラン王を日本人、あるいは東洋系に取られないように四球攻めというのは、何も大介から始まった話ではない。

 ただ大介は、そのあたりはあまり心配していない。

 なぜなら一つには、既に日本で、フォアボールや敬遠には慣れていること。

 そしてもう一つは、それだけ歩かされたとしても、それ以上に打ってしまえばいいと思っているからだ。


 三連戦の最終戦も、外で勝負するボールが多かった。

 実際にまた、ほとんど勝負を避けるようなフォアボールはあった。

 だがその中でも大介は、ゾーンに入ってきたボールを、一発で確実にスタンドに送った。


 三・四月の月間において、これで16本のホームラン。

 そして残りの試合は五試合。

 舞台はホームの球場であり、観客は大介の味方。

 多人種で構成された街であるニューヨークには、東洋人もたくさんいるのだ。

 

 社会にいくら問題が含有されているとしても、実際にグラウンドでプレイするのは大介である。

 俗語を使われているのはなんとなく分かるし、リスニングだけならどうにかなってもきている。

 ただMLBで戦うということは、そういう差別的なこととも戦うというのが、メンタル的に求められるのだ。

「次はミルウォーキーが相手か」

 三連戦を前に、一日の休みがやってくる。

 息子で遊びながらも、大介は対戦相手の研究に余念がないのであった。



×××



 ※ ポストシーズンについては現在もロックアウトで話し合いがされており、今年からワイルドカードの存在や、またポストシーズンに進むチーム数なども変更される可能性があります。サザエさん時空の一つとして、とりあえず2021年の形式に沿って書かれていますが、いきなり今年から変更される可能性もあります。

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