第81話 アベレージ
MLBにも日本と同じように、月間MVPやそれに似たようなものがある。
まだ四月の途中でありながら、大介の名前は北米全土どころか、アメリカにメジャーリーガーを輩出する全ての国に鳴り響いていた。
ルーキー・オブ・ザ・マンスという、ルーキーの中でその月に最も優れた人間に対する表彰はあるが、大介はプレイヤー・オブ・ザ・ウィークに一度選ばれている。
こちらはその週に最も活躍した選手ということで、ホームランを連発しまくる大介が選ばれないわけがなかった。
その後のホームランが出なかった期間の後、二度目のプレイヤー・オブ・ザ・ウィーク。
おそらくこの月はルーキー・オブ・ザ・マンスとプレイヤー・オブ・ザ・マンスの両方に選ばれるであろうことは間違いない。
四月の中旬でもう13本のホームラン。
16試合連続安打に、33打点。
そしてようやく五割を切ったが、打率は0.492を維持。
いくつもの記録を破っている。
そしてまだまだ破りそうである。
最初は笑って見ていた人間も、そろそろ笑みが凍り付いてくる。
この時点で、13本塁打も脅威だが、それに10盗塁が付随している。
つまりMLBにおいてまだ誰も達成していない、50-50が達成される可能性がある。
いやいやさすがに、などと思うのは日本人の中にはいない。
乾いた笑いを浮かべて、遠い目をする者はいるかもしれない。
ちなみに大介は、日本時代は9シーズンで、八度の50-50以上を達成している。
最高は四年目の60-90か、九年目の70-70のどちらかだろう。
この記録を同じ選手が達成しているというだけで、大介の怪物ぶりが分かるというものだ。
さすがにMLBではあの打撃成績も多少は下がるであろう。
そう言っていた評論家はもう息をしていない。
そもそもMLBは関係なく、日本で初めての四割打者だったのだ。
八度も三冠王を達成したバッターが、どうして通用しないなどと思ったのか。
そんな大介に、シュミットが声をかける。
「ホームラン? よく分かんねえ。杉村さ~ん」
呼ばれて飛び出て杉村が翻訳する。
シュミットは大介に、もっとホームランを狙っていけと言っている。
何を言っているのだこいつは。
ただ、聞いてみたら一応納得のいく説明はあった。
シュミットは分かりやすい大介の成績ではなく、地味にすごい数字に目をつけて、まだ打力に余裕があるのではないかと思ったのだ。
それは三振の数である。
野球の華がホームランというのは、確かに今も昔も変わらない。
だがOPSという指数が、より得点につながっていることが統計で明らかになると、出塁と長打が単打よりも重要になった。
大介はこれまで、61打数で二回しか三振していない。
もっと強振していって、三振してでも長打を増やすほうがいいのでは、というシュミットなりの疑問であった。
それはそうかもしれないが、余裕で出塁率は五割を超えて、長打率は10割を、OPSは1.7を超えているのに、何を言うのか。
他のバッターはともかく、大介はこれまで失敗が一度もない、盗塁する足もある、
単打であろうとフォアボールであろうと、よほどのバッテリーからは二塁までは進める。
MLBのピッチャーはあまり盗塁への対抗策がないというのは本当らしい。
確かにキャッチャーの肩の強さは、平均でNPBよりもかなり上だろう。
だがピッチャーのクイックが遅い場合が多すぎる。
少しクセを盗めば、大介ならかなり盗塁を仕掛けられるレベルだ。
単打と四死球で出塁したのが23回。
それに対して盗塁が10個。
場面によって不要な盗塁はしていないので、実際のところはかなりの確率で、一人で得点圏にまで行ってしまう。
なんでこんなに盗塁が成功するのか、不思議に思われることもある。
これはむしろ盗塁防止策は、日本の方がアメリカよりも先進的であることがある。
ピッチャーはあくまでも、バッター相手に投げるのが仕事。
盗塁を防ぐのはキャッチャーの仕事という感覚が、まだ残っているのだ。
キャッチャーの肩が140km/hと130km/hの違いがあったとする。
だがそれがキャッチャーから二塁ベースへの到達速度に、どれぐらいの差があるか。
およそ0.1秒である。
0.1秒で走れる距離は、100mが10秒台の大介でも、せいぜい1mだ。
この1mを短いと取るか長いと取るか。
だが0.1秒の短縮は、ピッチャーのクイックやキャッチャーのモーションですぐに縮められるものだ。
ランナーのリードも、重要な要素になる。
MLBは明らかに、盗塁と盗塁阻止の技術を甘く見すぎている。
送りバントも盗塁もしないというのは、日本のスモールベースボールに慣れた身としては、理解しがたいものだ。
要素を単純化しすぎて効率化を考えるあまり、個人の走塁能力を低く評価している。
シュミットも毎年10個前後は盗塁をしている。
外や守備の上手さから考えて、もっと盗塁は出来る足を持っている。
打者のバッティングを重要視するなら、盗塁は優先順位が低いのだろう。
だが大介のようなスピードスターがいれば、単打やフォアボールがツーベースになってしまう。
特に大介は歩かされた時ほど、前の塁を狙って歩かせるリスクを高めようとする。
シュミットは感心するが、そのあたりも含めて、大介はパワーではなく技術でホームランを打っているのだなと感じる。
下手をすれば場外まで持っていくようなホームランを打って、パワータイプじゃないというのもおかしい気がするが。
フェアリーズとの試合を、メトロズは三連勝でスイープした。
この間大介のホームランは、初戦のスリーラン一発のみ。
これで警戒されたのか、なかなか真っ向勝負してもらえない。
ただ難しいボールでも、普通にヒットにはしてしまえる。
この三試合は毎試合、盗塁を決めた。
フォアボールで逃げたところで、ツーベースと同じ扱いにしてしまう。
各球団はそろそろ、大介の足を本格的に警戒しなければいけなくなってきた。
チームとしても雰囲気がよくなってきたが、大介としては投手力に波が大きいのでは、と思う。
18試合を消化して、相手を0で封じた試合が一度もない。
一失点と二失点の試合はそれぞれ一つあるが、基本的には三点以上を取られている。
ただ思い返してみれば、ライガース時代も完封したほとんどの試合は、真田か山田が先発していたのだ。
あとはライバルであったレックスが、とにかく直史と武史の二人で、完投完封を多くしていた。
あれが印象強いため、日本の試合は完封が多いというイメージになっているのだろう。
フェアリーズとの三連戦の後、ようやく一日の休みがあるが、まだ遠征は続く。
次はナ・リーグ中地区のセントルイス・カジュアルズとの三連戦である。
カジュアルズはこの数年はチーム再建のため、あまり強いチームではなかった。
だがここもまた育成に成功して、今年はそれなりの成績を残してきている。
大介もチームの解体、再建、コンテンダーあたりの認識が分かってきた。
それまでの中核メンバーが、FAで抜けてしまうと、チーム力が一気に落ちる。
どうせ優勝は狙えないと分かれば、チームは他の主力選手も放出するのだ。
FAまで残り一年とかの選手を、来年は優勝を狙えるチームと、若手をトレードすることが多い。
そしてその若手が育ってきたあたりで、また優勝を狙う。
メトロズの場合は、ここしばらくは思い切ったチーム解体などは行っていない。
今年あたりは地区優勝も狙えるし、来年までの二年間で、ワールドシリーズ制覇を考えていく。
その理由の一つが、大介の存在である。
シュミットの獲得も、大介のオープン戦での大活躍が大きい。
あとは中盤まで戦って、成績がどうなっているかだ。
メトロズは先発のピッチャーはそこそこ揃っているのだが、リリーフ陣はやや弱い。
ここに一枚、クローザーとまではいかないが、セットアッパーがそろえばもっと勝っていける。
マイナーから上げてくるか、あるいはトレードを行うか。
このあたりの選手の移籍の多さは、MLBの楽しみの一つである。
だが贔屓の選手が出てしまうのは、やはりファンを減らす要員にもなっている。
選手のファンというのも、もちろんあるだろう。
だがフランチャイズとしてその地域のファンに愛されるのが、今のMLB球団の経営のスタンダードだ。
このままの成績で七月を迎えれば、おそらくフロントが動いてくる。
左右の中継ぎに、出来ればクローザー。
マイナーから上げて試すこともあるだろうが、確実なのはトレードだ。
日本と違って期間中のトレードが多いのがMLBの特色。
それもトレードデッドラインにおいては、頻繁にトレードが成される。
地区一位が確実にポストシーズンに進めることから、一番大事なのは同地区のチームとの対戦である。
ナ・リーグ東地区はメトロズの他に、フィラデルフィア・フェアリーズ、マイアミ・シャークス、アトランタ・ブレイバーズ、ワシントン・ネイチャーズの四つのチームがある。
この中で今年、明確に地区優勝からワールドシリーズ制覇までを狙っているのが、アトランタ。
メトロズの他のフィラデルフィア、ワシントンは戦力の再建中と言われている。
そしてシーズン前から既に、諦めているのがマイアミ。
メトロズはあわよくばというのがスプリングトレーニング前には言われていたが、大介の大活躍でシュミットを獲得しにいき、上手くいけば今年と来年でポストシーズン進出とそれ以上を狙っている。
だがそれならブレーバーズとの直接対決を、全力で取りに行くべきだったと思うのだが、ピッチャーのローテが合わないために無理はしなかった。
MLBは一年間の勝敗を、かなり長期的に考えている
序盤は大介の活躍もあって連勝スタートであったが、そのスタートダッシュで全てを判断したりはしない。
開幕からしばらくして、落ち着いたあたりでチームの戦力を評定する。
そして選手の怪我がどうなるかなども考えて、補強に入るのだ。
ワールドチャンピオンになるために、数年をかけて準備をする。
21世紀以降、常勝軍団というのは存在していないのが、現在のMLBである。
セントルイスに移動して、大介たちは対戦する。
カジュアルズは今年、地区優勝を狙える戦力がそろっている。
他の地区ではあるが、ある程度は意識するチームだ。
もしもポストシーズンで戦うことがあれば、やはりシーズン中の対戦成績は頭に浮かぶ。
なので勝ちに行くのは、おかしなことではない。
第一戦、メトロズはここまで、負け星が一つもついていないウィッツ。
対するセントルイスも今季、負けがついていないウエインライトが先発である。
このウエインライトは、かなりの技巧派ピッチャーだ。
変化球の種類が多く、コントロールがよく、緩急も使える。
これに対して大介の打順は、また三番に戻っている。
MLBはパワーピッチャーが多く、ウエインライトのようなピッチャーは、まさに晩年になってからの技巧派といえる。
40歳にもなってまだ、去年は二桁を勝っているのだから、パワーピッチャーばかりを求めるMLBにおいては珍しいピッチャーだ。
ただ大介はこいつについては、完全に上位互換のピッチャーを知っている。
前の二人が凡退したのを見て、あまり配球は考えずに、来た球をそのまま打ち返すことを考える。
球速のMAXが少なく、そして緩急差もそれほどとんでもなくはない、
大介は打てると思ったカーブを、懐に呼び込んで痛打した。
打球はやや低い放物線を描いて、そのままフェンスに直撃した。
ツーベースヒットでランナー二塁。
ここはホームランを狙うよりも、単打で一点で充分と思う。
だが結局は深い外野フライで、先制点は取れず。
二塁から戻ってくる大介は、いまだにちぐはぐな感触に付きまとわれている。
両者共に、前年の数字ではそうそう突出したピッチャーではない。
だがこの日は上手くテンポよく投げて、投手戦となっている。
大介は初回の打席こそジャストミートしたが、それ以降は珍しくゴロの打球でアウトを取られた。
だが、第四打席はフォアボールで出た後、盗塁もしかけてスコアリングポジションへ。
そこから四番のペレスが打って、大介はホームベースを踏んだ。
1-0と点が入り、試合は終盤に向かうわけだが、ここでメトロズのリリーフ陣が捕まる。
(ライガース時代はよかったなあ)
遠い目をしてしまう大介である。
同点となって、大介には第五打席が回ってきた。
なんとツーアウトながら満塁と、おいしいシチュエーションである。
ここで敬遠などしてきたら笑うのだが、さすがにまだそこまでは警戒されていない。
それがいいことなのか悪いことなのかは、まだ分からないが。
リリーフ陣は短いイニングを全力で投げる。
なのでスピードのあるボールを投げる、パワーピッチャーが多い。
特に今日は先発が、スピードのないウエインライトであったので、その後のリリーフ陣とは速度差があった。
そのあたりの感覚の違いも、ウエインライトが勝ち星を消されない理由かもしれない。
ここで押し出しのフォアボールをもらえるほど、大介はまだ恐れられていない。
バッターをアウトにするという気迫を、大介は感じた。
だが技術なき闘志は、大介が簡単に対処できるものだ。
まさにここで、大介は点を取るべきなのだ。
バットの根元でも先でも、打って一点を取る。
フォアボールなら確実なのだろうが、大介は一点以上の得点を狙った。
一塁線を抜けていく長打を放つ。
これでセカンドランナーまでは確実に、ホームを踏むことが出来た。
走者一掃であり、大介自身も三塁まで進む。
これでまた、単打で帰ってこれる状態にした。
さらなる追加点こそなかったものの、これで一気に三点差。
今日はこれをまた追いつくような雰囲気はなく、事実余裕をもってメトロズは逃げ切ることが出来た。
ホームランを打つことなく、決定的な仕事をする。
ケースバッティングをして、試合を決めた大介であった。
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