第80話 スランプっぽいもの
大介というバッターのおいしいところは、ポンポンとホームランを量産するくせに、一試合に複数のホームランを打つことはあまりないことである。
これのどこがおいしいのかというと、好調と不調の波がほとんどないことだ。
それでもこの数試合、大介は間違いなく不調であった。
もう、四試合もホームランが出ていない。
「本気で言ってますか」
杉村が思わず問い返すが、大介は本気と書いてマジである。
ブレイバーズとの四連戦、初戦は先発のスタントンが取られた点数に追いつけず、メトロズは敗戦。
第二戦は初回から大介のヒットで先制したものの、クローザーのライトマンがセーブ機会に失敗し敗戦。
そして第三戦も終始相手にリードされて、大介が打っても追いつけなかった。
第四戦を負ければ、同じ地区のチームのカードを、スイープで負けることになる。
それは単純に今年のシーズン、ブレイバーズに負けてポストシーズンに出られなくなる可能性も高まる。
苦手意識はレギュラーシーズン中に消しておいたほうがいい。
またそれとは別に大介は、負けるのが大嫌いである。
チームの首脳陣は、大介の打力は評価している。
だが相手のブレイバーズに主導権を握られることが多く、先制しても勝ちきれない。
投手陣がある程度強いということもあるが、期待していた大介のホームランが出ていない。
もっとも長打はしっかりと打って、打点はつけている。
あとは開幕からここまで14試合、連続安打記録も作っていたりする。
選手の起用法は、色々と考えられるのだ。
大介の機動力を考えたら、思っていた一番打者でもいい。
選球眼がいいので、フォアボールを選んで塁に出ることも出来る。
三番打者ではあるが、当初は二番の予定だったのだ。
ここは目先を変えて、また一番にしてみるか。
選手の起用法に悩んでいるのは、大介も分かっていた。
大介はホームランこそ出ていないが、外野の頭を越えるぐらいの長打は打てている。
ならばやはり三番でいいのかとも思うが、首脳陣は足でかき回してほしいらしい。
今の大介の三番というのは、確かに前に出塁率が高い選手がいると、それを帰したりしてしっかり打点を付けられる。
だが前の塁にランナーがいれば、盗塁をしかけるのが難しい。
ここまで一度も盗塁失敗のない大介。
ならば先頭打者に持って来たい、と思うのは理解できる。
そんなわけで三番から一番になったわけだが、どれぐらい久しぶりだろう。
白石大介は、高校でも、ライガースでも、日本代表でも三番打者だった。
(あの時は一番だったけどな)
WBC日本代表として、大学選抜と対戦したあの試合。
今から思えばおかしくないが、大学側は直史が、フォアボールを一つの奪三振15で、そしてわざわざ大介との対決の場面を作った。
直史が、大介と対戦したかったのだ。
だが見ようによっては明らかに、日本代表が舐められていた。
その結果として特例で直史と樋口が代表に追加で入ったのは、確かに結果だけを見れば大正解であった。
第四戦、ここで一つぐらいは勝っておきたい。
ブレイバーズもメトロズも、ピッチャーはエースクラスを出しているわけではない。
かなりの点の取り合いになるか、と戦前は判断されている。
一回の表、メトロズの攻撃は一番白石大介。
開幕からホームランを量産していたが、さすがにそれは途切れて、六試合一発が出ていない。
ただこのところも長打は出ていて、もちろん油断出来るわけはないのだ。
そう考える頭のいいピッチャーは、もっと上のレベルで野球をする。
どうしても大介の体格を見て、そしてこの数試合はホームランが出ていないとなれば、自分の中の常識が、大介相手に甘い球を投げるという結果を出してしまう。
この初球を打った。
腰から当たっていくような、しかしあくまで頭は上下にも前後にもブレない。
スイングがコンタクトした瞬間、そのインパクトが手の中にしっかりと残った。
ライナー性の打球がバックスクリーン目がけてレーザービームのように直進し、それを破壊する。
初回先頭打者ホームランは、クラッシャーの異名をさらに付け加えるようなものであった。
ホームランというのはただの一点ではない。
ソロホームランであっても、場面によってはピッチャーのメンタルを破壊する。
(そうか、単にホームランを打つんじゃなくて、場面にあったホームランを打つべきなんだ!)
大介がまた間違った悟りに至ったが、事象だけを見れば、それは間違いではなかった。
特大のホームランを打たれたピッチャーは、一回の表に一気に五失点し、ワンナウトも取れなく交代した。
そして二回の二打席目、大介に対してピッチャーはどう対応するべきか考える。
デッドボールで出してしまったランナーが、一塁にいる。
報復打球。そんな馬鹿なことを、大介がしてくるのか。
とりあえず外角いっぱいに力強く投げれば、さすがにピッチャー返しはないだろう。
そう思って投げたストレートを、大介はまたヘッドを走らせて叩いた。
今度のボールは、さすがにバックスクリーンに向かうことはない。
レフト方向の最上段に、普通に突き刺さっただけであった。
二回の表で、既に7-0となり、さらにもう一点が入って8-0で、この二回の表も終わる。
ほとんど試合は決まったようなものであったが、大介相手にはまだ後続のピッチャーも勝負してきた。
コースを狙う、あるいはボール球を混ぜた、弱点を探るようなピッチング。
下手に打ちすぎるのも問題だろうな、と大介は判断する。
ランナーがいる場面で打って、今日四打点。
あとの二打席はライナー性の打球になるのを確かめたが、野手の正面に飛んでいった。
11-3という圧倒的な点差で、メトロズは最低限の一勝を手にする。
大介としてもミートのイメージが戻ってきて、それなりに打てるかなと思えるようになった。
九連戦の最後は、アウェイでのフィラデルフィア・フェアリーズの対戦である。
この三連戦が終われば、ようやく一日の休みとなる。
だが本拠地に戻ってゆっくりとはいかない。
セントルイスまで移動して、カジュアルスとの三連戦がある。
それが終わればようやく、またニューヨークに戻ることが出来る。
分かっていたつもりではあるが、とんでもない強行軍だ。
まずは目の前の試合に集中である。
フィラデルフィアは最初、大介も入団の検討をしていたチームである。
ただ現在チームが再建期で大型契約を抱えていたため、やはり候補からは除外した。
メトロズはこの三連戦は、先発のローテからいっても、勝ち越しを狙っていくつもりである。
そのためにピッチャーをどう運用するかもポイントだが、大介をどう使うかも重要になってくる。
ブレイバーズとの最終戦、大介はホームラン二本の打点四と大活躍であった。
15試合を消化したところで、なんと12ホームラン。
月間ホームラン記録を塗り替えるのでは、などとも言われている。
ブレイバーズもだが次のフェアリーズも、同じリーグの同地区のチームだ。
どの試合でもそうだが、特にこの三連戦は負け越すわけにはいかない。
こちらの先発ピッチャーも、勝つための先発であるモーニングから始まる。
ここまで三先発して二勝と、いい感じの始まりなのだ。
ただメトロズはいまでに、リリーフ陣が磐石と言うには物足りない。
不思議な感じだ。
日本ではどのチームも、内心ではどう思っていながらも、もっと勝ちにこだわっていた。
だがメトロズも他のチームも、シーズンのこの時点では、さほど勝つための戦力をととのえていない。
もちろん監督は勝利を目指してはいるのだが、それよりも選手の調整を重視している感じがする。
日本でのシーズンも、確かにスタートダッシュの後は、ある程度勝敗が均衡することはあった。
MLBでのこれは、それがもっと早く来ているものなのか。
デリケートな問題なのかもしれないが、大介はそのあたり杉村に訊くしかない。
「確かにこの時期は、まだまだチームにとって調整という面もあるけれど」
単純な通訳としてではなく、スカウトもやればマネージャーもする。
そんな杉村としては、状況を説明せざるをえない。
MLBのメトロズが所属するのは、ナショナルリーグの東地区である。
ポストシーズンに進めるのは、各地区の一位と、それぞれの地区の二位の中でも、一番目と二番目に勝率の高かったチームが対戦し、ワイルドカードとしてポストシーズンに進むことが出来る。
野球は統計のスポーツであるために、ある程度はシーズン前から計算し、どういう結果を残せるかを考える。
怪我人が続出でもしない限りは地区優勝を狙えるチーム、上手く戦力が機能すれば優勝かワイルドカードを狙えるチームなどがある。
ブレイバーズは戦力が整っており、優勝を明確に目指している。
そしてそれに続くのがメトロズとフェアリーズ。
チームを再建しながら、隙があれば大型補強をしてポストシーズン進出を狙う。
ネイチャーズとシャークスは、しばらくは再建期だ。
根本的に戦力が足りていない。
今はまだ四月で、戦力が機能するかを見ている段階だ。
優勝かワイルドカードを目指しつつ、もしも無理だと判断したら、七月あたりにはどんどんと選手のトレードが進む。
大介は全チームへのトレード拒否という契約があるので、とりあえずは関係ない。
そもそも海外からの有力選手は、結果を残していればすぐに放出するわけもない。
なにしろFA権が普通に発生するのだから。
単純に優勝を狙えばいい、日本のプロ野球とは違うのか。
大介の質問に対しては、杉村は違うと答える。
一番大きな問題は、やはりFAで動く選手が多すぎることだ。
日本もFAは存在するが、毎年中核選手が変わることは少ない。
そもそも一度目と二度目のFAの間に、期間があるのだから。
MLBは一度FAになってしまえば、チームが長期契約を結ばない限り、毎年FAとなる。
自分の能力を毎年、違うチームに提供するのだ。
安定している選手は、長期契約で優勝を狙うチームが獲得し、数人のコアの選手にFA前の活躍選手や、戦力の穴を単年契約で埋めていく。
このシステムによって、たとえばメトロズはペレスを放出して、若手のプロスペクトと呼ばれる有望株を獲得する。
その若手が上手く育ったら、その戦力で数年後に優勝を狙いにいく。
対してペレスを獲得したチームは、高額年俸のペレスを中心に、その年に優勝を狙いに行く。
NPBと比べれば、かなり戦力の変異が多いのだ。
「狙うかどうかはともかく、今年のメトロズは優勝の可能性はあるのかな?」
「それこそ君次第だ」
杉村は大介の戦力を大きく買っている。
いや、いまやどの球団も、大介の存在には注目しているが。
「君が序盤のペースを落として、ただの新人王レベルまで落ちるなら、メトロズは大きな補強はしないかもしれない」
だが、もしも大介がこの調子で打ちまくって、シーズン途中まで優勝を狙えるペースで勝つなら。
メトロズは更なる補強を行い、地区優勝やその先を見据えていく。
なんだかんだ言って、勝ったほうがスタジアムの客数の入りは多いのだ。
メトロズはここまで10勝5敗。
このペースを続けていくなら、間違いなく地区優勝は狙っていける。
オフに補強をしてチームをその年のチームを作るのではなく、シーズン中の調子を見てさらに補強に動く。
このやり方はかなり、NPBとは違うやり方だ。
日本は育成制度が出来ている現在、ドラフトと育成がチーム力を高めるトレンドになっている。
もちろんFAで移籍してくることもあるが、トレードはかなり少なくなったと言っていい。
大介がライガースにいた頃も、トレードやFAで移籍した主戦力は少なかった。
外国人を除けば、柳本、西片、山倉、孝司あたりが主力クラスで出て行ったり入ったりした選手になるか。
日本のFAは資金力に余裕があるチームが、絶対的に有利になっている。
FAでまるで選手を取らない球団、FA権を持つ選手をまるで引き止めることが出来ない球団は多い。
戦力均衡という意味では、アメリカの方がはるかに良さそうに思える。
だが欠点がないわけではない。
その一つが、若年の戦力が、安く使われてしまうということだ。
大介は高卒三年目には三億プラス出来高の年俸をもらっていたが、MLBではこれはありえない。
契約金自体は高いが、ルーキーリーグから始まる選手の年俸は、極めて安く抑えられる。
メジャーに上がれば最低年俸が60万ドルほどになるが、ここでどれだけ活躍しても、三年目まではほぼ完全に最低年俸でしか契約されない。
年俸調停が使えるようになって、初めて日本のスター選手の年俸に匹敵する。
だがFA権を獲得すれば、そこからはもう実績次第だ。
複数年契約で一億ドル以上の年俸が、普通に出てくるのだから。
まあ大介の場合は外国人選手で外国のプロリーグ出身で、選手生活の期間が長かったので、それらとは話が異なる。
今年が600万ドルで、来年はあくまで球団側次第だが、1800万ドル。
その後はFAになるので、どこの球団とどんな契約を結ぶかは、本人の自由となる。
大介としては嫁の意思に沿うため、ニューヨークの球団が望ましい。
だがアメリカの航空事情などに慣れてくると、東海岸の都市ならある程度は妥協してもいいのではと思えてくる。
なにしろニューヨークというのは物件もそうだが物価も高い。
だが優勝をしたいというなら、選ぶチームもある程度決まってくる。
自分は優勝したいのだろうか、と大介は考える。
まだチームへの愛着も、そしてMLBというものに対する愛着も、大介の中には存在しない。
チャンピオンリングがほしいという気持ちが、全く湧いてこない。
ただやりたいのは、強大なピッチャーと戦うこと。
そしてその戦いに勝つことだ。
もちろん個人の成績にこだわることなく、チームの勝利に貢献するつもりではあるが。
アンバランスな人だな、と杉村は感じる。
あるいはまだ、MLBについて特別な憧憬なども抱いていないのか。
WBCでは散々に、アメリカ代表のピッチャーを蹴散らしてきた。
日本でのスキャンダルがなければ、MLBには来なかったのかもしれない。
本当にMLBに来るつもりなら、ポスティングを使って七年目あたりに、こちらに来ていたはずなのだ。
ライガースとしてもポスティングで莫大な金額が動くからには、海外FAよりもそちらの方が都合が良かっただろう。
今の大介はひたすら、MLBという舞台を破壊しつくすハリケーンだ。
どこにその限界があるのか、さっぱりと見えてこない。
「まあとりあえず今日のフェアリーズは、勝っておいた方がいい相手と」
あまり遠い目標は考えず、目の前のピッチャーを打ち砕いていく。
とりあえずはそれで満足すべきなのだろう。
大介はMLBに来て、その試合にも出た。
そして開幕からスタメンに入り、とにかく打ちまくってきた。
その過程において、MLBの大きな壁というものを感じたことはない。
挑戦と言うよりは、単なる移籍としか感じないのだ。
もっとも違うリーグなので、不便というか大変さを感じてはいる。
だがそれは、やっている競技の内容の、圧倒的なレベル差というものではない。
目の前の一打席に集中し、勝利を重ねていくべきだ。
そしてそれがチームを強くして、さらに先の優勝という目標へ到達する。
忘れかけていたが、自分がプロに入ったのも、とにかく上杉と勝負がしたかったからだ。
MLBには明確な目標となる対戦相手はいない。
少なくとも今年は。
(とりあえず優勝を狙ってみるか)
とりあえずでもそのつもりになってしまった大介は、まさにこの年のMLBを席巻するのかもしれない。
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