第79話 四連戦

 日本ではまず起こらなかった事態は、かすかに大介を戸惑わせている。

 ミネソタでの連戦が終わると、チームは今度はアトランタへ飛ぶ。

 昨年の地区優勝チームであり、今年も優良候補とされている、アトランタ・ブレイバーズとの対戦が待っているのだ。

 そしてこのカードは、四連戦で行われる。

 日本の場合は基本が三連戦で、それよりも多くなるということは、終盤の試合消化以外ではまずないことだ。

 だがメジャーでは、ごく普通にそれが行われる。


 考えてみたら当たり前のことで、出来るだけ移動の回数と距離を少なくしたいのなら、同一カードの試合数を一気にこなせば、何度も移動することは避けられる。

 ただしMLBではそのあたりの都合が完全にはついておらず、ホームとアウェイで戦うカードが、どちらかのチームが有利になることも普通にある。

 それに同一チームとの四連戦以上というのは、日本でも経験がないわけではない。

 クライマックスシリーズになれば、休みなしで最大六連戦までが行われる。


 ちなみにこの四連戦が終われば、メトロズは今度はフィラデルフィアへ移動し、休みなしでフィラデルフィア・フェアリーズと対戦する。

 これは三連戦であるが、ここまで九日間連続で遠征し、そして休みがない。

 西海岸への移動がないだけ、まだマシというタイムスケジュール。

 大介は別にこれぐらいで消耗はしてはいないのだが、一日のバイオリズムが狂いそうにはなっている。

 アメリカはなにしろ、国内でさえ時差がある国なのだ。


 他にも大介は、戸惑いを隠せない点がまだまだある。

 この球場もまたライトが狭くなっており、引っ張る左打者には有利だ。

 あとは現在のチームには関係ないが、元はボストンにあった球団であるとも知った。

 MLBでも最古の球団であり、二度の移転を経てこのアトランタに存在している。

 NPBでも球団の売却などはされており、大介もそれは知っている。

 もっともライガースはそんな身売りはなかったし、基本的にセの球団はなかなか移転もしなかった。

 これはセの球団は、レギュラーシーズンでタイタンズとの対戦があると、そこで興行収入が得られるからだ。

 それぐらいかつてのタイタンズというのは、人気においては全国で一強だったのだ。


 日本を思い出しながらも、大介は渡された資料に目を通していた。

 ブレイバーズはMLB球団の中でも、かなり人気があるチームであり、北はラッキーズ、南はブレイバーズが代表的な人気を誇るらしい。

 去年も地区優勝はしていて、ただなかなかポストシーズンでは勝ちあがっていけないことでも知られている。

 

 開幕六連勝から九勝二敗と、メトロズは間違いなくスタートダッシュには成功している。

 だが大介はそれでも、このままの勢いがシーズンを通じて維持できるとは思っていない。

 日本にいたころも、確かにチーム状態というのは、個々の選手の調子の波と同じように、連勝や連敗が続いたものだ。

 だがMLBにおいては、試合の日程がばらばらすぎる。

 

 幸いとは全く言えないのだが、チームはこのカードで勝ち星を大きく増やすことは考えていない。

 二勝二敗ならOKで、一勝三敗でも計算内と考えているらしい。

 もちろん首脳陣がそんなことを明らかにしたわけではないが、大介は日本人らしく、ニンジャのごとき隠密でビジター用のクラブハウスにおける会話を聞いた。


 野球は統計と確率のスポーツだ。

 出塁率の高い選手、長打の打てる選手、ピッチャーの防御率、クオリティスタートの数。

 そこから勝率を計算していって、それが上手くいくようならばそのまま試合を消化していく。

 上手く行かないならば、戦力を補強するか、あるいはマイナーから選手を持ってきて入れ替える。

 そのあたりの選手起用も、かなり柔軟性に富んでいる。

 もっともこれもまた、チームによるらしいのだが。




 大介はこの四連戦で、わずかに狂ったコンタクトを修正したい。

 ホームランを狙うのは、それが一番確実な得点手段だから。

 だがそのためには、しっかりとボールをミート出来なければいけない。


 今の大介はもちろん、レベルスイングでしっかりとボールを打ってはいる。

 だがコンタクトした瞬間の、ボールをこすって切るようなタイミング。

 あれが上手くいっていないため、球が伸びてスタンドにまで飛んでいかないのだ。


 試合前のフリーバッティングをやっていると、マシンから放たれるボールを、そのままレベルスイングでミートする。

 だがわずかにタイミングがずれる。外野の頭を越える打球にはなるが、フェンスを直撃する弾道にしかならない。

「ダイはすごいなあ」

 そう声をかけてくるのは、一つ前の打順を打っているシュミットだ。

「サンキュー」

 なんとなく誉めてくれているのは分かったので、大介はそう返しておく。


 マシンから放たれるボールは、90マイルから100マイルまでの速度で、ランダムにゾーンに入ってくる。

 普段はあまりマシンのボールは打たない大介であるが、今はポリシーを曲げている。

 スイングし、ボールをミートする瞬間が、わずかにずれている。

 普段は使わないバッティンググローブを使ってもみたが、やはり素手で握らないと微妙にタッチが変わってしまう。


 いまどきグローブを使わないというのは、異端というレベルではなく非常識である。

 スイングスピードを出すためのパワーを、バットを保持するパワーにも回してしまっている。

 それにわずかだが打ちミスにおける手へのダメージを、グローブは防いでくれる効果もある。

 大介はとにかく脱力し、そこから瞬発力を使ってバットを爆発させるように、ボールへ叩きつける。

「お」

 久しぶりにいい感覚になった。

 

 空気を切り裂いて、まるで重力の影響を感じさせず、遠くへと飛んで行く打球。

 大介はそれを何度か繰り返すと、フリーバッティングを終えた。

 一番大事なインパクトの瞬間のタッチが戻ってきた。

 あとは素振りを行って、これを定着させる。

 そして実戦で、どれだけ再現できるかが問題だ。

「おい、もういいのか?」

「OKOK」

 通訳がいなくてもたいがいのことは、イエス、ノー、OKの三つでどうにかなると学習してきた大介である。

 そんな大介を見るコーチ陣は、複雑な表情をしている。


 開幕戦からポコポコとホームランを打っていたのが、ようやく止まったのは当たり前のことだ。

 そこから三試合ホームランがないと言うよりは、それぐらいの期間ホームランがなくても普通なのだ。

 ホームランが打てなくても、ジャストミートはしている。

 フライではなくライナーを打ち続ける大介は、今のスラッガーの中でもかなりの異端だ。


 だが、結果は出ている。

 ルーキーならともかく、他国とはいえプロで実績を残している選手に、軽々しくアドバイスをするのはMLB流ではない。

 もちろん向こうが、何かがおかしいから見てくれというなら別だが。

 正しい手順を踏むのが、プロにおける正解ではないのだ。

 結果を出すのが正解なのである。

 ホームラン記録は途切れたが、連続試合安打の記録は続いている。

 そこに口を出して、選手の作り上げてきたスタイルを崩すのは違う。

 コーチは確かにコーチングをしなければいけないが、それを押し付けるのは違うのだ。


 それでも普通に、調子を訊いてきたりはする。

「ダイ、調子はどうだ?」

「悪くないよ。今日か明日あたり、そろそろ一本出ると思う」

 こういう時はさすがに、通訳を使っての話となる。

「今日のピッチャーのソロスの映像は見たか?」

「球種自体はストレートとスプリットだけ。ただしそのスプリットに変化量の違いがあり、ストレートもクセがあったりなかったりする」

「分かっているならいい」


 160km/hを平気でオーバーしてくるピッチャーの多いMLBだが、実際に先発で投げて来るピッチャーは、単純にストレートに頼ったりはしない。

 クローザーはスプリットかチェンジアップを使うことが多いし、先発だとさらにもう一種類ぐらいは球種がある。

 ソロスは先発だが、コントロールとスピードを両立している。

 NPBにも160km/hオーバーのピッチャーは増えてきたが、実際の試合ではそれよりも変化球とのコンビネーション、そして投球術が重要になる。

 MLBは一時期、綺麗なフォーシームストレートが激減し、ツーシームなどの手元で変化する球が全盛になった。

 今はまた高めのストレートを活かすコンビネーションが重要となり、あとはカーブの復権が大きい。


 直史のカーブをここに持ってきたら、WBCなどと同じくひどいことになるのだろうな、と大介は思う。

 その想像は、自分にとっても痛快なものだった。




 ブレイバーズの球場は収容人数はおよそ四万人。

 シャークスなどと比べると、かなり席は埋まっている。

 人気のある球団であると同時に、強い球団でもある。

 その資金力などは、おおよそ中堅の球団と変わらないのだが。


 全体的に若手が育ってきて、ピッチャーもそろってきているブレイバーズ。

 選手層を見るに上手く育成すれば、おそらく二年ほど後には、その戦力のピークを迎える。

 その時が来れば一気に補強をして、ワールドチャンピオンを目指す。

 優勝を目指すタイプのチームの中の、一つの形だ。


 今年のメトロズが優勝を狙うかどうかは、もう少し先の成績をみてから決めることになるだろう。

 七月あたりに勝率がよく、そしてマイナーから何人か上がってきたら、トレードデッドラインで動くかもしれない。

 このあたりの選手のやり取りも、MLBとNPBの大きな違いだ。

 NPBの場合はまだしも、チームの人気に選手の人気が重なっている。

 だがMLBは長期契約が終わった後の、入れ替えをしやすいたいぷの選手は、どんどんとトレードされていく。

 フランチャイズプレイヤーが、最後まで一つのチームにいれたことなどほとんどない。

 今のメトロズのスタメンを見ても、半分以上はトレードやFAでやってきたものだ。


 社会のシステムや価値観自体が、アメリカと日本では違うとも言える。

 日本では終身雇用こそさすがにもう言われないが、長く同じ会社で勤めることは珍しいことではない。

 だがアメリカの場合は、ずっと同じところで働いていると、ヘッドハンティングにも合わないし、自分で起業もしない、しょうもない人間だと思われたりする。

 やたらと意識を高く持っていないといけない、とんだ同調圧力の国家であるが、これが野球においても似たような価値観を持っている。


 選手はより自分を評価してくれるチームのところへ、行くのが当然という風潮。

 たとえば大介であっても、その年俸が高騰しすぎたりすれば、放出するかトレードして、将来性のあるショート、スラッガー、おまけにピッチャーの三人と入れ替えるかもしれない。

 打てる上にショートというのが大介のストロングポイントなのだが、それもどれだけの年俸で使えるかが問題とされる。

 昔から応援してくれるファンのいるチームで、優勝したいというのが日本人である大介の気持ちだ。

 だがそのために年俸をやや抑えてもいいなどというのは、逆に選手たちが許さない。


 かつて日本のプロ野球は、選手は潔く契約更改に一発で判子を押すのが美徳などという風潮があったが、MLBにしてもFAなどのシステムが整わないうちは、一方的に選手は搾取されていた。

 本当のプロならば、自分の実力を高く評価してくれる場所に行くのが、正義であると考えるのがアメリカだ。

 大介にしてもライガースの経営母体の強さと、本人の愛着がなければ、直史が来る前にはメジャーにくるぐらいにしなければ、年俸がどれだけ上がったか分からない。

 その点では大介は、アメリカに来たことがよかったと思う。

 変に甲子園などのような愛着がないため、生活の便利さをのぞけば、どんな場所に行ってもあまり変わりがない。

 もっともこちらに住んでいると、あまりにも国土が広いため、あちこちに拠点となる不動産を買いたくなったりするらしいが。

 オフに住む場所、スプリングトレーニング用の家、球団本拠のスタジアムの近くなど、三箇所ほどに豪邸を持っている選手は少なくない。

 根が貧乏性の大介は、そんな浪費をするつもりにはなれないが。




 本日のブレイバーズの先発ソロスも、そんな成功したメジャーリーガーの一人。

 今年で33歳になるが、契約は三年6500万ドルの一年目。

 三年目には本人にオプションがついており、よりいい契約を結ぶことが出来るかもしれないという状況になっている。

 年間約22億円。

 日本最高額だった大介よりも、さらに多い。

 そしてこのソロスよりも高い年俸をもらっている選手は、それなりに多い。


 さすがに年俸も高いベテランは、あっさりとランナーを出すこともない。

 シュミットも粘っていったが結局はファールフライでアウトとなり、ツーアウトランナーなしで大介の打席となる。

(スプリット、確かによく落ちてたな)

 ゴロを打たせるためのスプリットと、空振りを取るためのスプリット。

 とりあえず大介としては、普通にいい球質であるストレートよりは、こっちの方を打ってみたい。


 だが、最初に投げられたのは、内角のボール。

 そこから落ちて、膝元に決まる。 

 この難しいボールを、大介は簡単に打ち上げていた。

 ライトの頭を越える長打は、ツーベースとなる。

 初球で打ってしまって、結局は手の内を見切れなかった。

 単純なスプリットならば、普通に打たれると思ってくれたらいいのだが。


 一気に二塁にきてしまったせいで、盗塁がしにくくなった。

 これがサウスポーのピッチャーなら、むしろ三塁を狙っていくのだが。

 四番のペレスは33歳で、メトロズに来てもう五年目。

 長期契約でそれなりの数字を残している四番だ。

 ツーアウト二塁なので、普通にヒットを打ってくれれば、大介の足ならホームに帰れるのだが。


 打ったボールは高く上がってセンターへ。

 追いかけてキャッチすれば、そのまま無得点。

(やっぱりケースバッティングが出来るほうが、総合的には優れたバッターだよな)

 なんでもかんでもフライを打つのが、フライボール革命というわけではない。

 だが大介から見ると、ペレスほどのバッターであれば、内野の頭を抜く程度の、簡単なヒットを打ってほしかった。

 統計的に見れば、全てのバッターがホームランを打つのが正義となる。

 雑な野球だな、と大介は思うのだ。




 本日の大介は、守備でも魅せる。

 空中でキャッチした球を、そのまま体幹の強さを見せ付けて、空中で送球するのだ。

 肩よりはボディバランスの必要なプレイに、敵地ながらため息が洩れる。

 だが試合は、メトロズが負けている。


 二打席目、大介はかなりベース寄りの位置に立った。

 外角に投げても逃げられるし、内角に来ても打てるという意思を持つ。

 体を起き上がらせるための、際どいインハイが来ても構わない。

 今度はバットで弾き返す。


 大介の報復打球は、あの一試合でそこそこ有名になっている。

 もっとも大介としては、やはりあれは普通に打って、ホームランの記録を作っておいた方がよかったと思うが。

 これだけ内を攻めやすくしたのに、ロペスは外のボールを続けた。

 ここではまだホームランは打てないだろうと、大介も素直に歩いておく。

 そして初球からスチールを仕掛ける。


 ボールをウエストしてキャッチャーがその肩を見せ付けても、大介は余裕で二塁に到達する。

 このあたりのピッチャーのフォームを盗むのは、大介にとってお手の物だ。

 今季八個目の盗塁で、失敗はいまだになし。

 日本のピッチャーよりはすっと、盗塁がしやすいMLBのピッチャーだなと思った。

 だがここまでやっても、大介はホームを踏むことは出来ない。


 やはりホームランを打つしかないか。

 ピッチャーも先発から交代するので、ここいらでまた攻略法を考えなければいけない。

 点差は三点で、追いつけない数字ではない。

 ただ今年のブレイバーズは、勝ちパターンのリリーフがかなり強いのだが。


(六回での打席で、どうやって打つかだな)

 状況に応じて、どう打つかも決めなければいけない。

 雑に長打を狙っていく野球の中で、大介は色々と工夫を考えていた。

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