第76話 ウェルカム

 空港に到着するとこれまでにない、圧倒的な報道陣がメトロズを待っていた。

 もちろん本当に待っていたのは、メトロズではなく大介である。

 フロリダからニューヨークへ飛行機で移動し、その夜には試合。

 しかもこれが地元開幕である。


 このスケジュールの中で記者会見を行い、地元開幕戦への意気込みなどを伝える。

 大介への注目も、どんどんと高まっているらしい。

 日本から来た小さな侍。

 またここにも「小さな」というのが頭に付くのかと、大介は憤懣やるかたない。


 ただ、プレスの連中はネガティブな意味では使っていないらしい。

 MLBに限らずNBAなどにおいても、プロスポーツの世界はフィジカルエリートのためのもの。

 大介のような選手が活躍するのは、分かりやすい巨人の活躍より、特定層へのアピールが出来るらしい。

「アホか」

 大介は小さく呟く。


 小さいも大きいもない。軽いも重いもない。

 自分の持っている武器だけで勝負しなければいけないし、それが嫌なら体重別のスポーツを選べばいい。

 日本なら競艇もだが、アメリカにおいても競馬の騎手などは、小柄な人間にしか不可能な職業だ。

 正確には小柄ではなく、軽い人間でなければ不可能だ。


 パワーだけでどうにかなるなら、そのスポーツはあまり面白くないだろう。

 野球よりも世界的にはメジャーなサッカーは、大介よりも小さな選手が、世界最高と言われたこともある。

 もちろん効率よく強くするには、生まれつきのフィジカルエリートに、パワーを適切につけさせることが一番の早道なのだろう。

 だが、それが全てではない。

 でかいやつが強いというシンプルな構造に、大介は喧嘩を売っている。


 ただそんな体力オバケの大介も、このスケジュールはきついなと思い始めていた。

 単純に移動時間が多いのと、休養日が少なく、休んでいられる時間も短い。

 それでもスケジュール調整はぎりぎりで行っているらしいが、やはり試合数が多すぎる。


 大介は知らなかったが、後に調べてみたところ、野球はとにかくシーズンでの試合が多いのだ。

 NPBのレギュラーシーズンは143試合で、MLBは162試合。

 これに対して北米スポーツならNBAが82試合、NFLが17試合となっている。

 ついでに日本のサッカーについても調べてみたが、リーグ戦とそれ以外によって、チームごとの試合数が違う。

 なおリーグ戦は圧倒的に野球よりも少ない。


 野球の試合数が圧倒的で、これはそれだけ需要があるからと見ることも出来るが、逆にこれだけやらないと興行として成り立たないとも言えるのか。

 あとはこれだけの多い試合数をやっても、ピッチャー以外はなんとかなっているのもスポーツとしての強度の問題か。

 確かに野球はその運動量は、基本的にバスケやサッカーよりも少なそうだ。

 だがピッチャーの負担だけは、圧倒的に他のポジションよりも大きい。


 これで昔は、毎試合同じピッチャーが投げていたというのだから、ピッチャーの記録をもう通算では抜けないのも当たり前のことである。

(MLBの人気が落ちてるとか言われるけど、試合数は多いんだよな。ヨーロッパのサッカーとかはどんなスケジュールなんだ?)

 NPBとMLBの違いから、他のスポーツとの差についても考え始める大介である。

(野球選手って拘束時間的に、完全なブラック職業なんじゃないか?)

 実は間違っていない。




 シティ・スタジアムにおけるメトロズの開幕戦には、45000人分の観客席が全て埋まっていた。

 開幕戦とはいえこうまで見事に埋まるのかと、メトロズのオーナー、マイケル・コールなどは驚きはした。

 そしてこの事態を作り出した魔女に、彼なりの礼をする。

「オーナー席に招待してくれてよろしかったのですか?」

「それは構わないが、君は日本の方でもシーズンが始まっているのではないかね?」

 セイバーはそれに関しては、にっこりと笑いながらおかしなことを言う。

「あちらは今年、野手で注目している選手はいないので」

 どのみち日本で、ずっとレックスの件に関わっているわけにはいかない。

 それにこちらはこちらで、来年のためにやっておくべきことがある。


 オーナー席に同席するメトロズのGMビーンズは、いささか複雑な思いである。

 この数年で確かにメトロズを強くし、そろそろ優勝を狙いにいくかと思ってはいた。

 だがそこのピースにはまったのが、海外からやってきたルーキーのスラッガーである。


 ショートは確かにほしかった。長打までは求めないが、平均程度のアベレージと出塁を残し、出来ればユーティリティプレイヤーとして他のポジションも守れるショートが。

 しかし今はそのショートが核爆弾となって、アメリカの東半分をかき回している。

 もう少し経てば北米全土をその力で引っ掻き回すことになるだろう。


 小さな強打者など、どこの幻だ、と言いたい。

 サイン盗みや筋力増量などで、最低限の体重は必要になるはずなのだ。

 だが170cmもない身長に、70kgの体重。

 この肉体からどうやってあれだけのパワーを生み出しているのか。


 人は巨人を好む。

 ただ巨大であるというだけで、それは神に近い存在とも言える。

 だがそんな巨人の中で、小さな戦士が戦うのも好むのだ。

 圧倒的なパワーを誇るプロスポーツ選手の中で、一般人と変わらない小柄な体格で勝負する。

 それが日本人であれば、なんでもかんでもニンジャと言ってしまう。

 だが大介のパワーはニンジャという言葉の印象とはかけ離れている。

 そのくせショートでの守備や盗塁の成功は、ニンジャのような身軽さを誇るのだ。




 地元開幕の相手は、実は開幕戦の相手でもあったネイチャーズであった。

 同じ相手とすぐに戦うのだな、と大介は不思議に思ったが、MLBは広大な北米大陸において行われる。

 そのため移動の時間なども考えて、ある程度は試合が固まることもあるようだ。

 ネイチャーズの一回の表は、点が入ることはなくメトロズの攻撃。

 ネイチャーズのピッチャーは最初のカードでは対戦しなかったゴメス。

 サウスポーからの高速スライダーを武器とするピッチャーだ。


 オープン戦や開幕カードでは対戦しなかったなと思っていた大介だが、なんでもプエルトリコの実家の家族に不幸があったのだとか。

 MLBは意外と言うかなんと言うか、そういった時に普通に選手を休ませる。

 家庭内での問題のために選手が引退したり、長期の離脱をしたりもする。

 家族を大切にしない人間には、スーパースターになる資格はないという価値観らしい。


 アメリカと言えば日本以上の離婚国家であるのだが、夫婦と親子とはまた違ったものなのだという。

 夫婦は元々違う育ちの人間が一緒になるわけだし、共働きであるとそれだけ経済的にどちらかに依存しているというわけでもない。

 なのでお互いにメリットがなければ、愛が冷めたとか言って離婚をするのだが、子供との関係はそれとは別というものらしい。

 もっともこれはアメリカと一言で言っても、地域によってかなりの格差があるのも確かだ。


 自由なのか自由でないのか、公平なのか公平でないのか。

 とりあえず大介が思うのは、確かにアメリカは価値観も多様だな、ということである。

 日本に比べて優れている、とは言わないが。


 一回の裏、ツーアウトから大介の打席が回ってくる。

 ピッチャーゴメスの決め球は、ストライクカウントを稼ぐことにも使えるスライダー。

 映像でも見たし目の前でも見たが、おそらく大介の苦手なタイプのボールだ。

「ショート・ストップ! ダイ!スケ・シライシーーーー!」

 コールする声も、なんだかノリノリである。

 そして観客席が沸き上がるが、一部では泰然自若とそれを眺めている者もいる。


 客席の反応は日本とは違うな、とは大介は思う。

 まあニューヨークにはもう一つ、屈指の人気球団ラッキーズがあるので、そちらを熱心に応援しているという人もいる。

 応援席から聞こえてくるダースベイダーのテーマは、ツインズが吹いているものだ。

 これをするために二人は、オーナーから誘われた特別席を辞退している。


 バッターボックスの手前で、大介は立ち止まった。

 少し考えてから、ラインの中に入る。

(さて、問題はスライダーなんだけど)

 ここまでは左打者のカーペンターには、決め球として使っていた。

 そして右打者のシュミットには、カウントを稼ぐのに使って、最後は外のストレートでしとめた。

(実際に打席の中で見ないと、分からねえからな)

 だがこの最初の打席では、ホームランを狙っていきたい。


 決め球として使うなら、それまでの球を打ってしまう。

 カウントを稼ぐために使ってくるなら、それは厄介でもあろうが。

 大介に対する第一球。

 ゴメスの投げたスライダーが、一瞬大介の視界から外れた。

(こいつ!)

 背中側から内角に入ってくるフロントドアのスライダー。

 腰を引いた大介だが、ボールは見事ストライクゾーンに収まっている。

 打席の前の方に立てば、上手くデッドボールを誘えるかもしれない。

 だが単に塁に出るだけでは、大介はダメなのだ。


 誰も止められないハリケーンを、ゴメスは止めるつもりでいる。

 日本時代の大介が、左のスライダーに弱いことは調べてある。

 そのあたりMLBの情報収集力もたいしたものだが、しっかりと通用するスライダーを投げるのも素晴らしい。

(スライダーだけなら真田より上かな)

 もっとも今の一球を、完全にコントロールしてずっと投げられるなら、という話になるが。


 バッターボックスを外した大介は、そのまま右の打席に入った。

 スタンドもベンチもざわめくが、おそらくこの情報までは伝わっていない。

 大介はこの数年、怪我の時などに右打席に入っているのに。


 スイッチヒッターではない。大介はあくまでも左打者だ。

 単に右で打っても、平均的な右の強打者より、よほど優れているというだけで。


 この大介の動きに対して、ネイチャーズ側の反応は少し時間がかかった。

 だがどうやら、最後には勝負でいいと判断されたらしい。

(さて、スライダー以外でどう勝負してくるか)

 期待していた大介だが、その後の配球は平凡なものであった。

 大介の右打席になど、対応を考えていなかったのだから仕方がない。

 アウトローに投げられたストレートを、素直にライト前に弾き返す。

 ホームランは出なかったが、とりあえず今日もヒットは一本打っておいた。




 地元での開幕戦だというのに、メトロズはこの試合を今シーズンで初めての敗戦としてしまった。

 だが観客は満足している。

 先発のゴメスのあとのピッチャー二人から、大介が二本もホームランを打ったからだ。

 しかし大介は、自分の課題を改めて思い出した。


 サウスポーの強力なスライダーへの対策。

 真田が日本では同じチームになってしまったから、後回しにしていた。

 だが二打席目は左打席でゴメスと対決したが、七試合目にして初めての三振を奪われてしまった。

 真田に比べれば、左打者相手に圧倒的な数字を残しているというわけではないゴメスだが、MLBのリリーフ陣の中には、左打者相手に圧倒的な制圧力を誇るピッチャーもいる。

 そういったサウスポーに対して、どうやって対処していくか。


 単純に右打席に立てば、そこそこ打てるだろう。

 だが平均的にはやはりNPBよりも高い能力のピッチャー相手に、それで済ませておくわけにもいかないだろう。

 MLBにはゴメスよりもすごいスライダー使いもいるという。

 また斜めに入ってくるカーブも、スライダーと同じく対処しておくべき課題だ。


 試合後の記者会見も終わり、ようやく大介はニューヨークの自宅に戻ってきた。

 セキュリティのしっかりしたマンションは、有名人が入っていることでも知られている。

 不動産価格を調べて、賃貸ではなく購入したこの物件は、大介はまだそれほど長くも暮らしていない。

 キャンプに遠征としばらく空けていた間に、ツインズは色々と学調度品をそろえている。

 生活感が出てきたなあ、と思う大介である。


 今日の試合は、打線がつながらなかった。

 大介が二本のホームランを打っても、こちらのリリーフが崩壊すると逆転される。

 空振り三振をしたことは、さほどの問題ではない。

 無三振記録などはいつかは途切れるものであり、それが単に今日だったというだけだ。

 ソファに座ってテレビをつけると、自分の顔が映っている。

「んあ~、何言ってんだこれ?」

「連続ホームラン記録だね。あと一試合で最長タイ」

「七試合で九本って、さすがにドン引き」

「真正面から勝負しにくれば、これぐらいは打てるだろ」

 それはお前だけである。


 ここまでにも休みはあったが、地元での休日は明日が初めてだ。

 ゆっくり休みたいというのはあるが、家族サービスは全くしていないのに気づいた大介である。

 もっともツインズは二人いることもあってか、けっこう勝手に動き回っているようだが。

「明日どっか行くか? つってもお前らが決めることだけど」

「あ~、それもいいけど、一応報告を」

 そしておそらく桜の方かな、という方が手を上げて宣告した。

「妊娠しました。おめでとうございます」

「……おう」

 妊娠している間はさすがに、大介もどちらがどちらか区別はついていた。

 だが子供が生まれてしばらくすると、やはりまた見分けがつきにくくなっていったのだ。

 これでまたしばらくは、見分けるのに手間がいらないか。


 二人目である。

 大介にとってではあるが、ちなみに今回妊娠したのは桜の方だ。

 つまり、腹違いの弟妹が出来ることになる。

 特に二人を差別化して扱っているわけではないのに、不思議に思う大介だが、それは二人の周期が違うのだから当たり前である。

「アメリカ一年目で二人目か……。大変だけど、何か俺がすることはあるか?」

「普通にお金さえ出してくれればいいよ」

「とは言ってもあたしたちが勝手に使うけど」

 資産運用は嫁に任せっ切りの大介である。


 最初が男の子であったし、次は女の子がいいかな。

 そんなことを考える大介は、もうこの歪な関係に完全に慣れてしまっている。

「あ、ニューヨークにいる間はイリヤのところに行くことが多くなるかも」

「そりゃ前からそうだろ」

「前からそうだけどね」

 大介にとっては知り合い程度の関係だが、ツインズにとっては親友なのがイリヤだ。

 ニューヨークを拠点にしながら活動するイリヤは、世界中のあちこちを移動している。

 忙しさにおいては大介以上と言えるだろう。

「それもあるけど、イリヤも精子提供で妊娠するつもりになったし」

「だからそのあたりの助言とかを色々と」

「え、あいつに子供が出来るの」


 さほど被害を受けている大介ではないが、とにかくイリヤは周囲への影響力が大きい。

 良くも悪くも世間への影響力が大きいのだ。

 考えてみたらイリヤは一つ下なので、今年で27歳になるのか。

 まあ子供を作るなら、いいぐらいの年齢ではないか。

「父親は必要ないのかな?」

「必要ないみたい」

「イリヤだからね」

 あれのコピーのような人間が生まれてきたら嫌だな、と思う大介である。

 ひょっとして自分のコピーをIPS細胞あたりを使って出産するつもりだろうか。

 ただセイバーなども精子提供で子供は作っているので、そこまで忌避感などはないか。


 周りでは色々と、変化が生じている。

「俺らには関係ないけど、精子バンクとかって今どうなってるんだ?」

「興味ないから調べたことない」

「調べておこうか?」

「いや、お前らが知らないならそれでいいんだけどな」


 今年の末には、また家族が一人増えるのか。

 日本にも連絡しておかないといけないな、と思いつつ時差を調べる大介であった。

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