第74話 全然メジャーじゃないじゃない
飛行機でフロリダ州のマイアミへ移動し、その日の夜には試合。
そんなせわしない二つ目のカードは、マイアミ・シャークスとの三連戦となる。
「去年の成績は最下位か」
大介は改めて自分だけで、マイアミの成績を調べたりなどしていた。
ホテルの部屋に杉村を呼んで、補足説明をしてもらう。
「シャークスみたいなチームは、典型的なMLBの弱小チームですからね」
MLBはメジャーとマイナーの差だけではなく、他にも違いがある。
一つにはコンテンダーかそうでないかということだ。
つまり優勝を狙っているか、狙っていないかという言い方にすれば分かりやすいだろうか。
NPBの常識とMLBの常識は、かなり違うことが多いのは分かってきていた。
だがその具体的な例が、このマイアミ・シャークスだ。
シャークスの選手たちの年俸は、合計でも1880万ドル。
つまり来年メトロズが大介と契約を結ぶ時のそれと、ほとんど変わらない。
分かりやすくいえば、シャークスの選手全員と、大介一人の価値がほぼ変わらないのだ。
いくら傑出しているとはいえ、その前提はおかしすぎる。
どうしてそんなことになるのかと大介が尋ねれば、杉村もちゃんと説明する。
シャークスは元々、MLBのキャンプがフロリダで行われるのに、どうしてフロリダに本拠をおく球団がないのか、というところから始まっている。
球団数拡張計画の一つとして、このフロリダに生まれたのがシャークスだ。
当初は普通に選手を育て、そうそうの頻度ではないがポストシーズンへ進み、ワールドシリーズで勝って北米一にもなったことがある。
だが途中から、オーナーが変わって利益を出すことが最優先となった。
利益を出すのはどうすればいいか。
単純に考えれば収入を増やすか、支出を減らすかである。
基本的に企業、球団もまた企業とすれば、収入を増やす方向に舵を切るのが正しい。
だがMLBにおいては、支出を減らすことが簡単だ。
高年俸の選手を切ればいいのである。
ここで単純に切るのではなく、新人で獲得してそれなりに育ってきた選手を、トレードに出す。
あちらからもらうのは、才能がある有望な若手だが、まだあまり実績はない選手。
当然ながら年俸も安く、しかし有力選手を出したため、メジャーの公式戦で実戦経験を積むことは出来る。
これでまた育ったら、同じようにトレードをするわけだが、常にそうするというわけではない。
上手く若手がそろって伸びて、戦力が充実したら、優勝を狙いに行く。
その時にはこれまでに使わなかった資金で、FAから選手と契約したり、またトレードで普段とは逆に実績充分の選手に数人の若手とのトレードを行う。
実際に基本的な資金力がないチームは、こうやって優勝を目指すのだ。
ただし負けるときは本当に負けて、年間に100敗という年も珍しくない。
「それでもたまには優勝を目指せるからいいのかな?」
「いいチームもありますけど、マイアミはダメですね」
MLBの30チームの中で、現在のマイアミ・シャークスは屈指の弱小にして不人気球団だ。
確かに負ける時にはあっさりと負けるし、優勝の芽が前半でなくなっていれば、実績のある選手を安い若手とどんどんトレードする。
オフにはFAとなる選手とも契約せず、チームを解体する方向に舵を切る。
トレードで中堅のFA間際の選手を、安い若手と交換して、FA権を持っている選手もどんどん切っていくのを、ファイアーセールなどと言ったりする。
日本語で言うなら投売りといったところか。
これでチームは高額年俸の選手がいなくなり、また一気に成績が落ちてより早い順番でドラフトの指名が出来、改めて一からチームを作り直す。
ただシャークスはこれをやりすぎて、人気のある選手も全て放出してしまうため、一気に球団自体の人気が落ちた。
支出を減らそうとするあまり収入を増やすための人も減らしてしまうというのは、リストラの失敗例に似ているのかもしれない。
そこまでやったシャークスは、今年の展望はどうなのか。
まだまだコンテンダーとして地区優勝を狙えるような戦力は整っていない。
今年のメトロズの戦力ならば、普通に勝ち越すことは出来る。
実際にオープン戦で当たったときは、随分と若い選手しかいないんじゃないか、と外国人の年齢はよく分からないが思ったものだ。
なるほどそういう理由があるのか、と大介は納得した。
あまりの弱さにマイナーから上がってきたばかりの選手を大量に使っているのかと思ったものだ。
なお、そういう点で言えばメトロズはどうなのか。
メトロズもまた、シャークスほど露骨ではないが、ある程度のチーム解体はすることがある。
だが大都市ニューヨークをフランチャイズとするため、ある程度の資金力はある。
シャークスなどは年間の観客数が80万人ほどしかいないが、メトロズはその三倍ほどの240万人が年間に訪れる。
またオーナーも理解があるため、この数年はピッチャーの育成を主にやってきた。
得点力には課題があったが、それもオフにはFAでそこそこの契約をし、大介がオープン戦で打ちまくるのを見て、これなら優勝を狙えるかと、またトレードもしたわけだ。
当初予定では地区優勝やリーグ優勝を狙うのは、若手の台頭してきた主力がFA間近となる二年後ぐらいになるはずであった。
だが大介のバッティングと守備が、一気に総合戦力を上げたのだ。
「そんなに期待されてたのか」
ふむふむと頷く大介であるが、この無知さには杉村も呆れることが多い。
元々メジャーに憧れを抱いていたわけではなく、自分の力を試すでもなく、ただ圧倒するために海を渡ってきたのだ。
大介の獲得は、間違いなく大きな起爆剤になる。
それに今年の年俸は、まだ600万ドルと安い。
来年に1800万ドル払うとしたら、優勝を目指すのは今年がいい。
あるいはトレードデッドラインまでに、さらなる戦力の補強がされるかもしれない。
「そんなにポコポコ動かすのか。日本だと考えられないな」
「こういった選手の移動を楽しむのもまた、MLBの楽しみ方の一つだね」
そして杉村は現在のMLBに存在する、戦力均衡にも話を移す。
MLBは一時期、一部の金満球団が幅をきかせていたこともあった。
だがそれでは常に同じチームが強いとなって、見ている側としては面白くない。
NPBと違ってMLBは、ドラフトが完全にウェーバー制となっている。
去年の成績の悪かった球団から、順番に選手を指名していくのだ。
これが有力選手が、キャリアの初期には弱い球団に所属していることが多い理由である。
もっともFAになるまでの六年間に、弱小球団は有力選手を指名しまくって、育った選手を若手とトレードして、あと一年か二年だけ実績のある選手を獲得し、優勝を狙っていく。
「なるほど」
大介は改めて、シャークスという弱小球団を前に、そのやり方で優勝を狙うことに感心した。
サラリーキャップではないがラグジュアリータックスという、これ以上の年俸総額になれば罰金のようなものが取られるというシステムも含めて、弱いチームでもそれなりに戦える。
21世紀以降は一つのチームが、何年も連続でワールドシリーズを制覇するということはなくなっている。
またこの球団オーナーも、なかなか面白い思考をする。
強いチームを作って、ある程度の人気が出るようになって、球団としての価値が高まったら株式を売却する。
事実上オーナーとしての立場を売却し、他の球団を買ったりということもあったりする。
MLBのオーナーというのは、NPBと同じようにかなりの社会的地位を示すものである。
そしてMLBの球団でも、実は格というものがチームごとに存在するのだ。
基本的に古く、そして強いチームが格上とは思われる。
同じニューヨークの球団でも、メトロズよりはラッキーズの方が格上である。
そういったことを色々と聞いて、大介は練習に向かう。
ホテルから休場へはバスで、そして球場に入るわけだが、メトロズの選手のサインを欲しがる子供がいたりする。
シャークスは人気がない。
だがフロリダはスプリングトレーニングのキャンプ地でもあるため、野球人気自体は高いのだ。
「甲子園の周辺の人間にライガースファン以外が多かったら、ちょっと切なかっただろうな」
大介は自覚していないが、日本はかなり地元ファンが球団を支えている。
スターズもカップスも、弱小の時代が長くても、それを見捨てないのがファンである。
日本全国にファンが多くいた、かつてのタイタンズのような例の方が珍しいのだ。
やはりテレビ放送の力が、かつては強かったと言える。
しかしライガースはあれだけ人気があって、しかも資金力も豊富なのに、どうして優勝の回数が少ないのか。
大介としては新人がファンに甘やかされているから、まだ二軍の選手であっても、いい気になっているからだと思っていた。
だからあまり性に合わないが、一年目から誰も文句の出せない実績を残すと、遊びよりもひたすら野球の練習をした。
そして練習以外のことも、ほとんど野球についやした。
データを通じて野球を見るほど、大介はそれなりに地頭はいいのだ。
MLBは予告先発とわざわざ言うまでもなく、普通に誰が先発するかなどは、新聞やテレビで少し前から明らかにしている。
それらのピッチャーについて、大介はしっかりと調べている。
とりあえず言えるのは、今年のシャークスは、致命的にクローザーに弱点がある。
まだ開幕したばかりなのだが、既に二人をクローザーとして使っている。
二人ならばと思うかもしれないが、終盤にリードした場面を迎えられるほど、シャークスは強くないのである。
事実上ここまでの三試合、逆転負けが二度。
そして大敗してクローザーがいらなかったのが一度というものだ。
弱いチームの利点は、どんどんと選手を下から持ってきて使うことが出来るということだ。
3Aや2Aの選手にはチャンスが頻繁に与えられるため、ここからスターが出てきてもおかしくはない。
そしてそういった選手に関しては、なかなかデータも集まっていない。
情報のないピッチャーとの対戦。
大介は嫌いではない。
いよいよ試合の時間が迫ってくる。
37000人が入るというスタジアムは、半分以上が空席となっていた。
これでもまだ、普段に比べればマシなほうなのだという。
シーズン序盤はまだ期待してくれているファンがいるのと、あとは対戦相手がメトロズだということもある。
売り出し中の小さなスラッガーに興味津々の、純粋な野球ファンがいる。
そしてそういった子供にねだられて、一緒にやってくる親も。
メトロズは現在、勝ちパターンの先発ピッチャーと、試合消化用の先発ピッチャーの五人でローテーションを形成している。
中四日ではなく、ここにリリーフ陣を短く投下して、中五日にはなるようにしている。
もっとも怪我や連敗などで、どうしても勝ちたくなればそれは仕方がない。
ただ基本的には、先発のローテには手をつけないのがMLBである。
今日のメトロズの先発ウィッツは、典型的な消化試合用の先発だ。
だが六回までを投げて、五点以内にはだいたい抑えることが多い。
つまりそれ以上に点を取れば、ちゃんと勝ち投手にはなれるぐらいの能力はある。
「ようダイ、今日も頼むぜ」
「おう、任せろ」
そのウィッツが声をかけて、試合前に肩を作りにいく。
「簡単な英語は分かるようになったのかい?」
通訳としている杉村は、大介が意思疎通出来るようになっても、マネージャーとしての役割はある。
「いや、今のはなんとなく、言ってる雰囲気で分かるだろ」
大介自身は英語で送られてくるデータを分析するため、非常に偏った野球用語は分かるようになってきている。
ただ日本時代は使っていなかった数値が多いので、そこをどう考えるかは迷ってはいる。
今日の先発についても、完全にデータは集まっている。
若手の選手でMLBでの記録は少ないが、それでも一年も投げていれば、丸裸にされるものだ。
(四番手投手なわけだから、当然ながらそれほどの実績はない。けれどオープン戦ではそこそこいい球投げてたよな)
大介にとっては打ち頃の速球である。
これだけしっかりデータが集まっていれば、もうあとは打つだけだと思うのだ。
確かにスピードを持っているピッチャーは多いが、あまりにも粗い。
ピッチャーが力の勝負を挑んでくるのも、嬉しいと言えば嬉しい。
だが正直に言ってしまうと、あまり歯ごたえがない。
大介がそれを言えば、ちゃんと杉村は理由を教えてくれる。
これまでの三試合は、メトロズが圧勝していたからだ。
投げるイニング数は少ないものの、その分防御率などが高い、セットアッパーやクローザーとの対決が少ない。
オープン戦では当たっていたが、あれはあくまでもオープン戦、というのが評価だ。
大介は、確かに日本で九年やってきた。
その九年間で全て三割、50本、100打点に、盗塁も40個を決めてきたのはすごい。
だがそれはあくまで日本のリーグの話であり、MLBのピッチャーと対決した情報は、オープン戦ぐらいしかないのだ。
そこで長打も打てることは分かったが、まだデータが足りていない。
このシーズン序盤、対戦相手のピッチャーが比較的勝負してくれるのは、データを集めるためというのもある。
だからこそ大介は、今は好き放題に打っているとも言える。
シーズンは始まったばかりで、まだ対戦相手は本気になっていない。
本当かなとも疑うが、そうだろうなとも思う。
いくらなんでも歯ごたえがなさ過ぎるというか、組み立てが安易過ぎるのだ。
この初回も、まずは様子見。
そんなことを言っている間に、大介の前の二番シュミットがホームランを打っていた。
シュミットは開幕直前にトレードで取ってきた選手で、代わりに大介とも顔見知りになっていた選手が二人ほど放出されていた。
キャンプの間にも、オープン戦の間には、どんどんとロッカールームが寂しくなっていたものである。
だが二対一のトレードで来ただけに、シュミットはアベレージも残すし長打も打っている。
今年と来年、彼には頑張る理由があるのだ。
それはFA権である。
簡単に言えばメジャーリーガーは六年間メジャーでプレイすれば、FA権が得られる。
日本の場合は宣言しないといけないが、メジャーでは自動的に与えられるのだ。
このままのシーズンを送れば、来年のオフにシュミットはFA権を得られる。
大介のような海外からの移籍組はともかく、メジャーリーガーが本格的に稼ぐのは、このFA権を得てからである。
五年で一億ドルとか、あるいはそれ以上。
そういった大型契約を、FA権を持って結ぶことが出来るようになる。
もちろん直前の成績が悪ければ、その契約もまたいい契約にはならなかったりする。
つまり確実に稼ぐために、この二年、特に来年の成績は大事なわけだ。
ただとりあえず、そんなことは別に、まずは先制点を取ってくれた。
ネクストバッターズサークルに待機していた大介とハイタッチし、そしてベンチに戻るシュミット。
ホームランを打たれてショックを受けているような若いピッチャーを見て、大介は首を傾げる。
MLBは確かにタフな世界なのだろう。
だが実際のところはタフでない選手もいっぱいいて、そういう選手はどんどんと消えていくだけなのだ。
このピッチャーもまた、そんな記録に残らないピッチャーになるのか。
二球を見た後、ツーノーから甘い球がストライクに入ってきた。
大介は容赦なく、そのボールをライトスタンドに運んだ。
少ない観客が前の席に詰めているため、その上の方にまで飛んでいく。
四試合連続、五本目のホームランであった。
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