第72話 反応

※ 東方編100話を読んでからお読みください。




×××




『白石映った!』

『ま? でもキャンプ中だろ?』

『あ、映った。日本人の集まりというか、左右に嫁がいるwww』

『フリーダムだな白石w』

『つーかお休み取れるなら決勝だけでも出場しろよ』

『解説に入れよ』

『解説もw』

『突っ込まれてるw』

『まあキャンプ抜け出してるなら他に仕事しろ?』

『キャンプって抜けられるものなのか?』

『アメリカはそのあたり融通がきく。子供の授業参観とかパーティーのために休むメジャーリーガーは多い』

『嫁二人のために休んだりしてもいいのか?』

『落ち着け。双子だから誕生日は同じだ』




 前回も前々回も、WBCの決勝は50%前後の視聴率を記録していた。

 今回の場合は打撃面での心配がなされていたが、実際には初回から先頭打者ホームランなど、時速160km/hオーバーの世界を苦にもしない。




『ファーッ!』

『佐藤が打たれた!』

『雪が降るぞ雪が!』

『お前らおちげつうつつつ』

『佐藤って生涯に何本ぐらいホームラン打たれてるんだろ』

『出会い頭っぽいな』

『プロ入り(打たれるのが)第2号ホームラン!』

『規定投球回投げたピッチャーの中では、史上最高の被本塁打数だろうな』

『なんかもうWBCよりシリーズ開幕の方が気になってきた』

『どうせナオ君なら100球以内で納めてくれるでしょ』




 直史が打たれたことに驚いた者たちも、すぐに冷静になってくる。

 去年直史がホームランを打たれた初柴は、長打も打てるがホームランバッターというわけでもなかった。

 最強打線のライガースから、一本も打たれていなかったのだ。

 ただしこれで直史は、パーフェクトもノーヒットノーランも、完封も消えてしまった。

 もちろんマダックスもである。


『う~ん江口さん、どうでしょうかこれは。佐藤、国際戦にて初めての失点です』

『そうですね、ただ試合自体はリードしているわけですから、ここで崩れなければ問題はないと思いますよ』

『そうですか。シーガーは今年メジャー昇格間違いないと言われていますが、やはりアメリカは層が厚いですね。トップレベルのメジャーリーガーではないとはいえ、佐藤からホームランです』

『確かにメジャーの層は厚いでしょうが、今のは初球ですからね。内角を探っていたのを、出会い頭に打たれたと思った方がいいでしょう』

『はい。日本はアメリカ相手に、初回から三点を取っていますが』

『これはまあ、ピッチャーのレベルですね。確かにアメリカはトップレベルのメジャーリーガーは出していないのですが、シーガーの他にバッター、野手はそこそこ出ているんです。ただピッチャーの方は……』

『層が薄いと?』

『層が薄いと言うよりは、野手よりもさらに、WBCには出しにくいんですよね。本来ならシーズンに向けて最終調整を、オープン戦の中でしていく時期ですから。ローテーションを回すようなピッチャーは一人もいませんし』


 今年のアメリカは弱いのか、と多くの人間が、さほど間違ってもいない認識を持つ。

 正確には違う。今年はとにかく、メジャーリーガーのトップレベルが選出されていないのだ。

 高年俸のメジャーリーガーが出ないことはともかく、若手のピッチャーもなかなか出しにくいのには理由がある。

 若手のいいピッチャーは、貧乏球団にとっては絶対に壊してはいけない、お宝である場合が多いからだ。

 WBCに対してMLB自体はともかく、球団オーナーと選手自身が、もう出場のメリットを認めていない。

 つまりサッカーのワールドカップなどと比べると、圧倒的に名声を得ることなどが足りていないのだ。


 日本のチームはまだしも、球団の主力の中でも若手から中堅を出してくる。

 だが調整が厳しくなってきているベテランはなかなか出せないので、せいぜいが20代の後半。

 このあたりはアメリカ代表の年齢構成とも、そこそこ似ているかもしれない。




 直史が三振を取れない。

 だがそれについて、大介は全く心配していなかった。

 ホームランを打たれたのは驚きであったが、すぐに切り替えていた。

「遊んでるなあ」

 思わず苦笑するぐらい、直史はいかに力を入れずに相手を封じるかを試している。


 ピッチャーはほとんどが、今年もメジャー昇格はないと思われている選手らしい。

 だがバッターの方は、ある程度メジャー経験もある人間がいる。

 それに対して直史は、確認のために投げているのだろう。

 来年、自分がどの程度のピッチングをすれば、メジャーの選手は抑えられるのか。

 それともう一つは、球数をどれだけ抑えて完投出来るか、あたりだろうか。


 日本代表はホームランも打って、100マイルオーバーのピッチャーから点を取っていく。

 まあこの試合のピッチャーは、まだ投球術やコントロールも未熟な、2Aか3Aで鍛えなければいけないピッチャーだから当然だろう。

 それに対してアメリカ代表は、変化球への対応に難がありすぎる。

 アメリカのピッチャーの特徴としては、フォーシームをしっかり投げると共に、主に使っていく球種を二つほど持っておくというものだ。

 直史のようになんでも投げられるピッチャーというのが、トレンドではないのだ。

 だからこそ打てないということも、確かに言えるのだ。


 そんな直史が、意識的にシーガーからは三振を奪った。

「やっぱり怒ってる」

 瑞希が呟くが、直史はヒットを打たれることはともかく、点を取られることをかなり嫌う。

 それぐらいどんなピッチャーでもそうだと思うのだが、味方のエラーが関わっていたりすると、それほど不機嫌にもならないのだ。

 ホームランを打たれたことが問題だ。

 三振、フォアボール、ホームラン。

 極端に言えば、ピッチャーを評価するのはこの三つの基準だけ。

 そのうちのフォアボールとホームランを、直史は重視している。


 試合自体はそれほどの波乱はない。

 だがとにかくアメリカ代表は、全く直史からクリーンヒットを打てず、ポテンヒットでランナーが出ても、牽制やダブルプレイでチャンスを潰されてしまう。

 普段はあまり力を入れない樋口が、しっかりと盗塁を阻止もした。

 NPBではもう常識になっているが、樋口は走られたらまずいときと走られてもいいときで、全く盗塁の阻止率が違う。

 おそらく数字だけで、アメリカは判断したのだろう。


 何も起こらない試合だ。

 事前の予想通り、日本が圧勝する。

 予想外のことと言えば、せいぜいが直史がホームランを打たれたことだろう。

 しかし終盤になっても打線はそれを上手く捉えきれず、凡打の山を築いていく。

「やっぱりWBCはもう、なくてもいいだろ」

 観客席に座りながら、大介はそう言った。

 応援する必要すらない。ただ、淡々とアウトが重ねられるのは、今後の参考にするべきだろうが。


 アメリカ代表のバッターは、直史の変化球のコンビネーションについていけず、そのスイングが小さいものになっている。

 そうすればなんとか当てられる程度の球というのが、より性質が悪い。

 結果的内野の間を抜けていくぐらいのヒットはあっても、長打が一本も出ない。

 一言で言えば、えげつない。


 完全に自分一人の世界を構築するために、バッターを仮死状態にしていくようなピッチングだ。

 後からこれを見たアメリカ代表は、いったい何を思うのだろう。

 ピッチャーよりマシなアメリカ代表の打線は、今後もメジャーにすぐに昇格しそうな選手もいる。

 だが150km/hを出さないこんな球で抑えられて、果たして上で通用すると思われるのか。


 変化球主体、球種の多彩さ主体、緩急主体の直史のピッチングは、MLBの新しいトレンドになるかもしれない。

 確かにフライボール革命以降、カーブは復権し、高めのストレートは重要視されるようになったのだ。

 そして直史が意識的に使っているのは緩急だ。

 キャッチャーが日本式になれば、おそらくバッターを打ち取るのも楽になる。

 アメリカではよく、NPBを経験したバッターが、日本ではむしろキャッチャーと勝負をする、と言っているように。




 試合が終了した。

 魔法のような時間であった。

 ヒットが出ても、まるで点につながらない。

 打ったとしても内野ゴロや内野フライが多く、外野まで飛ぶことも少ない。

 早打ちばかりして、何をそんなにあせっていたのか。

 観客席も最後の方は、お通夜のような状態であった。


 まあ、あれが直史なのである。

 日本最強のバッターでさえ、明確な攻略法が見つけられないピッチャー。

 義兄であるが、さっぱり今でも分からない。

 分かっていることと言えば、味方としてはこれ以上もなく頼もしいが、敵とするならどうしようもないということ。

 座席から立ち上がった大介は、う~んとそこで伸びをした。

「じゃあ、俺はキャンプに戻るんで」

「忙しいの?」

 少し話も聞きたかった瑞希であるが、大介としてはやはりキャンプで、しっかりと調整を行っていきたい。

 なにしろ大介は、MLBにおいてはオールドルーキーなのだから。


 そしてツインズも大介に付属して戻る。

 二人は別に、少しぐらいこちらにいてもいいだろうに。

 子供が心配という、当たり前の理由があった。


 なので大介もツインズも、その後の騒動はキャンプに戻ってから知ることになる。

 直史による、ある意味MLBというか、アメリカの野球に対する挑戦とでも言えるような発言。

 ファンを完全に敵に回すような、あるいは敵に回すことが目的なのか。

 キャンプではチームメイトに、あの化け物はいったいなんなんだ、と尋ねられたりもした。

「俺こそが知りたいよ」

 それが大介の返答であったのだが。




 キャンプに戻った大介は、その後もオープン戦で普通に打つこととなる。

 最終的にはダブルヘッダー一日を含めて、25試合での登場。

 さすがにオープン戦だけあって、大介がどんどん打っても、敬遠などはしてこない。

 少しでも弱点を見つけようと、必死なのであろう。


 その中で大介は、ゾーンで勝負してくる選手を血祭りに上げていた。

 サイ・ヤング賞受賞の投手でも、100マイルオーバーのクローザーでも意味はない。

 とにかく打って打って打ちまくった。

 そして地味にショートのポジションは確保した。

 意外とエラーが多く見えてしまうが、それは単に大介の守備範囲が広すぎるだけで、普通なら抜けているボールが多いのだ。

 そして送球のミスはしない。


 打率は四割前後で、ホームランを二試合に一本ぐらいの割合で打って、出塁率は五割を超えて、打点を積み重ねていく。

 首脳陣としては、打順はこのまま二番がいいのか、それとも先頭に持ってきてとにかくホームランを打ちまくってもらうのか、コンピューターで計算したりもした。

 WBCを観戦にいってからの大介の打撃向上は、やはり直史に影響を受けたのか。

 チームメイトとしても、あの煽るような発言に、MLBコミッショナーや選手会がどう反応するかは、無責任に期待しているものだが。


 最終的な大介の打撃成績は、打率0.422 出塁率0.514 OPS1.458 ホームラン14本 三振9というものになった。

 もちろんこれはオープン戦だからの成績であって、レギュラーシーズンではもっとシビアなピッチングをしてくるだろう。

 自己紹介代わりとはいえ、打ちすぎたかなと思う大介だ。

 しかしこれぐらいをしておけば、日本人選手として恥ずかしくはないだろうと思った。


 周囲の大介を見る視線は、日を追うごとに化け物を見るような視線になってきた。

 特にオープン戦は普段はあまり当たらない、リーグの違うチームとも当たる。

 逆にリーグは同じでも、西海岸よりのチームとはあまり当たらない。

 速球も打てれば、えげつない変化球も打てる。

 なんなんだこのバッターは、というのが正直なところであろう。


 だが大介としても、MLBの変化球の特徴を見るために、かなり遠慮して打っていたのである。

 初球から振ることはせずに、どうしてあんなに甘い球を見逃したのかと言われることもあった。

 返答としてはオープン戦だから、としか言いようがない。

 年俸に反映して、そしてチームの優勝に貢献するためには、レギュラーシーズンで打たなければいけない。

 そのための練習が、オープン戦である。

 

 様子見でこれだけ打つのか、と周囲はさらに畏怖の目で見るようになったが、大介としては自分がまた、新人になったことを忘れているわけではないのである。

 そしてチームの方も、開幕前にトレードなどが成立したりして、40人枠が固まってくる。

 ここに登録されなければ、しばらくはまたマイナーで修行である。

 コンピューターはそういった選手たちのデータから、最適の打順を計算する。


 開幕前、大介は三番を打つようにと言われた。

 なぜならそれが、一番得点が多くなるパターンであるからだ。

 また三番か、とは大介は思わない。

 慣れた打順で、開幕戦を迎えることになる。

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