第71話 解説の白石さん

※ 今回は東方編99話の内容がやや先行しています。



×××



 どちらが勝つかが問題なのではない。

 どう勝つかが問題なのだ。


 大介は上杉と自分、それにさらには織田や本多、井口などのメジャー組が一人もいなくても、勝利は確信している。

 トップレベルのメジャーリーガー、メトロズにも数人いるが、そのレベルは確かに高い。

 だが紅白戦で3Aクラスとは当たっているため、そのレベルもおおよそ分かるのだ。

「それで、試合の展開はどう思うの、白石君」

 セイバーが頭の上の席から尋ねてきて、大介は少し考える。

「日本チームの3-0か5-0か7-0ぐらいの勝ちじゃないですかね」

「ずいぶんとアバウトな予想ね」

「日本の選手はともかく、アメリカの選手は知らねすからね」

 むしろそういう予想は、セイバーの方が得意ではないのだろうか。


 ただ、分かっていることが一つある。

 直史が投げている間は、アメリカは一点も取れないであろう。

 だから問題は、アメリカがちゃんと直史相手に粘っていけるかどうかなのだが。

「一応メトロズのチームメイトは、今日は二番に入ってるシーガーってのだけは要注意だって言ってたけど」

 大介自身が見たわけではない。

 だが今季おそらく、序盤の調子次第で、五月にでもメジャー昇格しそうな選手なのだ。


 正直大介は、自分の立ち居地がいまだに分かっていない。

 紅白戦やオープン戦である程度はつかめたものの、自分のポテンシャルが、日本と同じように発揮できるのかどうか。

 MLBは契約しても、そこからルーキーリーグというマイナーのリーグに所属して、実績を挙げてステップアップしていく。

 だが大介のような海外のプロリーグの選手は、いきなりメジャーという方が一般的だ。

 即戦力として取られている大介。

 大介の目から見て、シーガーの実力はどうなのか。

 ただそれを計るためには、相手のピッチャーの選出が適当ではないだろう。




 試合は日本の先行で始まり、いきなり先頭打者ホームランが飛び出た。

「いくら速くても水上に甘いストレートはダメだろ」

 大介が呆れるが、100マイル、つまり160km/hオーバーを初球で打てるのは、そうそう日本にはいない。

 悟がそうそう日本にいない選手だということは置いておく。


 おそらくさすがに予想外であったろうが、初回から日本の攻撃がアメリカの先発ピッチャーを攻略していた。

 100マイル表示は出ているのだから、スピードのあるピッチャーなのは間違いない。

 それなのにこの体たらくはどうなのか。

「セイバーさん、アメリカ弱くなってません? それとも今年のメンバーが弱いのかな?」

「そうですね、多少は弱いというか、メンバーがしっかり集まっていないということはあるかもしれませんが、問題は別でしょう」

 別? と周囲の人間がセイバーの言葉の先を待つ。

「日本のバッターのレベルが上がっているだけです」

 ああ、それは確かにと納得がいく。


 およそ10年間、日本はバッターは上杉を、ピッチャーは大介をどうにか攻略しなければいけなかった。

 そしてそのためには色々と戦術を試すことも重要であったが、純粋なパワーアップも必要だったのだ。

 以前に比べて日本人がMLBに移籍して、それなりの成功を収める確率は高くなっている。

 これも全て、化け物二人相手に、周囲がレベルを合わせていこうとした結果である。


 天才を相手にするには、単純な努力だけでは足りない。 

 その天才の才能を、分析しなければいけない。

 そして自分にフィードバックするのだ。

 それが単純なフィジカルパワーの問題ではなく、技術的な問題であれば、対抗することが出来るのだ。

 なお実際には対抗できなかったが、結果としてレベルは上がった。




 一気に日本が先制して、その裏の攻撃。

 大介が話に聞いていたシーガーは、今日は二番である。

 左バッターで、体格はそれほどパワーがあるようには見えない。

 だがマイナーではポコポコとよく打っていたらしい。

 それもホームランは、単にスタンドに運ぶのではなく、誰もが打った瞬間に分かるホームランを好むという。

 大介はそのあたり、あまり関心はない。


 どうせ直史の球なら打てないだろう、と思った。

 そして直史は初球、スライダーを投げて、シーガーはそれをバットの根元近くで打つ。

「お?」

 これは、いい当たりではないのか?

 大介が思ったとおり、打球はスタンドに入ってしまった。

 直史がホームランを打たれて、驚くよりは呆然自失してしまう、日本の関係者。


「はあ?」

 確かにまあ、大介でもあのボールなら、ホームランを打つことは出来ただろう。

 だがかなり根元に近い場所のボールを、ライト方向に引っ張りすぎずに打てるとは。

「いや、俺以外にそう簡単に打たれるなよ……」

 とは言っても去年も、大介は直史から一発も打てていないのだが。


 初柴がホームランを打ったと聞いた時は、首を傾げたものだ。

 確かに初柴は長打力もあるが、それほど目だってランキングの上位に入るようなバッターではない。

 だからこそ打てた、とも言えるのかもしれないが。

 とりあえずアメリカの観客は喜んでいるが、日本側の応援は、特に意気消沈することもない。


 直史が点を取られるとしたら、データの少ないバッターの出会い頭の一発だと思っていた。

 ただもちろん、膝元に入ってきたスライダーを、しっかり打ち返したシーガーには技術がある。

「シーガー……う~ん、確かにいい成績ですが、ホームランを打てるほどでしょうか」

 手元の端末でデータを拾っているセイバーだが、この中では瑞希が沈黙したまま直史の様子を見つめている。


 樋口はマウンドに向かうこともなく、すぐに新しい球を直史に投げ渡す。

 直史も帽子に少し手を触れただけで、特に沈痛な表情を浮かべるでもない。

 夫の心が分からない。

 そんな、倦怠期の夫婦が抱きそうな感想を、瑞希は感じていた。




 試合自体は圧倒的に、日本が有利に運んでいる。

 ただ守備側に入ると、直史が案外打たれているので驚く。

 三振が奪えないのか、それともあえて打たせているのか。

 ただ日本代表の今日のスタメンは、守備力もしっかりと考えられたメンバーだ。

 外野まで運ばれてもフライアウトで、追加点などは許さなかった。


「3-1か」

「どうですか、解説の白石さん」

 セイバーのからかうような言葉に、大介としては乗ってみなくもない。

「そうですね。日本側としては絶対的なエース佐藤の打たれた直後ですから、ここはある程度大事ですよ」

「一点も取れないと流れが変わりますか?」

「そうですね。流れが……いや、変わんねーでしょ」

 素に戻って大介はそう言う。


 直史の苦手なことは、熱の入ったピッチングをして、味方の援護を奮い立たせるというようなことだ。

 だが得意なこととして、勢いに乗りかかった相手を、完全に封じてしまうということがある。

 ここで日本の攻撃で一点も取れなかったとしても、アメリカの反撃に、あっさりと水を差していくだろう。

 直史というのはそういうタイプのピッチャーである。


 去年のシーズン成績を見ても分かるが、直史はレックスのピッチャーの中でも、かなり援護点の少ないピッチャーなのだ。

 特に先発ローテの中では、一番少なかった。

 ただそれでも負けないあたり、そして完投完封してしまうあたり、異次元からの物体Xと言いたくもなる。

 支配的なピッチャーの中では、他に上杉も援護が少ないピッチャーで、それが去年のような12回を投げてお互いがパーフェクトというような、おかしな事態になってくるのだ。

 とにかく全てを、熱くさせるのではなく凍りつかせる。

 しかしその反動か、完全に相手を抑え切ってしまった後は、熱狂が襲い掛かってくるのだが。


 二回の表、日本は追加点を入れられなかった。

 アメリカとしては二点差なので、ここからまだ長打狙いで打ちにいけばいい。

 だが早打ちしてしまい直史を相手に、三者凡退。

 とても短い攻撃時間であった。




 セイバーは直史の投球内容を、ペシペシと端末に入力している。

 なので最初に気づいた。

「佐藤君は今日まだ、三振を奪ってないですね」

 そういえばそうだな、と打たれている印象はあるのだが、応援する側としては初めて気がついた。

 そしてそう言ったことを言われれば、瑞希としても気づくものだ。

「投げてる球数、すごく少ないような」

 確かにほとんどが、二球以内に打ちにいって終わっている。

 

 省エネのピッチングスタイルである。

 そしてこの決勝の球数制限が100球であることを思うと、それは正しいスタイルと言える。

 ホームランを打たれて一点は取られたが、あれは初球を打たれたものだ。

 今日のプランが完投で、そして特に球数を抑えることを目的としているなら、失点にはあまりこだわらないのか。


 直史の考えていることが、正直に言って分からない。

「白石君、直史君は今日の試合、どういうプランで投げるとか言ってましたが?」

 ミーティングで直史に出会ったのだから、それを聞いているとしたら大介だけのはずだ。

 しかし瑞希の問いにも、大介は首を振る。

「一応シーガーには気をつけろって言ってはおいたんだけど、どうせあいつ内心で何を狙っていても、試合前には言わないしな」

 ああ、それはそうである。


「事前には言わない?」

 だがそこで首を傾げるのが瑞希である。

 高校と大学時代、特に高校時代、直史はけっこう瑞希に、試合のプランなどは話していたのだが。

 瑞希が直史の記録を残しているから、特別に話していたことであるのか。

 妻にばかり己の心の内を明かす夫。

 案外可愛いところがあるではないか。




 試合の展開自体は、日本の圧倒的な有利に進んでいる。

 だがそれは数字を見ればの話だけで、アメリカの打線もそこそこいい当たりは打っているのだ。

 ただ、そこから失点することがない。

 まるで全て計算づくのように、直史はまさに打たせて取っている。

 しかし瑞希も、他の多くのこの場の人間も、直史の打たせて取るというのは、あくまで偶然に成立することだということは知っている。


 もちろん追い込んだら三振を取るし、特にフライを打たせるかゴロを打たせるか、そこまで考えながら投げている。

 なのである程度は、パーフェクトになりやすいようなピッチングをしているとは言える。

 そして何より、フォアボールがない。

 ゾーンの外に投げることすらも少ないので、遠慮なくアメリカが初球から叩いていく。

 だがそれが実のところは難しい組み合わせだったり、手元で曲がるボールであったりする。

 すると野手の守備範囲内に飛んでしまうのだ。


 追加点を入れた日本。樋口までもがホームランを打つし、西郷もホームランを打つ。

 日本の攻撃も案外大味と言うか、それよりは正面から粉砕していると言うか。

 おそらく今の日本の選手団に、今回のアメリカの選出したピッチャーの基準が、ものすごく相性が悪いのだ。

 若手から中堅が大半で、とにかく上杉を体験しているバッターばかり。

 すると160km/hオーバーというのは、案外どうにでも打ってしまえるものらしい。


 パワーだけで押して、それで勝てるとアメリカ代表を選んだ連中は、本当に考えていたのだろうか。

 もしも大介が参加していたら、さらに日本のホームラン数は増えていただろう。

「コントロールが微妙なピッチャーが続いていますので、案外荒れ球になって打たれないかもしれませんね」

 セイバーはそう言うが、大介はバットの届く範囲なら、どこであろうと打ってしまえる。

 それがホームランになるかどうかは別の話だが。


 


 三回の表、西郷のホームランでスコアは5-1へ。

「決勝戦ってコールドないんですよね?」

「そうですね」

 大介が見るに、アメリカ側は本当に、代表に素材の選手しか出していない。

 これがまだ年間162試合を戦うピッチャーの中から選べば、もう少しコンビネーションを考えた投球になっていただろう。

 その意味では監督も悪い。

 日本のバッターを抑えるための情報の徹底が、全くされていないのだ。

 分析すれば、もっとはっきりと分かっただろうに。

 このまま力推しするだけのピッチャーを使っていても、日本の打線は打ってくる。

 対してアメリカの打線もまた、直史を打つ。

 だがそれがランナーにならない。


 三人目のアメリカのピッチャーは、103マイルを出してきた。

 日本のkm/h表示に慣れた人間には、分かりにくい数字である。

 だが164km/hで、さすがに日本打線もすぐには打てない。

 しかしそうやってそこそこ抑えたところで、回ってくるのが樋口の打席だ。


 ここは一発を狙っているな、と大介は思った。

「相手のピッチャー、確かに球は速いけど、フォームとかも特徴なさそうだし、樋口なら狙って打てるだろ」

 大介は樋口を、とても厄介なバッターだと思っている。

 もちろんそれ以上に、キャッチャーとして面倒な相手だと思っているが。

 日本人選手の中ではMLBで、一番需要がないのがキャッチャーである。

 日本とアメリカでキャッチャーに求めるものが違い、コミュニケーションにも英語が必須ということはあるが、それでも樋口なら通用するのではと思う。


 それを証明するためでもなかろうが、樋口も100マイルオーバーを完全に狙って打った。

 球威に甘えすぎた、真ん中よりの球であった。

 案外これは好球すぎて、打ち損じるバッターも多い。

 だが樋口はそんな可愛げのあるバッターではない。


 打った球がまたレフトスタンドに入る。

 単純な球速への対処というなら、武史の球にも慣れている樋口なら、それは打つことが出来るだろう。

 四回の表が終わった時点で、スコアは6-1となる。

 日本が圧勝する空気が、スタジアムに満ち始めていた。




 三人目のこのフランシスは、どうにか続くバッターは打ち取る。

 だが三振を簡単に奪うことは出来ず、粘られてからの凡退だ。

 球数制限的に、最後まで投げられるかどうかは微妙だろう。

 だがとりあえず、四回の表を終えることは出来た。


 大介としてはもう、いったいこの大会はなんのためのものなのか、と言いたくなる。

 大介と上杉を抜きにして、他にも主力球がメジャーリーガーとして外れているのに、それでも日本代表が圧勝している。

 シーズン前ということもあって、疲れがたまらないように、日本側もベテランをかなり抜いているのだ。

 30歳以上の選手は、芥と山下ぐらいだ。

 特に投手陣などは、30歳以上の選手は一人もいない。

 選手としての全盛期を迎えているピッチャーは、一人もいないと言ってもいいのだ。


 これを見ていたセイバーは、呟いたものである。

「これはもう、WBC自体がなくなるかもしれませんね」

 WBCはそもそもMLBが主体となって開催されている試合だが、MLBの機構と各球団のオーナーや選手との間では、良好な関係が築けていない。

 MLBとしては開催によって、多大な収入を得ることが出来る。

 そしてその収入はある程度選手にも還元されるのだが、本来のMLBで得られる金額に比べれば、たいしたものでもないのだ。

 そんな危険を冒してまで、WBCに出場する必要があるのか。

 故障したときの責任を、いったい誰が取ってくれるのか。

 日本としてもベテラン選手は、調整の難しさを考えて、出場することは少なくなっている。

 特にピッチャーなどは、MLBのボールが手に合わず、故障することさえあるのだから。


 ハリボテになりつつあるWBC。

 日本は圧倒的に強い。

 見ていてもあんまり参考にならないかな、と思いつつも、直史のピッチングは見続ける大介であった。

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