第69話 戦慄の紅白戦
日本のキャンプとはかなり違うな、と大介は日程を確認している。
とにかくキャンプの中で、基礎などに割いている時間がない。
そんなものは既に備わっていて当然という判断なのか。
紅白戦を二試合行って、そこからオープン戦に入っていく。
チーム分けは基本的に、ホームと呼ばれるメジャー組と、ビジターと呼ばれる招待選手・3A組に分かれる。
当然ながら大介はメジャー組だ。
メトロズは大都市のフランチャイズだけに、それなりに使える金は多く、スター選手も何人かいる。
シートバッティングで大介が血祭りに上げたのは、基本的にはその3Aなどのまだ戦力としては未完成な者たち。
ボコボコにしてしまいはしたが、ぜひともそこで折れず、また上を目指してほしいものである。
「どうせなら二軍側のチームに入って、一軍のピッチャーを打ちたいんだけどな」
「いやいやいや」
監督に注文をしようとして、杉村に必死に止められる大介である。
開幕を前に味方の一軍ピッチャーをボコボコにしてどうするのか。
このわずかな間にも、大介の打撃の異常さは分かっている。
そしてその大介が、ショートを守るというのに驚きのメンバーである。
ショートというのは運動量の多い花形ポジションである。
純粋にボールを追いかけて追いつく瞬発力が必要だし、深いところから投げる肩が必要だ。
体を強引に切り返すことも多く、足首から膝、そして腰などに負担がかかるのは間違いない。
たとえ日本ではショートをしていて、実際に守備が上手いのは分かっているが、打撃に専念させるため、まだしも楽なサードなどへのコンバートはしないのか。
これもまた契約の一つだ。
大介はショートを守っていることに、それなりのプライドを持っている。
だがチームが勝つためには、ポジションを移動させるというのは仕方のないことだ。
そもそもフロントは確かに運営はするが、選手起用は現場の判断。
よって大介はオープン戦の間だけ、ショートとして試験してもらうことになったのだ。
10試合の間はショートを守って、アピールする。
それで満足されなければコンバートだ。
打球への反応や肩を考えると、サードを守ってもらうのがいいか。
足の速さを考えると外野も守れるだろうが、フライの飛距離を上手く捉えることが出来るか。
いっそのことDHというのは、メトロズの所属するリーグにはない。
そもそも守備力は高いのでもったいない。
紅白戦はまず守備から始まる。
実戦形式の守備は初めてで、大介としても試合前に充分なストレッチをした。
ピッチャーは先発が五人で固定されているが、実際はリリーフ陣の継投で消化する試合があるので、中五日が基本となる。
大介がどうにも違和感を拭えないのは、五回まで投げれば及第点、六回でお役御免というところだ。
MLBはNPBよりもリリーフ、特に中継ぎの寿命が比較的長い。
それは使われ方にもあって、勝ちパターンの時に投げるセットアッパーでも、三連投はまずさせない。
メトロズ以外のチームはどうだか分からないが、少なくともメトロズはそうである。
先発五人、七回からの勝ちパターン三人、それ以外が五人。
これがメトロズのピッチャー陣である。
NPBでも何年か前、シーズン終盤に先発を中五日体制で使おうとして、大炎上していたチームがいた。
大介としては別に、それ自体は間違っていないと思う。
上杉という中五日か中四日で投げた上に、完投までしてしまう化け物がいたことにもよる。
また武史も120球以上は投げて完投が多かった。
直史は完投してもほとんど100球前後であった。
統計として一つの枠で全てに当てはめるのが、間違っているのだろう。
ライガースでも大原などは、球数が多くてそのため勝敗がつきやすかった。
防御率やWHIPや勝ち星ではなく、先発数と投球イニングで年俸上昇を勝ち取っていった珍しいタイプだ。
ただMLBはその選手の個性をあまり重視していないと思う。
それは特徴をつかむのが難しいと言うよりは、選手の評価基準を一定にしないと、査定が不公平だということにもよるのだろう。
(このおっさんはショート方向にゴロを打たせるのが得意ってデータがあったけど)
そう考えていると、いきなり飛んできた。
思っていた通り、むしろ日本のグラウンドより、打球の勢いは落ちる。
俊足のランナーとは聞いていたので、大介はゴロを右手で取って、そのままファーストに投げた。
当然のようにアウトである。
グラブを使わなかったことへの驚きはあるようだが、今の程度の勢いならありだろう。
ピッチャーがグラブを上げてきて、大介もそれに応える。
その後はサードとセカンドにゴロが飛んで、大介の初回の守備は一度だけ。
特にメジャーの脅威なども感じず、大介は攻撃に移る。
暫定的であるが、大介の打順は一番になっている。
これについては二番がいいのでは、という話もコーチの間ではなされている。
基本的にMLBでは統計を重視し、あとはチームの選手の成績から、最適な打順を考えていく。
出塁率がもっと高いバッターがいれば、大介は二番になっただろう。
対決するビジターチームは、もちろんキャンプでの大介の打撃は見ている。
だがシートバッティングはあくまでストレートのみだ。
日本のホームランキングかもしれないが、メジャーの変化球には対応出来るのか。
そう考えているピッチャーは、まだメジャーに昇格したことのなり、3Aの若手であったりするのだが。
日本人の打者はだいたいアメリカでは、動くボールに苦労する。
いつの時代の話だ、とも思うがいまだにこの見方は残っていたりする。
大介としてもほとんどメジャーリーガーに近い3Aの変化球はまだ打っていない。
一応このピッチャーは、ツーシームとカットボールが武器だとは聞いているが。
100マイル近くのストレートに、カットボールとツーシーム。
そこまでを聞くだけなら、蓮池の下位互換だ。
使うボールが違うだけに、変化の仕方も違うのは、ツインズに投げてもらって分かっている。
たださすがに150km/h前後で細かく動く球を投げるのは無理なので、ここでは期待していた。
だが最初に投げてきたのは、甘いコースのストレートである。
変化を見たいと思ったのに、ストレートを投げてきた。
あれだけぽこぽこストレートは打っているのに、まだストレートが通用すると思っているのか。
変化球が見たいのに、また二球目もストレート。
一応外に投げてはいるが、大介がそのつもりならホームランにしていた。
意地になってストレートを投げているとしたら、困ったものである。
一度打席を外した大介は、バット一本を余らせて持った。
それを速球対策のためと思ったのか、ピッチャーはまたストレートを投げてくる。
大介はカットして、カウントはツーストライクのまま。
次もストレートで、今度は大きく外れていた。
ゾーンの中には投げ込めても、ボールとの際を投げることは出来ない。
このあたり3Aあたりでは通用しても、メジャーには昇格できない理由であろう。
さすがに五球目はカットボールを投げてきたが、ゾーンの中で甘く変化する球を、またも大介はカットした。
六球目はツーシームであった。
これをカットしたところで、大介はまたボックスを外して、元の長さにバットを握り直した。
もうお前の球は見切ったというようにしか思えないこの動作は、負けん気の強いアメリカのピッチャーを挑発するのには充分であった。
だがさすがにデッドボールやあからさまなブラッシュボールを投げることははばかられる。
インコースに投げる。逃げられる程度の。
それで腰が引けるなら、次は外に投げてしとめればいい。
(とか考えてるんだろうな)
だいたい鼻っ柱の強いストレートの速いピッチャーは、どの国でも同じようなものである。
(ただ3Aでこれなんだから、確かに素質自体はいいんだろうな)
大介は自然体に構える。
そこへ投げられたストレートは、内角を狙ったつもりだろうがやや甘い。
ストレートと見極めた大介は、ボールを切るようにスイングした。
ライナー性の打球がぐんぐんと伸びて、ライトスタンドに突き刺さる。
(次は動くボールを打ってみたいな)
そう思った大介であるが、ここから調子を崩した先発ピッチャーは、連打を浴びて降板することになるのであった。
日本からは数名の記者が、大介に貼り付いてきている。
この紅白戦からは、しっかりとカメラマンも写真を撮るようになっていた。
期待通りと言うか、日本でのものと変わらないように、ストレートをあっさりホームラン。
変化球もカットしていたようだし、少なくとも一打席目はしっかり対応できている。
日本人野手がMLBで苦戦することの理由の一つは、ボールの違いから変化球の変化量が大きいことが挙げられる。
あとは平均的に、ピッチャーの球速が速いのだ。
「WBCや上杉、佐藤との対決から大丈夫だとは思ってたけど、本当に大丈夫だとホッとするな」
そんなことを言う記者に対して、商売敵ではあるが同業者でもある、他の記者が同意する。
「守備もよかったし、ショートを守れそうですね。まあ一番っていうのはちょっと意外ですけど」
「MLBでは昨今、出塁率をだいぶ重視しているからなあ。ただ長打を連発していたら、メトロズの選手層からすると、三番になる可能性もあるかな」
「白石が三番でないのは、違和感がありますからね」
大介の成績は、日本においては並ぶ者のない、不世出の記録であった。
だからMLBでもある程度は通用するとは思っていたのだが、シートバッティングだけでは本当のバッティングは判断できない。
難しい球をカットしていたのかはよく分からないが、甘い球を確実に打った。
そしてまた守備に入ると、今度はライナー性の打球を横っ飛びでキャッチする。
MLBと言えばパワーとスピードなのだろうが、大介はその点ではあの体格でありながら日本人離れしている。
もっと正確に言うならば、人間離れしている。
「全体練習が終わってからも、夫人に投げてもらってバッティング練習はしてたしなあ」
「ああ、奥さん六大学野球で投げてましたもんね」
「そういや上杉夫人も今はアメリカにいるのか。さすがに子供を産んだら、色々と衰えるとは思ったんだが」
どちらが産んだ方なのか、それは知らないマスコミである。
二打席目の大介は、また粘った末に、スプリットを左に打った。
切れるかなと思った打球だが、ポールに当たってホームラン。
「変化球だよな?」
「落ちる球だったような。対応できてますね」
「少し気になるのは、初球からは打っていかないところかな」
「そりゃあチーム内とはいえ、試合形式で対戦するのは初めてでしょうし」
少なくとも守備をする大介は、生き生きしていた。
地肩の強さを活かして、深いところからでもゴロをアウトにしている。
その姿はまさに、日本でゴールデングラブ賞を九年連続で取得している、あの守備力を思い出させるものであった。
大介は少なくとも、守備に関しては既に、MLBに適応しているようであった。
神経の図太さは、プレイだけではなくあの記者会見などからも、はっきりしている。
ただ大介は図太く、ふてぶてしく、大胆ではあるが、傲慢ではない。
その大介に三打席目が回ってくる。
「お、ピッチャーフリードマンに交代か」
「有名なんですか?」
「まあベテランだな。サイ・ヤング賞の候補にも何度かなってるし、最近もまだ先発ローテを回してたと思うが、今はもう技巧派になってる」
ここまで大介は、粗くパワーのあるピッチャーを打ってきた。
今度はベテランのコントロール重視のピッチャーである。
果たしてこれも上手く打てるのか、見ものだと思っていた。
大介はまたも10球近く粘ってから、カーブを掬い上げるように打った。
その打球はやはりフェンスを越えて、バックスクリーンにまで届いた。
「三打席連続か!」
「さすがですね!」
見ていてワクワクするというのが、やはり大介のバッティングである。
MLBのボールを体験するために、出来るだけツーストライクまでは見ていく。
そしてそこからはカットして、様々な球種を引き出す。
満足したら強く振る。
結果は右、左、真ん中と打ち分けたようなホームラン。
そしてそこで大介は、選手交代となった。
「あれ? 交代ですか」
「まあ他の選手も試さないといけないだろうし、マイナーとはいえ傘下のピッチャーをボコボコに打つのも問題だろう」
打たれる方が悪いことは確かだが、打たれて伸びるタイプと、打たれて折れるタイプはいるだろう。
とりあえず大介が打てることが分かったなら、傘下のマイナーに行く選手を、これ以上叩くのは控えたいということだろう。
「これでロースター枠は間違いないしな」
あとはショートのポジションで使われるか、打順はどうなるか。
日本のファンにはワクワクした気持ちを伝えられそうで、ホッとしているマスコミであった。
九打数九安打七本塁打。
紅白戦三試合における大介の成績である。
首脳陣は頭を抱えていた。
こいつはいったいなんなんだと。
まさにニンジャのように飛び跳ねて、ゴロを捌いてライナーをキャッチするのはいい。
レフトからの返球を中継し、キャッチャーへストライク送球してアウトにしたのも良かった。
だがバッティングが圧倒的すぎる。
ストレート勝負をしたり、分かりやすい変化球を投げたものは、全てスタンド送り。
しかも場外まで飛んでいったものが三本もあった。
また残りの二本は、フェンス直撃と地面に強く叩き付けた内野安打。
なおその場面では、三塁にランナーがいた。
確かに相手は3Aと、3Aとメジャーの当落線上のピッチャーだ。
だがメジャー経験もあるピッチャーとも対戦し、打率10割なのだ。
サンプル数が少ないのであまり意味はないが、OPSは4を超える。
1.4ではなく4.0を超えるのだ。
紅白戦で明らかになったことから、打順もポジションも決めなければいけない。
だがこれは嬉しい悩みと言えるのか。
「ショートのままでいいのか? 負担が大きいからコンバートしてもいいと思うが」
「日本ではほとんどショートを守っていたからな。下手にポジションを動かすと、逆に調子が悪くなるかもしれん」
「そもそもあいつより上手いショートはいない」
「じゃあ打順はどうする?」
「キャメロンを一番に持って来よう。コンピューターでも期待値は上がる」
「すると二番に?」
「一番を打っていてこの成績だから、日本時代の三番にこだわる必要はないだろう」
二番ショート。
大介の打順とポジションは、暫定的に決まった。
「これでオープン戦でどういう結果になるかだが」
「白石は杉村を通訳に、うちの分析スタッフとコミュニケーションを取ってるぞ」
「スタッフ?」
「分析スタッフだ。なんでも他のチームのピッチャーのデータがほしいらしい」
首脳陣は顔を見合わせる。
「勤勉なのか?」
「悪いことではないだろう。何も考えないフィジカルだけの人間じゃないってことだ」
味方の紅白戦では、そんな動きはなかった。
普通はそういったピッチャーの傾向などは、ミーティングで首脳陣が教えるものだ。
日本人選手は、他にも過去にもメトロズに在籍していた。
だが大介の持つ貪欲さは、他とはタイプが違う気がする。
「カレッジには行っていないという経歴だが、頭をかなり使っていたんだろうな」
「まあフィジカルがあってこそのものだろうが」
ここまでの試合は、あくまでも紅白戦であった。
内輪の試合という感じもあるし、対戦してきたのは当落線上のピッチャーが多い。
しかしオープン戦からは、本物のメジャーリーがが相手だ。
もちろんそれでも、かなりの成績は残してくれるだろうと、首脳陣は期待しているが。
戦力はかなりそろってきている。
あとはGMの判断次第で、優勝を目指せるようになるかもしれない。
開幕を前にメトロズの期待値は、どんどんと上がっていったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます