第59話 観戦する敗者

※ 時系列は東方編86話87話の後になります。



×××



 大介は電話をかけた。

 前から電話番号は知っていたが、まず業務連絡以外はしない相手に。

『なんの用ですかハーレムキング』

 真田の素っ気無い声に、誰がハーレムキングだと、反射的に突っ込みたくなる大介。

 だがそれはそれで、本日のテーマから離れることになる。

 呼吸を整えて本題に入る。

「お前、今年FA宣言するのか?」

『……またデリケートなことを。それに答える必要が?』

「ないな。ただ年俸上げたくてFA狙うなら、言っておくべきだと思ってな」

 これは大介にとって、ライガースへの筋を通すための儀式。

 自分がいなくなって、間違いなく戦力ダウンするライガースへの義理だ。

「来年、俺は日本にいないからな。お前まで抜けると、ライガースはかなり弱くなる」

『……ちょっと待て』

 電話の向こうで、真田が息を整えているのが分かる。

『日本にいない!? メジャー挑戦か!? ずっとメジャーなんて興味ないって言ってただろ!』

「ま~そうなんだがな。こないだの一件以来、嘘かほんとか殺害予告まであるし、叩くやつは叩くしで、ならちょっとMLBを叩き潰そうかってな。上杉さんもいないし」

『だけど佐藤がいるだろ! それに残っていれば来年は俺も――』

「うん、やっぱり移籍するつもりだったんだな」

 真田の言葉は、別にカマをかけて引き出そうと思ったものではない。

 だが大介に、はっきりとそれが分かるのは良かった。

「俺は今でも、メジャーのピッチャーの方が日本より優れてるとか、そんなこと思ってるわけじゃない。ただこのままいつまでも、MLBが最高のリーグだなんて言わせておくのはしゃくだろ」

『それは……それはあんたならそうかも……』

 大介としては、なんなら来年お前も来い、と真田には言いたい。

 だがそれは難しいと知っている。


 前回のWBCには、真田も召集されて、最終候補にまでは残った。

 だが練習試合の結果などを見て、結局は外されたのだ。

 実力が足りていなかったとは言わない。

 適性が足りていなかったのだ。


 WBCで使うボールは、MLBで使うものと同じだ。

 それに対して他の国際試合は、むしろ日本で標準的に使われているボールを使う。

 二つのボールの特徴から、真田の手の大きさが、MLBのボールにはフィットしなかったのだ。

 少なくともあの選考の段階では。


 さらなるレベルアップでどうにかなるものではない。

 手の小ささから、MLBの公式球では満足なピッチングが出来ない。

 そしてもし無理に投げ込んでも、今度は故障のリスクが増える。

 真田はそもそも、故障に強いピッチャーではないのだ。

 プロ入り三年目などは先発としてほとんど投げられなかったし、それ以外にも規定のイニングにまではいたっても、ローテを完全に守れた年はあまりない。


 MLBで投げる耐久力は、真田にはない。

 大介にはそれが分かっている。

 ただ、真田なら、とも思う。

 ここでまた一段階、基礎からパワーアップしてくるだけのポテンシャルが、あるかもしれない。ないかもしれない。

 だがどういう選択をするかは真田の自由で、そして大介は情報を一つ教えただけだ。

『どこに行くかは決めたのか?』

「いやいや、まだ宣言もしてないうちからどうこうはないだろ。でもエージェントは決めて、要望も言ってある。球団にも話した」

『それを俺に話すっていうことは、ライガースに残れってことか?』

「そういうわけじゃない。ただもしも将来的にメジャーを志望した時、今年FA権を使っていたら、移籍しにくくなるって話だ」

 もしも真田がやはりMLBに挑戦してみるなら、来年の海外FA権取得を待ったほうがいい。

 ただここで移籍して、ポスティングを球団から提示されるというのもありだろう。

 もっとも大介が抜けても充分強力なライガースは、ピッチャーを援護してくれるだろう。

 成績を上げるためにはライガースに残ったほうがいい。あるいはパ・リーグか。


 ライガースに対してならば、むしろこれは不義理だ。

 だが真田には、言っておくべきだと思ったのだ。

「ああ、もちろん他のやつには言うなよ」

 当然だが、真田はそれを口外しなかった。




 大介のシーズンは終わったが、全てのシーズンが終わったわけではない。

 日本シリーズはまだ続いているのだ。

 だがここまでレックスに不利になる展開は予想していなかった。

 そもそもライガース戦でも、レックスは樋口の離脱という、かなり致命的な痛手を負っていたはずだが。


 渦中の人間がまさか球場に行けるはずもなく、大介は大スクリーンの画面で試合を見る。

 第三戦を金原で落としたレックス。

 せめて武史があんな事故に巻き込まれなければ、もっと楽に勝てていただろう。

 確かにシーズン中、怪我人が続出してチーム状態がボロボロ、優勝候補のはずがBクラスということはある。

 だがレックスはそれがよりにもよって、プレイオフから出てしまったのだ。


 レギュラーシーズンでは100勝して、史上最強とも呼ばれたチーム。

 それが正捕手樋口の故障で、かろうじてライガースに勝って日本シリーズ出場。

 しかし事故で二番目のエースを欠いた状況で日本シリーズ突入。

 ライガースよりは弱いはずのジャガース相手には、今度は先発とセットアッパーの二人が離脱。

 幸運の天秤が、あまりにも大きく揺れている。


 こんなことならライガースを進ませてほしかった、とは大介は思わない。

 今日の先発は直史なのだ。

 中三日の投球ながら、直史であれば勝つだろう。

 昔からずっと、流れが変わりかけても、それを強引に止めてしまうのが直史であった。

 ただこの日は、初回からランナーをヒットで出してしまう。


 中三日の前は、中四日を連続している。

 プレイオフにしかありえない、スクランブル体制。

 だがそれでも直史なら、抑えてしまうはずだ。

「うわ」

 牽制球のアウト。

 本当に、いざという時には、牽制でアウトを取ってしまうやつである。




 それなりに打たれるが、三塁までは進ませないピッチング。

 そんな直史の力投を見てか、今日のレックスは打線の援護が大きい。

 ただ、冷静に見ていれば分かるはずだ。

 直史という人間を知っているなら、分かっているはずだ。

 何があっても直史は、勝利のためには全てを出し切る。


 変化球主体で投げている。

 三振の数は少なく、打たせて取るピッチングだ。

 フォアボールも与えてしまったが、すぐにコントロールは戻してくる。

 いや、むしろフォアボールを出して、コントロールが乱れてきたと演出したのか。


 直史はレギュラーシーズンでもプレイオフでも、ここまでフォアボールのランナーがなかった。

 それが初めてランナーを出してしまったなら、ついに精密機械が狂ったと思われても仕方がないだろう。

 だがそれによって直史は、相手に「見る」という選択肢を突きつけた。

 調子が悪くても、変化球が多くてクリーンヒットは打ちにくい直史。

 ならばフォアボールを選びたいと思っても無理はない。

 しかしそこから直史は、ゾーンの変化球をわずかに曲げる。

 手を出したボールで、ダブルプレイも発生。

 全部計算づくだな、と大介は判断した。


 レックスが優位のまま、試合はほぼ決まる。

 そして直史も、リリーフにマウンドを譲る。

「さすがに決まったよな」

 レックスのリリーフ陣も、豊田が負傷してはいるが、他は問題はない。

 第一戦で直史が完投しているため、負けた第二戦と第三戦では、勝ちパターンのリリーフはあまり使われていない。

 それに加えて先発もやっていたピッチャーを投入し、どうにか勝利。

 直史がインタビューに答えているが、はっきり言って噴飯ものである。

「嘘くせ~」

 守備陣や打線の援護に言及しているが、大介には分かるのだ。

 直史はあえて打たせたり不調を演出して、レックスの中に動きを作ろうとしていたのだと。


 そしてそれはツインズも同じ見方をしていた。

 直史ならばそれぐらいはやる。

 そこに痺れる憧れる、ということはない。

 自分たちでも、それぐらいのことはするだろう。


 直史のこの勝利に対する貪欲さはなんなのか。

 野球自体は好きだが、プロの世界には興味がなかった。

 だがいざプロ入りしてみれば、こんな劇場型のプレイをしてみせる。

 モチベーションが分からない。

 中学時代に勝てなかった呪いは、高校時代に充分に晴らしたはずだ。

 モチベーションもなく、プロでここまでやっているのか。

 そもそも本質的に、弟の武史や大介とは違って、フィジカル面では劣っているはずなのに。


 訳が分からない。

 だからこそ面白い。

(一年後だ)

 新たな舞台で、対戦するのを待つ。

 だがそこまでの道のりが、はるかな幸運と共にあることを、大介はまだ知らない。




 翌日の第五戦も、大介は試合を見ていた。

 自分が戦うわけではない以上、普通に直史の応援が出来る。

 それは日本を出ると決めたことからも、はっきりと分かるものだ。


 大介の計算によると、ブルペンに直史が入っているこの試合、勝つためには先取点が必要だ。

 直史は昨日も投げているが、球数はそれほど多くない。

 リードした状況で、三イニングほどを直史が投げる。

 そして明日と、明後日の第六戦を休んで、第七戦に先発で登板する。


 昨日の試合でも解説は、直史の球速がやや落ちているのを心配していた。

 明らかに発揮するパフォーマンスは落ちている。

 勝てたのは守備と幸運、そして打線の援護による。 

 それが基本的な論調だ。


 もちろん大介はそうは思わない。

 直史は肉体の方の力を温存していたのだ。

 パワーではなく、テクニックで平均的に打たせて勝つ。

 その結果が昨日の、普通の好投手のようなピッチャーの成績として表れた。

 おそらく本気になれば、九回完投完封は出来たのだろう。

 だがさすがに、それで優勝までもっていくのは辛いと考えた。


 この試合に負ければ、ジャガースの日本一にリーチがかかる。

 そして第六戦、レックスが出してくるピッチャーは誰だ?

(吉村が残ってるし、青砥もいるけど……)

 むしろ吉村は、なぜここまでプレイオフでは使われていないのか。


 レックスの台所事情が苦しいのは、一つには怪我人の連発という不運による。

 そしてもう一つが、クライマックスシリーズでのライガースとの激戦だ。

 あの試合自体では怪我人は、樋口が出ただけであった。

 だが佐竹が故障したらしい様子を見せたのは、ライガース戦の影響もあるのではないか。

(なんとか先取点を取れれば……)

 そう考えながら見ていた大介であるが、先取点を取ったのはジャガースであった。




 四年連続リーグ優勝をしながら、去年はBクラスに落ちたジャガース。

 しかし若い力が育って、今年もまたリーグ優勝をしている。

 自分よりも年下の選手が、チームの主力となっていくのを見る。

 それを不思議に思う大介である。


 試合は先制したジャガースをレックスが追うが、明らかに打線がちぐはぐである。

 あれでは今日の蓮池は打てないな、と大介もあっさりと思うぐらいだ。

 そしてその予想は正しく、ジャガースがレックスを完封で封じ、日本一に王手をかけた。


 試合が終わって、第六戦の先発が発表される。

 ジャガースの正也は中四日でまだ分かるが、レックスは中二日で直史を持ってきた。

 やはりな、と大介は思わないでもない。

 確かに直史は、力を抜いて投げていたと思う。

 高校時代には15回までパーフェクトで投げた翌日に、九回完封などもした。

 ただ、プロのシーズンを一年送ったのだ。

 その疲労の蓄積はないのだろうか。


 無理であれば、本人が無理と言うだろう。

 そのあたり直史は、無茶はするけど無理はしない。

 だがそれが本当に無理なのかどうか、本人にも分かっているのか。

「中二日で先発って……お兄ちゃんを潰すつもりなのかな?」

「あたしたちが潰しに行こうか。ぷちっと」

 もちろん本気で言っているツインズを、大介は止めなければいけない。


 直史の限界がどこにあるのか。

 少なくとも高校三年生の時点では、あそこが限界であった。

 気絶するほどエネルギーを全て使い尽くすなど、大介でさえも理解不能だ。

 だが直史は、自分の力を本当に、限界まで引き出すことをやってのけるのだ。

「直史が出来ないなら、他に誰も出来ないだろうな」

 そう言って大介は、また話題を転換させる。

「で、MLBに関してだ」


 実際の現在のMLBの選手を見てみれば、かつて国際戦で戦った顔があったりする。

 キューバ代表であったメンデスやデスパイネ。

 ここいらは立派にメジャーリーガーとして活躍している。

 160km/hを軽くオーバーしてくるピッチャー。

 単にスピードだけなら、それぐらいを投げるピッチャーは3Aにごろごろいる。

 そこから日本に、メジャー契約よりは安いが3A契約よりは高い金額で、獲得して活躍させるわけだ。


 実際のMLBのピッチャーであると、160km/hオーバーを常に投げるようなピッチャーはむしろ少ない。

 ただ平均球速は速く、そして何かえげつない変化球を主体に組み立ててくる。

 セットアッパーやクローザーは、球速の速いピッチャーか、何か一つの秀でた変化球を持っているピッチャーが多い。

 先発投手との速度差で、バッターを封じようという意図があるのかもしれない。

 だが少なくとも画面で見る限りでは、打てそうにないピッチャーというのはいない。


 上杉以上の剛速球を投げるピッチャーはいないし、直史以上のコントロールや球種を持つ者もいない。

 ただ真田のような左のスライダーを持っているピッチャーはいたりする。

「右打ちも出来るようになった方がいいかなあ」

「一応MLBでもスイッチヒッターはいるみたいだね」

「スイッチピッチャーも前はいたみたいだね」

 後者はどうでもいい。




 大介は技術的なことならMLB関連のことも見ていたし、日本人選手の活躍にしてもそこそこは見ていた。

 だが基本的には自分の仕事が一番大事であり、目の前の試合に全力を尽くしてきた。

 しかしいざ舞台を移すとなれば、ある程度は事前の情報収集が必要だろう。

 そのために試合を見てみたのだが、首を傾げるようなことが多い。


 MLBは世界一のリーグであるという。

 確かに年俸がNPBより高いのは認める。

 またNPBのトップレベルの選手が行っても、通用せずに帰ってくるということが少なくはない。

 ただモニターに映る試合を見る限りでは、それほど傑出したものだろうか、という感じもする。


 下手な選手は本当に下手だ。

 打撃力に全てのステータスを振って、守備はポロポロとこぼす選手がいる。

 ただそれでも、打撃で挽回してくれればいいという考えなのか。

 チームによってその差はあると思う。


 若手と微妙なベテランばかりで構成されたチーム。

 21世紀以降は、一つの球団が何年も王朝を築くことが少ない。

 戦力が上手く均衡して、どこのチームが優勝するか、分からないという状況を作っているのだろう。

 NPBだとここのところ、セは三球団、パも三球団で優勝を独占している。

 日本一になった回数をこの10年で数えてみれば、ライガースが五回、スターズが三回、レックスとジャガースが一回ずつ。

 完全に寡占状態になっている。


 強いチームのファンは面白いだろうが、NPBも地域密着型が、ビジネススタイルとなってきている。

 一つのチームが強すぎるというのは、あまりいい傾向ではない。

 それはそれとして、MLBもあまり一つの球団が、優勝続きというのは防ぐようなシステムになっている。

 選手の頻繁な移籍が、戦力バランスを調整しているのだ。


 球団の多さも、ドラフトのシステムも、明らかに戦力均衡を考えている。

 それに弱いチームであっても、しっかりとそれなりに勝って、黒字を出すようにはしている。

 弱いチームが勝つなら、それは強いチームだろうと思うのだが。


 目の前の日本シリーズと、少し先のFA宣言。

 大介の脳裏は主に、この二つによって占められているのであった。

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