第55話 ラブ・トライアングル

 ※ 今回のサブタイはとても頭が悪そうである。



×××



 両手に二人の花嫁を抱えるように、大介は進み出た。

 一瞬の忘我の後、マスコミカメラマンはフラッシュを焚きまくる。

 三人が席に着くと、司会の声が流れてきた。

『本日はマスコミ各位の皆様、白石家略式の披露宴にご来訪いただき、真にありがとうございます。司会は花嫁二人と高校以来の友人である私、伊藤イリヤが行わせていただきます』

 イリヤさん、何やってんの!


 ひどい茶番と言うべきか、無理に茶番にしたと言うべきか。

 大介は明らかに苦笑であるが、佐藤家の双子は曇りない笑顔を浮かべている。

 テレビでも放映されているこれを見ながら、瑞希は自分で書いた脚本ながら、ひどく複雑な気持ちであった。


 何が始まっているのか、いまだに理解できていない者が多い。

 いや、まあ、瑞希が一晩で書いた脚本に従うなら、つまりはやっていなかった披露宴をここでやるということである。

 スクリーンになっている三人の背後の壁に、写真などが映っていく。

『三人の出会いは、まずは一方的なものでした。大介が高校一年生、甲子園を賭けた夏の県大会を戦っている中、兄の応援に来た桜と椿は、大介の活躍を目にします。それは一目ぼれに近かったかもしれません』

 さすがに少し照れたように、ツインズははにかむ。


 三人の関係は、大介にとっては当初、戦友の妹たちでしかなかった。

 だが直接会った初めての時点で、ツインズは未来を見ていたのである。

 幼い頃から何事も分け合い、分け合うことが出来なければ共有してきた二人。

 生まれて初めて異性を感じた一人の男性を、やはり二人で共有しようと思うのは、他人にとっては非常識であるが、二人にとっては自然なことだった。

 

 その関係が深まるのは、双子が同じ白富東に入学してからである。

 マネージャーとしてではなく、応援団として、二人は大介の姿を見つめていく。

 大介の活躍する姿は、いくらでも写真や映像が出てくる。

 その中にはこれまでは公開されていなかった、私的なものも混じっていた。


 二年生の時に開催されたU-18ワールドカップ。

 そこでは海外の大物ミュージシャンと共に、大介を応援する二人の姿があった。

 この大会で大介は日本の初優勝の原動力となり、MVPに輝くことになる。

 世界で大介の名前が知られたのは、この時からであった。

 予告ホームラン、場外ホームラン、そして骨折した状態からのホームラン。

 まさにその活躍は伝説的であった。


 やがて大介は、不幸に見舞われる。祖父の死である。

 その最後の日々を、自分に代わって献身的に世話してくれた二人に、当初は距離を置いていた大介も、ほだされるようになって来る。

 だが二人同時に付き合うというのは、彼の倫理観からもどうしても外れるものであった。

 しかし二人は同じ日に生まれ、ずっと一緒にいたいと願い、一人の男性を愛する心は変わらなかった。


 もしもそれが許されるなら、自分は何をすればいいのか。

 大介はそれを非常識と理解した上で、しっかりと考え始める。

 そして高校三年の春と夏、大介を擁する白富東は、全国制覇を成し遂げた。

 大介の活躍のステージは、プロの世界へと移っていった。


 プロの世界は完全な実力社会であり、そのトップレベルともなると、一般的なサラリーマンとは比べ物にならないぐらいの収入を得ることが出来る。

 個人事業主となり、自ら税金を払う社会人となって、大介は回答にたどり着いた。

 金である。

 一般的サラリーマンの生涯年収、愛する女が二人ならその二倍。

 そして生まれてくる子供が四人いたとして、それを大学まで進学させるだけの金。

 それを稼ぐことにより、大介は二人と共に歩もうとすることを決めた。

 三年目のシーズン後、大介はそこに到達した。


 大学を出たら嫁に来い。

 プロポーズと言っていいのかどうかは分からないが、それが大介の宣誓の言葉であった。

 そしてその言葉は二人にとって、生涯において最も嬉しい言葉となったのである。

 二人は人生を大介と共にするため、ただ男の収入にぶら下がることをよしとはしなかった。

 一人は資産運用のための資格を取り、もう一人は法曹資格を取った。

 全ては大介の人生をフォローするため、そして三人で人生を共に歩むため。


 三人での誓いが始まったその年、大介はホームランと打率の新記録を達成し、その後も大活躍を続ける。

 今年は不可能と思われていた自己のホームラン記録を塗り替え、ついに70本。

 人間の限界を塗り替え続ける男は、来年もまたその歩みを止めないのだろう。




 そこにあったのは、幸福な家族の姿。

 スキャンダルとして糾弾するには、あまりにも難しいものだ。

「私たちは生まれたときからずっと、お互いが一緒にいることが当たり前でした。けれど社会のシステムは、結婚というシステムは、私たちにとって不都合なものでした」

「また私たちが望むような人は、ずっと現れませんでした。それが現れて、私たちを共に受け入れてくれるのは大きな喜びでした」

「今はこうやってウエディングドレスを着て、多くの人の前にいることが幸せでたまりません」

「大介君はちょっと大変だろうけど、それも私たちは支えていこうと思っています」


 男が自分の力で作り出したものをハーレムと呼ぶなら、これはハーレムではない。

 また正妻を持つ者が愛人を作るのとも違う。

 不倫、姦通とも違う。なぜなら最初からこの形で家庭を作っているからだ。


 多くのマスコミが用意していた意地の悪い質問は、かなりの部分が無意味なものとなっていた。

 この三人は自分たちの関係を、後ろ暗いものとは思わず、むしろ誇っている。

 大介だけは苦笑していたが。

『それでは記者会見における、マスコミの方々の質問をお受けいたします。挙手をしてこちらから指名してから質問願いします。また一度質問をした方は、他の方の質問が終わるまで再度の質問をご遠慮ください』

 そしてイリヤは、なんであんなものが用意されているんだろう、とマスコミが思っていた会場のピアノを弾き始めた。

 優しいメロディが響く中、空気が柔らかくなっていく。

 空気を読まないはずのマスコミでさえ、どこかその覇気を失っていく。

 それでも質問をしてくるあたり、プロ根性はたいしたものだ。


『発言からすると、この生活はむしろS-twinsの姉妹からなされたということですが、それでよろしかったでしょうか?』

「はいそうです。大介君は自分の家族に対して、かなり説明に苦労したそうですが」

『佐藤さんの方は、家族の反対はなかったと?』

「むしろ二人も嫁にもらってくれる大介君に、ものすごく感謝しています。私たちはお転婆なので」

『それで本当に不満はないのでしょうか? また社会的に騒がれることなども、考慮していましたか?』

「素敵な人が一人しかいなくて、ずっと大切なものは共有してきたから、むしろこうする方が私たちにとっては自然でした」

『非常識だとは思いませんでしたか?』

「私たちは常識よりも幸福を選択しました」

 質問に答えるのはツインズばかりである。

 大介は多くの場合、苦笑を浮かべているだけであった。


『これによる社会的な影響などは考えなかったのでしょうか?』

「普通に事実を知って取材に来ていたら、全然問題にしていない当事者の事情が分かったと思います」

「無理やりスクープのようにして問題にしたのはマスコミの方ですからね」

『……』

『しかしこれは、意識して隠していたということにしか思えませんが』

「隠さないとこんな風に騒がれますからね」

「騒がれるのが嫌で結婚写真を撮ったぐらいだったんですけど、こうやって堂々とウエディングドレスを着られるのは嬉しいですね」

 火があればそこに燃料を投下するのかマスコミである。

 しかし当事者たちはそれを火だとは思っていなかった。

 マスコミが無理に問題にしているだけだ、というのがこの三人のスタンスである。


『しかし社会的な影響は大きいと思います。それが分かっているから、今回のような記者会見を開いたのでは?』

「はい、記者会見を利用してウエディングドレス着させてもらいました!」

「マスコミの皆さん、ありがとうございます!」

『あの、社会的な影響については」

「そうは言っても私たちも芸能界に身を置いていましたから、芸能人や企業経営者とか、スポーツ選手の不倫とか愛人とか知ってますしね」

「私たちの場合、日陰者もいませんし、お互いが納得してますし。お嫁さんが二人いる大介君は大変ですけど」

 大変そうだな、とは確かに男性記者たちは思った。


 本人たちは幸せそうにしている。

 社会的な通念からは、確かに誉められたものではないのかもしれない。

 だが、そこで当人たちが揺るぐからこそ、こういう話はネタになるのだ。

 三人が揺るがないのであれば、これはただの報道だ。スキャンダルにも出来ない。

 それでも粘る者はいる。


『記事によると一方とは結婚しているということですが、これはずっと一方ということでしょうか。数年ごとに交代するとか?』

「ああ、それは子供が出来るごとに交代するようにします」

 やっと大介が答えたので、ここぞと記者たちは切り込む。

 だが切り込み方を間違えた。

『お子さんが成長したとき、苛められるとかそういうことを考えはしませんでしたか?』

「いや、あんたらが無節操に広めたらそりゃ苛められるだろうけどさ」

 う、と言葉に詰まってしまう。確かに被害者の二次被害は、マスコミによって行われる。近年ではかなりの問題になってきている。

「それに苛めなどというものは、苛められる側ではなく、苛める側が悪いんですよ?」

「昨今はどうもそのあたり、勘違いしている人が多いようですけど」

 続けて何か言おうとしたが、それは止められている。

 マイクは最初から用意されていたが、それがオフになっている。

 完全に、会場設定した大介側の勝利である。

「親が一人の子供もいれば、三人いる子もいるでしょ。俺が実際、両親離婚して両方とも再婚している。つまり俺には親が四人いることになるんですかね」

 大介はそう言ったが、実際には親権の問題上、母親の再婚相手が継父となる。

 もっとも養子縁組はせずに、遺産をもらうのは母親からだけになるようにしている。

 父方からは向こうも子供が大変だろうし、大介としても自分の方が金持ちなので、将来についてはそう考えてもいない。


「親が一人だった俺からすると、三人もいた方が賑やかでいいけどなあ」

 皮肉なのか天然なのか、おそらく皮肉であろう大介の言葉である。

 彼は勉強は出来ないが、頭が悪いわけではないのだ。




 マスコミは勘違いしていた。

 大々的な記者会見をして、釈明をして頭を下げる。

 そこからまた色々と、世間が知りたがるスキャンダラスな面を暴いていこうと思っていたのだ。

 だが、ここは大々的な記者会見で、テレビ中継なども入っている。

 なので逆に、あまりに下衆な質問はしにくい。

 戦場を選別した時点で、大介たちは最初から優位に立っていたのだ。


 マスコミも海千山千で、マイナス方向からは別にしても、なんとか情報は出させておきたい。

『三人で家庭を持つということは、お子さんの数はどれぐらいほしいとか、そういう計画を立てていたりはするのですか?』

「子供は多ければ多いほどいいよ。ただそれ、ちょっと不思議なことがあるんだよね」

 大介としてはここからは、反撃のターンである。

「そもそも騒がれるの嫌だから、身内でも知っている人間は少ないんだよね。それがどうしてこういうことになったのやら。どこかで個人情報洩らしてるんだろうな。そのあたり調べたら面白いんじゃね?」

 これはずっと思っていたことなのだ。


 大介ほどのスーパースターに、女の影がないのはおかしいと、思う者は多いだろう。

 だが既に結婚していることや、子供のことまでが知られていた。

 これはもちろん個人情報で、その漏洩は問題であるし、大介たちからは賠償請求などが出来る。

 嫁の一人は弁護士だ。


 マスコミのやっていることというのは、かなりアウトに外れながらも、知られていないからセーフというものがある。

 だが本職の弁護士が、膨大な資金力を使って調査するなら、後ろ暗いことが色々と出てくるかもしれない。

 大介はプロ野球のスーパースターであるが、義兄にあたる直史が弁護士であることは知られているし、嫁の一方も弁護士だ。

 さらに芸能界にもコネクションがあるのだから、記者の一人や二人は叩き潰せる。

 この世は力である。

 ただ力は、様々な形をしている。

 金、名声、社会的地位、人脈。

 この三人と対決することは、マスコミにとってはリスクが高いことなのだ。


 マスコミという第四の権力は黙らせた。

 あとは一般世間の捉え方次第である。




 謝罪や釈明ではなく、説明と伝達の記者会見は終わった。

 最後には荘厳なイリヤのピアノを背に、三人は会場から立ち去った。

 完全勝利である。

 さらに何かをやってくる者がいれば、プチッと潰してやればいい。

 あとは世論や周囲の反応である。


 だが野球関連に関しては、明日から始まる日本シリーズに、スポーツ記者は人手を取られるだろう。

 問題は芸能記者の方である。

 また社会面についても、この事実はある程度追っていこうと考える記者もいるだろう。

 もっとも大切なのは、どうでもいいマスコミではなく、たとえばネットなどでの反応だ。


 好意的なコメントが多かった。

 大介ぐらいの高給取りになれば、たくさん子供を作って少子化阻止に動いてくれればいい。

 他にさらに女を作ったらさすがにおかしい。

 これは誰も被害者のいない関係である。

 マスコミは糾弾する気満々だったんだろうな。


 実のところこの関係は社会秩序の常識から外れているので、その点から突くという方法はあった。

 だが社会通念上許されないなどと言われても、そんなものは知らん、で蹴っ飛ばすつもりであった三人である。

 また弁護士の倫理としてどうなのかと言われれば、昨今の自分たちは全く賛成しないLGBTQなどを話題に入れるつもりであった。

 ちなみに東南アジアではマレーシアが、ムスリムに改宗すれば複数の妻を持てる。

 あまりにもハードルが高いし、別に複数の妻が持ちたいというわけではないので、あまり意味がなかったが。


 細かいところは色々と穴に見せかけた罠があったのだが、ほとんどは使わずに済んだ。

 もっともあまりしつこくやられると、後にツインズの肉体言語による報復が予定されていたので、本当に無事に済んでよかった。

 もちろんネットにしても、どちらかというと理解不能、というのが一番一般的ではある。

 しかし歴史的に見れば一夫多妻の方が人類の歴史で見れば長く、財力を持つ人間が愛人を持っているのは、現在でもほぼ問題視されていない。


 これを見ていた武史なども、詳しくは知らされていなかっただけに、凄い展開だなと呆れる思いであった。

 イリヤのパワーが絶対に影響しているだろう、と洗脳めいた感じまでした。

「これお義姉さんがシナリオ作ったのよね?」

「瑞希さん、やっぱすげーわ」

「凄いのはイリヤもだと思うけど」

 確かに音楽による洗脳というのは、なかなか世界でも出来る人間はいないだろう。

 マクロスが実写でリメイクされたら、リン・ミンメイ役になるのではないか。いや、もちろん今のイリヤには無理なのだが。

「実際のところ普通の女の人にとって、夫を共有することなんて、我慢出来るのかな?」

「事実、お金持ちのお妾さんになってる人はいるから、我慢出来る人はいると思うけど……」

 それはあくまで一般論で、自分の感覚としては違う。


 恵美理は深く考えた。武史を誰かと共有する?

 出来るわけがないと思いつつ、浮かんでくる顔がある。

「明日美さんとだったら共有できたかも」

「え、俺上杉さんと比べられるとこだったの?」

 戦慄する武史であった。



×××



 ※ ラブコメを見ていて、三人でくっつけばいいんじゃない?と思ったことがある。そして三人でくっつくマンガは既にあったりする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る