二章 オフシーズン 海の彼方へ

第54話 両手に花嫁を

 結局、今年は完敗であったと言うしかない。

 レギュラーシーズンを合わせても、15打数1安打で打点0なら、負けたと言うしかないだろう。

 10打数に一度も三振しない大介が、四度も三振している。

 上杉相手でさえ、ホームランを二本打っているのだ。

 それが直史相手には、ヒット一本きり。


 負けた悔しさそのまま、夜の街へ繰り出すライガース選手たち。

 大介ももちろん負けて悔しい。

 だが自分がまだ、全くかなわない存在があると思うと、逆に嬉しくもある。

 爽快な敗北感と共に、酔っ払った大介はホテルではなく、遠征時に使うマンションに戻ってきた。

 そして双子と共にキングスサイズのベッドに入り、夢うつつなままに色々と気持ちいいことをした。


 翌朝、もう試合はないのに、それなりに早く大介は目覚めた。

 体力オバケに付き合った二人は、まだ気持ち良さそうに眠っている。

 ベビーベッドで眠る息子の姿を五分ほど見てから、寝室を抜け出す。

 シャワーを浴びてさっぱりしてから、ようやく電話の着信に気が付いた。

 また他にも色々と、メールなども来ている。

 歴史的な一戦の敗北の後であるから、それは通知も多いだろう。

 だがその内容を確認すれば、さすがの大介も苦い顔をするしかない。


 寝室に戻って、まだ安眠している二人の様子を見る。

 あまり気が進まないが、起きてもらうしかない。

 善後策を考えて対応するのは、絶対に三人でなければいけない。

 関係を清算しないことを、断言する日が来たのだ。




 まずは確認したが、やはりホテルの方はマスコミが押し寄せているらしい。

 しかし大介の不在を知ると、その捜索を開始した。

 もしもこのマンションにすぐ来るなら、情報が洩れたのは関東での可能性が高い。

 ただ大介は関東遠征の時、常にここに泊まるわけではないし、そもそも利用することが少ない。

 首脳陣に連絡し、適当な場所を用意する。

 大介のこのマンションは、関東における住居であるが、同時に隠れ家でもある。

 球団の職員にさえ、教えてはいない場所なのだ。


 東京はその気になれば、いくらでも密談をする場所は作れる。

 ベビーシッターを手配すると、適当なホテルのラウンジに移動したのは、大介以外にツインズが双方。

 そして部屋を用意してもらい、首脳陣が来るのを待つ大介である。


 どういうルートから洩れたのかも、気になる大介である。

 だがどのみち洩れてしまったものは、もうどうしようもない。

 監督とマネージャー、広報などがやってくる。

 大介とツインズの姿を認めて、全員がため息をつく。


 まずはという感じで、金剛寺が問いただす。手には新聞を持っている。

「まずは事実確認だが、これは本当なのか?」

 実際のところ、話題となっている新聞を直接見るのは、これが初めてである。

 分かりやすいように、三人でマンションから出てくるところが撮影されていた。

「遠くから撮ってるね」

「プロの仕事だね」

 普通の人間ならばともかく、二人なら気づいたかもしれない。それだけ注意深く調べたわけだ。


 ざっと読んだところ、疑いが多くあるのと、そして事実もしっかりと調べてある。

 結婚と出産の方は、出産に関しては確かに、ツインズを見張っていたら分かるだろう。

 出産時にもそうだが、赤ん坊を連れて外出することは、それなりに多かったからだ。

 ただ三人の肉体関係には、完全には確信を持てていないようだ。

 当たり前である。そういう行為をするにおいては、専門のホテルなどは使っていない。

 遠征時に部屋にやってくることはあったが、一緒に出たりはしなかったのだ。


 そもそも大介とツインズの関係が深いのは、他にも多くの人間が知っている。

 たとえば競馬関連においては、二人は本業で忙しくて来れない大介の代わりに、婚約者とその家族、というスタンスで来ている。

 関東ではルーキー二年目から、遠征のたびに二人が応援しに来ているのは、とても有名なことだ。甲子園に来たことさえある。

 SSコンビと言われた直史の、実の妹である。

 ワールドカップではばっちりと映像まで残っている。

 ならば何が問題なのかと、その根本的なことを考えると、大介が二人に振り回されていたり、友人として接しているのではなく、肉体関係までありひそかに結婚し、子供までいるのに三人で暮らしているのが「非常識」だということである。


 刑事的には問題ない。民事的には被害者がいない。

 ただ、スキャンダルであることは間違いない。

「これからどうするつもりなんだ? いや、もっと率直に聞くと、この生活をこの先も続けるつもりなのか?」

「もちろんです」

「家族の形に正解はありません」

 大介よりも先に答えるツインズであった。そして金剛寺は大介を見て、その諦めたような表情に顔を歪ませる。

(苦労してるな)

 苦労しているのだ。


 マネージャーや広報としては、詳しく話を聞くに、これは単なる三人の問題である、としか言いようがない。

 お互いの両親も知った上で、むしろこの形を希望したのはツインズの方である。

 正直なところ金剛寺はともかく、同僚になった選手の中には日本の各地に何人か愛人がいた選手も知っている。

 だからスキャンダルではあるが、野球選手として致命的なものではないとさえ思う。


 二人の女と、生まれるであろう子供の人生も考えて、生涯獲得賃金の二倍を確実に貯金してから、ようやく手を出した大介。

 そのあたりはむしろ、他の男よりも誠実なのではと思ってしまう。

 ここで直史から電話がかかってきて、弁護士としての話を聞いたりもした。

 そして確信するが、これは不祥事ではない。

 片方と結婚したのは、自分に万一のことが起こった時、遺産をちゃんと残すため。

 それと出産時にスムーズに、自分が父親だという手続きが出来るようにというものだ。


 書類上の成立を考えれば、確かにそれは適切な処理だったと思う。

 そしてこれは三人の全てが納得しているため、不祥事ですらない。

 ただ、色々と周囲が騒ぐのは、ワイドショーのネタとしては格好のものであるので仕方がない。

 こういう時にスーパーヒーローを叩くのは、人間の心理である。




 球団側の対応としてはどうなるか。

 そもそも刑事事件ではないし、スキャンダルではあるが三者が納得しているし、これで別れるつもりも全くない。

 ただテレビでは早速話題となって叩かれている。

「これがあるからお前、国民栄誉賞辞退してたのか?」

「それだけじゃないですけどね」

 WBCの時の勲章などは普通にもらっている。


 マネージャーはむしろテレビよりも、ネットの方を追いかけていた。

 こちらは影響力のある人間が、意外と擁護していたりする。

 ただその擁護についても、人間だからそういうこともあるだの、本質的な擁護ではない。

 大介を叩くというのは、単に自分がモテない、羨ましいから叩いているだけ、などと過激なことを言って擁護らしきことを言う者もいる。

 極論になると、経済力のある男が複数の女を扶養するのは、むしろ自然である、という意見まであった。


 だがどうしても避けられないのは、イメージダウンである。

 いくら本人たちが納得していようが、この三人の関係は社会の中の圧倒的少数派。

 それを自分の価値観から、認められない者はいるのだ。

 球団フロントから親会社まで連絡をして、対処について話し合う。

 とりあえず世間の反応を見ながら、近日中に記者会見を行うのは避けられないだろう。

 謝罪会見ではなく、記者会見だ。

 直史のアドバイスもあり、ここは徹底的に開き直っていく。

 だがオーナー企業に関しては、どういった反応をするかが分からない。


 世間の騒がしい少数派の声が、どうやって拡散されていくだろうか。

 だいたい擁護派でも、甲斐性のある男ならOKなどという意見が主流になっている。

 別に大介は、女ならなんでもいいというわけでもない。

 むしろ二人を相手にするのはしんどくて、一人でいいなら高校の時点で手を出していただろう。

 二人を、その子供のことまで考えて、抱え込めるようになるまで待った。

 むしろ男らしい男だと、金剛寺などは思う。


 ただ、こうやって当事者たちが腹を決めている中で、悪いニュースも入ってくる。

 マスコミの過度な取材により、武史が怪我をしてしまったというニュースだ。

 これが拡散されるにつれて、マスコミへの批判が一気に高まっていく。

 それとこれとは別の話なのだが、話が逸れたのは間違いない。


 この騒動が落ち着かないなら、最終手段もある。

「大介は海外FAが発生するから、何年かアメリカに行くのもいいかもしれんな」

「あ」

 ここで大介は思い出す。

 直史との約束。そのつもりはないが、何かの事情で大介が、MLBに行くことになった場合。

 直史も大介についてこいと、そういう約束をしてある。

 そして律儀な直史は、契約書の控えまで見せてくれたものだ。


 申し訳ない、と大介は初めて思った。

 直史をプロの道に引きずり込んだ大介だが、先発はローテで回るし、家族の時間も取りやすいと思っていたのだ。

 だがアメリカに行くとなると、日本からどれだけ離れるのか。

 こういう時に頼りになる、金と伝手とコネを持つセイバーは、今はレックスのフロントに入っている。

「FAか~」

 この後の流れ次第だが、それも悪くはないのかもしれない。

 上杉が来年一年は絶望で、それ以降も復帰できるかどうかは微妙だと聞いている。

 WBCなどでも大介はさんざんにアメリカのピッチャーを打っているが、MLBの本当のトップレベルの選手は出場をしていない。


 今のMLBが別にレベルが高いなどとは、大介は思っていない。

 ライガースにいた柳本なども二年前引退はしたが、MLBの中でローテを守っていた。

 ただそれでも、対戦したことのないピッチャーがいるMLBは、大介にとってそれなりに魅力的である。

「ただそれだと、ライガースには金が入らないんだよなあ」

 現場の人間であるがフロントの意向も分かる金剛寺は、まだしもポスティングのタイミングで挑戦してくれた方が良かった。

 今なら大介が海外FAを宣言しても、ライガースには何も得るものがないのだ。


 ただ、それもビジネスと言えばビジネスだ。

 大介がMLBで通用しないというのは考えにくいが、もし通用しなければ戻ってくればいい。

 その場合は本当に、ほとぼりを冷ますだけになってしまうが。


 来年は28歳になるシーズン。

 今が最盛期の大介としては、新しい環境に慣れるにも、ちょうどいい年齢かもしれない。

「ニューヨーク行こう!」

「東海岸ならイリヤとかケイティもいるよ」

「あと今なら上杉さんもボストンにいるんだったか」

 別にMLBになど行きたいとも思わなかった。

 だが絶対に行きたくないという信念があるわけではない。


 ライガースを出て行くのか。

 愛着のある甲子園から、海を渡ってアメリカへ。

 ただ渡航経験自体は、ワールドカップやWBCなどですでにある。

 東海岸だと織田などもそうだったはずだ。

 アレクは確かマイアミだかフロリダだったような気がするが。


 金剛寺としては、戦力的にも宣伝的にも、大介がいた方がいいのは決まっている。

 だが既にシーズン中から移籍を匂わせていた真田を、これで引き止めることが出来るかもしれない。

 一人で売り上げを大幅に上げていた大介だが、彼の分の年俸は莫大なものだ。

 今年は13億に、さらにインセンティブがつく。

 それを他の選手の獲得に使えることになるのだ。


 今後のマスコミや世論を見て、具体的には決めればいい。

 どのみちFA宣言をするのは、日本シリーズが終わってからになるのだ。

「まあ何年か行ってみるぐらいならいいかもな」

 金剛寺たちは複雑そうな顔をしたが、これはまだどうとも決まらないものである。




 すぐには動かない、という方針は立った。

 大介は関西には戻らず、東京のマンションでしばらく過ごすことにした。

 ここで姿が確認できないため、マスコミは様々な憶測を呼ぶことになる。

 またネットでの意見も色々なものが出てきたが、その中には海外FAに触れるものもあった。


 大介が単純にMLBに行きたいだけなら、七年目にでも行けばよかったのだ。

 その年はライガースが下克上をして優勝しており、ポスティングでも一番高く売れた。

 だが大介一人の宣伝効果は、年間で数百億とも言われる。

 なので球団としては、とりあえずポスティングを考えていないことに、ホッとしたものである。

 それがこうなってしまっては、海外FAの場合、球団は有力選手が抜けるだけとなる。


 大介にまでは伝わらなかったが、オーナー会議においては大介のこのスキャンダルは、ライガースに損失を与えるものではないか、という指摘もあった。

 これは当てはまらない。

 過去に選手の不祥事で球団のイメージが悪くなったことは、隠蔽工作をしない限りはそれほどもない。

 それに宣伝効果などでの損失などを言うなら、過去の大介の稼いできた利益はどう計算するのか。

 そもそも必要なのは、大介をライガースにとどめる手段である。

 あまりにもショッキングな出来事であったが、野球においては日本シリーズも始まる。

 追加燃料のない中では、マスコミのせいで戦力を失ってしまったレックスが、当初の評判どおりに日本一になるのかどうかに、注目が集まり始めていた。

 そしてその中で、大介は球団事務所にて、記者会見を行うことを決めた。


 日本シリーズ前日のことである。

 どうにか騒ごうとしていたマスコミも、ここまでの球団や大介のノーコメントにより、燃え上がる燃料が不足していた。

 武史の怪我も、良い方向に働いていた。

 一年間の決戦に向かう左のエースを、直接には関係のない取材で怪我をさせてしまう。

 その後に怪我をさせたお詫びではなく、怪我をするところを助けてもらったお礼として、直接マスコミの人間がその上司と共に、武史のマンションを訪問したりした。


 そんなことがある中で、ようやく発表のあった記者会見である。

 ただ今の時代、二日も時間が空いていれば、ほとんどの意見はネットのSNSなどで出てきている。

 その中からライガース広報団は、なされるであろう様々な、悪意ある質問を想定していった。

 またこの期間の間に、イリヤや明日美、そして上杉などといった発言力の強い人間が、大介を擁護する立場で発言している。

 大介のやったことは、日本だからこそある程度批難されるが、海外的に見ればそれほどおかしくもない。

 芸能界などでなら、また富豪の人間であるならば、普通に愛人はいてもおかしくはない。


 今回がこれほど大騒ぎになったのは、やはりレアケースであるからだ。

 夫が一人に妻が二人、完全に同居している。

 さらにその妻二人が、双子である。

 そして芸能人であり、何より大介がクリーンな野球小僧イメージがあり、合わせて世間的な影響が大きいのだ。

 これが単なるプロであったら、ちょっとした醜聞で終わりであったろう。

 だが大介は、間違いなく日本のスポーツ選手でも、五指に入る有名人だ。

 野球人気は下がっていると言われる日本であっても、上杉や大介の名前を知らない者は少ないだろう。




 ここまで非常識な成績を残し続けてきた、あまりにも非常識な男。

 それがこの立場に立って、どんなことを言うというのか。

 会見場で待っているマスコミは、はっきり言って期待している。

 叩くスタンスで接するのか、それとも他のスタンスを考えるのか。

 待機していたその前に、三人が姿を現した。


 白いタキシードを着た大介。

 そしてウエディングドレスを着たツインズが、手をつないでそれに続いた。

 この演出をした人間は、本当にマスコミということを分かっている。

 これから大介が何を言うにせよ、この絵を提供してくれただけで、マスコミとしてはありがたい。

 これほどの多くのカメラの前で、ウエディングドレスを着る。

 眩しいほどの笑みを浮かべる、ツインズの表情に、悲壮さや不幸感は全くなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る