第47話 追い詰められた獣

 あれだけ煽ってプロに入ってもらったのに、直史には負けっぱなしの大介である。

 恥ずかしいとは思わない。それだけのピッチャーだとは分かっていた。

 それにやっとヒットは打てたのだ。最後にはまた三振に封じられたが。

(樋口のダブルチェック機能が強いんだよ)

 直史と対戦していたつもりだが、実際のところは樋口も相手の二人体制である。

 樋口の計算は明らかに、直史との相性が良すぎる。

 おそらくそのリードによって、直史はかなりのコンビネーションの組み立てを、樋口に任せている。

 首を振っている回数も数えてもらったりもしたが、案外首を振っている回数は多い。

 ただこれはおそらく、首を振るサインもあるのだろうと言われていた。


 第二戦、ライガースはまだ三本柱を使うのは辛い。

 阿部を使うのならば中三日であるし、山田と真田はさらに間隔が短い。

 山田の場合はやや投げた球数が少ないので、中三日の第三戦で投げてもらうつもりではいる。

 だが真田と阿部は、まだファーストステージの疲労が抜け切っていないだろう。

 特に真田はかなり無理をさせているな、という認識が首脳陣にもある。


 一戦目を大原で、二戦目を村上としたが、二戦目はかなり勝ちに行く。

 ただし相手は武史である。今年の成績は21勝1敗、ライガースとの対戦成績も、6勝1敗で圧倒している。

 今年の防御率は、0.59とNPB史上に残るレベル。

 ただし偉大すぎる兄がいるので、最優秀防御率のタイトルは取れていない。

 恐ろしいのはこの防御率を誇りながら21試合を完投していることである。

 セットアッパーやクローザーではなく、先発でほとんど完投しておきながら、この数字なのだ。

 一試合当たりの三振奪取率K/9も16.31という異次元の数字。

 上杉が戦線離脱した期間があったため、今年は奪三振王にも輝いている。

 一年間で357個の奪三振とはなんぞ?

 まあ上杉と武史にとって、このぐらいの数字は毎年のことではあるのだが。

 

 この武史に唯一の黒星をつけたのが、ライガースである。

 ただしその時のライガースは真田が先発で、レックスの得点を許さなかった。

 武史を相手にして、取った点数は七試合で四点。

 強打のライガースであっても、他のチームと同じように抑えてしまうのだ。




 ライガース首脳陣は正直なところ、まさかプレイオフまで直史があのクオリティの投球をするとは思わなかった。

 大介が粘らなければまたパーフェクトをされていただろうし。

 過去の成績から武史ならまだもう少しは点を取れるが、それでもかなり厳しい。

 村上の防御率は3点台と悪くはないが、武史とは比較にならない。


 スタミナ切れなどに関しても、兄と違って130球ぐらいを投げても165km/hオーバーで投げてくる。

 最終回にその日の一番の球速を出してくるのも、よくあることなのだ。

 出来ることならライガースは、真田あたりを当ててサウスポー対決をしたかった。

 だが真田はまだファーストステージの疲労から回復していない。

 

 村上で勝つためには、最低でも三点は必要だろう。

 だが今年の武史は、一番点を取られた試合でも、最高でわずか二点。

 過去の実績を見るに、勝敗はやる前から、かなり決まったような気がしている。

 もちろんプレイオフのライガース打線は、さらにお祭り度合いが強まって強力になるのだが。

 

 甲子園であればな、と思わないではない。

 あの球場の特殊な空間に身を置けば、それだけ相手のチームの選手も圧迫感を受ける。

 それでも勝てるとは限らないのが、レックスのピッチャーなのであるが。


 今さら武史のピッチングについて、新しい事実が出てくるわけではない。

 ライガース首脳陣は、この第二戦も落とした時のことを考えている。

 阿部、山田、真田と勝てる選手を先発に持ってくることも考えているが、まだ回復しきっているかは微妙である。

 それでも日本シリーズ進出がかかっているなら、無理をしてでも勝たなければいけない。

 プロなのだ。アマチュアとは違う。

 興行的にも日本シリーズにさえ進めば、四連敗でも球団の収入は増える。

 ただ現場が考えるのは、あくまでも最終的な勝利。

 そして来年に向けてのチーム編成など。

 真田や山田が壊れるほど投げて、日本シリーズまで到達したところでパンクしたら困る。

 このあたりの経営者的な判断も、監督となれば求められたりする。




 第二戦、神宮での試合、一回の表からレックスバッテリーは、大介との勝負を避けてきた。

 ついでというわけではないだろうが、続く西郷も。

 大介としては納得がいく作戦だ。

 武史は立ち上がりは、まだエンジンが暖まっていないのだ。


 二打席目以降はちゃんと勝負してくるのが、この組み合わせのバッテリーだ。

 おかげで過去二年は、大介の打撃がきっかけとなって、クライマックスシリーズを勝ち上がっている。

(樋口はよく分からないんだよな)

 国際試合では同じチームになって話すこともあったが、野球に対するスタンスが分からない。

 大学時代はプロには進まず、官僚を目指していたとも聞いた。


 何がモチベーションになって、この過酷な世界で生きているのか。

 大介の場合は単純に野球が好きで、野球で大金持ちになれて、強いピッチャーと戦うのが燃えるからだ。

 直史の場合はやはり野球は好きではあるが、それ以上に優先順位の高い目標があると、本人からずっと聞いていた。

 樋口の場合は、最終的な理由は女のためだとか聞くが、それ以外の部分も多いような気がする。


 野球に全力を注がなくても、高い結果を出せてしまう。

 樋口は偶発的なものは除いて、練習やトレーニングなどで、故障をすることがない。

 故障をしない、しにくいのは直史も同じで、その点では大介はそこそこ怪我をしている。

 パワーの最大値に、肉体が耐えられないのだ。

 もっと技術を磨く必要がある。

 強くなるためではなく、壊れないために。




 一回の裏はレックスの二番緒方がヒットを打って出塁し、ワンナウト一塁となったところで樋口の打席が回ってくる。

 樋口は基本的には、打席が後になるほど、打率が上がっていく。

 だいたいのバッターはそうかもしれないが、樋口の場合は初回の初球を打つことも多い。

 そしてその場合、かなりの割合で長打になる。


 村上の投げた球も、樋口は簡単そうに弾き返した。

 大学時代には公式戦ではそれほどでもないが、ブルペンでは死ぬほど村上の球も受けている。

 プロに入ってボールの質はどれも上がっているが、特徴自体はそれほど変わっていない。

 ライト方向への打球はフェアゾーンに着地し、そこからファールゾーンへ切れていく。

 長打になる。あるいは一塁から一気に緒方が帰って来れるか。


 コーチャーが止めて、ワンナウト二三塁となる。

 そしてここでレックスは四番の浅野だ。


 浅野もレックスのクリーンナップとなって、そこそこの年月が経つ。

 大卒即戦力と言われてカップスとレックスの競合からレックスに入ったが、最初の年はほとんどが二軍生活。

 しかし二年目からはスタメンで出ることが多く、三年目からは打撃もプロのレベルに対応してきた。

 そして大卒の浅野もまた、今年はFA権が発生する一人である。

 年齢は30歳で、技術とパワーが最も高まる頃。

 ただしここでもレックスは、前年に複数年契約を結んでいない。


 本塁打ではチーム一、そして打点もチーム二位の選手を、放出する気はあるのか。

 フロント的にはもちろん主力ではあるが、かけがえのない存在ではない。

 打力はともかく守備と走塁はほどほどであり、外国人で埋められる存在だ。

 もっとも取ってきた外国人が、そんなに上手く日本に適応出来るとも考えにくいのだが。


 こういったチーム内のトップ選手にとっては、同じチームにより高額年俸の選手がいると、自分に回ってくる金が少なくなるように思えるかもしれない。

 これはある程度正しいし、だが間違っている部分もある。

 ライガースやスターズが大介や上杉に10億以上の年俸を払っているのは、それ以上の宣伝効果や実質的な売り上げが上がっているからだ。

 スターズに上杉が入って興行収入のみならず、様々な経済効果が出たが、その金額は数百億レベルに達しているとも言われている。

 大介の場合はそれ以上で、その利益によって他の選手の年俸も上がりやすくなっている。

 実はレックスにおいてこういった貢献度が一番高いのは、今年が一年目の直史である。

 年俸に比較して成績や経済効果が高いから、という理由だけではない。

 大学時代に直史が活躍した大学野球のため、神宮の改装がなされて収容人数が増えたためだ。

 そのためレックスも入れられる客数が当然ながら増えて、樋口に続いて武史が入ったことで、満席の試合が増えた。

 そこから派生効果が高くなったので、やはり直史や武史のおかげで、レックスはこの数年で大きく黒字経営を出来ているというわけだ。


 今年もシーズン中はいい成績を残したので、年俸更改には期待している浅野。

 FAの権利を行使したら、どこが取りにくるだろうか。

 口にはしないが浅野は、レックスの投手陣の成績は、樋口のインサイドワークで一割り増しになっていると思う。

 それに比べると自分のバッティングは、影響を受けていない。

 結婚もしている浅野は、単純に自分の野球人生だけを考えにくかったりもするが、引退後のことまでも考えると、レックス一本でいいのではないかと思ったりもする。

 家族のことを考えるより先に、自分の野球人生でどれだけ稼ぐことが出来るかを考える。

 金はそのまま、家族の生活のクオリティに直結するのだ。


 そんな浅野が打ったのは外野フライ。

 充分な深さで緒方が帰って、まずは先制点。

 浅野にも打点がついた。

 四番としては最低限の仕事はしておいた浅野である。




 野球選手としての大介には、欠点などないように思える。

 打撃がもちろんのこと、守備も走塁も、間違いなくトップのショートである。

 だが野球観まで含めるなら、欠点と言えなくもないこともないではない。

 それは自分一人で決めようとする傾向が強すぎるということだ。


 自分の役割はホームランを打つこと。

 大介はそれを確信しているし、多くの人間もそう思うだろう。

 だが大介はボール球でも打っていってしまう。

 それをホームランにしてしまうことも多いのだが、基本的にはボール球は、凡退する打球になってしまうことが多い。

 それでも敬遠されまくることが多いので、おかしな出塁率を記録してしまうのだが。


 シーズン途中までは、余裕で六割を超えていた出塁率。

 それが最終的には六割を切ってしまった。

 九月の終盤の失速も原因ではあったが、もっとボール球を見逃して四球を多くすれば、さらに出塁率は上がるはずだと、専門家は言う。

 ただそう言われても大介は、OPSの数字が自分の正しさを示すと主張するだろう。

 そもそも今年も、歩かされること179回で、そのうち61回が申告敬遠。

 出塁率を取るべきか、それともOPSの数字を信じるべきか。

 少なくとも大介は、打てそうなボールなら打ってしまう。


 そんな大介でも、武史や上杉が相手であると、無理にボール球を打ったりはしない。

 打つよりフォアボールを選ぶほうが、この二人であれば確実だからだ。

 それに二打席目からは、レックスバッテリーも間違いなく勝負してくる。

 そのあたりになれば武史もアイドリングが終わって、ストレートが魔球化するからだ。


 両チーム一回の裏のレックスの一点以外、序盤の得点は増加しない。

 そして四回の表、ノーアウトの先頭で大介の打順が回ってくる。




 初球からインハイに、ストレートを叩き込んできた。

 振り遅れた大介のバットはわずかにボールをこすったが、そのまま樋口のミットに入る。

 武史のストレートは確かに速いが、速いだけなら170km/hはマシンで簡単に打つ大介だ。

 ピッチャーとしてのフォームなども、野球における重要な技術だ。

 でもなければ160km/hに全く届かない直史のボールで、自分から三振は取れない。


 二球目以降も手元で動くムービングを、内角に投げてきた。

 カットする程度は簡単なのだが、これはあえて打たせてカウントをピッチャー有利にしてきているのだろう。

 そして七球目に投げたのが、外角のカットボール。

 その前にチェンジアップを使っているので、これが決め球かと思った。

 やはりカットして、カウントは1B2Sのまま。

 

 最速のストレートでないと、大介を抑えられないのか。

 そんな思考停止は、樋口はしない。

(ここで大きなボールを使ってもらうか)

 そして投げさせたのが、ナックルカーブ。

 基本的に大きく変化するボールは、これしか持っていない武史である。


 背中側から変化するスライド成分もたっぷりの球。

 大介はこれもカットしたが、さすがにスイングは乱れる。

(あ~、これは最後、ストレートだな)

 インハイに投げるか、それともアウトローに投げるか。

 そう考えていたが、最後に投げられたのはアウトハイであった。


 打ったボールはレフト方向に。しかし飛距離は平凡。

 ほぼ定位置のレフトが捕って、先頭としても厄介な大介を片付けた。




 日本のプロ野球におけるキャッチャーは重要であるがその分しんどい。

 MLBなどであるとバッターの分析やピッチャーの投げる球は、ベンチからのサインであったりピッチャーの判断であることも多い。

 もちろんキャッチャーからサインが出ないわけではないが、MLBでキャッチャーに求められるのは、頭脳要素は少ないと言われる。


 日本でキャッチャーがしんどいのは、配球などでバッターに打たれたとき、多くがキャッチャーのミスなどにされてしまうからである。

 抑えたらピッチャーの手柄、打たれたらキャッチャーのミス。

 12球団で正捕手の選手はわずかに12人。

 ある程度併用して使われるチームもあるが、今年のライガースは孝司をトレードで手に入れて以来、ほとんどを正捕手として試合に出している。


 スターズでは尾田が正捕手として長く君臨し、さすがに俺の時代だと思っていたら、福沢によってその地位を奪われていまった。

 もちろん実力で上回るべきなのが、プロの世界である。

 ただ場所さえ変わるなら、こうやって活躍することも出来るのだ。

(とはいえクライマックスシリーズのキャッチャーはしんどいな)

 孝司は同じキャッチャーとして、樋口が何を考えて打っているのか、だいたい分かっている。

 分かっているがゆえに、自分とはレベルの差が大きな、とも感じるのだ。


 初回の失点は、村上が立ち上がりに制球に苦しんだからだ。

 タッチアップで一点取られてからはむしろ開き直り、サイン通りのコースに投げてきている。

 だがおそらくレックすは、打線においても樋口の影響が大きい。

 打率ぼちぼち、長打力高めの外国人が、一発を放り込む。

 中盤が終わって、これで2-0と点差は開いてしまった。


(ちょっと大卒の一位指名だからって、俺よりチャンスが無茶苦茶多かったからな)

 ただその後、三角トレードでライガースに出してくれたのは感謝しかない。

 シーズン途中で同じリーグに、二番手とは言えキャッチャーを出してしまったことが、スターズがライガースに勝てなかった理由だ。

 もっともシーズン中の成績は、むしろスターズの方が上回っていたのだが。

 今思えばあれは、孝司から伝わるスターズの情報を、逆に利用していた感じがする。


 この試合に負けてしまえば、もうレックスの日本シリーズ進出にリーチがかかる。

 最終戦に直史や武史をリレーして使えば、おそらくライガースが勝てる要素はなくなる。

 だからこの試合は、必ず勝たなければいけないのだ。

 もちろんそれが難しいという、現実をしっかり受け止めなければいけないが。



×××



 ※東方編75話に続く

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