第46話 もう一つの戦場

 セ・リーグでレックスとライガースが決戦を行っているのと同時期、当然ながらパ・リーグでも日本シリーズ進出をかけた試合が展開されている。

 おそらく今年のオフで戦力が低下するであろうジャガースと、チーム再建が順調に進んできたコンコルズの試合。

 福岡から埼玉までやってきたコンコルズを、ジャガースが迎え撃つという態勢である。

 ジャガースの先発ピッチャーは、上杉正也。

 まだしも常識的な方の上杉、と言われたりもする上杉兄弟の弟である。


 今年九年目の正也であるが、これまでに少し故障した期間もあったので、国内FA権が発生するのは今年となる。

 ジャガースとしてはそこそこ引止めの意思はあったのだが、それほど強烈なものではない。

 首脳陣は安定して二桁を勝つ正也を、当然ながら引き止めたい。いや、引き止めてほしい。

 だがフロントにはあまりそのつもりがないようなのだ。


 ジャガースは基本的に、選手を選択して育成するのは、上手い球団である。

 だがその育てた選手は、かなりの割合で他球団にFAで移籍してしまう。

 これには色々な理由があるのだが、年俸以外の部分で球団フロントへの不満があるとも言われている。

 そでにジャガースでも、選手によってはちゃんと引止めを行っている。

 チーム内での健康な新陳代謝のために、過度の選手の引きとめは行わない。

 それがジャガースというチームであるのだ。


 正也は何度かタイトルも取っているが、タイトルの取りようがなくなるであろうセへの移籍を希望している。

 兄の力になりたいと思っていたし、そして今の兄の状況を聞いて、その想いはいっそう強くなった。

 もちろんスターズが取らないと移籍も出来ないのだが、それでも行使自体は間違いがない。

 正也は出来れば残ってほしい人材なのだが、本人の意思が固かった。




 そんな正也は今年も、15勝6敗とローテを完全に守って貯金を作り、まさにパ・リーグではエースの中のエースの一人として存在している。

 もちろんこれらは打線の援護があってこその成績だが。

 わずかながら後ろめたいと思っていたチームを離れることも、ジャガースはまた若手が育ってきて、特にピッチャーの陣容は厚くなっている。

 蓮池がいることによって、先発ローテは強力になった。

 そして毒島がセットアッパーとして、二年目から大活躍している。


 このファイナルステージで戦うコンコルズは、マリンズ相手に連勝して、ファイナルステージに上がってきた。

 そちらにエース級を使ったため、第一戦で投げてくるピッチャーも、一戦目はやや落ちている。

 コンコルズの先発寺内は、準地元とも言える山口県明倫館の出身だ。

 正也より二歳下であるため直接の対戦経験はなかったが、明倫館はこの数年山口県の代表を独占しているので、当然ながらそれなりに知られるようになったピッチャーだ。

 明倫館らしいコントロールに優れたピッチャーであるが、スピードも軽く150km/hを超えてくる。

 パワーピッチャーであり、素材型の選手をドラフトで指名する傾向の強い福岡とは、相性も良かったのだろう。


 両チームの戦力はほぼ互角。

 だがこの試合に限って言うなら、ピッチャーの差でジャガース優位と言えよう。

 コンコルズはこの数年、野手の育成には失敗したと言っていいだろう。

 その分かりやすい例が、トレードされてから打ち出した実城だ。


 高校時代は西郷以上と言われた打棒は、なかなか開花することはなかった。

 もちろんコンコルズの厚すぎる選手層が、当時は蓋をしていたということもあるのだろう。

 だがトレードで東北ファルコンズに行ってから、クリーンナップで打ち出したというのは、まさに相性の問題か。

 現在のコンコルズは、ドラフト下位からの下克上と、育成からの契約、そして外国人に頼ることが大きい。

 もちろん下位指名の選手を育てるのは、二軍などの功績である。

 しかしここのところ、一位指名で取った選手が、あまり上がってきていないのだ。


 外国人ではあるが、日本の高校を卒業しているため、日本人扱いで起用しているブライアン。

 外れ一位ながらちゃんと戦力化しているというのは、彼が最後である。

 しかし彼もまた、今年で海外FA権が発生する。

 もっともアメリカ人でありメジャー志向が元々あるため、いずれは去ることは分かっていたのだ。

 これまでコンコルズにいて、MLBからの接触が可能になるのを待っていた。

 他国のプロリーグから選手を獲得する場合、MLBは高い契約金をかけてくるのだ。

 MLBの現在の年俸のシステムを考えると、日本の野球に抵抗がないのなら、こちらで実績を作ってからMLBに挑戦するほうが、絶対に成功の確率は高い。

 MLBのマイナーでのハングリーさは、NPBの二軍や育成よりもさらに厳しいものである。

 


 

 一番二番と気分良く打ち取った正也であるが、三番は要注意人物である。

 コンコルズで最もトリプルスリーに近いと言われている柿谷は、単純に好打者とも巧打者とも言えない、。

 欠点と言うべきかは、打率に比べて出塁率はそれほど高くない。

 打てるコースならボール球でも打ってしまうという、大介のような存在だ。

 さすがにあそこまでホームランを量産はしていないが。


 バッターボックスの中ではリズムを取るように、バットをくるくると回し腰を動かし、まるでふざけているかのような態度である。

 だが実際はどうやら、この動きによってピッチャーの投げるタイミングに、体のどこかの動きを合わせる。

 あとは実際にリリースされた瞬間、その動きに他の体の各所を連動させ、スイングにつなげるというわけだ。

 正也には良く分からないが、それで結果を出しているのだから仕方がない。

 今度樋口に会った時にでも、話をしてみたいものだ。


 柿谷はセンター前に打球を弾き返し、そのまま二塁への盗塁も決めたが、正也はそこで続くバッターを封じる。

 コンコルズは確かにまた若返ってきているが、打線のつながりには波がある。

 あと二年ほどもすれば、さらに強大なチームをまた作り上げるのかもしれない。

(だが、今年は俺たちが勝つ)

 日本シリーズへ行く。

 もしもそこでライガースと戦えたら、仇討ちというわけではないが、大介をなんとか封じてみたい。


 先を見ながらも、集中力は保って、コンコルズの打線を封じていく。

 このファイナルステージ初戦は、ジャガースがコンコルズに対して辛勝したのであった。




 人気のセ、実力のパ、と言われる時代は長く続いた。

 確かに20世紀以降の記録を見れば、20年間ほどは圧倒的にパの日本シリーズでの優位が分かる。

 だからこそこの10年ほどは以上なのだ。

 スターズ、ライガース、レックスと、ライガースが怪我人により戦力の中核が不足していた一年を除けば、全てセ・リーグのチームが勝っている。

 パが強い時代は、移動がタフであったためとか、DH制のためピッチャーの鍛えられる機会が多かったとか、そういうことが言われた。

 しかしこの10年は、おそらく数人の英雄が、それぞれ投打のレベルを上げすぎている。


 正也にとってはその理屈は、充分に納得のいくものであった。

 高校時代にあの兄の弟として春日山を、新潟県勢初の全国優勝へと導いた。

 それには卒業していながらもまだ、上杉の影響が残っていたからだと言える。

 正也と樋口の卒業後、春日山が急速に弱くなっていったのは、もちろん二人のバッテリーが抜けたというのもあるが、上杉の影響を受けた選手がいなくなったということもある。

 あの人は、兄であるからこそ分かる。

 心酔させ、まさに死をも恐れぬ精鋭とする、絶大なカリスマ性があるのだ。

 樋口が市議会の議員ではなく、国会へ持っていこうと思ったのも分かる。

 立ち姿だけで雄弁であるという人間は、なかなかいるものではないのだ。


 来年は移籍だと、正也は思っていた。

 ただ兄のいるスターズに行くのかどうかは決めかねていた。そもそもスターズはピッチャーより、打てる野手の方を優先するとは思っていたのだ。

 だが兄の故障により、先発1.5人分ほどが空いてしまった。

 ジャガースで実績を残している正也を、獲りたいという球団は色々あるだろう。

 そしてスターズは絶対的なエースが抜けた。

 条件次第であるが、多少の条件に差があっても、正也はスターズに行くつもりである。


 なんだかんだ言って正也もまた、上杉の影響からは抜け出せていない。

 そしてそれを悪いこととも思っていない。

 人は誰かに守られながら、同時に支えたいとも思うのだ。

 そういう人間を兄に持ったことを、正也は不幸と思ったことはない。




 セ・リーグの方の第一戦の結果も見た。

 おおかたのというか、ほぼ全ての人間の予想通り、第一戦を勝ったのはレックス。

 佐藤直史と大原では、はっきり言って格が違いすぎる。

 甲子園では白富東に勝利したが、あの試合に直史は投げていない。

 準決勝で無理をしたため、指の怪我で決勝には投げられなくなっていたのだ。

 それでも春日山は、いつリリーフとして出てくるか、戦々恐々としていたものだが。


 パ・リーグ第二戦、ジャガースは蓮池を投入する。

 まだ経験の面で正也が上回っているものの、素質型の選手でありながら、新人王を取ったピッチャー。

 これに対してコンコルズは、それなりに釣り合った格のピッチャーを投入してくる。

 これまたドラフト下位で指名した選手であり、コンコルズの上位で外して下位で成功するというのは、もう一つのネタの一つであるかもしれない。


 第二戦もジャガースの有利に進む。

 とにかく初回から、機動力を使っていくのがジャガースのスタイルだ。

 ホームランを打てばいいという、MLBのベースボールとは、全く対極の位置にあるかのような野球。

 だがこういった玄人好みのものこそ、日本の野球ではないだろうか。


 終盤まで一失点に抑えた蓮池は、毒島へとリレー。

 そこからセットアッパーとクローザーで、復活しつつあるコンコルズの打線を、見事に封じてみせた。

 第二戦も勝利したジャガースは、アドバンテージも含めてこれで三勝。

 早くも日本シリーズに向けて、リーチをかけたことになる。




 ジャガース首脳陣が考えているのは、どうすればセのチームに勝てるかということだ。

 今年の交流戦は、レックスは17勝1敗というとんでもない数字を残したし、ライガースも圧倒的にパに対しては有利であった。

 レックスの投手陣、そしてライガースは打線が強力に見えるが、実のところはこれまた投手陣も優れている。

 どちらも強いのはピッチャーであるのだ。


 ピッチャーが消耗している状態で殴り合いをすれば、勝つのはどちらか。

 いやどちらが勝つにしてもピッチャーが消耗していてくれないと、ジャガースが日本シリーズに進んでも、勝てる可能性が低い。

 認めるべきなのだ。相手の方が強いことを。

 そして認めた上で、どうすれば勝てるかを考える。

 日本シリーズは全七試合で、先に四勝した方が勝つ。引き分けはとりあえず除外して。

 ピッチャーの質を考えるなら、とにかく佐藤兄弟が強力すぎる。特に直史の方を打てそうなバッターがいない。


 大学三年生の時の佐藤直史が、一番凄かった、とはよく言われる。

 それ以降は勉学に専念するため、やや野球に割く時間を少なくしたからだ。

 だが実際の数字を見れば、四年生の秋でも完全試合の連続。

 その時から今を比べて、どちらが上になっているだろうか。


 ライガースはそもそも、打撃力が非常識である。

 なのでジャガースにとって一番ありがたい展開は、レックスのピッチャーが消耗した状態で、日本シリーズに勝ち進んでくれること。

 そしてジャガースはピッチャーの力を温存するため、コンコルズには次の試合でスイープ勝ちを決めたい。


 それにしても、とジャガースの首脳陣は、試合の映像を見て頭を抱える。

 まずは目の先のコンコルズとの決戦であろうと思っても、直史のライガースに対するピッチングが華麗すぎる。

 華麗でいて、さらに雄渾でもある。

「プレイオフでこんだけ三振取るって、シーズン中のピッチングはなんやったんや……」

 関西出身のコーチの言葉に、他の一同は頷くしかない。


 佐藤直史は、打たせて取って球数を少なく片付けるピッチャー。

 その印象は間違っていなかったはずだ。

 確かに大学時代は、20個以上の奪三振を奪ったこともある。

 だが奪三振能力に限って言うなら、弟の方がさすがに上だと思っていたのだ。

 ならば転がして内野安打を狙えるバッターの多い、ジャガースならば相性がいいのではないか。

 そう思っていたところに、これだけの三振を奪うピッチングを見せ付けてくる。

 しかもこれだけ三振を奪っていて、球数が爆発的に増加したというわけでもない。


 おそらく日本シリーズに勝ち進んでくるのはレックスである。

 ただライガースにも頑張ってもらって、第六戦まで粘ってほしい。

 あちらのピッチャー、特に佐藤兄弟を消耗させて、七試合のうち一試合ぐらいずつしか投げられないようにしてくれれば、こちらは他のピッチャーを攻略していく。

 七試合もかければ、どうにか勝てるのではないか。


 運が左右するし、ライガースの奮戦も期待しなければいけないと、あまり良いことではない。

 だがそれが現実的な、日本一への道なのである。

「上杉に白石に、それで佐藤か……」

 パ・リーグのチームの監督は、頭を痛めている。

 レックスなどは今年106勝もしていて、交流戦も17勝1敗。

 こんな怪物チームと交流戦以外で戦わなくてすむ、パのチームは喜ぶべきなのかもしれない。

 だが日本シリーズでは、ここのところ向こうの主力に故障がない限りは、まともに勝てていないのだ。


 多くの人間が、今年の日本シリーズもセのチームの優勝だろうな、と分かりやすい予想をしていた。

 ライガースの打撃力は、大介と西郷が圧倒しているし、投手陣も先発に強力な三本の柱がいる。

 レックスの場合は打撃力はそこまでではないが、とにかく投手陣が厚すぎる。

 先発として傑出している能力を持つ者が四人もいて、他にも先発で投げられるエースクラスがいるのだ。

 短期決戦を勝つためには、やはりエース級ピッチャーの能力が大切となる。

 佐藤兄弟に金原、佐竹、そして古沢あたりが、かなり勝ち星を計算できるピッチャーだ。

 やや短いイニングならば、吉村も充分な戦力となる。

 そしてあの、ホールドとセーブを増やしまくった、七回からの勝利の方程式。

 また地味ではあるが、ビハインドの展開などで使われる星は、エースクラスのピッチャーや勝ちパターンのピッチャーを温存するのに貢献している。

 登板数やイニング数を考えれば、今年も間違いなく年俸は上がるであろう。


 パ・リーグのチームに勝機はなく、セ・リーグのクライマックスシリーズファイナルステージが、事実上の日本一決定戦。

 そこまで言われている状況が覆されてしまうのは、そう遠い未来の話でもなかった。

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