第40話 最終決戦
ライガースとスターズのファーストステージ第二戦は、ライガースは安部、スターズは玉縄が先発し、2-2のまま延長に突入し、引き分けに終わった。
どちらのチームもここまで来れば総力戦であり、しかしながらライガースの方が少しだけ分が悪くなった。
1分1敗。
つまり最終戦も引き分けになれば、スターズがファイナルステージに勝ち上がることになる。
ライガースにとってはやや想定外である。
二戦目は勝った上で、三戦目は上杉がリリーフなどで投げてきても、引き分けに持ち込むつもりであった。
1勝1敗1分ならば、勝ち上がるのはライガースであったからだ。
しかし今はスターズが有利。
ライガースが勝つしか、ファイナルステージに勝ち進む方法はない。
勝てばいい、というのは逆に分かりやすい。
ホームランを打てばそれでいいのだ。大介にはひどく分かりやすいことになった。
この第三戦、ライガースは山田、スターズは福永。
ピッチャーの力はややライガースが上で、バッティングはライガースがかなり上。
しかし試合終盤、あるいは中盤まで互角で進めば、スターズはリリーフ陣を出してくる。
もちろんライガースも、レベルの高いリリーフ陣を持っている。
現代プロ野球においては、最も判断の問われるのは、継投のタイミングである。
熟練の監督であっても、このタイミングだけはピッチングコーチに任せていたりする。
上杉が完投完封した第一戦と違い、第二戦は継投が引き分けに持ち込んだ原動力となった。
大介に一発が出ても、そこから崩れなければ、ソロなら一点で済むのだ。
だがライガースは、真田を第一戦の途中で降ろしている。
最も左ピッチャーらしい左ピッチャーを、リリーフで使うつもりなのだ。
さすがに前日100球以上投げている阿部は使わないが、それ以外のリリーフ陣は全回転だ。
中盤から終盤、リードして継投に持ち込んだ者が勝つ。
少なくとも戦術的にはそうだが、ライガースには容赦も脈絡もない、無情の一発がある。
確実に大介や西郷の一発を叩き潰す最強のクローザー。
中一日で上杉を使うことになるだろう。
そこまでやって、スターズがファイナルステージで、レックスに勝てるとは思わない。
上杉にこれ以上の無理をさせないためにも、今日は勝ってしまおう。
一回の表、スターズの攻撃。
万全の調子を整えてきた山田は、無難に先頭打者を打ち取る。
しかし二番に粘られて、フォアボールで早々にランナーを出す。
スターズもここのところ、Aクラス入りはしていても、ファイナルステージまで進めたのは四年前が最後。
上杉以外を、全力で叩く。
対して四年前、スターズが日本一になったのは、上杉が無理をする、という手段であった。
あまりにも一人の選手に対して、依存しすぎている。
だがそれゆえにかスターズは、FA権を獲得しても、行使して出て行く選手がいない。
この人のためにこそ、と戦う戦士は強い。
上杉には圧倒的なカリスマがあるのだ。
スターズに勝つには、二つの方法がある。
上杉を避けて勝つか、上杉を疲弊させて倒すか。
この三年は疲弊させて倒してきたのだが、今年はスターズ有利に展開するクライマックスシリーズだ。
上杉が合理的にばかり考えるなら、ライガースは第二戦を引き分けてしまった時点で負けてる。
だが、そんなピッチャーではないと、日本中のファンが分かっている。
プレッシャーに慣れている山田は、もう一人のランナーを出したものの、どうにか無失点で切り抜ける。
大介は早々にセンターに抜けそうな打球を処理して、守備でも観衆を魅せる。
この裏、ライガースの攻撃は大介にまで回ってくる。
その前菜とも言うべきファインプレイは、やはり「持っている」人間のものであった。
ライガースの攻撃は、一番の毛利は粘ったものの内野ゴロに倒れた。しかしそれは無駄ではない。
球数を少し多めに使わされたバッテリーは、やや安易に初球をゾーンに入れてくる。
クリーンヒットでワンナウトランナー一塁。
そして大介の打順が回ってくる。
勝負をしてくるかどうか。
福永は高校時代、東北エクスプレスと言われた、ストレートに自信のあるピッチャーだ。
センバツ準優勝投手でもあるが、その最後の夏は白富東に負けている。
因縁というのは、探せば色々と出てくるものだ。
大介は目の前の福永ではなく、スターズのベンチを観察する。
申告敬遠はしないらしい。
つまり勝負だ。
ライガース側ベンチからも、特別なサインは出ない。
大江は動かさず、大介は打撃に集中させる。
(さて、と)
この場面、勝負されるとは言っても、カウントが苦しくなれば怪しくなるだろう。
出来れば初球をしとめたい。チャンスを着実に広げるか、最初から一発を狙っていくか。
そう思いながら大介は、内心で苦笑する。
考えすぎだし、甘く見すぎだ。
打つことを任されたのだから、全力で打てばいい。
初球が狙い目であれば、そこを全力で打つ。
結果的にホームランになるか、それともそれ以外の結果になるか、ある程度はやってみないと分からない。
(変な打算は考えるな)
一点勝負になるかとか、一気に二点を狙うとか。
自分がすべきことは、全力で福永を叩き潰すこと。
アウトローへの初球、無理やりに引っ張った。
わずかにミートの瞬間がずれたが、それでも打球は飛んでいく。
センターの頭を越えるが、わずかに高さが足りない。
フェンス直撃で、ボールは勢いよく戻ってくる。
一塁の大江は三塁でストップ。大介は二塁へ。
ワンナウト二三塁で西郷という、絶好の機会を作り出した。
一塁が空いた状態で、四番の西郷。
一発が出れば初回に三点で、一気に試合が決まりかねない。
だが塁を埋めるにしても、次はグラントだ。
空振り三振は多いが、ホームランも多い。
リスクをどう考えるか、監督の采配の見せ所である。
西郷に対しては、外を中心に勝負してきた。
カウントが苦しくなったら、歩かせてしまおうというのだろう。
まだ一回の裏であるのだ。
先制点を取られても、まだ取り返せる段階だ。
そんな西郷の打ったボールは、本当なら内野フライに終わるような当たりだった。
だがパワーでスピンがかかっていて、ライト方向に大きく伸びていく。
追いかけたライトは間に合ってキャッチしたが、これは完全にタッチアップ条件。
そこそこ俊足の大江がタッチアップでホームへ、超俊足の大介が三塁へと進むことが出来た。
スターズとしては理想的であったのは、終盤までに少しでもリードして、リリーフ陣で封じるということだったろう。
だが現実は相手の強力打線により、一点を取られてしまった。
福永の調子は悪くないが、悪くない程度で抑えられるライガース打線ではない。
続くグラントもまた深いセンターフライを打った。
これまたセンターが追いついてアウトとなったが、あまりいい傾向ではない。
先制の援護点をもらった山田だが、この回は先頭打者にヒットを打たれる。
下位打線になりまずはダブルプレイを取れたが、また今度はフォアボールで歩かせてしまう。
ただスターズはここでピッチャーの福永に打席が回ってきた。
ピッチャーの割にはそこそこ打てる福永に、こんな早い段階で代打を出せるはずもない。
そして実際に福永はバッターボックスに立つ。
自分が打たれた点は、自分が打って返す。
セ・リーグの投手に与えられた特権であるが、福永相手でも山田はそうそう油断はしない。
しっかりと内野ゴロに打ち取って、二回もどうにか抑える。
あまり調子はよくない。
どちらの先発にとっても、同じことが言えた。
制球が利かないわけではないが、ボールの球威がない。
だがそんな状態であっても、なんとか投げて試合を作っていくのが、エースである。
ライガースとしては他のピッチャーに肩を作らせている。
もし次もこの調子であれば、早々に交代してもおかしくはない。
この試合に負けたら、今年は終わりなのだ。
大介と直史の対決は、もう来年となる。
スターズにとっても福永の不調は、計算していなかったことである。
ただ元々福永は、それなりに調子の波がはっきりしている。
リリーフ陣はもうスタンバイしていて、次からでも投げることは出来る。
それに不動のクローザー峠もいる。リードして終盤に持って来れば勝てる。
ライガースの二回の攻撃は、六番の黒田から。
ただ黒田はシーズン終盤から、やや調子を落としている。
それでもスタメンから外れるほどではないが、この短期決戦ではわずかな調子の落差で、試合の結果が左右される。
内角を攻めたストレートを捉えきれず、空振り三振。
そしてワンナウトから七番の孝司である。
途中からの加入ということもあるが、それでも今年の孝司は、年俸大幅アップの成績を残している。
だがここまで来たのなら、自分が主力となった上で、日本一になりたい。
過去にスターズにいた時に、一軍のベンチで優勝の瞬間に立ち会った。
だがその時はあくまでも、控えの控えの捕手としてだ。
ライガースで日本一になる。
その時こそ日本一のキャッチャーといえるのではないか。
……いや、あまりに大きな壁があるので、やはりそれは無理か。
この打席においても孝司は、粘った末にフォアボールで出塁する。
だが下位打線では勝負しにくいのは、ライガースでも同じこと。
八番石井は出塁率や小技に優れたバッターで、ヒットを積極的に狙えるタイプではない。
福永はここをストレートで力押しして、続くピッチャーの山田も三振。
アウトを三つとも三振で奪い、調子が上がってきた感じを与える。
両チームの監督の判断が難しい。
金剛寺は島本と話すが、山田をさすがにここで降ろすのは、リリーフの陣容からしても厳しい。
五回まで投げてくれれば、あとはどうにかする。
それにスコアを見れば、勝っているのはライガースなのだ。
スターズの方は福永の奪三振でホッと一息。
ただし球数は増えて、二回で既に45球。
もっともまた上位打線に回るので、球数を抑えるなどという悠長なことは言っていられない。
それにスターズは、上杉を用意してある。
もちろん投げるとしても、終盤だけだ。
リードしている展開ならば、上杉は三イニングは投げる。
ファイナルステージを見据えていないかのような、完全に総力戦となっているが、勝たなければそもそもファイナルステージにも行けない。
ライガースも第一戦で投げた真田を入れているのだから、左打者のところで使ってくる可能性はあるのだ。
プロ入り三年目には、リリーフの経験もある。
左打者に対しては、とにかく別格に強い真田である。
ライガースとスターズも、切り札としてピッチャーを使う準備はしている。
だがスターズの場合は、逆転してからでないと、怖くて投手を交代できない。
峠と上杉の二人は、基本的には勝っている場面でしか使えない。
対するライガースは、この一点のリードを死に物狂いで守っていきたい。
だが現実的に考えれば、一点だけでは足りない。
三回の表、スターズは粘った先頭が、またもフォアボールを選んで塁に出る。
どちらのチームもバッターはとにかく、あっさりと凡退することだけは避けようとしている。
お互いのチームのピッチャーの削り合いだ。
そして確実に、ランナーを進めようとしてくる。
ワンナウト二塁。
スターズの三番西園は、はっきりと狙っていた。
粘り強くという双方のベンチの考えを読んだ上で、初球のストライクは甘く入る。
それを打ったのだ。
甲子園のスタンドにボールが飛び込んで、逆転のツーランホームラン。
予想していたよりもはるかに、打撃戦になってしまっている。
ライガースとしてはむしろ、喜ぶべきものなのだが。
山田のボールは、まだ行けるだろうと判断されている。
事実ここから連続三振が取れた。
一発打たれたことにより、メカニック面の不調はともかく、メンタルは一新されたらしい。
三回の表は逆転弾は飛び出たものの、それ以上に大きな動きはない。
そして三回の裏、ライガースの攻撃は一番の毛利からである。
上杉は先発として怪物的な成績を残しているピッチャーであるが、武史などと違ってリリーフの適性もある。
それはルーキーイヤーからシーズン終盤、クローザーとして働いたことからも明らかだ。
おそらくこの試合でも、もつれたら投げてくる。
ライガース首脳陣は、わざわざ上杉をメンバーに入れたことを、こけおどしなどとは思っていない。
いざという時のために、早めに引きずり出しておくべきか。
しかし上杉が、さすがに疲労していたなら別だが、こういう時の上杉は、平気でレギュラーシーズン以上のパフォーマンスを残す。
毛利は粘ってフルカウントにした後、ゾーン内の甘く入ってきたボールを打ってヒット。
ショートの深いところの処理で、内野安打となった。
二番の大江にはどう動かせるか。
送って一塁が空いたとき、大介と勝負してくるか。
第一打席ならともかく、次の第二打席でそれはないだろう。
ピッチャーを交代させるなら、それもあるかもしれないが。
大江には自由に打たせる。
進塁打など考えず、強く振っていけばいい。
そして大江はその指示に対して、ジャストミート。
強く飛んだボールが、レフト正面のライナーとなった。
結局はアウトカウントが一つ増えただけだが、ここで大介の打順である。
勝負してくるか、それとも避けるか。
もしも勝負を避けるなら、それでワンナウト一二塁と、絶好の場面で西郷に回ることになる。
スターズベンチは動かない。勝負だ。
ここで逃げていたら、それはプロの勝負ではないのだろう。
大介に対し、高めのストレートを、とにかく全力で投げてきた福永。
普通のバッターならばむしろ、これを力んで打ってしまっていただろう。
だが大介は軽く合わせて、そしてバットでボールを削った。
打球の軌道はライナー性のものとなり、そのままライトスタンドへ。
逆転されたあとに、やはり逆転弾を叩き出す展開。
まさシーソーゲームのこの試合は、まだまだ楽しめそうである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます