第35話 最強と最高

 白石大介と上杉勝也、どちらがより優れた野球選手であるのか。

 これはもうこの数年、散々プロ野球ファンの間では議論されているところである。

 そもそもピッチャーとバッターを比べるのは不毛であって、同じピッチャーであっても直史と上杉、チーム力の差でその勝敗は決まる。

 それこそ同じチームで競い合ったとしても、打線の援護が公平でなければ、勝ち星などでは判断出来ない。

 いっそ実力ではなく年俸で比較したらどうなのか、などという極端な意見もあるが、それはチームの経営状態によって選手に出せる金額も変わるだろう。

 ちなみにこの基準だと、大介の方が上である。


 本当の実力で比べたとして、何をどう比べるのか。

 直接対決で比べるとしたら、まだまだサンプル数が足りない。

 プレイオフでの成績も、大介が打って勝ったこともあれば、打っても点は入らず負けたりと、色々な結果が出ている。

 二人を比べるのではなく、それぞれのポジションでの傑出度を比べればどうか。

 そうすると大介は、三冠王を七回、打者五冠を五回と、間違いなく傑出しすぎている。

 上杉もまた沢村賞九回、投手五冠を五回と、これまた傑出しすぎている。

 強いて言えば上杉は、沢村賞を一度逃しているが、これも相手が一年目で調子に乗った武史であった。二年目以降は取り返している。チーム力ではレックスの方が上であるのにだ。

 また今年はおそらく直史が取ってしまうのだろうが、こいつもまた上杉並の化け物であることは言うまでもない。

 

 チームを優勝させる選手がいい選手なのであろうか。

 それもまた議論を呼びそうだ。野球というのは最終的にはチームスポーツなのだから、一人の力だけでは勝てない。

 打線の援護の必要などなさそうだった大学時代の直史にしても、キャッチャーが樋口であったということがどれだけプラスになっていたかは、プロでの活躍を見てからでないと分かりにくいだろう。

 ちなみにチームでの対戦成績は、ライガースはレックスに強く、レックスはスターズに強く、スターズはライガースに強い。

 完全に三すくみであるが、これもおかしな話である。

 チームを勝たせる、つまり戦力の底上げという意味では、樋口もこの議論に入ってきてしまうかもしれない。

 今のレックスは先発もリリーフ陣も、成績が異常である。

 シーズン中のレックスのピッチャーは、明らかにほとんどの数字が良化している。

 キャッチャーの中で一番打てるバッターが、キャッチャーとしても最も優れているなら、ある程度の資格はあると思える。


 


 今年の成績を見てみれば、この試合の前までは、16打数5安打3打点2ホームラン2三振。

 大介にしては打率が低いが、打ったヒットが5本でそのうち2本がホームランというのは多いのではないか。

 ただ直史が9打数0安打2三振に抑えているのが、その印象を与えているのかもしれない。

 ちなみに武史との対戦成績は、上杉と同じ数字である。

 ヒット、打点、ホームラン、三振を考えると、上杉よりも低いスペックで、上杉と同じように抑えているのだから、ここは樋口の手腕と言えるのかもしれない。

 樋口に言わせれば、そんな簡単なものじゃないと言うだろうが。


 神奈川スタジアム、ビジターのライガースが先攻。

 ただ大介が見るに、上杉がかなり抜いて投げている。

 もちろん今年もここまでに、24先発している。

 途中にわずかな離脱期間があったことを考えれば、30先発はしていたはずだ。

 ここでライガース相手に無理をしても、投手タイトルは今年は取れない。

 もちろん手抜きをするわけではないが、調整のピッチングをしてくるかもしれない。

 しかし調整のためのピッチングでは、大介は打ち取れない。


 先頭の毛利に対して、最初から歩かせてしまう。

 上杉らしくないスタートである。

 だが大江は内野フライであっさりと片付けられた。

(163km/hか)

 上杉のストレートは、上杉にしては遅すぎる。

 さすがに故障を疑いはしないが、疲労がたまっているのかもしれない。

 今の上杉であれば、おそらく打てる。


 そう思った大介に対して、上杉は170km/hオーバーのストレートで勝負してきた。

 それにムービング系のボールと、チェンジアップ。

 さらについに本格的に実戦投入された、高速シンカー。

 ツーシームのような打たせるムービング形ではなく、上杉のそれはまさに、大介を倒すために開発されたようなものだ。

 左打者の大介から、逃げていくボール。

 第一打席はその軌道を見て、見逃し三振となってしまった。




 上杉はかなり、調子を落としていると、最初は思った。

 だが実際のところは、抜くところでは抜いて、本気が必要になればしっかりと投げてくる。

 そして回が進むにつれ、不調なのは上杉ではないと思うようになった。

 不調なのは大介だ。


 上杉の投球術が、一本調子ではないということも関係しているだろう。

 だがそれにしても、ストレートについていけない。

 原因も思いつく。

 この数試合、直史との対決以来、一本しかホームランが出ていない。

 ミートを考えすぎていて、スイングスピードが鈍っているのかもしれない。


 下手にそこそこのピッチャーなら打てるので、今まで気が付かなかった。

 直史に対するカット戦法が、自分のスイングも狂わせてしまっている。

 クライマックスシリーズのファーストステージは、スターズが相手だ。

 つまり上杉と対決しなければいけない。

 それがこの調子であると、どうしようもないではないか。


 上杉としても珍しく、肉体的にも精神的にも、やや安定感を欠いていた。

 それでも他のバッターが、そうそう打てるものではなかったが。

(今年はダメだったな)

 途中離脱もあったし、完投しても勝ち星がつかないことがあった。

 直史との12回までの投げ合いは、冷静に客観的に見ると、面白いことは面白いのだが、上杉という戦力の無駄遣いである。


 レックスの中の最強の投手は直史であろうが、スターズにおける上杉ほどには、その重要度は高くない。

 興行的には最強ピッチャー決定戦で面白かったのかもしれないが、スターズが勝ち星を稼ぐには、上杉は他のピッチャーに当てなければいけなかった。

 二度目の対決にしても、まさにそれが問題であったのだ。

(しかし今日の白石はなんだ?)

 ライガースも真田が先発で踏ん張って、失点を許さない投手戦になっている。

 だが大介はいくら上杉が相手とはいえ、三振が三つ。

 他のバッターに打たれてフォアボールを出して、最終回に四打席目が回ってくる。

 だがここでも三振し、試合は延長戦に突入する。


 両チームのピッチャーが、リリーフ陣に交代した。

 おそらくこれで、大介が打って決まるかな、と上杉は思った。

 だが実際は先にスターズが得点し、ライガースは最終的に無得点で敗北。

 スターズはいい印象を持ったまま、クライマックスシリーズに進めそうである。




 ホームラン数は69本で、残り五試合。

 大介ならば二本は打てそうな計算が立つ。上手くいけば三本だ。

 フェニックスにレックスと、あまり逃げないピッチャーがそろっている。

 ただ大介の記録を防ぐためではなく、プレイオフでの対戦も考えて、勝負を避けてくる可能性はある。

 現時点で四球の数は174個と、大介の持っていた記録は更新された。

 さすがにこれ以上歩かせていては、球界全体のピッチャーの恥になるような気がする。


 大介はそんなことは考えず、ひたすら素振りを続ける。

 やはり自分のスタイルというのは、そう簡単に曲げてはいけないものらしい。

 上杉というパワーと対決して、自分のスイングがおかしくなっているのが分かった。

 直史に勝つためには、なんでもやろうと思った。

 だがなんでもやった結果、打てなくなっていては仕方がない。


 レギュラーシーズン最後の上杉との対決を、楽しむことも出来なかった。

 だがそれを後悔するよりも、プレイオフでの対決に備えなければいけない。

 上杉を打てなければいけない。

 自分のスタイルを貫いた上で、さらに直史を上回らなければいけない。

 どうやったらそんなことが出来るかはともかく、方向性だけははっきりした。


 スイングが、空を切り裂く。

 大介はここから、珍しくも三振が多くなった。

 だが打った球は相変わらず、ものすごい勢いで飛んでいく。

 ただそれがスタンド入りすることはなく、フェンス直撃のヒットが複数出た。

 だが、ホームランに至らない。


 自分はおそらく、器用なタイプではないのだ。

 その気になれば野手のいないところに、ぽんぽんとヒットを打てる大介であるが、それは己の姿ではない。

 三振は少なく、ジャストミートし、そして長打を打つ。

 このスタイルは絶対に捨ててはいけない。

 これこそが大介の、一番自分に合ったものなのだ。

(つってもなかなか打てないけどな!)

 ホームランが出ないまま、神宮での三連戦を迎える。




 大介が失望したことは、もう一つある。

 直史との対決が、もうレギュラーシーズンではないであろうということだ。

 ライガース戦の前のフェニックス戦で、完封勝利を達成していた。

 だがそれは、ライガースとの三連戦では、もう投げてこないことを示す。

 そう思っていた。


 実際にはベンチ入りメンバーの中に入っていた。

 敗戦処理要員を一人削って、直史をベンチに入れている。

 実際はブルペン待機であろうから、顔を見ることはあまりないだろうが。


 レックスはフェニックス戦とライガース戦の間に、一日の休みが入っている。

 そしてフェニックス戦で、直史はあまり球数を投げていない。

 それで平気で完封をするのだから、もうどうしようもないが。

「クローザーで投げてくるかもな」

 大介はそう呟いて、うんうんと西郷は頷いている。

 この二人は、クローザー直史の姿を、最初に明確に見たメンバーの中の一人だ。

 高校時代のU-18ワールドカップ、直史の役割はクローザーであった。

 12イニングを無失点に抑えて、大会の最優秀救援投手にもなった。

 そして大学時代も似たようなことをしたのを、西郷は見ている。


 悩ましいところである。

 おそらくレックス側は、勝っている状況でしか、直史を投げさせてはこない。

 直史と対決するには、レックスに点を取ってもらう必要があるのか。

 だからといってわざとエラーをしたりなどしないし、味方のピッチャーが打たれることも、ちょびっとしか期待しない。


 今日の先発は、ライガース側がオニールであるのに対し、レックス側は武史。

 別に変なことをしなくても、レックスがリードする展開になりそうである。

 ただし今日は神宮なのでライガースが先攻。

 一回の表にホームランを打ってしまえば、ライガースが嫌でも先行してしまう。


 70本目のホームランを打つに相応しいピッチャー。

 上杉相手には調子が悪く、せっかくの機会を無駄にしてしまった。

 だが武史はパワーピッチャーだ。

 これもまた70本の記念には、相応しい相手であろう。




(なんてことを考えたこともありました)

 大介はまだ復調していない。

 第一打席は武史のチェンジアップに、三振でスタートしてしまった。

 大介が打てないということは、味方全体に悪い影響を与えてしまう。

 レックスとしても唯一リーグで勝ち越していないライガースに、ここで勝っていい印象でプレイオフに臨みたい。

 そう考えてオニールを一回から打ち込む。


 先制点から追加点と、レックスは地道に点を積み重ねていく。

 対するライガースは、強打のバッターが多いため、武史が相手では空振り三振が多い。

 向こうがリードしていなければ、直史は出てこない。

 だがリードしすぎていても、やはり出てこないのだ。


 二打席目も空振り三振。

 だが、その空振りで何かが、ちゃんと元通りになった気がした。

(次は打てるな)

 大介は確信を得るが、武史としても何も学んでいないわけではない。


 ランナーがいる状態であった三打席目は、歩かされてしまった。

 申告敬遠でランナーは二人となり、西郷に一発が出たら一気に同点だ。

 西郷は速球にはとにかく強い。

 武史はナックルカーブやチェンジアップも持っているが、緩急の差はそれほど大きくない。

 そんな西郷に、高めのストレートを投げる武史。

 西郷の打った球はセンターフライと、ここの力での勝負は、レックスバッテリーが上回った。


 考えてみればレックスには、西郷をよく知るピッチャーとキャッチャーがいるのである。

 それを思えば西郷は、レックス戦ではやや活躍度が低い。


 三点差のまま終盤。

 大介としてはとにかく、勝負してくれる状況がほしい。

 だが武史も、70本目を打たれたピッチャーになどなりたくはない。

 外外の配球で、大介でもホームランを打てないコースに投げてくる。

(勝負しろよてめ~!)

(嫌に決まってるでしょうが~!)

 結果は歩かされた大介の負けと言えよう。


 レックス対ライガース、最終三連戦。

 これが甲子園であったら、また話も違っていたであろう。

 だがホームであることも考慮して、樋口としてもリードする。

 次あたりは大介も打ってくるのでは、と思ったのも樋口であった。

 合理精神の持ち主が、直感に頼る。

 なんともいいかげんなものであるが、結果が出ればそれでいいのだ。


 最終的なスコアは3-0でレックスは武史が完封勝利。

 これで21勝目と、普通であれば間違いなく最多勝である。

 普通でない数字が、この10年ほどセ・リーグのピッチャーの間では横行しているのだが。

 とりあえず、まず一勝目を勝ったのはレックスであった。

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