第33話 もう一つの優勝

 セ・リーグはとっくに優勝は決まり、あとは純粋な対決や、タイトル争いが待っている。

 それに対してパ・リーグはここまできてやっとクライマックスシリーズの順位が確定した。

 だが大切なのはクライマックスシリーズを勝ち残り、日本シリーズに出ること。

 そして日本シリーズに勝って、日本一になること。

 しかしこの10年ほど、パ・リーグが日本一になったのは一度だけ。

 実力ではずっとセ・リーグを上回ってきたと自負するパ・リーグにとっては、認めたくない現実である。


 今年のセ・リーグの代表はどこになるのか。

 本命は歴代の最高勝率を叩き出すはずのレックス。

 だが対抗のライガースも、歴代で五指になるほどの勝率を誇っている。

 また短期決戦には異常に強いスターズは、上杉を抱えている。

 この三つの中からどこが飛び出てくるのか。


 今日のレックスとライガースの試合は、その試金石となるであろう。

 レックスは直史が、ライガースの三本柱のうちの二人、真田と阿部に投げ勝っている。

 今日の山田にも勝てれば、極端な話レックスは、直史を使えば必ず一勝は出来る計算になる。

 ファイナルステージで戦うレックスは、三勝すれば日本シリーズへ。

 初日に直史を使えば、最終日まで中四日。

 球数の少ない直史が、回復しない間隔ではない。


 残りの一勝を、どこで、誰で拾うか。

 武史、金原、佐竹、そしてリリーフ陣。

 戦力が欠けなければ、おそらくレックスが勝てる。


 一番難しいのはスターズだ。上杉が投げれば、一つは勝てる。

 だがファーストステージでもう一つ勝つために、ライガースの三本柱と対抗できるピッチャーは、贔屓目に見ても玉縄か福永か。

 どちらにしろ休みの間隔が少ないまま、ファイナルステージで戦う。

 勢いがあれば戦力など逆転してしまうのが、本来の野球というスポーツだ。

 だが今のプロ野球界には、絶対的な鬼札がいくつか存在する。


 その鬼札を、どうやって使っていくか。

 それがそのまま、日本一につながっている。




 クライマックスシリーズに進めなかったのは、北海道、東北、神戸の三チームである。

 だがその中でも東北ファルコンズは、それほど暗澹とした顔をした者はいない。

 それは敗因がしっかりと分かっているからだ。


 投手崩壊の時代から、長くピッチャーを優先してドラフト指名し、安定して育成してきた。

 それをFAで引き抜かれたりもしたが、代わりに人的補償で取った選手や、トレードで取った選手が、バッティング面で開花した。

 同年代最強と言われながら、長らく開花しなかった実城。

 今年はかなり終盤まで、ホームラン王争いと打点王争いの上位にいた。

 投手優先で、野手はあくまでも最低限を取っていたはずが、その数少ない野手が、しっかりと主力になってきている。

 あとは何かきっかけがあれば、一気に戦力は爆発するかもしれない。


 試合をしながらも、他の球場の情報が入ってくる。

 甲子園で戦っているレックスとライガースは、今年の日本シリーズの仮想的、ナンバー1と2だ。

 今年は関係しないとは言え、来年はどうだか分からない。

 もっともレックスはともかくライガースは、主力の中の何人かにFA権が発生する。

 レックスも発生するが、あそこは佐藤兄弟と樋口はまだまだ先の話だし、金原と豊田には複数年契約を結んでいるので、佐竹をどうするかぐらいだろうか。


 ライガースは持ったまま行使していない山田が、このままライガース一筋でいくか、それと真田がどう動くか。

 大介は海外FA権が発生するが、球団はポスティングの話などもしているはずだ。

 球界最高額の、最強バッターに対して、NPB球団としてはこれ以上のない契約を結んでいる。

 だがいくらでも複数年契約を結べるのに、ずっと単年でいるというのも、不信に思うものがいても不思議ではない。

 大介が望むなら、球団はもっと先に、ポスティング申請を認めていただろう。

 もし大介がMLBに挑むなら、それはライガースの大介として行ってほしい。そう思っただろうからだ。

 実際は大介は、単純にMLBに興味がないだけだが。




 遠い甲子園球場では、三回の攻防が終わった。

 初回の一発以外、両チーム共に点は入っていない。

「佐藤と白石、どちらが怖い?」

 これはSS世代を語る上で、何度となく問われる質問である。


 白富東が春夏連覇を果たしたのは、間違いなく大介のバッティングが大きな割合を占める。

 直史はなんだかんだ言いながら、案外投げている試合が少ない。

 岩崎に武史、さらにアレクまでいたため、先発完投したという試合が少ないのだ。

 大介がおかしなぐらいにホームランを打って、打点を稼いでいた。

 対して直史はというと、やたらもったいぶったように、大事な試合にだけ投げている。

 それで結果を出しているのだから、下手な文句はつけられないのだが。


 高校を卒業した時点では、ストレートのMAXも145km/hに達しない。

 ただあの時点でも、ドラフトにはかかっていただろうし、一位指名もされただろう。

 パワーとフィジカルが高校野球とは全く違うプロでも、直史のピッチャーとしての根本的な強さは、当然ながら分かっていたはずだ。

 それでも大学卒業時に比べれば、はるかに評価は低かったと言えるだろう。


 確実に点を取ってくれる戦友を失ってからが、直史の真骨頂であった。

 大学のデビュー戦でパーフェクトを達成し、そこからも毎試合のようにパーフェクトかノーヒットノーランを達成。

 四年間で自責点0というのは、アマチュアの中でもかなりレベルの高い、六大学リーグでも突出している。

 それに加えて、ストレートのスピードも、一つの基準である150km/hを超えた。

 加えてWBCにおけるピッチングや、日米大学野球におけるピッチング。

 明らかにピッチャーとして、上杉とは別の方向に突出している。


 大介は明らかに、歴史上を見ても、伝説レベルのバッターと比較すべき存在だ。

 だが直史はどうであるのか。

 七色の変化球や、精密機械などといった表現は、過去の多くのピッチャーにもあった。

 ストレートで上手く三振やフライを打たせるが、絶対的に打てないストレートというわけではない。

 それなのにいくらなんでも、打たれなさすぎる。


 かつてあった、コントロールのいいピッチャーはあえて打たせて、野手の取りやすい方向に打球を誘導するという似非理論。

 あれは完全に幻想であると、統計によって解明されている。

 直史がやっているのは、ストレートでは内野フライを打たせ、ムービングでゴロを打たせ、意表を突いて三振を奪うというもの。

 ここにおける読みが鋭すぎて、ゴロやフライの速さや飛距離が、より守備で処理しやすくなっている。

 あくまでパーフェクトというのは、ホームランを打たれず、四死球を出さず、そしてあとはほどほどに三振を奪って、最後は守備に任せるというもののはずだ。

 

 それがどうしてここまで上手くいくのか、それは確かに不思議なのだ。

 運の良さ、以外に何か、気づかないところがあるのか。

 ただ直史でも、全ての試合をパーフェクトに抑えているわけではないというのは本当だ。




 親戚であり、今では義弟である淳は、ことあるごとに直史や武史のことを訊かれる。

 ついでにツインズについて訊かれることもあるが、そちらは守備範囲外である。

「ナオ兄は、とにかく昔から、貫禄と言うか立場と言うか、超然としたところはあった気はする」

 淳自身は母方の親戚であるため、わずかに親戚づきあいは薄い。

 佐藤家の親戚づきあいは、もっとずっと面倒なのだ。


 それでも正月や盆などに、佐藤家を訪れることはあった。

 おおよそ直史は、親戚の中の同年代では、かなり年上である。

 だが一番年上というわけでもなかったのだが、なぜか中心にいるのは直史なのだ。

 年下の親戚に対しては、親切ではあった。

 年上の親戚に対しては、一部にはひどく軽蔑していたのだと、今なら分かる。


「あと、女嫌いです」

「結婚してなかったか?」

「してますけど、なんというか、嫁さん以外に性欲を抱かないというか、変な人です」

 そのあたりは本当に意味が分からないところだ。


 たとえば男の子であるから、エロ本を持って男の子だけで集まるという、儀式もやったことはある。

 直史はそういう時、あまり感想を口にしない。

 性欲が薄いのかと思えば「平均より強いと思う」と無表情で言ったりもする。

 あれと結婚する瑞希は、物好きとは言わないがけっこう珍しいタイプの人間なのではと思ったが、瑞希のことも知れば知るほど、割れ鍋に綴じ蓋なのではとも思う。


 


 こんな雑談をしながら、ファルコンズの試合は過ぎていく。

 一応この試合、淳は自分の13勝目がかかった大事な試合なのだが、今年はこれで充分だろうとも思っている。

 一年目から先発でそこそこ投げて、二年目にはほぼローテに固定となり、三年目の今年はキャリアハイ。

 野球選手としては、間違いなく成功した部類だ。


 あとは怪我をしないように、今年は最後まで投げきろう。

 年俸更改が今年も楽しみだ。

 それにファルコンズはピッチャーの計算できる枚数が少なく、バッターはあまり取っていないのに育ってきている。

 即戦力のピッチャーを二枚ほど取れれば、クライマックスシリーズに行けるのではないだろうか。


 こちらの攻撃の間、淳はずっと座っている。

 DHのあるパ・リーグの方が、淳は気楽でいい。

 直史などもバッティングセンスがないわけではないが、長打を打つタイプではない。

 千葉あたりに入っていたら、今年の優勝チームが変わっていてもおかしくはない。


 日本シリーズで、いつか対決することもあるのだろうか。

 そんなことを考えながら、淳は自軍の守備のマウンドに登る。




 クライマックスシリーズ出場を決めた中では、パ・リーグではマリンズが一番直史には近しい。

 単純に千葉出身ということもあるし、直史をよく知る先輩と後輩がいる。

 一度はローテに入っていた梶原は、直史が早稲谷の一年生だったとき、四年生のエースであった。

 もっともそれは春のリーグで、直史がいきなりパーフェクトを達成したため、一気にエースの座は失ってしまったが。


 ドラフト上位で指名され、しっかりとマリンズの戦力になってはいた。

 それは今でも自慢していいことだ。

 だがプロで投げている間も、何度も直史の非常識な話は聞いていた。

 同じリーグで投げていたからこそ分かる。

 あそこでそんな数字を残すのは、人間ではない。


 だが、不敗神話は完成した。

 呆然よりは愕然。

 生意気でマイペースな後輩は、一度も負けなかった。

 つまり負けたとしたら、それは他のピッチャーや監督の責任である。


 同じマリンズにいながら、鬼塚は呆れるぐらいで済んでいる。

 かなり遠回りしてからプロに入ってきたときも、ブランクなどは心配しなかった。

 直史がやるなら、それは出来るということなのだ。

 一年下の鬼塚は、直史の負けた試合にベンチにいたことがない。

 負けた試合は直史以外が投げた試合だ。

 その中の岩崎を打った樋口が、今はバッテリーを組んでいるのだから、人生というのは面白い。


 マリンズには高校よりも、大学で直史にボコボコにされた選手の方が多い。

 味方であったにもかかわらず、梶原は直史によって自信をへし折られた。

 監督の辺見は、あれを同じ人間と思ってはいけないと言っていたが、その言葉がなければ梶原は、プロには来ていなかっただろう。


 今年のマリンズは、もう消化試合に入っている。

 セ・リーグに比べてドームの多いパ・リーグは、それだけ試合の消化が順調であることが多い。

 先に準備が出来てしまうことも、パ・リーグがセに勝ちやすい理由なのかもしれないが、それはクライマックスシリーズで、消耗しあうことでなくなっている。




「そんなこと気にしてないで、二桁勝ちましょう」

 金髪の鬼塚に言われる梶原は、今日の試合に10勝目がかかっている。

 先発ローテに入っていると、一桁と二桁では、勝利の印象は全く違う。

 

 梶原もまた、来年にはFA権が発生するぐらいに、一軍登録をされている。

 今年10勝し、来年もローテに入って10勝したら、FA市場での価値が上がる。

 右の本格派のピッチャーなど、プロには山ほどいるが、実績がついてくる選手は少ない。

 

 併用ながらほぼ正捕手に固定されている武田も、高校時代に白富東と対決した。

 それは鬼塚もいた頃なので、お互いによく分かっている。

 また武田はワールドカップでは、同じチームでもあったのだ。

 基本的に直史は樋口とセットで使われていたが、武田もしっかりとバッテリーを組む準備はした。

 そして感想が、普通のピッチャーの5~6倍、リードが難しいということだ。


 樋口が、ものすごくリードが楽と言っていたので、武田はその感想を口にしていない。

 だがあれだけ球種があってコントロールにも優れていれば、確かに配球に優れたキャッチャーなら、リードするのも楽しいだろう。

 もちろん武田も多くのピッチャーをリードしてきたが、直史の場合はプレッシャーを感じていた。

 これだけのピッチャーを使って、もしも点を取られたらキャッチャーが悪いであろうという。


 今年の日本シリーズ、勝ちあがるのがどこになるのかは、セパともに分からない。

 セ・リーグでは過去二年、リーグ優勝をレックスが決めながら、日本シリーズ進出ではライガースが下克上してきた。

 しかし今年のレックスは、あまりにも強すぎる。

 その原動力とも言えるピッチャーが、今日の試合でもパーフェクトピッチングをしている。


 どこが勝ち上がるにしろ、クライマックスシリーズで消耗しあわない限り、今年もセ・リーグが勝つだろうな、と誰もが思っている。

 上杉の台頭以来、パ・リーグはほとんど日本一にはなれていないのだから。

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