第29話 記憶に残る記録

 現在のプロ野球ファンは幸いである。

 間違いなく伝説に残る選手たちが、全盛期で戦う姿を見られるからだ。

 その中でも特に記録を更新し続けるのが、白石大介である。

 時代が違うためピッチャーの記録は、多くが更新不可能なものになっている。

 だがバッターの記録は、大介が一人で塗り替え続けている。


 ホームランを捨てるなら、打率が五割を超えたり、最多安打の記録を抜いてもおかしくはない。

 だが全力でボールを打つことを新年としている大介は、そういった選択はしない。

「フィールド内に打ったら、野手にキャッチされる可能性が、0にはならないからなあ」

 だから常にホームランを狙うのが正しいと、大介は語るのである。


 実は近代以降の野球記録を世界的に見れば、大介の上の記録はまだまだ存在する。

 たとえばシーズンに限って言うならば、MLBの打率は0.426が最高であるし、ホームランは73本が最高だ。

 盗塁などは130個などというものがあり、またイチローの262安打にはまるで届かない。

 だが打点は、四年目の196点で世界記録を更新している。


 もっともそれぞれの数字では及んでいないものの、三冠王ならばどうなのか。

 MLBを含めても三冠王を四回以上取った選手は、大介しかいない。

 打率にしても21世紀以降に限れば、大介を上回る者はいない。

 野球のスタイルが違う時代には、それに相応しい記録が生まれる。

 なので同時代の中で、どれだけ傑出しているのかを見るのが、正しい評価と言えるだろう。


 大介はプロ入り以来、25試合も欠場した五年目さえも、ホームランを50本以上打っている。

 本塁打、打点、出塁率の三部門は、ずっとトップを独走し続けているのだ。

 21世紀以降、ホームラン王が50本を超えたのは、大介を除けばたったの五回。

 大介の八年連続50本以上、また四年連続60本以上というのが、どれだけ突出しているかは言うまでもない。


 この大介を相手にして、三割以下の打率に封じ込めているのが、上杉である。

 ホームランを打たれないわけではないが、全体的な数字を見ても、大介を並の四番以下に抑えていると言っていい。

 上杉は上杉で、勝ち星の記録はともかく、勝率や防御率は歴代最高を残している。

 もう毎年自動的に沢村賞受賞でいいのでは、などと言われていたが、怪我の離脱もあったとは言え、投手五冠の全てを達成し、武史が沢村賞を取った。

 そして今年、直史が圧倒的なパフォーマンスで、その二人を上回っている。

 特に武史は同じチームだけに、打線の援護も同等といっていい。

 

 奪三振以外は、武史を上回る。

 ここはピッチングのスタイルが違うので、勝てなくても仕方がない。

 それ以上に圧倒的に、敵の打線を封じてしまう。

 忘れてはいけないのは、まだ一年目のピッチャーなのだ。

 既に完成されているとはいえ、パーフェクトを二回も同年に達成など、当然ながら他に例はない。

 一番難しい記録は、両ピッチャーパーフェクトによる延長引き分けだろう。

 これはパーフェクトを達成出来るピッチャーが二人いた上で、ようやく成立するものだ。

 これだけは二度とないであろうと、誰もが認める。




 タイタンズとの試合、最終25回戦。

 真田と本多、両チームのエース同士の対決となる。

 なおこの年が終了後、真田には国内FA、本多には海外FAの権利が発生する。

 真田はパ・リーグに移籍してタイトルを狙っていくつもりであるが、本多はおそらくメジャー行きを考えているのだろう、と言われている。

 去年の国内FA権発生の時に行使せず、タイタンズに残るのかと思われた。

 だがその割には複数年契約ではなく、単年の契約を続けている。

 ここ最近のタイタンズの事情から、本多のポスティングなど認めるはずもなかったが、本人は普通にNPBの延長としてMLBを考えている。

 元々MLB志向ではあったが、それよりは今のタイタンズにはいたくないという気持ちなのだと、吉村や玉縄などは知っている。


 一回の表、本多はいきなりデッドボールで毛利を出塁させてしまうが、その日の初球にポカをするのは、本多にとってはよくあることである。

 続く二番の大江を三振に打ち取り、ランナー一塁で大介の打順。

 ここで勝負を避けないのが、本多の本多たる所以だ。

 大介を相手にしたときの勝率は、それほど良くないように数字から思える。

 だが大介と勝負した上でその数字だという前提があれば、他の大半のピッチャーよりも上の能力だとは分かる。


 本多もブルペンなどでのスピードガンでは、160km/hを計測したことがある。

 ただ今のところ公式戦では、MAXが159km/hだ。

 それでも大介は本多が、打ちにくいピッチャーだとは感じている。

 躍動感のあふれるフォームから投げられる球は、実はわずかにタイミングが違う。

 本多のフォームは元々、完全には固まりきっていないのだ。それを天性のセンスで微調整し、しっかりとコントロールをつけてくる。

 プロ入り一年目から二年目あたりまで、成績がそれほど優れてはいなかったのは、コーチたちにとっては当たり前のフォームの矯正によるものだ。

 その日の体調によってフォームを微調整するのに、それを型にはめてはいけないだろうに。


 ツーストライクと追い込まれてから、投げられたフォーク。

 もっとも本多のフォークは最近、スプリットに近いものになっている。

 この二つの変化球は、原理的には同じものだ。

 ただ回転数とスピードで、速くて少し落ちるのがスプリット、スプリットより遅いが大きく落ちるのがフォークと、日本ではおおよそ大別されている。

 アメリカにいけば全てスプリットなのだが。


 大介は膝を緩めてその変化についていったが、それでも内野ゴロになってしまう。

 上手くカットも出来ず、一打席目は凡退。

 せっかく打点も多くつく場面であったのに、なかなか上手くはいかない。

(この人も来年はいなくなっちゃうわけか)

 今年もここまで15勝と、崩壊したタイタンズのリリーフを当てにせず、かなりの完投勝利をしている。

 おそらくタイタンズは全力で引き止めるのだろうが、それは無理だと分かるべきだろう。

 あとは大介と同期の井口も、タイタンズで単年契約だ。この数年はホームラン40本を打っているのに。

 足を引っ張るチームにいたくないのは、大介にも普通に理解できる。




 本多は大介の一歳年上で、真田は大介の一歳年下。

 一応高校で四ヶ月ほど現役期間がかぶっているが、果たして二人は対決があったのか。

 少なくともプロ入りしてからは、真田の方が圧勝しているはずだ。

 ただそれは純粋なピッチャーとしての力の差ではなく、タイタンズの打線のちぐはぐさが、本多を援護しきれていないからである。

 ライガースの打線とは比較にならない。


 タイタンズの打線は、打撃力はあるのだ。

 しかしそれが得点力にそのままつながるわけではない。

 スラッガータイプを集めていても、大介のようにショートを守れる者はめったにいない。

 だいたいスラッガータイプは守備力や走力より、打撃力を求められる。

 打撃のパワーを持つ肉体に、セカンドやショートの必要とする守備力を求めるのは難しい。特に長打力を持つショートはめったにいない。

 センターも守備範囲を考えれば、まず俊足であること、そして肩の強さが求められる。


 ショートやセンターで選手を取らず、ファーストか、せめてサードまでしかやったことのないスラッガーを取って、起用の渋滞を起こしているのがタイタンズだ。

 もちろんシーズン中に故障や不調などで、入れ替わる可能性はどこにでもある。

 ライガースの場合は山本が今年は、ライトやレフトに入っていることが多い。

 長年ライガースのクリーンナップを打っていたグラントは、そろそろさすがに年齢的な衰えがある。

 代打として長打を期待するならともかく、守備力は明らかに衰えている。


 今年が九年目で、大介などは海外FA権まで発生する。

 直史が入ってこなかったら、去年の時点でポスティングの話をしていたかもしれない。

 上杉に加えて、武史も入ってきたため、面白い勝負は出来るようになってきた。

 阿部や蓮池といった若手も多いが、五十歩百歩。

 それに阿部はともかく蓮池も、明確にメジャー志向なのだ。


 MLBの試合は、いまや普通にネットで見られるようになっている。

 そして断言できるが、上杉と直史以上のピッチャー、もしくは武史以上のピッチャーもいない。

 また特に左相手に強力な、真田のようなスライダーなども珍しい。

 金が目的ならMLBでいいだろう。

 だが最近のMLBは球団拡大路線の限界で、また違う時代に入っている。


 別に一年か二年ほどいって、記録を塗り替えるぐらいのことならやってもいい。

 全般的に見ればMLBは、大介にとって魅力的ではないのだ。




 本多と真田の力投で、なかなか点は入らない。

 先制したのは意外と言うべきか、タイタンズのソロホームランによる。

 七番バッターでも長打力のある選手を置いておける、タイタンズは本当に選手層は厚い。

 だがライガースも本多を捉えられないわけではない。


 2-1と逆転し、八回の大介の第四打席。

 今日の本多はフォアボールは多いが、決定的な場面で大介に打たれるということがない。

 ツーアウトランナーなしで、大介との対決。

 今日はまだ、ヒットも出ていない大介。

 ツーアウトからなら敬遠して、とも思うがそこで西郷に打たれでもしたら、真田が完投するか、強力なライガースのリリーフ陣に封じられる気がする。


 勝負を委ねられた本多が、最初に投げてきたのは深く沈むフォーク。

 だが球速もそれなりにあって、大介は手を出さずに見送る。

 ここまでの落差があるのか、というボールはワンバンでキャッチャーミットへ。

 この落差とストレートを混ぜられたら、ほとんどのバッターは打てないだろう。


 ピッチャーの強みというのは、色々な種類がある。

 上杉などは、ストレートに代表されるパワー。

 直史などは、コントロールと球種によるコンビネーション。

 本多の場合は本格派投手に見えるが、実は少し変則派の部分がある。

 フォームやストレートの揺らぎ。

 完全に安定していないことが、逆に打ちにくくなっている。

 もちろん特徴としては、やはりパワーピッチャーなのだが。


 本多のストレートは、伸びがあっても揺れる。

 大介は、その揺らぎごと叩いた。

 強烈なバックスピンのかかったボールは、本多の頭の上を通過していった。

 ライナーかと思ったら、フライの軌道になる。

 そしてそのままバックスクリーンで跳ね返り、グラウンドにまで戻ってきた。

 投手戦の中、差を広げるソロホームラン。

 68号ホームランは、大介の自己タイ記録へとあと一本。

 打たれた本多も、むしろすっきりとした表情をしていた。




 今年のタイタンズとの対戦は全て終わった。

 次は甲子園に戻って、レックスとの連戦。

 予告先発は、ライガースが山田。

 そしてレックスは直史である。


 ある程度偶然の要素が重なるとは言っても、今年のレックスとの試合で、直史が投げてくる試合は少なかった。

 ただし投げてきたその二試合は、完全に封じられている。

 ピッチャーは対戦数が少ない相手にこそ、打たれにくい傾向はある。

 直史にしてもそのピッチングスタイルが、来年以降もずっとこの成績を残せるとは限らない。


 そういったことも考えて、直史がプロの世界に来なかったのだろう。

 来年以降の戦いにしても、直史のデータはどんどんと集まるはずだ。

 もちろん来年以降いきなり通じなくなるはずはないが、おそらく今年の直史が、一番手ごわい。

 その直史と、ホームの甲子園で、ようやく対決することが出来る。


 甲子園は明らかに、ピッチャー有利の球場のはずである。

 グラウンドは狭く、そのくせ風などの影響でホームランは出にくい。

 そんな球場をホームに60本以上も打っている大介は、その分を踏まえればさらに異常だ。

 ドームや神宮などを本拠地としていれば、ホームラン数はもっと伸びたのではないか。

 これ以上伸ばしてどうする、という意見もあるが。


 ドームでタイタンズ戦を行った翌日、ライガースは甲子園に戻ってきた。

 明日からの天気は、幸いなことに晴天である。

 九月中旬、まだまだ夏の名残の気配は多い。

 ここで、大介と直史は対戦するのだ。


 プロで対戦するなら、四試合ほどはレギュラーシーズンで戦うはずであった。

 しかし雨天などで直史のローテが変更になったこともあり、今年はこれが、最初で最後の甲子園での対決。

(むしろそれっぽいな)

 一発勝負。まさに甲子園っぽいではないか。




 ライガースには直史と因縁のある選手が、それなりにそろっている。

 一年の夏、白富東を破って甲子園に出場した、勇名館の四番打者黒田。

 大原は県大会で何度もけちょんけちょんにしたし、真田と毛利は甲子園で対決した。

 西郷とは同じチームでも戦い、対戦相手としても戦った。

 村上は大学時代、主に直史のせいで、登板機会が少なかった。

 そして大介と孝司は、高校時代はチームメイトだったのだ。

 

 これでライガースのピッチャーが真田か大原、村上あたりが先発なら、まさに因縁の対決だったろう。

 だがこれらのピッチャーは全て、直史に勝ったことがない。

 山田は直史とは対決していないが、ライガース戦は三勝0敗。

 逆にそろそろ負けそうでもあるが、首脳陣はここで山田に託したわけだ。


 ライガースの強力打線を、直史は真田と阿部と投げ合って、両方共に勝っている。

 その点では山田まで負けてしまっては、直史に勝てるピッチャーはライガースにいないように思えるかもしれない。

 だが冷静に考えれば、そもそも直史に勝ったピッチャーが、今年は一人もいないのだ。

 無敗であるということは、つまりそういうことである。


 試合前日、大介は一人で甲子園球場のあちこちを歩いた。

 来年以降もあるとは言え、まさか一年目、ここで戦うのが一度だけになるとは。

 だが、甲子園という舞台を考えれば、そちらの方が「らしい」のかもしれない。

「俺だけじゃ勝てないよな」

 ふと口から洩れたのは、大介の本音であった。

 相手は無敗のピッチャーだ。

 大学以前、国際試合も含めて、何試合連続で負けていないのか。

 クラブチームでの成績は全てを知っているわけではないが、どうせ自責点は0であったりするのだろう。


 今年もこれまで、六打席戦ってヒットは一本も打てていない。

 空振り三振を取られたのは一度だが、あとも完全に封じられている。

 外野にまで飛ばしても、ヒットにはなりにくい打球。

 他のバッターには打たせても、ライガース相手には特に集中して投げている気がする。


 一度は勝たないと、厳しい。

 そう考えているのは、大介だけではないはずなのだ。

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