第22話 事件は球場で起こっている

 プロ野球界を激震させる八月であった。

 佐藤直史による、NPB史上初のキャリア二度目となるパーフェクト。

 それを追いかけるように、上杉勝也もまた、自身二度目のパーフェクトを達成した。

 その後は同じ日に、直史の連続無失点イニングの記録が途切れ、上杉が球速の世界最高を更新。

 更新されてしまった最速のストレートを大介が打って、ドームを破壊するようなホームランを記録。

 甲子園が連日にぎわっているが、この年はプロ野球もそれ以上の盛り上がりを見せている。

 大介が骨折して、期待されていた記録は果たせないかと思われたが、その骨折したまま逆の打席で、ホームランを打ったりもする。


 化け物のいないパ・リーグは平和で退屈だ、などと言われたりもしている。

 だが待ってほしい。そもそもプロ野球選手などというものは、一部の特殊個体を除いて、みな化け物なのである。

 その中でも特に、伝説上の怪物などと言える存在がいるだけで。


 現在のパ・リーグは、絶対的な王者がいない。

 ジャガースがチーム再建中であり、一応はトップを走っている。

 それに続くのがマリンズで、安定して強いがバッティングでまだ突き抜けたところがない。

 コンコルズは素材育成を重視しすぎて即戦力の獲得を甘く見てしまった。

 育成にここのところ、あまり成功していないのだ。

 それに比べるとファルコンズが、今年はかなり調子を上げている。

 去年も五位であったが、後半は伸びてきたのだ。

 コンコルズから獲得した、実城が今さら覚醒したのが大きい。

 ウォリアーズも投手陣がそろってきて、今年のオフあたりには打線の補強を考えている。


 神戸オーシャンは、一人最下位である。

 チーム人気も落ちているのは、関西でライガースの人気が、高まりすぎているのもあるだろう。

 だが昔から近畿圏であっても、ライガースを好きになれない野球ファンはいる。

 そこからの人気として、ある程度オーシャンも需要があるのだ。




 セ・リーグがあまりに派手なだけで、パ・リーグも面白いことがないわけではない。

 ただどうしても地味に思われてしまうのが、現在のパ・リーグである。

 アレクや織田のような、高機動野球をやる選手が、MLBに行ってしまったのも悪かった。

 ただそれでも、蓮池や毒島のようなスケールの大きな選手はいるし、大介もまだやってないサイクルヒットを、悟が達成したりしている。

 もっとも大介の場合は、相手のピッチャーがまともに勝負してくれないというのが大きい。


 ジャガースとファルコンズの対戦となると、かなり高校からの見知った顔が集まったりもする。

「やあ」

「ちゃす」

「おや」

 ジャガースの本日の先発蓮池に、おそらく今年の最優秀中継ぎ投手になるであろう毒島。

 これに今年はトリプルスリーの勢いの悟。

 ファルコンズは今日の先発の淳に、高校の後輩ではあるがプロとしては先輩の悠木。

 白富東と大阪光陰の出身者だけで、ポンと集まってくるのだ。


 かつての敵が今日の味方。

 かつての味方が今日の敵。

「なんか世界が狭いよな」

 この中で年齢が一番上なのは淳であるが、大卒であるためプロとしての年季は、他の選手の方が長い。

 毒島は一個下だが、それ以外はプロとしては先輩だ。

 だが基本的にプロの世界では、年齢が上の人間が偉い。

 単に年上なだけなら別だが、淳はちゃんと実績も残している。


 この中で一番、格上と言える実績を残しているのは蓮池であろう。

 ジャガースは高卒即戦力を好むが、蓮池は特にここまで、新人王の他にタイトルも取っている。

 次が悟で、同じく新人王を取ったが、まだタイトルには縁がない。

 ただベスト9に選ばれたことはあるので、ほぼ同じぐらいの評価としてもいいかもしれない。


 なんとなく集まってしまった五人であるが、別に用があるわけではない。

 高校時代の思い出話となると、いい記憶と悪い記憶が、偏って存在する。

 だがどの記憶も、懐かしい記憶ではある。

「つーか今年のセがやばい」

「おお」

「それな」

 無難なところで、セ・リーグの事情となる。


 今年の交流戦、優勝したのは17勝1敗のレックスであった。

 そして二位は、14勝4敗のライガース。

 レックスはNPBの歴史を塗り替える勢いでの勝率を維持している。

 ライガースはそれに比べれば常識的だが、それでも歴代トップクラスのものだ。

 85%の勝率など、プロ野球のシーズンではありえない。

 完全に戦力均衡が破綻しているが、それも中心選手数人が、完全に機能しているからだ。

 だがそのレックスも、純粋な直接対決では、ライガースに負け越している。




 レックスで目立っているのは、もちろん直史の無敗記録である。

 だが見る者が見れば、チームとしての強さを維持しているのは、キャッチャー樋口の存在が大きいと分かる。

 直史以外に武史や佐竹、金原、吉村といったあたりが勝ち星を圧倒的に積み上げ、勝ちパターンのリリーフ陣の失敗がほとんどない。

 とにかくレックスのピッチャーは、平均防御率が2.38と、他のチームとの防御率が1点以上違うのだ。

 そしてこれだけ優れたキャッチャーなら、インサイドワークだけでも充分なはずだが、バッターとしても恐ろしい。

 チーム内の打率、出塁率、打点、OPSなどでトップを走る。

 トリプルスリーも期待されているが、盗塁の数がわずかに足りないかもしれない。


 ただこの場にいるのは、ピッチャーが多い。

 やはり直史の存在が、注目の的になる。

「MAXが152km/hなのに、どうしてあんなに三振が取れるのか分からねえっす」

 毒島は根本的に粗野で無神経なのだが、目上に対するリスペクトは忘れない。

「それはまあ、投球術だな」

 実際にアンダースローで、被打率や防御率で好成績を残している淳が言う。

 アンダースローはスピードがなくても、ジャストミートすることが難しい。

 チームは同じでも学年がかぶらなかった悠木はともかく、高校時代にアンダースロー対策で投げてもらった悟も、やはり打てないのだ。


 今年は今のところ、ファルコンズでは一番の勝ち星を得ている。

 最終的には12~3勝ぐらいはいくのではないだろうか。

「確かに打ちにくかったですね」

 自尊心の高い蓮池は、一応は言葉遣いに気を遣うが、そこに敬意はほとんど感じられない。

 ピッチャーとしては同じチームの上杉正也や、ウォリアーズの島と共に、ハーラーダービーのトップを争っている。


 蓮池はもちろんピッチャーなのであるが、その打撃力も高く評価されていた。

 セ・リーグに行って打撃もやった方が、年俸は高くなっていたのではないかと言われる。

 大阪光陰出身の打てるピッチャーというと真田もそうだが、蓮池が一番素質的には優れていると言われる。

 DHのないセ・リーグにいたならば、二刀流のピッチャーとして恐怖の九番打者になっていたかもしれない。


 前例があるのだから、二刀流をやらせてもいいのではと言う者もいるが、ジャガースの育成方針は違う。

 実際に蓮池はエースクラスのピッチングをしているのだから、下手にバッターまでやらせて、故障でもされたら困る。

 もっとも蓮池は、今は完全にお山の大将で、エースとして君臨しているが。

 ただし上杉正也を完全には超えられていないと、自分でも感じているらしい。

 来年にはポスティング申請をして、メジャーに行くつもりであると、自分でも言っている。


 大阪光陰の出身者というのは、自信家が多いのだ。

 毒島にしても今季最優秀中継ぎ投手に選ばれそうであるが、本来はクローザーを望んでいる。

 日本のセーブ記録を更新し、メジャーに行ってあちらのセーブ記録も更新するのが目標だと、入団当初から言っているビッグマウスっぷりは、蓮池にも共通するものだ。

 もっとも大阪光陰でも、緒方のように謙虚に着実に、評価を上げている選手もいるのだが。




 この五人の中で、直史を直接に知っているのは、淳だけである。

 後輩の悟や悠木もわずかに交流はあったが、共に戦ったのは淳だけなのだ。

 それに淳は大学でも、直史と同じチームであった。

 武史までいたため、リーグ戦ではなかなか使われることはなかったのだ。


 淳から見ても、直史は不思議な人間に思える。

「一言で言うと、家長っぽいんだよな」

 どっしりとして揺るがない、それが直史の特徴である。


 直接の対決がなかった選手たちも、甲子園での活躍は、必ずテレビで見て知っている。

 二年生の時に一度、そして三年生の時に一度、実質的なパーフェクトピッチングをしている。

 技術的なものはともかく、精神的にどうしたら、そんな記録が達成出来るのか。

 どれだけ優れたピッチャーであっても、一試合を通じれば、何回かは失投がある。

 だが直史を見ている限り、映像からはそれを感じられない。


 ピッチャーとしてどうこうより、人間としての精神性が、どこか他人とは違うのだ。

「投げてると、分かっていても打てない配球ってあるだろ? ナオ兄はそこにどんぴしゃで投げ込めてるんだ」

 普通なら、そこで失投がある。

 失投しない異常さが、直史の長所だ。いや、特異性だ。

 蓮池や毒島はコントロールが悪いわけではないが、コースのコントロールは、せいぜいがストレートのみ。

 それでも内角を厳しく攻められるからこそ、高校レベルではほぼ敵なしだったのだ。


 直史の場合は、変化球でコースをコントロールする。

 さらにカーブの種類が多く、速度や変化量、角度を変えてきたりもする。

 だいたいカーブという変化球は、緩急をつけるためのものだ。

 その緩急で相手を惑わすのが投球術で、カーブで何種類も投げ分けるのは難しい。

 さらには大学に入ってからは、ストレートの速度まで上げた。

 あの綺麗にスピンのかかったストレートは、普通に一級品である。


 今年の交流戦、蓮池は直史と投げあった。

 結局は延長戦で直史が勝っているのだが、対戦したバッターに訊いても、魔法のようなピッチングだとしか答えてもらっていない。

「魔法って言っても間違いはないよな。スプリットをアウトローに投げて、ボール一個だけ外してくるとか、凡退製造機みたいなもんだ」

 義兄ではあるが、淳もまた、直史とはあまり対戦したくないと考えている。

 もしもFAまで投げていて権利が発生したとしても、直史や大介のいるセ・リーグには行きたくないと思っている。

 そもそも今の球団で、ずっと最後まで投げたいと思っているのだが。




 現在のトップレベルの選手から見ても、佐藤直史は異常である。

 変化球の投げ分けを、同じ種類であそこまで出来るのが、何よりも普通ではない。

 ただそういうことを話していると、話題は次のことに移る。

 トップが直史か上杉で、ずっとトップであった上杉が、その座を脅かされつつある。

 ならば三番手は誰なのか。


 それはもう、ちょうどこの日の試合の対決だろう。

 レックスVSライガース。

 先発は佐藤武史と真田の対決である。


 これまた淳の目から見たら、どちらの方が上なのか。

 客観的に数字を見るなら、武史の方が上である。

 甲子園時代も、そしてプロに入ってからも。

 先発として開幕でデビューしノーヒットノーランを達成し、毎年20勝をしている。

 たしかに成績は、武史が上なのだ。


 だがそれは自分たちよりもはるかに高いレベルでの、ほんのわずかな違いにも思える。

「水上さんから見たら、真田さんと俺なら、どっちが上なんですかね」

 こういう遠慮のない傲慢な質問は、蓮池がするものだ。

 毒島もまた自信家であるが、どちらが上なのかなどと考えず、真っ直ぐに進む純真さがある。


 悟は一年生の時に真田と対戦したが、蓮池は一年悟より下である。

 そしてあの代は白富東も大阪光陰も安定感がなく、あまり対戦することがなかった。

「高校時代は間違いなく真田さんだけど、あの人の左打者に対する被打率はなあ」

 左打者であった悟には、天敵のようなピッチャーであった。


 現在のNPBにおいては、左打者の数が多い。

 利き目や利き腕、スイングの特徴などはおいても、単純に一塁に近いというのと、スタープレーヤーに左打者が多いからだ。

 NPB最強の打者である大介も、普段は左で打っているし、最近パからメジャーに行った織田やアレクも、左打ちであった。

 足の速い選手は、やはり左を選びたがるものなのだろう。

 もっとも左打席の弊害というものもあって、進行方向に対して、早めに体が開いてしまうというのもある。

 だがとにかく真田は、その左殺しの能力があるので、総合的にまだ蓮池より上だと思う。


 そもそもピッチャーというのは特徴があり、バッターに対する相性もある。

 それでも絶対的な価値を持つのは、数字なのであろうか。

 ただしその数字も、ある程度は運が存在する。

 全て三振にでもしない限り、バックの守備に頼らなければ、ピッチャーはアウトを取れないのだから。


 さて、同じチームということもあって、悟は素直に助言が出来る。

「ストレートとかスライダーを活かすための、遅い球をもっと磨くべきかな」

 そう言われても蓮池は、気質的に遅い球を投げたくないのだ。

 それならばスライダーとシュートを磨いて、空振りを増やしてしまいたい。




 僅差ではあるが、現在はリーグトップにいるジャガース。

 先発が上杉正也とほぼ同格の、エース蓮池。

 ファルコンズは現在の勝ち頭淳が先発するが、本格派と技巧的軟投派の対決となる。

 

 主力がFAで多く移籍してしまったジャガースだが、本当に重要な中心人物はなんとか残留させ、チームも再建状態に入っている。

 ファルコンズは最後にAクラスに入ったのが10年前と、完全に弱小球団だ。

 だがこの数年のパ・リーグは、だいたいどのチームも強くなり始めている再建期である。

 この試合も両チーム、自軍の良いところを出して、互角の試合展開となっていた。


 己の才能など信じず、ひたすら効率と合理性を求めて、練習とトレーニングを続けてきた淳。

 そのピッチングはノーヒットノーランはおろか、完封さえもほとんど狙えないものだが、同時に防御率は三点前後をキープする。

 安定感としては抜群で、先発で投げればほぼ、クオリティスタートを達成する。

 左のアンダースローから投じられるボールは幻惑的で、一般的な変化球でも、全てが魔球のように変化する。


 対する蓮池は、ストレートのMAXは162km/hにも達し、切れ味鋭いスライダーと、右打者を詰まらせるシュートがもち球である。

 ただし下位打線に気を抜いて一発を浴びる、性格からの病癖が治っていない。

 特にファルコンズの場合は、大山、実城、近衛あたりのクリーンナップが強力なだけに、その後の下位打線で気を抜いてしまうのだ。

 ムラがあるが長打力も高い七番悠木に、ホームランを打たれる。

 特に蓮池はツーアウトから、ソロホームランを打たれることが多い。


 この試合は終盤、同点の場面で球数の多くなった蓮池が、リリーフ陣にバトンタッチ。

 今年は主に七回を任されている毒島であるが、サウスポーの彼は相手打線の状況によって、八回を投げることもある。

 対するファルコンズは、淳が続投である。

 淳のアンダースローは下半身に疲れがたまるが、肩や肘への負担は少ない。

 球数は多くなりがちであるが、それが淳の安定感の源でもある。

 八回が終わって、このまま延長戦突入も見えてきた試合で、ファルコンズの強くなってきた打線陣が光る。


 勝ち越しを決めたファルコンズは、九回の裏のジャガースの代打攻勢も封殺。

 これにて勝利は決定し、淳は完投勝利となったのであった。

 やたらとセにばかり目が向きがちのプロ野球。

 だが熱闘はパ・リーグにおいても繰り広げられているのである。

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