第18話 第三者視点

 ※ 本日のお話は東方編45話を先にお読みください。




×××




 直史と大介の二度目の対戦。

 勝つのはどちらかと、おそらく現在の日本で五指に入るピッチャー二人の意見が割れる。

「白石だ」

「兄貴だ」

 上杉は大介が打つと予測し、武史は直史が抑えると予測した。

 いや、上杉のそれは予測であったかもしれないが、武史のそれは信頼か。

 そして両者を信頼しているツインズは、意見が同じであった。

「この打席はまだ」

「お兄ちゃんだね」

 旦那に対しても、冷徹な評価を違えない。


 意見としては自分のものが否定されたが、上杉が気分を害するということはない。

「佐藤兄には、まだ引き出しがあるということか」

「どうでしょう?」

 武史が直史を信頼するのは、理屈ではないのだ。

 理屈ではないから説明も出来ないし、理屈ではなくとも信頼は出来る。

 直史は期待を裏切らないのだ。


 それでもまだ、上杉は直史のことを信じきれない。

 前の試合では大介を、どうやって封じたのか上杉には分かる。

 セットポジションからのクイックで、タイミングをずらしたのだ。

 だがどんなクイックモーションでも、足を着地してからのタイミングをずらすのは、限界がある。

 この日の一打席目も、タイミングをずらされたようだがカットしていった。

 サード村岡のハッスルプレイでアウトにはなったが、チェンジアップにも充分に対応できていたのだ。


 直史の球速は、最高が152km/hと言われている。

 そしてスローカーブで90km/h台を投げることが出来る。

 このえげつない緩急差に対応するなど、速球に強いだけのバッターなら不可能だろう。

 だが大介は遅い球でもしっかりスタンドに持っていく、スイングスピードを兼ね備えている。

 60km/hの緩急差。

 上杉は前回の直史とバッターとして対した時、変化球主体で打ち取られている。

 そして直史は、万が一にも上杉のボールでデッドボールなど受けないように、当てようとしない限りは当たらない場所に立っていた。


 上杉の美意識からすれば、直史の生き方自体が相容れない。

 もちろんだからといって意味もなく忌み嫌うような、器の小さな人間でもない。




 この二打席目も直史は、変化球を上手く使ってくる。

 プロでもたいがいのピッチャーは、変化球のコントロールまでは、あそこまで上手くは使えないものだ。

 内と外、そして高目を意識的に使い、ストライクカウントを増やしていく。

 だが、大介はもう、どんな変化球にでも対応出来るだろう。

 投げる球がないと、上杉のみならず武史も思った。


 だがこの場には、超常の範囲に感覚を持つ者がいる。

「お義兄さんが勝ちます」

「そうね」

 恵美理が口にした言葉に、イリヤが同意した。


 恵美理には、バッターの狙っているボールが分かる。

 大介相手には、どこに何を投げても無駄とさえ思えるが、そのバットの届く範囲に、穴が一つ。

 なぜイリヤにまでそれが分かったのかは、この場では明らかにならない。

 問題は、二人の言葉の正しさが証明されたこと。

 直史のボールは、バックネット裏の特等席から見ても、訳が分からないものであった。

 端末で今のボールの中継をしている番組を見ても、意味が分からなかった。


 ど真ん中に投げられたストレートを、大介が見逃した。

 その後の大介の表情までも、カメラはしっかりと捉えていた。




 恵美理とイリヤはオカルトパワーの持ち主であるが、自由自在にそれを使えるわけではない。

 恵美理の場合は接近した人間の意識のベクトルを感知すること。

 イリヤの場合は音を通して周囲の状況を把握し、そして他者へと影響を与えること。

 ただしイリヤの力は、直史を量りきることは出来ないし、恵美理にしてもこの距離なら、普通は何も分からない。

 だが、大介の力は、これも半ばオカルトである。


 芸術的な感性の鋭い二人には、感じられるのだ。

 鋭敏すぎる五感から吸収した情報から、直感めいて導き出される。

 だがそれは言語化出来ないだけで、二人の中では理屈だっている。

 そこでも打ってしまう大介の力の、渦の中心。

 そこだけがぽっかりと空いているゾーンであった。

「恵美理ちゃん、すごい……」

 明日美にそう言われてテレテレとする恵美理が、自分の奥さんをしている時より可愛くて、嫉妬する武史である、それはどうでもいい。


 腕組みをして考える上杉は、唸るしかない。

「ワシもあそこに投げたら、打ち取れるのか」

「いや、上杉さんは無理でしょ」

 武史は食い気味に否定したが、自分でも無理だろうなと思う。


 あれは、選択肢の多い直史だから出来るのだ。

 大介なら、確実に打てるはずのボールだった。

 しかし上杉や武史が投げた場合、ど真ん中なのに打てないボールになってしまう。

 それならば、逆に大介は打てるだろう。

「意識の外にあったボールだったからかなあ」

 明日美はそう言うが、彼女が大介の立場であれば「失投ラッキー」と思って打ててしまっただろう。


 大介のことを理解した上で、空気を読んで投げた。

 普通に打たれればホームランなだけに、その勇気は賞賛されるべきものだろう。

「お義姉さんはどう思います」

 ここまで息をひそめて試合を見守っていた瑞希は、ほとんど会話に参加していない。

「どうって……すごく怖い」

 今年の大介の成績を見れば、まともに勝負する方がおかしいというのが正論である。

 しかし誰にでも打てるコースに、プロならば打てるスピードで投げ込んだ。

 これこそまさに、コンビネーションの極致とは言えるのだろう。


 直史が大介と対決するのは、最低でもあと一回。

 メモなどから直史の配球を、散々に調べている瑞希は、この状況なら直史は、完全に幅一杯のピッチングが出来るように思える。

 ただ一つだけ、制限がある。

 直史は、大介が相手でも逃げない。

 以前に聞いたことがある。もしも甲子園で、相手のチームに大介がいたらどうか。

 満塁で押し出しにでもならない限り、歩かせることを選択に入れて投げると言っていた。

 だが今は、その選択肢がない。


 瑞希はなぜ、直史がプロの世界にやってきたかを詳しく知っている。

 直史と大介以外では、直史が正しく説明したのは、ほんのわずかにしかいない。

 大介は、直史との勝負を求めている。

 申告敬遠がベンチから出たならともかく、それ以外は必ず対決していくはずだ。

(第三打席、もしも勝負するなら……)

 瑞希には直史が何を投げるか、分かっている。




   ☆ 佐藤直史VS白石大介withライガース part42 神話継続中 ☆


 169 名前:名無しさん@実況は実況板で

  ミスショット?


 170 名前:名無しさん@実況は実況板で

  白石の痛恨のミスショット!


 171 名前:名無しさん@実況は実況板で

  オワタ

 

 172 名前:名無しさん@実況は実況板で

  あとはもう西郷に期待するしかない


 173 名前:名無しさん@実況は実況板で

  四点差は追いつけないな


 174 名前:名無しさん@実況は実況板で

  お前ら、実はまだパーフェクト継続中だぞ


 175 名前:名無しさん@実況は実況板で

  ライガース相手にかよ


 176 名前:名無しさん@実況は実況板で

  リーグナンバーワン打線にパーフェクトとかワロス


 177 名前:名無しさん@実況は実況板で

  リーグナンバーワンとかじゃなくて、白石を全打席封じたというのが大きい


 178 名前:名無しさん@実況は実況板で

  今日は村岡がいい仕事した


 179 名前:名無しさん@実況は実況板で

  まさかここでやるの? 二度目のパーフェクト?

  カップス相手じゃなく?


 180 名前:名無しさん@実況は実況板で

  二打席目が全てだったな


 181 名前:名無しさん@実況は実況板で

  それでも村岡なら

  村岡ならきっと何かやらかしてくれる!


 182 名前:名無しさん@実況は実況板で

  二打席目は不思議だったなあ


 183 名前:名無しさん@実況は実況板で

  西片はさすがゴールデングラブ賞経験者だけあるな


 184 名前:名無しさん@実況は実況板で

  お前ら村岡いじめすぎ

  普通に標準よりいい指標のサードだぞ


 185 名前:名無しさん@実況は実況板で

  また八回途中で交代とかないやろな


 186 名前:名無しさん@実況は実況板で

  サードにさえ打たせなければパーフェクト達成だな


 187 名前:名無しさん@実況は実況板で

  二度あることは三度ある


 188 名前:名無しさん@実況は実況板で

  二打席目の金縛りはなんだったん?


 189 名前:名無しさん@実況は実況板で

  ボール球だな、これ見ると


 190 名前:名無しさん@実況は実況板で

  高めのボール球だな。ホップ成分マシマシ

  他のピッチャーも、佐藤弟とかよく使う球


 191 名前:名無しさん@実況は実況板で

  ボール球を振らされたわけか


 192 名前:名無しさん@実況は実況板で

  あと六人。いくらなんでも今度は代えんやろ


 193 名前:名無しさん@実況は実況板で

  佐藤が三人いたらどんなチームでも優勝出来るな


 194 名前:名無しさん@実況は実況板で

  コントロールいいから、ボール球でも打てそうに見えるんだろうな


 195 名前:名無しさん@実況は実況板で

  二打席目、本当にああいうのあるんだな


 196 名前:名無しさん@実況は実況板で

  しゃーない 

  白石が打てないなら他の誰も打てない


 197 名前:名無しさん@実況は実況板で

  まあ相手が強いほど、すごいピッチングしてる人だしね


 198 名前:名無しさん@実況は実況板で

  佐藤は白石だけ抑えればいいけど、白石は上杉とも対戦しないといけないのが大変そう


 199 名前:名無しさん@実況は実況板で

  伝説の達成されるところを見たいけど、ワイの知ってる伝説のほとんど、佐藤の立てたものやでwww




~~~




 遠く離れた仙台の地から、淳は義兄のピッチングを見ていた。

「うわ~……」

 ソファの隣に座った葵は呟き、思わずといった感じで淳の横顔を見つめる。

 佐藤三兄弟最弱と言われながらも、東北ファルコンズの主力として投げている淳。

 防御率の割りに勝ち星が増えていかないのは、今のファルコンズのピッチャー全てに言えることだ。


 仕事が少しだけ遅くなった葵は、帰宅したときに電気も点けずに観戦していた淳が、かなり凶悪な面相をしていたのを見ていた。

 食事もせず、ずっと試合を見ていたのだ。

 葵もアナウンサーの興奮した解説により、この試合が特別なことは分かっている。

 自身も数合わせながら、高校時代は野球をしていたのだ。

 色々と理系の立場から、野球の投球分析をしてみたこともある。

 彼女の専門は樹脂素材なのだが。


 パーフェクトを達成した瞬間、画面の直史は喜ぶでもガッツポーズをするでもなく、マウンドに座り込んだ。

 歩み寄った樋口が手を伸ばしてそれを立たせて、周りのナインがもみくちゃにする。

「……本当に人間かよ」

 やっと口を開いた夫の声に、呆れたように葵は返す。

「大学時代も何回もパーフェクトはしてたでしょ?」

「いや、あれとこれとはリーグのレベルが違うんだけど……」

 ただ、大学時代は当たり前のように、パーフェクトをしていたのだ。

 リーグ戦に限って言えば、完投した22試合のうち、11試合で完全試合をしている。


 ノーヒットノーランを含めれば、半分以上の試合で、ヒットを打たれなかったのだ。

 明らかにオーバースペックで、大学リーグでは投げていたと言える。

 プロの舞台に来て、そこそこ打たれているのを見ていたが、それでも当たり前のように完封はしていた。

 無失点イニング記録。

 それはずっと続いていたが、ここでまた空前絶後の大記録が達成された。

「パーフェクトなんて一生に二度も出来るもんじゃないだろ」

 それにこの試合は、大介の前のめりの戦意がなければ、少なくともランナーとしては出ていた。


「もう、ほら、食事の支度するから手伝って」

 ピッチャーに包丁を持たせないことは分かっている葵だが、この時に淳の目を見て、思わず後ずさる。

「奥さん」

「ちょっと! こんなところで発情しないでよ!」

 だいたいいいピッチングをした夜は、激しく求めてくる夫である。

 だが次の日が休日ならともかく、フレックスタイム制とはいえ勤め人の葵は、そのスポーツ選手のパワーに付き合わされるのはたまったものではないのだ。


 細身に見えるが、ひょいとお姫様抱っこで持ち上げるあたり、淳もプロのアスリートなのだ。

「せめてシャワー浴びさせろー!」

 こういった時には、全く妻の要望を聞かない淳であった。




 何が起こったのか、理解している者はいる。

 だが理解していても、それを消化出来ている者は少ない。

 ライガース打線を、パーフェクトに抑えてしまった。

 八回に西郷が凡退したとき、確かにその予兆はあったのだ。

 いやそのさらに前、大介を外野フライに打ち取った時からか。


 神宮の観客が、スタンディングオベーションをしている。

 それは上杉や武史も例外ではなく、ただイリヤだけは五線譜にペンを走らせていた。

「脳汁出てきたわ~」

 興奮する彼女は鼻血まで流し、慌てて瑞希がそれをハンカチで抑えたりもしている。


 これはもう、いくつめかの伝説であろうか。

 甲子園で、アメリカで、東京ドームで、神宮で。

 直史は己の存在を、歴史に刻み続けている。


 記録に残る者と、記憶に残る者がいる。

 そして記録にも記憶にも残る者がいる。

 直史はその中で、間違いなく両方に残る者だ。


 野球中継は続いている。

 試合は終わったが、ずっと続いている。

 そしてこの衝撃は、まだ何度も響き返して、観衆の魂を揺さぶる。


 伝説を見た。

 九回14奪三振93球パーフェクトピッチング。

 同じピッチャーが同一年に二度のノーヒットノーランというのは、上杉がルーキーイヤーに成し遂げたことだ。

 だがルーキーイヤーに、パーフェクトを二度達成した者はいない。

 そもそもパーフェクトを二度達成した者がいないのだ。


 これは快挙だが、単純に感動したとか、そういうものではない。

 何か、どこかおどろおどろしく、訳が分からないものだ。

「佐藤……」

 この場には他にも佐藤姓の人間がいるが、上杉が呟いた言葉は、間違いなく直史を示していた。

 その瞳に輝く意思は、まさに炎に近い。


 この年もまた、上杉は短い登板間隔で、勝ち星を積み上げていた。

 それが加速するのが、この試合の後であった。

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