第13話 概念を破壊する

 ※ 本日の時系列も、東方編40話が先となります。


×××


 オールスターでもホームランを打ちまくった大介は、もはや過去の誰とも競うことはない。

 いや、過去の己自身であれば、競うこともあるのかもしれないか。

 オールスター明けの初戦は、フェニックスとの三連戦。

 久しぶりに四打席、ちゃんと勝負してもらった大介は、打点を積み重ねては盗塁で先の塁をうかがい、そこからホームを狙っていく。

 大介の打席を封じるのは、その打席において何をすればいいかだけでは足りない。


 試合全体を通して見て、どこで勝負しどこで避けるか。

 フェニックスは東に竹中という、頭のいいキャッチャーがそろっている。

 単純にデータの分析ではなく、期待値を使って勝負するポイントを考える。

 ランナーが一人、一塁にいた場合。

 これはランナーを二塁に進めてしまうため、普通ならばバッター勝負となる。

 しかし大介の場合は、前にランナーがいるなら、盗塁も出来ないので歩かせた方がいい。

 こういったデータを集めて、チームの中で考える。

 そこまでやっても三試合で三打点、ホームランも一本打たれたりする。


 アンストッパブルと、正しく言うべきだろう。

 まともに勝負できるピッチャーは、日本でも二人だけ。

 あとはどんどんと打たれていく。

 もうどうしようもなく、打率が四割に乗っている。

 ただし出塁率はそれ以上に高い。

 バッターボックスに入れば五割以上の確率で塁に出てくれる。

 得点機会であれば確実に走ってくるが、もしもここで成功したなら、大介の脅威度はさらに上がっていくのだ。


 


 年間143試合のレギュラーシーズンと、オープン戦やオールスター、プレイオフ。

 九年目の大介は、そろそろかなりデータも集まっている。

 ただしそのデータが、年々更新しなければ役に立たない。

 プロ入りして二年目が一番顕著であり、この二年ほどはさすがに鈍ったかと思われた。

 それは大介の成長速度だ。


 20代の後半ともなれば、肉体的にはそろそろピークである。

 あとはここから技術と、経験によってパフォーマンスを上げていく。

 それでも成長曲線は緩やかになっているはずだが、今年の大介は化け物過ぎる。


 戦う相手が違うからだ。

 これまでにも毎年、新しい戦力が入ってはきていた。

 しかし三年前の武史以降、本当に特筆すべき選手は入っていない。

 だが今年は直史がいる。

 若手の中には成長しているピッチャーもいて、同じチームであれば阿部などがそれは顕著だ。

 それでも直史と比べると、対処すべきことは圧倒的に少ない。


 オールスターで一緒のチームになったが、ベンチの中の直史は、完全に気を抜いていた。

 それでもヒットは一本も打たれなかったが、三振も一つという変わった内容。

 あるいは後半戦早々に、ポロっと負けてしまうのかと思った。

 だが実際にその初戦の内容を見てみれば、やはり直史は直史であった。


 対タイタンズ15回戦、本多を相手に九回までパーフェクトピッチング。

 ただし本多もまた無失点で、パーフェクト達成ならず。

 そして10回には珍しく普通にヒットを打たれ、パーフェクトもノーヒットノーランもならず。

 しかし最後まで点を取られることはなかった。


 どれだけ投げれば失点に結びつくのか。

 NPBの無失点記録を続けていくが、イニング数では既に軽く新記録となってしまった。

 試合における無失点という点なら、リリーフ陣でもっと長く失点していない例はある。

 だが直史は先発ローテの投手で、しかもほとんどを完投しているのだ。


 前回は完全に抑えられてしまったが、今度はもっと限界まで研ぎ澄ませていきたい。

 そして今度こそ、直史のボールを打ちたい。

 そうは思っても次のレックスとの三連戦は、直史のローテが回ってこない順番である。

 さらに少なくとも七月は、対戦することがない。


 あくまでも偶然なのだが、ライガースとレックスの対戦は、シーズン後半の方が多くなっている。

 直接対決で首位攻防をしてもらって、セ・リーグを盛り上げてほしいという意図でもあるのだろうか。

 この三年、セ・リーグの順位は一位がレックスで、二位がライガースというのが、三年も続いている。

 そして二年連続でライガースが下克上して、日本シリーズでも連覇していた。




 直史は投げてこないといっても、レックスのローテは順番的に、武史、吉村、古沢と、それなりに歯ごたえのある相手だ。

 特に一戦目は真田と武史の対戦という、完全に目が離せない投手戦になる組み合わせだ。

 だが大介としても、直史の前菜として、武史から打っておきたい。

 開幕でこそ一回で降板したが、その後はまだ無敗で、ここまで直史や上杉とともに、ハーラーダービーのトップ争いをしている。

 実際のところは頭一つ抜きん出ているのは、やはり直史であるのだが。


 武史相手には打てている大介だが、それが点には結びついていない。

 そのあたりは武史の力ではなく、樋口の策謀によると思っている。

 大介の打点がつかなかったことによって、武史は完封して勝利している。

 ただし今度はこちらも、真田を当てていく。

 両チームのリリーフ陣の具合などを見ても、おそらく一点の勝負となる。

 舞台は甲子園球場。武史と真田にとっては、因縁の場所である。

 打線はライガースの方が有利で、キャッチャーのリードはレックスが有利。

 総合的に見れば、ほぼ互角の戦いになるだろう。


「でも大介君、第一戦は雨になりそうだよ?」

 もこもこと動く我が子をあやしながら、冷静になって言ったのが、ツインズのどちらであったのか。

 大介はいまだに、よほど近づいてみないと、二人のどちらがどちらか分からないのであった。

 その言葉通り、雨で一戦目は順延。

 ただしどちらもエース級のピッチャーであるため、登板予定はそのまま一日スライド。

 そして大介は雨の日ではあるが、室内練習場に向かう。


 寮を出て不便になったのは、今まではほしいデータがあった場合、すぐにそれを分析班に用意してもらえて、他の選手と共に検討していたという点だ。

 今でも球団のデータベースに接続し、ツインズと共にあーでもないこーでもないと議論するが、そのうち昇馬を構って遊び始めてしまう。

 生まれた時からびっくりするぐらい元気な長男は、どちらが母親なのか区別がつくのか。

 おっぱいの匂いで、確実に産みの母の区別はつけているらしい。




 雨で順延となったその夜、珍しく武史がやってきた。

 義理の兄弟になったとはいえ、明日は対決する敵同士、あまり馴れ合うのはまずいだろう。

 だがこの関係はあくまでも秘密になっている。

 大介は球団の友人も自宅には招いていないため、私生活が謎というキャラになっていた。

 もっとも寮の方には時々顔を出すため、そんな印象は受けにくいのだろうが。


 ツインズとの関係も表になっていないため、白石大介不能疑惑というのは、ずいぶんと前から言われている。

 それは別としても、そっち系の店にも行かないため、あまり性欲はないのだろうとは思われている。

 実際のところは絶倫であるのを知っているのは、この世でたった三人である。

 二人でないのは、ツインズがけっこう赤裸々に、そのあたりの事情をイリヤなどに話しているからだ。


 この日に武史がやってきたのは、ツインズへの話があったからだ。

 頼まれても出来るだけ、二人には会いたくない武史であるが、さすがに絶縁しているというわけでもないので、色々と話してこいと言われることはある。

 直史の方が話はスムーズなのだが、プロ入りして一年目の直史は、まだ甲子園での登板がない。この間のオールスターのような、特別な例外はあるが。

 武史は昇馬を抱っこして、うちの息子の方がだいぶ重いな、と思いつつも話をする。


「お前ら、芸能界の方はもういいのか?」

 ツインズは当たり前だが、ここのところはソロで受ける仕事が多くなっている。

 それでも育児には二人分の力がほしかったりするのだが、こういった世界では人とのつながりを軽視するわけにはいかない。

 また、もう一つ理由がある。

 イリヤがアメリカでの仕事をまた少なめにして、日本を拠点に活動しようかと考えているのだ。


 芸術活動というのは、ネットでつないで顔を見て話すだけでは、充分に伝わらないものがある。

 人間の情報伝達手段は、視覚と聴覚が大きいものだが、それだけでは済まない。

 わずかな体の動きや、身振り手振り、それに発汗などの嗅覚に、直接触れる触覚。

 音楽のために必要なものは、直接会わなければ感じ得ないものである。

 ツインズは基本的には、大介との接触を優先している。

 だが他の全ての人間関係を、後回しにしているわけではない。


 二人にとって特別な他人は、ほんの数人だけいる。

 その中でも特に大きなのが、大介とイリヤ、あとは明日美ぐらいである。

「今年の夏、ライガースが遠征多くなった時に、少し帰ってこいってさ」

 なるほど真っ当な理由である。

 佐藤家は盆と正月は、帰省してくる親戚が多くて忙しくなるのだ。

 ただ芸能界などというヤクザな世界に行ってしまったツインズは、外国に嫁に行ったような、微妙な立場であるらしい。

 大介は普通に家に招かれるが、親戚の集まりには顔を出さないという、微妙な関係になっている。




 泊まるわけもなく、武史はホテルに帰っていく。

 別に泊まっていけるよう来客用の準備はしているのだが、武史としてはツインズと同じ屋根の下というのは、どこか警戒してしまうものなのだ。

 関東に戻っても、甲子園の期間であれば、母校は出場しているかもしれない。

 まだ千葉県の大会は始まったばかりだが、とりあえずは勝ち残っている。


 武史を見送った大介としては、なんだか自分の世界が広がったな、と感じる。

 東京に生まれ育ち、千葉で活躍し、甲子園で戦い、海外にまで戦いに出た。

 日本各地の球場に、キャンプ期間は沖縄へ、あるいはハワイや南米のリーグに参加したこともある。

 確実に言えるのは、今年の自分は生まれてからの野球人生において、もっとも充実しているということだ。

 命がけで、などということは言わないが、全身全霊を賭けて戦う相手が、二人もいてくれる。

 ただしチームの都合があるため、そうそう対決することはないのだが。


 やはりプレイオフに進まなければいけない。

 今年の調子からいって、ファイナルステージの対決が、レックス相手になる可能性は極めて高い。

 またその前のファーストステージでは、上杉のいるスターズと戦うだろう。

 ファイナルステージの日程を考えれば、おそらく直史とは二試合対決することになる。

 本気で戦うことが出来るのは、その二試合。

 あるいはシーズン終盤に順位が追いつきそうになれば、直史の登板間隔は詰めてくるかもしれない。

 また今年のレックスには、様々なチームのシーズン記録がかかっている。

 ただそれらの記録は直史が投げなくても、今のレックスならどうにかなりそうね感じはする。


 プロ入りしてから色々と環境は変わっていったが、今年が一番その変化は大きかったと思う。

 来年、いや今年のシーズンオフも、色々と動きはありそうだ。

 ライガースとしては、真田のFAがどうなるか。

 前年度複数年契約を打診したが、真田は断っている。

 大介と同じく、これまでずっと単年契約をしてきた真田だが、FAのかかっている年の単年契約というのは、意味合いが違うのだ。

 来年はどこかに行って、ライガースと戦うことになるのかもしれない。

 それはそれで厄介なピッチャーと対決出来るので、なかなか望ましいことではある。

 真田相手にはいまだに、勝ちきれているとは言えない大介なのだ。




 さまざまな人間が、様々な思惑で動いている。

 だが他人を自分の思惑通りに動かそうと、陰謀を巡らせている人間はそう多くない。

 影響力が絶対的に大きなイリヤなどは、自分の力で他人を動かす。

 上杉は自分の動きが、周囲を動かす。

 そんな中で明確に、悪意ではなくただ自分の目標のために、世界を動かそうとしている者もいる。

「そろそろかな」

 セイバーは東京の高層マンションで、そんなことを呟いた。


 ずっと昔に考えていた駒が、やっとそろってきた。

 それぞれがあまりにも力強く、自分の思ったとおりに動いてくれる駒などなく、上手く誘導するしかなかった。

 それも予想よりはずっと難しくて、思ったよりもずっと時間も手間も、金もかかったものであった。

 だが今、本当の目的にむかって、事態は動こうとしている。


 残り四ヶ月ほどの、今年のシーズン。

 セイバーだけがその邪悪な目的を、しっかりと認識していた。

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