第12話 人気と実力
人気のセ、実力のパ。
昭和の頃にはよく言われた言葉である。
なぜパ・リーグは強いのに人気がなかったのかというと、それは単純に宣伝の違いである。
新聞社やテレビ中継など、よりその情報拡散手段が限られた時代は、誰かが知っていなければ、人気が出るはずもなかった。
時代が変わって、地域密着型の球団という形になり、人口100万を抱える都市に、球団が移動する。
さらにネットの発達によって試合を見ることが出来るようになり、それでいてやはり地元のチームの試合は球場に行って見るようになり、それが球団とファンをつなぐことになる。
ただ昔に比べれば、選手の移籍が増えたことによって、選手個人のファンになることは、難しくなったかもしれない。
この10年あまりのプロ野球は、個人の時代であったと言える。
かつてスーパースターが出現したことにより、プロ野球が隆盛を迎えた。
同じことがまた起こった。悲運のエース上杉のプロ入りと、一年目からの伝説の活躍。
そしてそれへのカウンターのように、最強のバッターの出現。
全てが全てではないが、セ・リーグに国民的知名度を誇る選手が、集中していると言っていい。
「なので我々は今団結し、セ・リーグに勝たねばいけないのである」
変態と正しく言われるウォリアーズのキャッチャー山下が、そんなことを言っている。
「反対はしない」
咲坂や尾崎などのベテランはそう流すが、若手はガチで勝ちに行きたい。
「せめてもう一打席回ってくれば……」
悟はそう言うが、直史を二打席目で打てるはずはないのだ。
三イニングを投げられて、パーフェクトピッチで次のピッチャーにつなげられた。
兄弟継投などをされて、こちらはなんとかヒット一本を打ったが、三番手に出てきたのが上杉である。
他にもピッチャーは多いので、三イニングを投げたのは直史だけであるが、かつて九者連続三振を取った上杉より、その存在は不気味だ。
「日本シリーズまでにどうにか対策考えないと、パーフェクトやられてもおかしくないな」
大介に一発打たれた蓮池が、冷静にそう言っている。
「去年みたいにライガースが下克上してくれればいいんだけどな」
大山はそう言うが、そのライガースが結局は日本一になっている。
レックスを止めたとして、上がってくるのはライガースだ。
パの球団は全て、ライガースに交流戦で負け越している。
たださすがに、今年はレックスが上がってくるだろう。
勝率もとんでもないし、何よりチームの連勝記録が恐ろしい。
単純にピッチャーが一人か二人すごいだけでは、連勝記録は作れない。
チーム力が満遍なく優れていてようやく、連勝記録などが作れるわけである。
直史、武史、金原、佐竹、この四人は圧倒的だ。
また古沢と吉村も、貯金の数ではエース級である。
そしてリリーフ陣も、ロングリリーフの星に、終盤の勝利の方程式である、豊田、利根、鴨池。
これだけのピッチャーが、偶然にそろったはずはない。
問題はキャッチャーなのだろう。
「誰か樋口潰せよ……」
蓮池の遠慮のない言葉に、ドン引きする人間もいる。
だが自ら壊しに行こうとは思わないあたり、蓮池の最低限の道徳観が発揮されているのか。
オールスターの一戦目は、豊富な投手陣を使ったセが、大介の打撃を中心として勝ったように見える。
だが実際のところは、その投手陣を使いこなして、パから一点も奪われなかった樋口がMVPだ。
もっとも選手がそれを判定するわけではないので、普通にホームランを二本打った大介が、MVPに選ばれた。
そしてピッチャーとしては、三振はわずか一つながらも、全てを内野で処理させた直史が、表彰された。
二試合目は、甲子園に舞台を移す。
セは地元甲子園から、ライガースの阿部が先発として出てきた。
おそらく真田もまた出てくるのであろう。
パも神戸から選出された、中路が先発として出てくる。
比較的互角と言うか、点を取り合う試合になったが、徐々にペースはパの方に移っていった。
だがこのオールスターにおいては、ピッチャーがバッターに対して、フォアボールで逃げたらどっちらけである。
つまり普段は無茶な体勢からでもホームランを打っている大介が、ゾーンを通る普通の球を、打っていくことが出来るのだ。
ツーアウト満塁という状況で、大介に最後の打席が回ってくる。
ここでグランドスラムをしてしまうのが、大介の大介たるゆえんである。
パのチームでも、試合後は残念会のように飲みに行ったりはする。
だが場所は大阪で、次の日には飛行機や新幹線に、すぐに乗れるように考える。
北海道や東北、そして福岡など、遠距離を移動しなければいけない。
そのあたりやはりセ・リーグは交通の便はいい。
「けれどMLBだと、メインは飛行機移動なんすよね」
将来的にはMLBへの移籍を考えている、若手連中。
島、後藤、蓮池、毒島あたりには、はっきりとそのイメージがある。
「ま~、俺はアメリカ住んでた頃もあったし、そもそもアメリカの方が暮らしそうだし」
蓮池はそんなことを言うが、毒島はもっと野心的である。
「本場のメジャーリーガーはモテまくるらしいですよ!」
下半身の方に野心的であるらしい。
実際のところメジャーはともかく、代理人をつけておくと自然と、メジャーの代理人が接触してきたりする。
ただどの代理人も言うのは、メジャーに挑戦するにしても、日本でしっかりと貯金を作っておくこと。
トレーナーやハウスキーパーを雇うなど、そういった金銭的な問題がある。
今のNPBの選手の中で、一番実力的にMLBでも通用しそうなのは、ピッチャーなら上杉で、バッターなら大介である。
上杉の場合は登板のパターンが、既にMLB的であるとさえ言える。
日本の場合は中六日が主流であるが、MLBでは中五日か中四日。
そんなタフな環境に耐えられるのは、そうそういないだろう。
もっとも上杉なら余裕で耐えられそうでもある。
よほどのハングリー精神か、絶対的な自信がないと、メジャーでは通用しないと言われる。
あとは実力とは別の次元で、環境の合う合わないのもあるのだとか。
「でも織田さんとかアレクが通用してるんだから、日本の野手も充分に通用するようになってきてるんじゃないかな」
そんな意見も出てくるが、日本のスラッガータイプで通用した者はほとんどいない。
上杉は完全に、肉体もメンタルも、MLBで通用するとは思う。
だが本人に全く、日本から出て行く気がないのである。
スターズの中心選手であり、むしろ大黒柱と言ったほうがいい。
上杉がいなくなれば、スターズは崩壊する。
おそらくそれを、上杉は分かってしまっている。
もちろん日本大好きの上杉というのも、本心ではあるのだろう。
だからこそあの才能で、国際試合を無双してくれるのは気持ちがいい。
そんな話をしていると、自然と出てくる名前が一つ。
「佐藤さんはどうなんすか」
「怪物の方の佐藤? 妖怪の方の佐藤?」
「多分妖怪の方の佐藤です」
「あれは……どうなんだろうな」
今年のオールスター、パのチームにはあまり、直史と親しい者は出ていない。
強いて言うならば、悟であろうか。
「スピードの絶対値がないから通用しない、とか言ってるバカいますよね?」
「いるな。あいつワールドカップの時、球速140km/h程度でパーフェクトリリーフしてただろ」
「最優秀救援投手でしたからね。あれ見て、自分でもピッチャーが出来るかもしれないって思ったやつ多いでしょうね」
「どんだけ球種あるんだって話ですけど」
パのチームは交流戦も終わったため、次にあの脅威と当たるのは、日本シリーズとなる。
おそらく今年のパの優勝は、ジャガースかマリンズであろうと言われている。
だが今年のセはレックスとライガースが強すぎて、どちらが来ても勝てそうにない。
交流戦レックスは、17勝1敗という圧倒的な記録を残した。
ライガースも圧倒的であったが、レックスほどではない。
その強さの理由は投手陣の厚さ。
特に先発はスーパーエース級がそろっていて、リリーフ陣も勝ちパターンが決まっている。
それにフェニックス戦でやったような、直史をリリーフとして使うこと。
あれをやられてしまえば、先制点を許した時点で、ほぼ逆転は不可能になるのではないか。
ジャガースは去年こそ、主力のFA放出などで、Bクラスに終わった。
だが今年になってからはまた、強力なチームとして再生している。
監督が変わっても、フロント陣が変わっても、球団のコンセプトが変わらない。
あるいはコンセプトが、全ての層に浸透している。
これがジャガースの強さの秘密であるだろう。
コンコルズから移籍した実城は、やはり強いはずの福岡コンコルズの、最近の不調についても、球団から出て初めて分かった。
コンコルズは三軍まで作り、育成環境には力を入れている。
だがここのところはその競争が激化しすぎて、与えられるチャンスが少なくなっているのだ。
与えられるチャンスは、下に落ちればまた違うチャンスとして与えられる。
だが上での緊張感に、慣れる暇がない。
二軍でしっかりと技術的には出来上がっていると判断したら、一軍でもじっくりと微調整の必要がある。
そこですぐに結果を出してこそプロと言えるのかもしれないが、才能にはそうすぐには発揮されないものもあるのだ。
セのチームを相手にして、パの選手たちはいいイメージを持てない。
だが交流戦でも見た、タイタンズの惨状はひどかった。
あのチームは基本的に、外面はいいのである。
だがそうやって取り繕っている裏側は、政治も絡んでひどいことになっている。
かつて完全にワンマンオーナーの意向が働いていた時は、ひどいことを言われながらも、チームの意思決定は一本化されていた。
だがその枷がなくなったことによって、球団の内部が分裂しているらしい。
その中でも最も分かりやすいのは、やはり人事である。
編成にしてもスカウトや編成の人間の影響が、チームにとって必要な選手ではなく、スカウトが取れる選手へと変わってしまう。
監督とオーナーの間で話があっても、それが編成を通していなかったりする。
一番ひどいのは、FAなどで取る選手と、外国人選手の扱いであろうか。
首脳陣も監督の指揮下で一本化していないため、選手起用で揉めてしまっている。
かつては球界の盟主とも言われ、不滅の記録も打ち立てた球団が、どうしてこうも弱くなってしまったのか。
もちろん今までにも、最下位やBクラスになったことはあるが、それがここまで続くのは珍しい。
スターズ、ライガース、レックスと負け続けて、最近はフェニックスにも負けている。
ただし選手個人の成績を見れば、スター選手はちゃんといるのだ。
パ・リーグの選手にとって、タイタンズの状況などは、本来どうでもいいものである。
だがこの選手たちが子供の頃、タイタンズはずっと、最も人気のある球団であったのだ。
もちろんそれぞれの地元に、ファンの多い球団はああった。
だが全国的に人気のあるチームは、やはりタイタンズとライガースであったのだ。
ここにその絶対的な実力でもって、パのコンコルズとジャガースが入ったものである。
もっとも一番地元で愛されている球団は、間違いなくカップスであるが。
そもそもタイタンズの行方など、オールスターに出る選手などは、あまり考えてはいない。
かつてはFA権を取って、タイタンズで大型契約を結ぶのが、選手としての上がりであった時代もあった。
しかしその後のタイタンズは、FAで獲得した人気選手の放出もあり、どうも方針が一貫していない。
特に既に主砲がいるにも関わらず、ちょっと調子が悪くなっただけで、次の選手を取りにいく。
それは本多も愛想を尽かすというものである。
その中では生え抜きで、これまでポスティングの匂いもさせていなかった井口だが、彼も今年で海外FAの権利が発生する。
過去には七年目に、複数年契約で頷いた井口であるが、それが今年で切れる。
球団はもっと心配して、去年あたりにでももっといい契約を出して、井口の引止めにかかるべきであったのだ。
だがタイタンズには驕りがある。
人気球団であるタイタンズとしては、選手にそこま譲歩する必要などないだろう、という考えだ。
あまりにも傲慢であるとしか言いようがない。
人気球団が人気球団でいられるのは、なぜだろうか。
それはやはり、スター選手のプレイが見られるからだ。
スターズが上杉一人の人気で盛り返したのとは違って、タイタンズには親の代からのファンというものがある。
ライガースにもそういうものはあって、だからなかなか人気が落ちないというものだ。
しかしプロスポーツは、あくまで興行なのだ。
生え抜きの選手がどんどんと出て行く状況で、まだ人気を維持している。
しかし最下位を経験したら、そこからはどうなるであろうか。
ライガースは、最下位に慣れている。
それこそ20世紀には、最下位でなければ良かった、などという時代もあったのだ。
しかしタイタンズにはそれは許されない。
勝つことで得られる人気というのは、必ずあるはずなのだ。
オールスター明けから、パではまたチームの状態が変わっていく。
そのうちにセ・リーグの状況などは、あまり考えられなくもなっていくであろう。
日本シリーズに勝ち進んでくるのは、ほぼ間違いなくレックスかライガースのどちらか。
タイタンズの選手などを調べることに、価値があると見出すような人間は、ごく限られていた。
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