第11話 至高と究極の合体

 オールスターが近づいている。

 五割を超えていた大介の打率も、七月に入ってようやく四割台に低下。

 それでも累計ではまだ五割近くと、本当に人間なのか疑う者は後を絶たない。

「フォアボールの数が多すぎて嫌になる」

 そう言っている大介は、自分で叩き出した打点よりも、誰かに帰してもらった得点の方が多くなる。


 二打席しか勝負してもらえない試合も多いが、そこで一本はヒットを打つ。

 これまで一度も獲得できていなかったタイトル、最多安打。

 案外年齢を重ねて衰えれば、飛距離が出なくなって取れるのかも、と思わないでもない。

 とにかく多く勝負してもらわなければ、ヒットを打てないのだ。

 毎年ずっと続いている、被四死球記録。

 故障して離脱のあった五年目などは、打ったヒットの数より、四死球の数の方が多かったのだ。


 ゾーンから外れた球でも、打てると思えば打っていかなければいけない。

 さもないと打点がつかないのが、大介の悩みである。

 まともに勝負すれば、ポンポンとホームランを打たれる。

 外に外しても、内に当てる気で投げても、バットで当てられるならほとんど一緒。

 統計的にデータを出していると、内角のベルトあたりという、当てやすい場所が一番長打は少ない。

 ただそんなところをピンポイントで狙えるピッチャーは、そうそういないものである。


 87試合を消化した時点で、48ホームラン。

 このままであればおそらく、70本に到達する。

 たった一人で、バッティングの限界を引き上げてしまった男。

 大介は普通に、オールスターのショートとして一番人気となっている。




 セ・リーグで一番熱いポジションは、当然ながらピッチャーである。

 本当ならば今年の成績からして、直史がぶっちぎりの一位で選ばれなければおかしい。

 だが実際のところは上杉と僅差である。

 それはレックスファンが、兄弟のどちらに票を入れるかで、迷っているからとも言われる。

 どちらにしろ票が分かれて、総計では大介が一位に選ばれたりするわけである。


 何はともあれ、セ・リーグの選手の投票は決まった。


 投 佐藤直(27)大京

 投 豊田(27)大京

 投 鴨池(28)大京

 捕 樋口(27)大京

 一 西郷(28)大阪

 二 明石(26)神奈川

 三 初柴(28)広島

 遊 白石(27)大阪

 外 井口(27)巨神

 外 浅野(30)大京

 外 西園(29)神奈川

 

 あとはこれをどういう打順で使うかであるが、それははっきり言ってどうでもいい。

 人気投票などで選ばれたポジションだと、外野などはどうしても打てる外野がそろってしまって、守備的な外野が少なくなる。

 そこで監督選抜によって、守れるタイプの外野が集められるわけだ。

 ライガースから選ばれたのは、大介と西郷の他に、毛利が監督選抜で選ばれている。

 ピッチャーは先発、中継ぎ、抑えと、全てレックスの選手が選ばれているのが極まっている。

 他には上杉、真田、阿部、峠、本多あたりが入っていて、レックスの投手はさらに武史、金原、佐竹などが入っているのだが、リリーフ陣を完全に無視してはいないだろうか。

 セットアッパーやクローザーをやれるピッチャーが、峠ぐらいしかいない。

 真田や佐竹などは、器用にこなせるかもしれないが。特に真田は対左の最終兵器だ。


 またパ・リーグの選手もポジション別に決まった。


 投 蓮池(23)埼玉

 投 毒島(20)埼玉

 投 木場(30)千葉

 捕 山下(33)北海道

 一 大山(27)東北

 二 咲坂(33)埼玉

 三 後藤(26)北海道

 遊 水上(24)埼玉

 外 実城(28)東北

 外 谷 (27)神戸

 外 蘇芳(28)千葉


 こうして年齢を出して見てみると、いわゆる上杉世代からの数年が、人材のピークであったように思える。

 29歳から26歳までが圧倒的に多い。

 ただし監督選抜などを加えると、もっと年齢層は散らばる。

 それでもほとんどのスタープレイヤーが30歳以下である今は、NPBのレベルが最も高くなっているのかもしれない。


 セではフェニックス、パではコンコルズの選手が一人もいないが、実城は元はコンコルズだ。

 結局福岡では花開かずトレードされ、東北ファルコンズで遅咲きの才能となったわけだ。

 しかし育成には定評のあるコンコルズではダメで、ファルコンズでは才能を発揮したというのは、不思議な話だ。

 正直なところ誰もが、高校時代の怪物が、プロの世界では挫折したと思ったものだ。

 西郷があの年、大学進学を決めたため、高卒のスラッガーとしては一番の注目を集めた。

 そのプレッシャーが悪かったのかもしれない。




 今年のオールスターは甲子園と埼玉ドームの二箇所で行われる。

 先にドームであり、次に甲子園。

 大介と同じチームで甲子園というのは、なんだか昔を思い出す。

 だがまずはドームにて第一戦。

 さらにその前にはフレッシュオールスターというものがある。


 レックスの二軍寮からも何人か出ている。

 たとえば小此木はイースタンでかなり打って、打率0.308にホームラン2本、打点16となかなかの活躍である。

 小此木がこれだけ打てるのには、理由がある。

 直史が室内練習場で投げる時、バッターボックスに入ってもらうことが多いのだ。


 速球に対応するのは、ある程度マシンでどうにかなる。

 だが変化球、特にプロのレベルとなると、決め球と言えるほどの球種を、どのピッチャーも持っていてもおかしくない。

 そういう場合に直史の変化球を見ていると、対応がしやすいというわけだ。

 さらに言えば直史は、ストレートのギアチェンジも小此木に見せてくれる。

 これでレベルが上がらないはずがないのだ。


 小此木は内野も外野も守れるが、やはり内野のセカンドが適応するだろうか。

 内野守備の中でも二遊間は、かなりのセンスがいるポジションだ。

 この二遊間はファーストやサードに比べると、バッティングに劣る選手がいることも珍しくない。

 実際にパワーヒッターはファーストかサード、もしくは外野の両翼であることが珍しくない。


 小此木は技術で打つタイプだ。

 そしてフットワークの軽さから考えて、セカンドがいいと思う。

 緒方のショートと並んで、二遊間で打てるバッターがいると、打線の厚みが増す。

 今年はチームが順調すぎて使えないかもしれないが、そもそも高卒野手が一年目から使い物になるなど、珍しいことなのだ。

 来年にでも一軍のスタメンを手に入れれば充分だろう。




 やってきたのは埼玉ドーム。

 普段はアウェイであるが、元々レックスはジャガースと同じ関東の球団だ。

 それにレックスの寮は埼玉にあるため、直史はここに足を運んだこともある。

 試合の前に、直史は大介に頼まれた。

 ホームランダービーにおいて、バッティングピッチャーをやってほしいというものである。


 普通ならライガースのピッチャーも参加している以上、そちらから選ぶものである。

 だがこの二人の関係からすると、それもあってもいいものか、と観客は納得する。

 そもそも、今年一発も打たれていない直史が、ホームランダービーのピッチャーをするという贅沢。

 大介はこれまでずっと、この記録でトップを走ってきた。

 だが直史が投げてくれれば、全自動ホームランマシーンになることが出来る。

 もちろん直史が断れば別であるが、そこは断らないのが直史である。


 競争に勝ち残った選手が、二日目に行われる決勝で対決する。

 だがこの年は、誰がどう見ても、大介の圧勝であった。

 直史は、ホームランを打たれていない。

 しかしやろうと思えば、ホームランしか打たせないことも出来る。

 大介の打球がライト方向に、ポンポンと全て放り込まれていく。

 それは機械的であり、最初から決まっていたような、運命的なホームランの連打であった。

 投げられた球が全て、ライナー性の打球でスタンドを直撃する。

 19本のホームランを打って、大介は決勝に進出。

 そしてそこでも二位にトリプルスコアをつけて、勝利したのであった。


 なおこのホームランダービーには、ここまでの時点で16本を打っている樋口も参加していた。

 全体的に見れば、樋口のホームラン数は、ベスト10にも入らない。

 だが直史に投げてもらったこの競争においては、9本ものホームランを叩き込んで、勝ち上がったりもしたのである。




 オールスターはその特徴からして、各チームの主砲が選ばれてしまうことも珍しくない。

 すると普段はクリーンナップを打っていても、他の打順で打つ姿が見られたりする。

 そしてスタメンの打順を見たとき、パの先発ピッチャーである蓮池は、心の底からげんなりした。

 一番ショート白石。

 一番やべーバッターが、一番バッターであるのだ。


 今年で五年目となる蓮池は、大阪光陰のピッチャー、あるいはバッターとして、甲子園で活躍した。

 一年生ながら主力となり、全国制覇を果たしたこともある。

 ピッチャーとしてもバッターとしても強力で、この10年ほどの間では最も、どちらの才能も備えた選手であったろう。

 現在ではパのチームでは、最高のピッチャーではとも言われている。

 そしてタイトルも毎年のように取っているが、沢村賞には届かない。

 セ・リーグにやばすぎるピッチャーがそろっているからだ。


 二年前の日本シリーズでは、ジャガースの主力の一人として、大介と対戦した。

 しかしプレイオフには性能が五割り増しになる大介には、ホームランを打たれている。

 一番いい球であっても、ゾーンに投げたら打たれてしまう。

 それが蓮池の大介に対する認識である。


 交流戦やプレイオフでは、対戦を避ける選択肢もある。

 だがオールスターでそんなことをしてしまえば、空気がしらけるのは分かっている。

 なのでここは真っ向勝負。

 江夏や上杉が記録した九連続三振に、自分も挑戦するべきだ。


 そう思って投げた150km/h台後半のツーシームを、あっさりとスタンドに運ばれた。

 バックスクリーン直撃弾は、そのままグラウンドにまで戻ってきたのであった。




 先発部門で一位となった直史は、この第一戦の先発も任されている。

 お祭り騒ぎだ。年俸には関係ない。

 そしてさすがにこの相手に対しては、三振を並べていくのは無理だな、と感じているのが直史である。それは正しい。


 大介が一点を取ってくれたが、オールスターのピッチャーは最高でも三イニングまでしか投げないわけだから、自分が何をしたところで、勝敗を決定付けることは出来ない。

 上杉や武史のように、確実にストレートで三振を取れるわけではないピッチャーが、直史なのだ。

 負けてもいい試合だ、というのは分かっている。

 だがファン投票で一位を取ってしまった以上、あまり無様なピッチングは見せられない。 

 そしてお祭り騒ぎであるからこそ、自分の任されたイニングは完璧に抑えたい。


 まずは三番までか。

 一番バッターには、普段はジャガースで三番を打っている悟が入っている。

 この一番は織田がいるころは、独占されていた。

 MLBでもスタメンでしっかりと頑張っているわけだから、やはりさすがと言うべきか。


 悟は直史にとっても、高校の後輩であり、在学期間は重ならなかったものの、多少の交流はあった。

 悟の代から始まった、白富東のスポーツ推薦。

 その悟の姿を見て、これはいい選手になるなと判断した直史であった。

 そしてその予想は正しく、悟は五季連続で甲子園に出場し、11本のホームランを打った。

 プロ入りしてからも毎年30本以上のホームランをうって、トリプルスリーを記録している。


 大介がいなければ、おそらく最も5ツールプレイヤーに近いと言えるだろう。

 その成長した悟を相手に、直史は最大限の力で抑えにかかる。

 交流戦ではむしろ蓮池との投げあいが注目されたが、悟を抑えるのもそれなりに大変であったのだ。

 だが今もまた、樋口と組んで対戦することになっている。


 カーブから入って、スルーを見せて、最後にはストレートで内野フライを打たせる。

 計算どおりのコンビネーションで、まずは一人をアウトにした。

 続く二番打者は、またしてもジャガースの選手である咲坂。

 過去にトリプルスリーを、こちらも達成している。


 シンカーを二種類使って、ツーシームで似たような変化を見せて、それからストレート。

 これを打ち損なって、キャッチャーフライでツーアウト。

 三振は取れないが、ヒットは打たせない。

 それを意識する直史の前に立ちふさがる三番打者は、東北ファルコンズで四番をつかんだ実城である。


 ワールドカップ以前、関東大会の時代から、直史は実城と戦ってきた。

 初対決の時は、なんとか延長までは持ち込んだものの、そこで体力切れとなって敗北。

 春の関東大会では勝ったものの、甲子園での対決はなかった。


 その後はワールドカップで四番を打っていたわけだが、プロ入り後は本当になかなか芽が出ず、トレードで移籍することとなった。

 だが育成の評価の高い福岡ではなく、東北で花開いたのは、本当に良く分からないことである。

 この実城に対しても、カーブを使った後のストレートでファーストフライ。

 西郷がキャッチして、スリーアウトチェンジである。


 華々しい奪三振ショーなどは、上杉に任せておけばいい。

 だが直史は三人を内野フライでしとめて、好調を見せ付けるのであった。

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