第10話 ホームランの神様

 さすがに失速しないとおかしいぞ、と言われていた六月。

 大介の成績は、全く失速せず、むしろ加速した。

 簡単に言ってしまえばこの六月、打率が五割を超えた。

 出塁率は七割に近く、34本のヒットのうち、13本がホームラン。

 四月からの合計で見れば、78試合を消化した時点で、ホームランの数が44本である。


 六月にこれだけ記録が伸びた原因と理由は単純である。

 レックスとスターズと対戦していないからだ。

 そしてパの日本シリーズに進出する可能性のあるチームは、大介の状態を体感する必要があった。

 そしてそのために、ボコボコに打たれたのである。


 やはりSSコンビは、たとえ敵味方に分かれていても、同時に存在しないといけないのだ。

 ここまで完全に抑えられていようと、リミッターを外した大介のバッティングは、他のピッチャーでは対応できない。

 そして歩かせるつもりのボール球ですら、打てばヒットにしてしまう。

 どのみち歩かせると、そこから走ってくるのだが。

 ホームランを打たれるよりは、実質ツーベースの方がマシという考えなのだろう。


 六月の最終日、78試合を消化した時点での成績。

 打率0.473 出塁率0.633 OPS1.814

 安打112 打点110 ホームラン44 盗塁57 四死球98 三振12

 この時点で打者六冠のうち、ずっと取れていなかった最多安打も、一位である。


 これが本気なのか、と野球を辞めたくなるピッチャーもバッターも多かった。

 だがこんな大介であっても、上杉が相手だと一打点しか記録していない。

 そして武史相手にはそこそこヒットは打てているが、打点につながっていない。

 打つべきときに打たなければ、それはチームの四番ではない。

 今では三番であるが、大介の役割はずっと、四番のものである。




 最近のプロ野球の話題は、もちろん大介の記録も注目されているが、近畿圏以外ではやはり、レックスの連勝記録が取りざたされている。

 過去の歴史としては、戦後とさえ言ってもいい前世紀に達成された、18連勝の記録。

 六月の終わった時点でレックスは、14連勝をしていた。

 そして対戦相手はカップスの後にフェニックス。

 今年レックスはカップス相手には無敗であり、フェニックス相手にも圧倒的に優勢な結果を残している。

 唯一負け越しているのがライガースであり、順調にいけばフェニックス相手の18連勝目には、直史の登板が回ってくる。


 さすがに緊張しているのかな、と大介は考えたりするが、どうもレックスの選手たちは最高にハイって感じにもならず、冷静さを保っているらしい。

(あのバッテリーの影響だろうな)

 大介にとっては直史の相棒は、やはりジンであった印象が強い。

 高校入学時点の直史は、かなりピッチングのコンビネーションについても、独学の要素が強かった。

 そんな直史の背中を押したのが、ジンだったと思う。

 直史の高校野球はあの春、勇名館との試合から始まったと思うのだ。


 大介の高校野球で最初の挫折は、上杉によるものだ。

 確かにわずか一打席ながら、全くてが届かない距離のピッチングだった。

 プロに入った今でも、やはり高校時代の三年間が、自分が一番伸びた時期だと感じる。

 そしてそれは直史も同じだと思うのだ。


 その直史の力を、最大限に発揮させているのが樋口だ。

 大介から見ると、確かにキャッチャーとして、選手としての能力は樋口の方が比べ物にならないぐらい優れている。

 だが樋口はその能力はありながらも、キャプテンはしていなかった。

 ワールドカップにWBCと、オールスターも含めて同じチームになったこともあるが、基本的には冷徹で合理的なのだ。

 ジンのように高校野球で食っていく、という情熱を感じたことはない。


 今はあの二人は、日本の中でも最も合理的で、計算高いバッテリーと言えるだろう。

 だが、さらに高いステージに、あの二人の組み合わせで行くことは出来るのだろうか。

(つってもその二人からまず打たないことには、どうにもならないんだけどな)

 大介は直史はおろか、レックス全体に抑え込まれている。

 ホームランも打っているが、樋口から盗塁するのは、相当に難しい。

 プレイオフでの対決となれば、特に勝率の高い四人でローテを回してくるだろう。

 クライマックスシリーズのファイナルステージで当たるとしたら、レックスは三勝すれば良くなる。

 六試合のうちで三勝、中四日で直史が投げてきたとして、その他の試合で勝てるかどうか。

 かなり微妙だろうな、と大介は判断している。




 七月に入って最初の三連戦、ライガースの対戦相手はスターズである。

 ただこのローテに、上杉は入っていない。

 直史の入った今季、ほんのわずかにではあるが、上杉の調子は落ちている。

 特にあの直史との投げあいで、さすがに少し休んだ後も、わずかに数字を落としているのだ。


 スターズは上杉のチームだと、誰もが思っている。

 チームの中心が上杉なのではなく、上杉がチームの核、何者とも代え難い存在と言える。

 直史との対決では、実のところかなり消耗したのではないか。

 そうは思ってもここまで、上杉と三度対決して、一点しか取れていないのがライガースであるが。


 NPBを頂点として、今まさに日本の野球界全体が変わろうとしている。

 上杉と大介の対決から始まった化学反応に、直史という最後の劇物がぶち込まれた。

 あるいはニトログリセリンだの黒色火薬だので勝負しているところに、核兵器が出現したとでも言うべきか。

 直史が記録を作り続けている間、大介も止まらない。

 エゴイスティックに、ただ目の前の球を打っていく。

 すると自然と、成績が残っていくのだ。


 真田が投げながらも、スターズも投手陣の頑張りで、ライガースは今季初めての引き分けを記録する。

 だが二戦目と三戦目は、また大介が打っていく。

 二度も敬遠にあいながらも、そこからホームランを一本。

 三戦目にも一本を放り込み、その速度は衰えない。


 ホームラン数46本。

 ここでまだしも、100試合ほど経過していたのなら分かる。それでも早すぎるペースだが。

 だが大介は二試合に一本以上のペースで、ホームランを量産している。

 下手に歩かせても、四番の西郷がツーランホームランを打つだけ。

 五番のグラントや六番の黒田も、三塁にまでランナーが進んでいれば、タッチアップの外野フライぐらい打つことは出来る。


 殴り合いになったら、負けることもある。

 だがそれでも大介は止まらない。

 全国的に見れば、その注目は直史やレックスの記録へ注目しているところも多い。

 だが近畿圏内であれば、大介が最も恐ろしい。


 日本のホームラン記録は、大介自身の69本。

 だがこの調子であれば70本どころか、世界記録の73本すら超えてしまいそうだ。

 日本のペナントレースは143試合で、MLBの160試合よりもはるかに少ないのに。

 打率も四割を切る様子がなく、打点もさらに更新する可能性が高い。

 四年目と六年目の大介は確かにすごかった。

 だが九年目のこれが、間違いなくキャリアハイだ。




 MLBのスカウトというのは、主に中南米を巡っている。

 メジャーリーガーの高年俸というのは、世界的に見てもそうそうはいない。

 大介は今年、年俸が13億にまで上がってしまっている。

 だがその金額ですら、MLBであれば珍しくない数字なのだ。


 日本は特に、良いピッチャーを輩出する国として有名だ。

 MLBには日本の二倍以上のチームがあり、多くの球場が存在する。

 その中には、日本人ピッチャー以外は、誰もノーヒットノーランを成しとげていない球場が存在したりする。

 他にもサイ・ヤング賞レベルの成績を残しているピッチャーに、日本人はいる。

 野手に比べれば投手の方が、MLBでは活躍する可能性が高い。


 だがそんなスカウトたちが、大介のバッティングには魅了されている。

 ハイスクールからプロ入りし、MLBのルーキーリーグなどはないため、いきなり一軍の試合で成績を残した。

 MLBにも新人王とホームラン王を同時に取った選手はいるが、それは新人資格があった二年目の話。

 大介は完全に一年目から主力として、59本のホームランを打った。


 MLBにおいても59本というのは、ドーピング時代を除けば、ほとんどない数字である。

 そこからさらに数字を伸ばして、MLBでも前時代の野球しかなかった頃の、四割打者として君臨。

 三冠王を毎年のように取っていった。

 さらに8シーズンが終わった時点で、もう500本塁打500盗塁を達成。

 日本の野手のバッティング記録を、ほぼ全て塗り替えつつある。


 NPBとMLBでは、そもそものリーグのレベルが違う、とは言えない。

 大介と上杉を別にしても、MLBでは柳本や東条といったピッチャー、また織田やアレクなどがバッターとして活躍している。

 MLBが主催しているWBCで、ここのところ日本が圧倒的に優勝しているのも、トップクラスのメジャーリーガーが出ていないから、と言い訳するのも苦しくなってきている。

 大介を獲得できないか、とは複数の球団が動いている。

 ただポスティングをするつもりならば、去年やその前にしているはずなのだ。

 それをしていないということは、積極的にMLBに来る気がない。

 もはやそれは、挑戦ですらない。


 MLBには170km/hのストレートを投げるピッチャーはいないし、他にも今すぐMLBに連れて行きたいピッチャーやバッターがいる。

 大介はとにかく強いピッチャーと戦いたいのだ。

 柳本や東条の向こうでの活躍を見る限り、MLBのピッチャーがそれほど高いレベルにあるとは思えない。

 確かに身体能力お化けはいるが、それは単純にフィジカルのパフォーマンスを見せるだけ。

 ベースボールと野球には違いがある。




 白石大介はMLBに来る気がないのだろうか、と大介の身近なところから探っていく者もいる。

 大介としては、別に数年ぐらいなら行ってもいい、とは思っている。

 上杉レベルのピッチャーがいないステージで戦って、記録を作りまくってもいいな、と思っているのだ。

 だが直史がやってきた。

 戦うべきピッチャーがいるというのに、今からMLBに行く価値を認めない。

 そんなに戦いたいなら、MLBのトップレベルの選手を、WBCやプレミアに出してくればいいのだ。

 ただMLBは日程が過密であるため、選手たちはレギュラーシーズンとプレイオフで、くたくたになっているというのも分かる。

 だから上杉と自分がいる限りは、まず日本は国際試合には負けないだろうと思っている。


 レックスのフロントにいながらも、実は色々なところでつながっているセイバーは、もしもMLBに渡るなら今だな、と考えている。

 各種成績が過去最高であり、年俸も高い。

 年齢的にも28歳からの加入となれば、大介ならば打てると思う。

 ショートというポジションは、MLBではそれこそ身体能力お化けがこなしているが、大介のそれは各球団の名手に劣るものではない。

 売りつけるなら今である。

 だが大介にその気がないというのが、一番の問題であるが。


 取らぬ狸の皮算用。

 セイバーはもし大介がMLBの舞台に立つなら、どれぐらいの年俸が適正か考える。

 最初の二年ぐらいは、その実力を証明するために必要であろう。

 二年契約の3600万ドルぐらい。日本での年俸を考えれば、それぐらいは妥当である。

 そして三年目からが、本当の実力評価となる。


 実際のところMLBのチームには、若い選手を安く使って、高額年俸の選手は放出するというチームがある。

 それでもそれなりの結果は残せるのだが、いくらシステムがそうなっているとしても、年俸の安さに不満を持つ者はいる。

 以前に比べると、年俸と実力は、まだしも比例するようなシステムになってきたが、それでもただベテランというだけで、年俸が高くなってしまう傾向はある。

 大介の性格的に、複数年契約は合わない。

 それに毎年更新していくなら、成績がそのままちゃんと査定される。

 年間4000万ドルから、5000万ドル。

 トップレベルの選手を、さらに上回る金額での契約が見えてくる。


 ただ、どれだけいい条件を出したとしても、大介が優先するのは、強い対戦相手である。

 直史の場合はもしも大介がMLBに行った場合、一年遅れで入って来いという条件をつけてあるが、上杉などは国外に出るつもりがない。

 上杉はあまりにも、日本人的すぎる。

 その精神性はそれこそ、アメリカ人の考える侍に近いものだ。

 上杉も上杉で、ピッチャーの年俸の最高額を超えそうなのだが。

 平気で中五日で投げる上杉は、本来他のどのピッチャーよりも、MLBには向いているのだ。




 甲子園に戻ってきて、今度はカップスとの三連戦。

 だが大介はまたも、この日は集中出来ていなかった。

 以前の直史と上杉の対決ほどではないが、今日は直史がフェニックス相手に先発する。

 そしてもしレックスが勝てば、日本タイ記録である、18連勝となる。

 そこからあと一つ勝てば、記録は更新だ。

 直史ならやるだろうな、と大介は考えている。

 しかし出来ることなら、直接その試合を見てみたいものだ。


 プロになって気づいた、野球好きのジレンマ。

 それは他の球団の熱戦を、生中継で見ることが出来ない。

 日本シリーズを楽しんで見るためには、それまでに敗北していなければいけない。

 その点では先発のピッチャーだけは別であるが。


 直史なら、やるだろう。

 直史なら、連投して連勝してもおかしくない。

 実際に三年夏の甲子園は、そういった試合であったので。

 二日間で24イニングを投げて無失点。

 そんな無茶苦茶なことを、プロの世界でもやってしまうのが、直史だと思っていた。

 そしてそれは、おおよそ正しいと証明されてきている。


 どうせ記録が達成されたら、またあちこちが騒がしくなるのだろう。

 そう思いながらも、今日も元気にバットを振る大介であった。

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