第9話 爆発

 大介の爆発が止まらない。

 神戸オーシャンウェーブとの試合では、三試合で六度も歩かされたものの、そこから盗塁数を伸ばしてきた。

 さらにわずかに勝負してきた打席では、確実に長打を狙っていく。

 三試合で、わずか七打数なのにホームランは二本。

 交流戦はここまで九勝三敗。

 レックスがそれ以上の成績を残しているが、それこそ本当に異常なのである。


 交流戦五つ目のカードは、東北ファルコンズ。

 そしてここで大介は、淳と対決することになる。


 第一戦でもホームランを打った大介であるが、淳との対戦成績は、あまり良くはない。

 日本シリーズにも出てきていないので、交流戦で対戦するか、オープン戦で対戦するのみである。

 まだ淳はオールスターにも出ていないので、本当に限られた数打席だが、ホームランを打てていない。 

 いや、10打席も勝負していないのに、相性もくそもないのかもしれないが。


 左のアンダースローのボールの軌道は、NPBにおいても淳だけのものだ。

 このオンリーワンの武器を使って、普段はナチュラルな変化球で凡打を狙う。

 そしてピンチになればストレートの速度を上げるのだが、これがかなり打ちにくい。

 大介も引きつけて鋭く打つのを心がけて、ようやく確実にヒットを打てるというものだ。


 ただしこのピッチングはあくまでも軟投型のピッチング。

 強力なバッターを打ち取ることがある反面、さほどバッティングに優れていないバッターでも、当てにいくことはそこそこ出来る。

 よって案外ランナーは出るし、フォームの動きが大きいため、盗塁はしにくい。

 淳がサウスポーでなければ。


 サウスポーから盗塁はしにくいというのは、本当なのかどうか。

 確かに牽制球がすぐに投げられるという点では、ピッチャーにとってはサウスポーというのは有利であるし、サウスポーからは走りにくいとはっきりデータも出ている。

 アンダースローのフォームと球速で、盗塁のしやすさはわずかに上がる。

 しかしそれがサウスポーであるとそもそも牽制で刺されやすい。

 このあたりから淳は、総合力の高いピッチャーになっているのである。




 対するライガースは、イニングイーター大原が先発。

 実は淳と大原は、ある部分が似ている。

 それはある程度の失点はしてしまうという点だ。


 大原は体力に任せて長いイニングを投げ、負けていてもそこから味方が逆転するまで投げることが出来る。

 淳はある程度打たせるピッチングであるため、大量点は取られないが完封も少ない。

 肩への負担が少なく、長いイニングを投げられるというところも、似ているだろう。

 アンダースローは下半身が疲れるのだ。


 今の淳にとっては、スラッガーが多いというだけではなく、どこからも打ってくるライガースは相性が悪い。

 軟投派に技巧派の混じっているスタイルからすると、大振りしてくる打線はかなりのカモであるのだが、大介以外にも西郷は三割40本を打っていて、その打球のスピードは、パワーだけで内野を抜けていくのだ。

 ただ出塁率で勝負するタイプのバッター相手なら、むしろ危険である。

 淳の投げるボールは軌道が特殊なだけに、審判が誤審をしてくる可能性が高いのだ。

 ボール球をストライクと判定されたり、ストライクをボールと判定されたり。

 今日の場合はストライクが多くなっている。


 大介はこの試合、上手く合わせてヒットを打ち、打点も稼いだ。

 しかしながらファルコンズ打線が、それ以上に点を取る。

 ランナーを出してもなかなか失点をしない淳は、このチャンスに最後まで完投した。

 6-3でファルコンズが勝利。

 しかしこれでも交流戦全体で見れば、ライガースは圧倒的に勝ち越している。


 


 第三戦は、エース真田が投入された。

 おそらく交流戦の優勝はレックスになるだろうが、それでも出来るだけゲーム差は縮めていかないといけない。

 大介はもう、完全に勝負を避けられている。

 それなのにランナーさえいれば、ボール球でも打ってしまう。


 そもそも真田が投げるので、それほどの圧倒的な得点は必要ない。

 だが大量の点差をつければ、早めに真田をリリーフにつなげることが出来る。

 今年はとにかく、レックスのピッチャーの数字が良すぎる。

 ライガースの猛獣打線相手でも、完封してしまうピッチャーが二人。

 監督の金剛寺はこのレックスの防御率を、難しい顔で見ている。

 ペナントレースを制するには何が必要なのか、もしくは下克上狙いをしていくのがいいのか。


 過去二年、ライガースはクライマックスシリーズで、下克上でレックスを倒して、日本シリーズに進出した。

 そして二連覇を果たして、今年はもちろん三連覇を狙っている。

 だがレックスは武史に加えてもう一人、ライガースの打線を抑え込んでしまえるピッチャーを手に入れた。

 リーグ優勝をしていれば三勝すれば、日本シリーズに進める。

 こちらが真田に投げさせても、12回を無失点で抑えられれば、一位で進出しているチームは事実上の一勝。

 この安定感を崩すのは難しいとしても、どうにか攻略法は考えていかないといけない。


 この第三戦も勝負を避けられまくった大介であるが、足を使って相手ピッチャーを翻弄。

 二回ホームベースを踏んで、勝利に貢献した。

 真田も一失点の完投勝利で、今季は早くも10勝目。

 キャリアハイの19勝を上回るペースなのだが、上杉が10勝1敗、直史と武史が10勝0敗と、ピッチャーの数字がバグってしまっている。

 上杉さえいなければ、と言っている間はまだ平和であったのだ。

 

 レックスは他にも、金原が10勝1敗、佐竹が9勝1敗と、完全にピッチャー陣がバグってしまっている。

 ピッチャーが強力であるということは、それだけ短期決戦にも強いということ。

 佐藤兄弟が完投する数を増やしてリリーフを休ませ、そのリリーフをしっかり使って金原と佐竹が勝ち星を伸ばす。

 途中復帰の吉村の勝ち星も望めるため、その制圧力は尋常ではなくなっている。

 これをライガースの蹂躙力でどう粉砕するかが、今年の流れかと金剛寺は見えてきた。




 かくして交流戦は終わった。

 ライガースの成績は全球団に勝ち越し、14勝4敗。

 普通ならばこれで充分に優勝であるのだが、レックスの安定感はさらにその上を行く。

 奇跡じみた勝率によって、レックスは交流戦優勝。

 そして二位のライガースとの間に、3.5ゲーム差をつけたのであった。


 改めてここまでのライガースの成績を見れば、勝率は0.702と、圧倒的に優勝してもおかしくない数字を叩き出している。

 だがレックスの勝率は0.797と、とてもプロ野球の数字とは思えない勝率を誇っている。

 上杉は別としても、この二チームの投手陣を見れば、その強さの秘密は分かる。

 レックスは

 直史 11勝0敗

 武史 10勝0敗

 金原 11勝1敗

 佐竹 10勝1敗

 古沢  8勝3敗

 吉村  4勝1敗

 今年は八人が先発として投げているが、四者の数字がすさまじすぎるのだ。

 古沢の数字さえも、一年を通して投げて、これぐらいで終われば御の字である。


 これだけしっかりと勝ち星がつくのは、もちろん先発ピッチャーの力もあるが、リリーフが打たれていないことも示す。

 豊田が18ホールド3セーブ、利根が13ホールド、何より鴨池が32登板で28セーブ。

 鴨池には無理をさせてはいないはずだ。

 だが三点以内の点差の試合で、この七回から九回までのピッチャーたちが逆転負けをくらったのは、利根が一度だけなのである。

 先発の勝利がつくのは、ホールドとセーブが多くないといけない。

 勝ったまま七回に突入すれば、ほぼ負けないことを示している。


 これだけリリーフ陣が結果を残せているのは、連投などがそれなりに少ないこともある。

 直史と武史が19完投もしているため、そこでリリーフ陣は休めるのだ。

 そして直史は、完投がイコール完封となっている。

 いまだに防御率0の記録は更新中である。

 102イニングと三分の一を投げて、自責点は0で、そもそも失点が0と、記録のどこかがバグっているのかと、何人もが計算をしなおす。

 間違ってはいない。直史は延長まで完投した試合も含めて、一試合も失点していないのだから。


 対するライガースも、悪いわけではない。

 先発だけを見ても、阿部が8勝2敗、真田が10勝2敗、山田が7勝3敗と、しっかりと貯金を作っている。

 キャッチャーの差なのかと思っても、去年までのレックスは、さすがにここまでの勝率は誇っていなかった。

 直史が一人入っただけで、ここまでチームが変わったのだ。


 要因的に考えるならば、直史が完投勝利を続けているので、その分リリーフが休める。

 リリーフが休んでいるため、他の先発のピッチャーは球数を見て、リリーフに無理なくつないでいける。

 そのリリーフに疲労がたまっていないので、しっかりと抑えることが出来る。

 一人のピッチャーの存在が、ここまでチームを変えてしまったのだ。




 今年は交流戦の予備日のため、四日間の休みがあるライガースである。

 もっともレックスの方は雨天順延が一度あったため、そこで一日を消費する。

 六月中には共にあと二試合、リーグ戦が行われる。

 そこで何をしようと、レックスとライガースの順位は逆転しない。


 これはいったい、どうしたらいいのか。

 そもそもどうにかする方法があるのか。

 しかし直接対決だけを見れば、実はライガースが5勝4敗で勝ち越している。

 金原と佐竹に一つだけの黒星をつけたのが、ライガースなのである。

 ただし直史と武史には、阿部と真田と大原をぶつけて負けている。

 佐藤兄弟からは、今年はまだ一点も取れていないのがライガースなのだ。


 主砲である大介は、武史に対して六打数三安打と悪い数字ではない。

 だがそれが得点につながっていないのは、他のバッターを封じられているからだ。

 そして一度だけあった直史との対決では、三打席を封じたれた。

 もしもプレイオフに進んでも、この二人をどうにかしない限り、ライガースは日本シリーズに進めない。


 攻略すべきは佐藤兄弟もそうであるが、おそらくはそれ以上に樋口である。

 レックスのピッチングコーチやバッテリーコーチには、そこまでピッチャーをコントロールすることは出来ていなかった。

 明らかに樋口が入ってから、ピッチャーの数字が良化している。

 直史と武史はまだしも、金原と佐竹はもう少し、数字が色々と悪くてもおかしくはない。

 たとえば金原は防御率が1.98と、完全にスーパーエースクラスの数字だ。

 佐竹も2.34とかなり良い数字だがそれでもここまで勝ちがつくものか。

 ただこの防御率を見ても、武史は0.18で直史は0と、完全に頭のおかしな数字にはなっている。


 試合の状況を見て、ピッチャーにどういう球を要求するか、考えているキャッチャーが優秀なのだ。

「真田の方が佐竹と金原より数字はいいはずなんだが……」

 休み中も首脳陣は、これまでのシーズンのデータを見て、休み明けからの対戦を考えていかないといけない。

 全体はともかくバッテリーに関しては、島本に任せているのが金剛寺である。


 島本も任されて、確かに色々と考えてはいる。

「樋口になってから、防御率が一点以上下がったからな」

 眉間に皺を寄せて考える島本は、最近少し老眼が入ってきた。


 チーム全体の防御率を見るなら、レックスが2.27でライガースが3.02と、ライガースの方も充分すぎると言えるほど低い。

 なお得点力で言うなら、ライガースの方がレックスよりも、0.7点ほども高い。

 ピッチャーと守備のレックスに、打撃のライガース。

 だがライガースもピッチャーが悪いわけではないし、レックスも打てないわけではない。

 とにかく直史と上杉が異常値を出していて、準異常値とも言える武史がいるため、この数字になっているのだ。


 誰かが怪我でもしない限りは、この無茶苦茶な偏りはなくならないのではないか。

 島本はそう考えつつも、ライガースの防御率がここ最近、つまり孝司が正捕手になってから、やや改善していることも発見する。

 防御率はピッチャーの力量を測るためには、一つの指標であるにすぎない。

 これが高くても援護が多ければ、ピッチャーの勝ち星は増えるのだ。

 ただしチーム全体としてみた場合は、防御率は分かりやすい指標になる。

 

 六月が終わって七月に入れば、今度はオールスターがやってくる。

 完全にセ・リーグがパに優位のオールスターであるが、そこにどれだけのピッチャーが呼ばれることか。

 とりあえずキャッチャーは樋口が完全にトップを独走しているが、ピッチャーの方は直史と上杉がツートップである。

 ただ今年は初年度ボーナスにパーフェクトピッチなどがあったため、直史が最後まで票を伸ばしそうだ。

 昨年リーグ戦で二位のチームであるため、金剛寺もセ側のベンチに入ることになる。

 そこで改めて、レックスの選手たちに接することになるだろう。


 ともあれ大事なのは、そのオールスターまでの数試合で、どういう結果を出すかだ。

 わずかな期間ながら選手は調整が出来るため、ここでリフレッシュしてくる者も多い。

 だが中には緊張の糸を切らして、成績を落とす者もいる。

 そしてそれはオールスター期間中でも同じことなのだ。


 二つのチームが歴史に残る数字を叩き出している、この混沌としたシーズン。

 レックスは首位を走っているが、ライガースとの直接対決の結果を見れば、圧倒的な優位でもない。

 先の見えない展開に、両チームの首脳陣は頭を悩ませるのであった。

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