第8話 超高速
ライガースの交流戦二番目のカードは、甲子園における北海道ウォリアーズとの三連戦である。
去年はペナントレースを二位で終えたウォリアーズは、徐々に戦力を整えてきている。
特にタイタンズの戦力外通告を受けたベテランを、格安で手に入れたのが大きかった。
去年はそのまま選手として活躍し、今年は選手としてだけではなく、ベテランの力を見せて若手の選手から頼られている。
ウォリアーズは長らく貧乏球団であったが、それはなぜか。
一軍は北海道であるが、二軍の球場は関東にあることなども、知らない人間にとっては不思議なことだろう。
元々は二軍も含めて東京にあったのだが、様々な経緯を経て一軍が北海道、二軍が千葉ということになっている。
よって二軍から選手が上がると、移動がとても大変である。
二軍のファーム戦を行うためには、関東にいた方がいいという理由もある。
興行収入を得られる一軍戦でもないのに、二軍戦で移動のために金銭を使うのは、合理的ではない。
もっとも貧乏球団であった理由は、そこではなくて本拠地のドーム球場の問題があったからだ。
ウォリアーズは札幌の旧本拠地ドームに、多額のレンタル料を払っていた。
さらに球場内での食事の販売なども、球団の会社で行うことは出来なかった。
そういった事態を打開するために、新たな球場を近くに建設し、そちらに良い条件で移動したというわけである。
それまでは中心選手でも、年俸が高騰すれば放出するしかなかったというウォリアーズであるが、近年はフランチャイズプレイヤーを作りやすくなっている。
そんなウォリアーズに比べると、ライガースは恵まれている。
甲子園を本拠地とするため、レンタルの料金などはかからない。
そもそも長年甲子園を本拠地としているため、ファンの数は多く、そして金払いもそれなりだ。
金銭的な面で言うならば、ウォリアーズよりもはるかに恵まれている。
もっともタニマチとの関係などは、色々な面倒ごとがあったりするのだが。
ここでも大介の打撃は止まらなかった。
第一戦では今季初の、一試合二ホームランを記録した。
意外なことに今年は、一試合で複数のホームランを打ったのは、これが初めてなのだ。
なぜかと言えば単純に、一本打ってしまえば、そこからはとことん逃げられることが多いから。
一戦目を大量点で勝利したライガースは、その勢いのまま二戦目三戦目を戦おうとした。
だが二戦目では大介を上手く避けたため、点の取り合いで勝利。
ライガースの今季最長となる、10連勝をここで止めたのであった。
連勝が止まって、勢いが落ちるかと思ったら、その逆である。
連勝を止められた怒りでもって、第三戦目を戦う。
大介は二打席も敬遠されたが、足でかき回す。
他のバッターが打って得点し、打撃戦を制した。
この三連戦のカードでは、ライガースは合計28得点。
ウォリアーズのピッチャーに、深刻なトラウマを与える。
おかげでこの後のウォリアーズは、しばらく調子が上がらなくなったのであった。
ライガースとしては地元で大量点の景気のいい試合を経て、遠征に入ることになる。
「うちの弱点って大味な試合をしたら、負けてもお客さんが満足しちゃうことだよな」
福岡に向かう新幹線の中で、大介はそんなことを言った。
第一戦の先発である阿部は、苦笑しながらも頷く。
「大介さんのホームラン見たら、それだけで満足しちゃうとこはありますよね」
それはありがたいが、ライガースファンは野次が汚い割りに、根本的には選手を甘やかす傾向にあると思う。
64試合を消化した時点で、大介のホームラン数は順調に伸びて、37本。
このまま怪我さえしなければ、確実に70本を超えてくるだろう。
ただしこの先、上杉や直史と、どれだけ対決するかが、記録達成の鍵となるかもしれない。
福岡に到着すると、体力に余裕のある若手は、盛大に遊ぶために夜の街に出て行く。
もちろんストイックに己を制する者もいるが、基本的にプロ野球選手は、遊ぶことが大好きである。
例外もいるが小さな頃から野球漬けで、高校や大学では朝から晩まで野球。
それが解放されたら、一気にはっちゃけてしまうのも仕方がないだろう。
大介としては楽しく野球をやってきたため、発散するようなものはないのだ。
野球によるプレッシャーは、野球をすることによって解消する。
そんな無茶が利くのが、大介の野球である。
煙草は吸わない。酒は飲まない。
これをシーズン中はずっと続けているのが大介で、若手の後輩を連れて行くときも、そういった店しか選ばない。
本人は肉を食うことに関しては、かなりの執着を見せているが。
ツインズは基本的に、バランスの取れた食事を作ってくれる。
ただ大介の肉体は、いまだに肉を求めるのである。
大介はまだ、自分が衰えた感覚などは、一切感じていない。
だが27歳のシーズンでも、既に自分より年下の者が、実力不足はともかく怪我などで、引退する姿は見てきている。
去年とその前、そして今年も全試合にフルイニング出場はしているが、怪我らしい怪我は一切ない。
怪我をしないように日常習慣からチェックし、少しでも違和感があればメニューを変える。
自分の役割は、優勝をすることだけではない。
優勝も重要であるが、それ以上に記録を作ることだと思っている。
NPBの記録において、唯一の500ホームラン500盗塁。
それだけではなく七度の三冠王。
ホームラン王はプロ入りから八年連続で、その中には118試合にしか出ていない年もあった。
間違いなくあらゆる記録を塗り替える選手であり、怖いのは怪我だけである。
上杉もであるが、もはや記録を塗り替えるのが、義務となってしまっているような存在。
それが大介なのである。
期待がどれだけ大きくても、それに潰されることはない。
マイペースな大介は、ベテラン陣が酒臭い息を吐く中、翌日の練習でも元気一杯である。
フルスイングをすればその打球は、福岡ドームの最上段まで飛んでいく。
もっと飛ばせないものかと考えたりもするが、飛ばしたいという気持ちは自分のエゴなのか。
プロ入りしてから既に、甲子園以外のセの野天型球場では、場外ホームランを打っている。
だが甲子園では、高校時代の金属バットの一発だけだ。
さすがに狙って打っているわけではないが、マリスタでも最上段の看板に当たるところまでは運んだことがある。
場外だろうとポールに当たろうと、ホームランはホームラン。
飛ばせばそれだけピッチャーの心を折るのかもしれないが、バックスクリーン直撃でも、それは充分だろう。
大介がビジョンを破壊するたびに、それは記念品となって売りに出される。もちろん甲子園での話だが。
他の球場でも破壊しまくっているので、内心では売りたがっている球団もあるかもしれない。
パの球団ではそれほど無茶苦茶なホームランを打っていない大介だが、それはあくまでも試合数が少ないからである。
ジャガースの埼玉ドームでは、半野天型のドームであるため、ホームランが球場の外に出て行ったことはあった。
福岡ドームは開閉式の球場であるため、ドームを開いてさえいれば、いつかは場外にまで飛んでしまうのではないか。
そんなことを言われてはいるが、実のところ大介は、飛距離にはこだわっていない。
風の勢いが影響しにくい打球を打っているので、自然と遠くには飛んでいくかもしれないが。
福岡での初戦、大介はまた第一打席からホームラン。
コンコルズは育成から素質型のピッチャーを育てるので、大介の知らないところから、面白いピッチャーが出てきたりする。
今日のピッチャーは球速のMAXこそ150km/hに満たないが、そのホップ成分が高いというピッチャーであった。
そういう回転数の多いボールは、ジャストミートすれば逆に飛びやすいのだ。
今年から一軍で投げ始めた有望なピッチャーを、粉砕してしまう大介である。
五打席も回ってきながら敬遠が一度にフォアボールが一つ。
結局は三打数二安打で、また打点も増やしていく。
チームとしても12点を奪い、阿部は余裕のピッチングでリリーフに任せる。
この点差を逆転することは出来ず、ライガースはまず一勝。
大介はまたホームランを打っていた。
二戦目、この試合は殴り合いになった。
大介はマークされて、ヒットは二本を打ったが、ボール球を無理やりフェアグラウンドに飛ばしたものである。
それでも大介が打ったならら、そのランナーを返そうとライガース打線は動く。
しかしコンコルズも打線陣はかなり再構成が済んでいる。
先発の大原は長いイニングを投げたが、ライガース以上にコンコルズが得点した。
二戦目は落として一勝一敗。
三戦目、ライガースはピッチャーが真田ということもあり、ややバッティングには楽天的でいられる。
そうそう大量点は取られない真田なので、大介も無理な得点を目指さない。
だが無理でないと大介が思う範囲は、普通なら無理だと思われる範囲である。
ホームランを一本打たれた後は、外か下に外した球ばかり。
それを無理に打ってアウトになった大介だが、最後にはちゃんとフォアボールを選んで塁に出た。
もっともそこまでするまでもなく、試合は6-1でライガースが圧勝したのであるが。
一度チーム再建を始めたコンコルズは、確かにまた強くなってきていた。
だがまだ、決定的な強さとまでは言えない。
ライガースはおそらく、この半世紀では一番強いのではないかという体制。
何より打撃力が飛びぬけている。
二勝一敗でまた関西に戻り、次は大阪ドームでの試合となる。
ただここまでに他のチームを見てみれば、レックスが連勝を伸ばしている。
今年八連勝と10連勝を記録していたレックスであるが、今度の連勝は14連勝。
ライガースとのゲーム差はまたどんどんと開いているのだ。
今年のレックスは強すぎるぞ、と思って分析するものがいたら、すぐにその原因は分かるだろう。
チーム防御率が、圧倒的に小さいのだ。
五点以上取られた試合が11回。
ただそれより、無失点で抑えられた試合の数が圧倒的である。
直史、武史、佐竹、金原が先発した試合で、無失点で勝った試合が22試合。
完投力のある四人であるが、それ以上に出している数字がすさまじい。
先発が完投した試合が15試合あり、上杉との引き分けパーフェクトを除いては、14試合で勝利している。
直史と武史は、共に六試合を完封勝利。
兄弟で沢村賞を争う事態が、普通に起こりうると考えられる。
神戸との三連戦までを14連勝したレックスは、完全に覇権を握ったかと思われた。
だがここで伏兵のように、東北ファルコンズとの試合を落としてしまったのであった。
これもまた寮で見ていた直史であるが、ファルコンズは打線の方は、かなりこなれてきたのではないかと思う。
ただピッチャーの枚数が少ない。
淳が先発のローテに入っていることは喜ばしいが、勝ち星を計算できるピッチャーが他にいないのだ。
直史が対決した中で、高校では榊原、大学でも数人のピッチャーが入団しているが、絶対的なエースと言える存在がいない。
またキャッチャーもいまいち固定されていないので、それもまたピッチャーが成績を残しにくい理由であろう。
セ・リーグではフェニックスが地味に成績を伸ばしてきているが、パ・リーグでは他のチームも再建中なのである。
コンコルズもジャガースも、主力の入れ替わりや下からやってきて試す選手が多く、勝敗が安定しない。
おそらくレックスとライガースの二強となっているセと違って、今季は最終盤までもつれこむだろうと思われる。
そしてリーグ優勝が決まっても、日本シリーズまで勝ち進むのがどこかは分からない。
直史が次に投げるのは、アウェイの埼玉ドームにて、ジャガースを相手となる。
ジャガースは若手のピッチャーを中心に、また打線陣も補強がされつつある。
ドラフトで取ってきた選手がしっかりと伸びてきていて、アレクが抜けた後も、その穴を埋めている。
直史の知っている相手としては、白富東の後輩である悟が影響力は強いか。
ジャガースの選手らしく、長打力と走力を兼ね備えている。
トリプルスリータイプの選手を育てようとするジャガースは、かなり贅沢であるが、実際に育ってしまうのである。
レックスは結局、ファルコンズとの試合も二勝一敗で勝ち越した。
続くジャガースとの試合によるが、交流戦優勝も実現性が高くなってくる。
あの日、気まぐれのように投げた、高校の後輩が直史の前に現れる。
プロにおいては先輩として、リーグ有数の好打者として。
それをどうやって封じていくかも、直史にとっては楽しみなものだ。
ここまで10試合に投げて、いまだに敗北なしどころか、失点のない直史。
噂によると海外のブックメーカーでは、最初に失点するのがいつか、という賭けまで行われているらしい。
九勝0敗という圧倒的な数字を残して、直史はジャガースとの試合に挑む。
完封を目指すために、自然とノーヒットノーランやパーフェクトを目指してしまうことまで考えて。
「そういや連続無失点イニング記録、更新してましたね」
「ああ、そんなのもあったか」
小此木に言われて、自分が色々と記録を塗り替えているのを、改めて確認する直史であった。
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