第7話 止まらない獣
レックスとの三連戦を勝ち越しながらも、まだ首位が逆転することはない。
ライガースは次に、上杉の離脱しているスターズとの戦いに入る。
だが上杉が離脱していることで、逆に結束力が高くなっている。
教祖は死ぬことによって信者の結束を固めるとも言われるが、上杉は別に死んではおらず、ただ戻ってきたときに順位を落としていたら情けないという、選手たちの意地が優ったのだろう。
そんなスターズを相手に、負け越したライガース。
一方のレックスは、ライガースに負け越してから逆に、連勝街道を走っている。
スターズとの次に対戦したのはタイタンズ。
ここでライガース打線が、今季最大の爆発。
三試合で22点の猛攻で、完全にタイタンズを粉砕。
そして五月最終日のカップスとの試合も制し、四連勝となった。
首位レックスとの差は2.5ゲーム差。
ただそんな中でも、大介の打撃成績は絶好調である。
直史に抑え込まれて調子を落とすかと思ったら、むしろ逆である。
力のセーブの仕方を忘れたかのように、長打を連発。
勝負を避けられることが多くなったため、さすがに四月に記録した月間17本塁打よりは数字を落とした。
だが打率や長打率、OPSは伸ばしている。
五月は打率0.486 出塁率0.655 OPS1.83
人間をやめているにもほどがあるだろう。
ちなみに日本の月間本塁打記録は18本であるので、大介はまだこれも抜いてはいない。
大介の本当に恐ろしいところは、スランプやバイオリズムの低下がなく、安定して打てることだ。
もっともこの二ヶ月で、ホームラン31本、打点80と、特に打点が危険な領域に入っている。
56試合でこの数字であるのだから、打点が200点をオーバーする可能性が現実的になっている。
どれだけ勝負強いのか、といわざるをえない。
連続試合安打35試合連続の日本記録は、直史によって止められてしまった。
だがそこからまた、二打席しか勝負されなかった試合でも、一本はヒットを打つ。
五月の終了時点で、また20試合連続安打と、直史以外には抑えた者がいない。
もちろんリリーフ陣の中では、抑えた者はいる。
だが一試合を通じて本当に抑えたのが、直史だけであるのだ。
上杉の存在に、武史がレックスに入り、そして直史までもが入団。
これだけ強力なピッチャーが集まれば、普通は他の球団は打撃成績を落とす。
だが大介は逆に、これらのスーパーエース級を想定してしまうのか、信じられない記録をどんどんと出しているのだ。
少しは手加減しないと、もっともっと歩かされる数は増えていくだろう。
だが大介が止まらないのだ。
これまでも核弾頭のような破壊力を持っていた。
だが今はその爆発が、周囲にも伝わって打線全体が爆発している。
平均点だけを出せば、むしろ五月は数字は下がった。
なぜなら上杉や直史などと、当たる試合が多かったからである。
だが弱いピッチャーと当たった場合、その破壊力が猛威を振るう。
特に大きいと思われた要素は、やはり打線に孝司が加わったことだろうか。
ピッチャーからも評価は上々で、それ以上にバッティングの数字が優れている。
キャッチャーでは走れるタイプなので、二番に持ってきてもいいのでは、という声さえ囁かれている。
二番に入っている大江は現在32歳。
まだ衰えが顕著に見えるような年齢ではないが、こういうものは個人差がある。
金剛寺などは40代になってもクリーンナップに相応しい数字を残していたが、これは例外的なものである。
別に特に練習をサボっていなくても、老化の早い体質の人間というのはいるのだ。
まだ首脳陣は踏ん切りがつかないが、観察力に優れた孝司を二番に置くというのは、島本も意外といいかもしれないと思っている。
ルール変更により体格ではなく敏捷性のキャッチャーが増えたので、自分の若い頃とは違う考えでいかなければいけない。
風間を放出し、滝沢は控えとして入っているが、完全に正捕手は孝司に奪われたような形だ。
数字で差がはっきり出ているのは、残酷である。
六月に入ればすぐに、交流戦を迎えることになる。
三連戦の第一線を素直に落としたカップスは、その後も調子が上がらない。
ライガースは第一戦目こそ山田が先発であったが、二戦目と三戦目はやや落ちる裏ローテなのだが、それでもライガースの打線がそれを援護する。
三角トレードによって、ライガースが手放したのは、直前になって飛田よりもさらに実績のある琴山となった。
実績と実働年齢と、ライガースにとってはやや痛い放出ではあった。
先発の飛田は一回にいきなり先制の援護点をもらったので、気楽に投げることが出来る。
中継ぎとしての経験が長いが、先発としての実績もそれなりに残している飛田。
だが基本的にはロングリリーフで使うことが多く、セットアッパーとしても微妙な成績を残している。
チームに対する貢献度は、そのイニング数を見れば確かに高く、年俸も3000万を超えている。
それでも首脳陣は、先発にもう一枚使えるピッチャーがほしいのだ。
この試合、大介は五打席回ってきたが、二度は敬遠された。
ランナーが二人いてツーアウトの二三塁だったりすると、100%敬遠されると言ってもいい。
上杉ならば敬遠しないだろうが、上杉ならば大介の前にランナーをためるピッチングをしない。
残りの三打席は全てジャストミートして、ソロホームランとタイムリー一本。
アウトになった打球も、ライナー性の打球がライトのグラブに突き刺さったものであった。
「この時期に32本目か……」
首脳陣も呆れるが、特にバッティング関連のコーチ陣は頭を抱えるしかない。
彼らは大介に対して、何も指導も助言も出来ていないからだ。
大介の九年目、これが終われば海外FA権が発生する。
去年の年俸更改などでは、複数年契約を打診したと聞いている。
だが大介はいつも通り、一年ずつの成績に集中したいと、それを断っているのだ。
ハングリー精神とはまた違う、安心したくないという精神。
結果的に七年目も八年もも、やや成績は低下した。
大介のキャリアハイは、四年目か六年目。
だが去年の六月以降の成績を見ると、今年がそのキャリアハイを行進するかとも思われた。
四年目は打点とホームランの記録を更新し、自己最多の盗塁も記録した。
OPSが一番高かったのがこの年である。
六年目は打率とホームランの記録を更新した。
特にホームランは、神の70本台へあと一本であった。
七年目と八年目は、打者五冠を取りながらも、この六年目よりは成績を落としている。
さすがにこれで完成形だろうと思ったら、この九年目でさらなる成長を遂げている。
打率、打点、ホームラン。
この三つを同時に更新したとしたら、いったいどうなることなのか。
ただしフォアボールや敬遠の数もかなり多く、そこは四番の西郷の力に頼ることが大きい。
ライガースの猛獣打線は、孝司が入ったことで完成したと言えるのかもしれない。
先頭打者の毛利と、守備職人の石井以外は、全員が二桁ホームランを打っていく打線なので。
ちなみに毛利も二桁近くは打てるので、石井以外のところでは、ピッチャーが休めなくなっている。
六月に入り、いよいよ交流戦が始まる。
ライガースの初戦三連戦は、アウェイでのマリンズとの対決となる。
だがことライガースにとっては、特に大介にとっては、マリスタは敵地ではない。
夏の高校野球、千葉県大会の決勝などは、このスタジアムにおいて行われた。
そしてそこでも大介は散々にホームランを打っているため、地元の人気が凄いのである。
個人的にも大介は、風の向きでホームランが出にくくなるというこの球場を、嫌いではない。
大介の打球はライナーの軌道を描いて、マリスタのスタンドに突き刺さるからだ。
これが昼間だったら、もっと嬉しいのにな、と思う大介である。
高校時代、甲子園を目指して試合をして、その中で一番大きかった球場が、このマリスタなのだ。
プロ入りしてからも交流戦では、大きな声援を受ける。
関東に来ればたびたび、ダースベイダーのテーマが聞こえてくる。
特にマリスタでは、間違いなくトランペットを吹いてくれる人がいる。
お返しとばかりに、大介はホームランを打っていく。
マリンズは去年、ジャガースのチーム再建期間を狙うかのように、リーグ優勝を果たした。
最も去年はパ・リーグは、ジャガースがクライマックスシリーズに出られなかったり、福岡が復調してきたりと、なかなか読めないシーズンではあった。
日本シリーズに進んできた福岡を粉砕して、ライガースは二連覇を達成。
両方ともリーグ戦では二位からの下克上である。
織田がMLBに行ってしまい、マリンズは普通なら弱くなると思われた。
だがスター選手がいなくなったのに、むしろ強くなったのだ。
正確には周りがもっと弱くなったのではとも言われるが、それでも優勝出来たことは間違いない。
もっともこのシーズンは、ジャガースとコンコルズが、チーム再建を果たしてトップ2を走っている。
マリンズがまた強くなるには、時間がかかるかもしれない。
そして二戦目、ライガースは地元の千葉出身の大原を先発に出す。
大介と同期入団で、同じ千葉県の高校卒業。
山倉が去った今は、一人だけの同期である。
因縁と言うなら大原は、このマリスタで散々に白富東に打ち砕かれていた。
その中にはマリンズで上位を打つ鬼塚もいる。
織田がいなくなったマリンズが、それでも強かった理由の一つ。
毎年、そろそろこの金髪やめたいんですけど、と言う鬼塚は、こちらも既に立派なパパさんである。
娘にデレデレのマイホームヤンキーは、チームをまとめあげるのに役に立つ。
だがそんなチーム力を粉砕するほど、ライガースは圧倒的な打力を誇る。
そして三戦目は真田が先発。
交流戦の結果がほとんどであるのだが、真田はやたらとマリンズと相性がいい。
この試合も散発三安打の完封という結果を残し、ライガースはこれで三タテ。
交流戦前のリーグ戦から数えて、これで九連勝となったのである。
試合後に誘われて、大介は鬼塚のマンションを訪れた。
他には一人、鬼塚からは後輩にあたる孝司も一緒に来ている。
「なんか今年のライガース、鬼みたいに強くありません?」
多少泣きが入っている鬼塚だが、その気持ちは分からないでもない。
ピッチャーは勝率の高いエースクラスが三人もいて、裏ローテも弱くはない。
そして打撃が鬼のように強く、とくにこの連勝が始まって数試合は、五点以上を取っている。
大介は三試合連続のホームランで、既にその数を35本にまで伸ばした。
まだ61試合目で、35本のホームランである。
大介としてもやはり、孝司が入ってから、投手陣が気持ちよく投げているのが分かる。
風間と滝沢の二枚体制では、どうしてもベンチからの指示に頼るところがあったのだ。
孝司はベンチの指示を無視するわけではないが、キャッチャーとして実際にボールを受けている立場から、導き出す最適解が違う。
ピッチャーとしては島本からずっと続くリードのシステムが、孝司となって変わった。
それだけで新鮮味を感じている者もいるのだろう。
そして話題は、今年のレックスの強すぎ問題へと移る。
元々レックスはこの数年、失点の少ないチームとなっていた。
樋口が正捕手となってから、防御率は明らかに改善したし、またピッチャーの起用も上手くいっている。
直史、武史、金原、佐竹の四人が、特に勝率の高いローテである。
特に直史、武史、佐竹の三人は、今年まだ負け星がついていない。
「今年って、セの投手タイトル、えげつないことになりません?」
「まあな」
ライガースも真田がこの時点で八勝二敗と、順調な成績を残している。
だが上杉に直史、そして武史がとんでもないパフォーマンスを発揮している中で、実はハーラーダービーのトップを走っているのは佐竹であったりする。
上杉と武史は怪我で離脱したことがあり、直史も少し間隔を空けた。
その間に佐竹が順調に投げていて、八勝0敗とトップを走っているのだ。
もっとも沢村賞の選考では、直史の方が上をいくだろう。
佐竹はここまで、まだ一度も完投勝利がない。
昨今の先発としては珍しくないのかもしれないが、防御率などでも圧倒的に劣る。
おそらく今年は直史が、勝ち星、勝率、防御率、完封などで沢村賞を取るだろう。
最多奪三振に関しては、上杉と武史の争いになるだろうか。
上杉が離脱してしまったのが、競争者を減らすこととなってしまった。
ただ直史も上杉との対決の後は、ローテを飛ばしていた。
とんでもないピッチャーの潰し合いによって、それぞれのタイトルの候補者が拡散してしまうのだ。
他に話し合ったことは、大介のMLBへの移籍である。
去年の年の瀬も、このあたりのメンバーは集まったのだが、その時は直史の入団が大きな話題の中心となっていた。
今年の大介の打撃成績を見ていると、もう日本でやることといったら、ごく限られたピッチャーとの対決しかないように思える。
「ないな」
大介は明確に否定する。
ずっと望んでいた、強大なピッチャーとの対決。
武史が入って直史が入って、そしておそらく今年で真田が移籍する。
大介を抑えられるピッチャーが出てくれば、それを打ち崩すために大介は、さらに高いパフォーマンスを発揮するだけである。
上杉も直史も、MLBなどには興味がない。
ならば大介も、わざわざ海を渡る必要はない。
よってこの不世出のバッターは、日本にずっととどまることになるわけだ。
MLBに大介が行けば、どういう活躍をするのかを見てみたい気はする。
だが海の向こうには、上杉も直史もいない。
国際試合で無敗の二人がいる、今の日本球界は、確かに過去最高レベルで、ピッチャーの揃った状態にあるのかもしれない。
渡米した東条が活躍していることなどを見ても、それは確かだ。
引退した柳本も、ローテの中では活躍していた。
ただし大介が、バッターとして渡れば、どれだけの活躍を見せてくれるのか。
どうしてもそのあたり、海を渡るほどの踏ん切りがつかない二人は、色々と妄想してしまうのであった。
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