第6話 沸点
この日も試合があるにも関わらず、大介が見ていたのは昨日のレックスとスターズの一戦である。
ついでに買えるだけのスポーツ新聞も買ってもらってきたが、特に見所のある視点で解説しているものはなかった。
参謀役に孝司を従え、真田の他に西郷などと一緒に、クラブハウスで試合を見ている。
交代の時間なども省略せず、映されたベンチの様子も確認する。
特に大事なのは、この二人のピッチャーを、ちゃんとベンチが制御できているかどうかだ。
上杉が故障者リスト入りしたことは、既に知っている。
だがそれほど重い怪我ではなく、肩の炎症が原因であるという。
それに比べると直史は、特にそんな話は出ていない。
少なくとも長期離脱はないのだろう。
二人のピッチングスタイルに、この結果の原因がある。
上杉はほとんどを170km/hオーバーのストレートを投げていた。
普段のような手元で曲がるボールはあまり使わず、完全に力だけでねじ伏せてきた。
いつもと同じように投げても、点は入らなかったろうとも思う。
だがこれは、上杉なりの矜持が関係しているのだろう。
目的に対するアプローチが違う。そもそも目的が違う。
上杉にとってはチームの優勝は使命である。
それならば勝つためには、相手を圧倒し、後々まで影響を残さないといけない。
だが直史は極端に言えば、大介との勝負だけに集中すればいい。
他の試合で、ピッチャーと投げ比べたり、バッターと勝負するのは、ましてリーグ戦を優勝することさえ、派生する目的だ。
だから余裕をもって、対応することが出来る。
ライガースとの対戦には、完全にコンディションを戻しておかないといけない。
ならば上杉との試合も、ほどほどに打たせて完封でよかったではないかと言われるかもしれないが、楽しかったのだ。
楽しかったのだ。上杉との投げあいは。
大学時代は並ぶものなく、高校時代は真田が延長まで投げ続けるも、あれは大介とアレクという打線の主力が左打者であったから。
同じレベルのピッチングというのとは、違うものであろう。
上杉というまったく違うカラーを持つ、それでいて完璧に近い存在。
ピッチングという技術には、まだまだ限界はない。
いつかは人間の能力はさらに進化し、上杉以上のスピードや、直史以上の変化球を身に付ける者もいるだろう。
道のりは果てしない。
だが今、二人はその、整地されていない荒野に道を作っている。
直史も上杉も本気であると、間違いなく言える。
だがタイプの違いによって、ここまで試合が変わるのか。
「大介さんなら、このパーフェクト阻止出来ました?」
「パーフェクトを阻止するだけなら出来たな。つーか俺相手には、こんな楽なピッチングしてこねえぞ」
前回の対戦で、直史には完全に封じられた。
だが大介は、手ごたえを感じている。
上杉は最近は、アベレージを残すようにしている。
その調整が上手くいかず、コロッと負けることもある。先日のライガース戦がそうであった。
ルーキーイヤーや、ライガースにリーグ戦四連覇を許した次の年は、まさに鬼神のごとく投げまくった。
26勝0敗という記録は、永遠に抜かれないのであろう。
完封数は特に多すぎる。
直史は今年がルーキーイヤーだが、上杉とは全く違う。
計算が第一であり、自分の継戦能力を維持したまま、勝利を積み重ねていくことを優先する。
ノーヒットノーランやパーフェクトをしてしまうのは、あくまで完封に最も高い道を進むがゆえ。
点を取られないなら負けないゲームでは、あくまでも点を取られないため。
おそらくシーズン中盤以降は、大量リードした試合などでは、何かしらの実験をして、点を取られることもあるだろう。
それが優勝という結果につながるならば。
この直史と上杉を、自分は打てるだろうか、と大介は考える。
確かに言ったとおり、パーフェクトを阻止するだけなら可能である。
だが試合に勝利するのは難しい。
レックス戦で直史に封じられて、真田も一点を奪われて敗北した。
問題なのは直史が、西郷までを封じた時点で、後は他のピッチャーに任せた点である。
直史はあの後、登板間隔を空けた。
疲労があったのか、それとも上杉にぶつけるつもりであったのか。
レックスは直史以外でも勝率の高いピッチャーはいるが、スターズは上杉が突出している。
つまり上杉で勝ち星が稼げなかった時点で、スターズとしては大損なのだ。
もっともそれはライガースも言える。
エースである真田を投入して、直史に勝つことが出来なかった。
それでもライガースは打撃のチームであるため、他の試合でカバーすることは出来る。
レックスは佐藤兄弟で完全にエースが二枚となっている。
スーパーエースが二枚と増えた。
去年までリーグ戦は、三年連続でレックスが制している。
その戦力の状態で、さらに一枚強力なピッチャーが増えた。
これでレックスは短期決戦を制すための、突破力も手に入れたと言える。
さて今日も試合を頑張るか、と甲子園のグラウンドに出ると、マスコミはぞろぞろと寄ってくる。
そして昨日の試合についてのコメントを求めてくるのだ。
昨日も昨日で、延長に突入したクセに九回で終わったライガースよりも、早く終わった試合についてのコメントを求めてきた。
もっとも表面的な事実だけでは、昨日の時点では何も答えようがなかったのだが。
試合を通して見て、ようやく考えはまとまる。
実は昨日は試合の後と、そして今日の一晩経過してからと、大介は二度も試合のビデオを見ている。
アナウンサーが呆れたように試合の展開を追っていって、解説のはずの江口さんなどが、ほぼ無言になってしまったりもしていた。
大介はあまりに膨大なので追っかけてはいないが、ネットでも様々な有名無名の人間が、昨日の試合については語っていた。
どう思うか、などと尋ねるのは愚問である。
大介なら打てたか、と尋ねるべきなのだ。
「まあなんと言うか、あの二人が投げ合うと、ああなっちゃうのねと言うか」
ライガースは過去に、あそこまで極端ではないものの、似たような試合を経験している。
プレイオフのスターズとの試合である。
大介は入団初年度から、上杉と柳本の、プレイオフでの投げ合いを見ている。
両者共に無失点の投げ合いで、柳本は事実上の一勝となる引き分けを手繰り寄せた。
またその後も真田と上杉の投げ合いで、1-0での勝利などを経験している。
プロではないがさらに過去を考えれば、甲子園の決勝では、真田を相手に直史が、参考パーフェクトの記録を残している。
そういえば今回の試合も、直史は参考パーフェクトであった。
皮肉なものである。プロにおいて二度のパーフェクトを達成したピッチャーは、これまで一人もいなかった。
それが直史も上杉も二度目のパーフェクトピッチングをしながら、お互いがパーフェクトをしていたゆえに、パーフェクトと認められていない。
バッターの記録にはこんなことはない。
やはり野球のピッチャーというのは、特別なものなのである。
大介も実は、ピッチャーの真似事をすれば、150km/h近いスピードは出せる。
だがこれからピッチャーにまで挑戦という、おかしなことは考えたりしない。
ピッチャーというのは本当に、個性的で唯一無二のポジションだ。
サッカーにもゴールキーパーという専門職はあるが、それよりもさらに特殊で、試合を左右するポジションだと思う。
生まれて間もない、まだ立つことさえも出来ない息子のことを思う。
自分の息子の割には最初から大きいなと思ったものだが、やはりキャッチボールぐらいは自分が教えてやるべきだろう。
野球の二世選手は成功しないというが、野球を楽しめる人間には育って欲しい。
どうせやるならピッチャーで、高校ぐらいまでは四番でエースがいいだろう。
そんな遠い未来のことを大介は考えて、実際に昇馬はピッチャーをすることになるのだが、それは本当に遠い未来の話。
昨日はヒットこそ一本打ったものの、チームに貢献できるバッティングをしていなかった大介である。
真田には申し訳なかったが、その分を今日から返していかなければいけない。
考えてみれば真田は前の試合、直史と投げ合って負けているので、二試合連続で直史のせいで負けたとも言える。
セ・リーグにいる限りは、上杉と直史、そして武史の存在によって、ずっとピッチャーのタイトルは取れないかもしれない。
それでも特別表彰などは受けて、既にプロ八年目で100勝はしているのだが。
カップスを相手に、二戦目の先発は山田。
打線の大きな援護に、余裕をもってリリーフへ継投。
大介はホームランも打って、8-2でライガースは圧勝した。
この一点でいいから、昨日の試合にほしかったと思ったのは真田である。
第三戦目は、今年から本格的に先発に転向しているオニール。
この試合は打撃戦になったが、ライガースとカップスでは、打線の破壊力が違う。
リードしているところでリリーフにつないで、そこからはわずか一失点。
9-5でライガースは勝利し、結局はこのカードは二勝一敗。
カップスとしてはライガース打線が集中力を欠いて、エースの真田で落とした試合を、幸運だったと感じるしかない。
カップスは七年連続でBクラスという、暗黒時代に突入している。
特にセットアッパーであった福島が故障してからは、終盤での逆転を許すことが多い。
タイタンズに比べればマシという状況かもしれないが、純粋にチーム力が低いのは、どうにもならないことである。
そしてこの三連戦。
三度目となる、レックスとのカードである。
だがこの三連戦、おそらく直史は投げてこないであろうローテとなっている。
普通ならば中五日で投げてくる可能性もあるが、前の試合が上杉との投手戦。
野球史上最も偉大な投手戦と呼ばれた、参考パーフェクトの試合である。
相手としてはやや物足りないと思うのは、大介が美食に慣れてしまったせいだろう。
完全にローテが回るなら、佐竹、武史、金原というレックスの二番手から四番手のピッチャーが、立ち向かってくるのだ。
ライガースも阿部、大原、真田というローテの予定になっており、中五日の真田には少し負担をかけるが、勝ち越しが望める先発陣を組んである。
打撃陣にも、今度はちゃんと真田を援護しろよ、という圧力がかかっている。
確かにそれは、言われるまでもないことである。
ライガースとレックスでは、チームの総合力ではライガースが上回るはずであったのだ。
しかしペナントレースでは、この三年間連続で、レックスの優勝を許している。
もっともプレイオフでは連続で下克上を起こし、日本一になっている。
しかし今年は、直史がいるのだ。
シーズンで優勝しアドバンテージを持ってプレイオフに臨まないと、おそらくは負ける。
極端に言ってしまえば、今のレックスは上杉が1.5人いるようなものなのだ。
阿部と佐竹の投げあいであったが、大介から見ると現在の完成度では佐竹、将来の伸び代では阿部だと思う。
佐竹は甲子園こそ行けなかったが、水戸学舎が全国区になる前に、しっかりと投球指導を受けていた。
阿部は中学時代は全くの無名、高校も甲子園など目指すチームではなく、それでも評判は大きなものとなった。
150km/hを出す高校生が普通になった現在であるが、160km/hまではさすがにそうそういない。
阿部は試合ではなかったが、高校時代にその160km/hを出していた。
さらにプロに来てから、単に球が速いというピッチャーではなく、一年がかりでピッチャーとして育て、二年目から数字を残し始めた。
一年目はほとんど一軍で投げていなかったため、二年目に新人王の資格があり、そこで新人王を取ったのだ。
不遇から這い上がってきた人間に対して、大介は優しい。
阿部の場合は不遇と言うより、高校生になっていきなり素質が開花したタイプなのだが、完全に素材のまま入ってきた阿部に対して、大介は援護の打撃を惜しまない。
レックスももちろん、この首位攻防の直接対決には、全力を入れてきたのであるが、大介はホームランを含む二打点で強力に援護。
そして試合を決めたのは、代打の山本である。
大介が内心、この人を代打で使うのはもったいないよな、と思っている真田の同期の大卒野手。
ここでもまた打点を加えて、4-3でライガースが三連戦の初戦を制したのであった。
第二戦は、正直に言うと、負けるだろうなと思っていた。
レックスが武史であるのに対し、ライガースは大原。
ピッチャーとしての基本性能が、根本的に違いすぎる。
もちろんライガースも打っていくつもりであるが、樋口のリードがそのスペックを十全に引き出す。
ここでの大原の役目は、勝てないにしても試合を作るということ。
特に長いイニングを投げてくれれば、リリーフを休ませることが出来る。
大原はその登板数に比較して、勝敗のつく試合数が多い。
つまり負けている試合でも、終盤までかなり粘り強く投げてくれるのだ。
そのためローテとしては貴重な投手となり、打線の強いライガースでは、それなりに勝ち星がつく。
チームのエースは真田と山田、そして阿部が次のあたりにくるのだが、大原はローテを回す上で、絶対に必要なピッチャーだ。
なのであまり貯金が出来ていないシーズンがあっても、その評価は高くなる。
打線の強いライガースにあっては、まさにその特徴が適応しているのだ。
結果は、やはり負けた。
完投も出来そうな具合であったが、七回までを投げて四点差ということで、武史相手にその差をひっくり返すのは難しい。
いくら大原がタフでも、投げなくて構わない時は、敗戦処理の投手を回す。
これで一勝一敗で、さて真田に今度は勝ちをつけてやろうと思ったところへ、予告先発は金原ではなく青砥である。
青砥もまた千葉県出身のピッチャーであり、大介は対戦したことがある。
高卒でプロに来るほどの素材かなとは思っていたが、そもそも大田鉄也案件であり、見事に今年はローテを回している。
もっとも真田に比べると、ピッチャーとしての能力の絶対値が違う。
比較的頑張ってはいたものの、五回までに四失点。
そこでリリーフに交代し、ライガースも真田を休ませるために、六回で交代した。
レックスもライガースも、リリーフ陣が上手く機能している。
ここでも大原のイニングイーターとしての働きが大きいのだが、レックスは佐藤兄弟の完投力が高すぎる。
これでリリーフを休ませることが出来るため、万全の状態で使える。
これがこの数年のレックスの、強さの秘密であろう。
結果としては二勝一敗でライガースの勝ち越し。
しかしペナントレースは、まだまだ続いていくのである。
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