132話

 そういえば、あの子供と話している時も同じような気持ちになっていた。俺の言葉に価値はなく、故に助力などになるはずもなく、何を喋っても、空瓶を叩いた時と同じく軽い音を立てるばかりだと。また、仮にこの響がまがり間違って心底に届いてしまった際、俺は責任が取れないと常に恐れていた。俺の発言が二人の人生に影響を与えてしまったらどうしようか。前途有望な子供を堕落の道へと落としてしまうのではないかと心胆を縮ませていたのだった。


 しかし、そんな風に考え過ぎなくともいいのではないかと、ふと思った。急に、本当に何の前触れもなく、秒針が円を描く最中にぱっと浮かんだのだ。何から端を発したのか皆目不明で、もしかしたら単に疲れ切ってしまっただけかもしれないが、俺は、俺の思った事を伝えてしまっていいのだと開き直れた。気が狂れたのかもしれないと疑いもしたが恐らく正常ではある。異常者にも二種類あって、自身の異常性を認識している者としていない者に分かれており、もしかしたら後者に該当するのではという疑念もあったが、会話に関する枷が外れた以外についてはまったく不変であると意識できている。それすら不覚という深刻な具合に陥っていたとすればどうしようもないが、現状では狂いなく正常であると仮定しよう。そうでなくては話が進まない。俺は彼女に、何かしらの気休めを送ってやろうと決心したのだ。






「恐らくではありますが、皆、似たような事を考えているように思います。貴女も俺も、また、貴女に責任を持てと言った親御さんも、自身に責任なく、身勝手だなと感じていると」


「それは、何故でしょうか」


「責任とは誰かが誰かに対して繋げる鎖です。自発的に生じるものではないため、自覚する事は難しいでしょう。故に、責任感とは他者が評価すべき概念であって自評するものではないかと存じます」


「……腑に落ちるような気がします。しかし、繋がれた鎖とはいえ、一度発生してしまった責任は全うすべきではないでしょうか。そうしなければ社会が機能いたしません」


「その通りです。そこで質問なのですが、そちら、親御さんに言われた、長女としての責任を果たせましたか」


「……分かりません」


「では、質問を変えましょう。貴女は、親御さんの求める行動ができていましたか」


「それは……できていたと、思います」



 彼女はフォークの股皿を自らの唇に押し当てて縞模様を作っていた。何か不安に駆られるような、そんな仕草だった。

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