131話

 彼女の怒りを推し量るのは難しかったし知りたいわけでもなかった。向こうが話したいからと言うものだから聞くだけで、それほど興味のある内容でもない。が、これは以前、彼女の弟に過去を披露した俺も似たようなものであるからして、文句を言える立場ではない。



「それでも、ちゃんといいつけを守っていればと勉強に励み、家事も手伝って、私は長子として、親が望む私として生活していったのです。この頃には先程お話ししたような認識の世界を考えるようになっておりまして、心休まる時間がありませんでした」



 そんな状況だから観測だなんだと妙な自己意識を拗らせたのではないのだろうかという気はしたが、知見も何もない憶測だし、本人が一番そう考えているだろうから一々口に出すのはやめておいた。




「でも、私はちっとも親のいう責任なんてものがぴんとこなかったのです。何をやるにしたって全ては私自身のためなんですから責も任もありません。ただ理想の人間を演じて愛してもらおうとしていただけなのです。私は何をするにしたって利己的で我儘で、身勝手な人間なのです」



 彼女の言い分は理解できた。自尊心の低さを他者からの評価で補おうとしたが満足する結果を得られず、ずっと愛を求めていたと、そういう事だろう。

 並べてみると陳腐だし、そう極端に走らなくとも自分は自分ではないかと諭したくなりはするが、彼女はそう思っておらず、それを生涯の中で大変困った難題であると定義しているのだった。故に、簡単に差し出口を挟むものではない。



 けれど、困った事に彼女は、俺に、俺如きに、何か助言を求めている。



 俺の口からこの難題を打開する金言が発せられる事を願っているのだ。自惚れかもしれないが、そう思えて仕方がない。そして、そんな真似が不可能である事を俺が一番よく分かっている。彼女より学もなく、大人としての経験も責任もない俺の言葉が、彼女の役に立つはずがなかった。

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