129話
今ここで立ち上がって、「君と君の弟とは二度と会わないつもりでいるから、そのつもりで」と言ってしまった方が楽かもしれない。水火の要因は彼女と彼との付き合いなのだから、根本的な問題を排斥してしまって、すっかりなかった事にしてしまえばいい。何も考える必要のない実にシンプルな解決法だし、手っ取り早い。一秒で実行に移せ、その一秒後には他人に戻れる。このコーヒーチェーンに訪れなければ二度と会う事もなく、会ったとしても他人であるわけだから気に留める必要もない。縁もゆかりもない人間に対して別段思うところはないだろう。きっと、再び目を合わせても平穏でいられる。
いられるだろうか。平穏で。
俺は彼女と彼に対して特異な感情を抱いている。それを絶縁したからといって急に消滅させる事はできないだろう。何処かで会えば必ず心は動きただではいられない。立ち所に後悔が先立ち、何故あんな真似をしたのかとずっと脳乱してしまって正気が保てなくなる。自ら蒔いた種で苦しみ続けるのだ。最初から一人でいるより、ずっと辛い。
では、このまま理解者面して、浅ましい仲間意識を満たしていればいいのか。まるで識者のようなふりをして、賢者のように語り、思慮深く経験豊富な頼れる相談役の位置に居座り、幅を利かせて大きな顔のままいろと。そんな低俗な、卑しい人間でいろと。それは……あまりに……
拒絶も開き直りもできない。あぁでもないこうでもないと、無益な問答を繰り返す。進展どころか後転もない俺は、人間としての質が低い。
「それで、お話の続きなんですけれど」
自己世界に没入していたところに介入する声があった。それは目の前に座る女のものだった。
「あぁ、はい。すみません。どのようなお話しでしたでしょうか」
物質世界から離れていた俺は離脱の副作用により記憶の混濁と健忘の症状が現れていた。何をどこまで聞いたのか、ちっとも思い出せなかったのだ。
「私は家族から注がれるべき愛情が不足していたのではないか。それと、私の家庭内における立場と責任についてです」
「ありがとう。思い出しました」
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