128話
俺は大人としてこの場から即刻立ち去り、二度と彼、彼女に会わない事が正しいのではないかと、逃げたいという気持ちが強くなっていった。二人の前にいる俺はあまりに不適切な人間で、大人の見本として正しくない。悪戯に皺の数だけ増やしてきた俗物である。それを考えると怖気付いてしまって、責任に押し潰されそうになるのだ。人としての指標にならねばならないという責任に。
情けないもので俺は子供と同等でしかいられなかった。そうとしか思えなかった。そういう付き合い方しか望めなかった。歳を重ねた者としての振る舞いができなかった。俺はずっと子供のままで、何一つ成長していないのだった。それを自覚していながら今日まで二人の好意と寛大な心に甘え、いや、未だ社会を知らない無知に漬け込み、若い時間に混ざろうとしていた。恥ずべき行為だった。逃げ出したいと思いながらも、彼らと一緒にいたいと思ってしまった。惰弱な、あまりに惰弱な思惑だった。
ならば俺はどうする。どうするべきだ。大人として、人間として適切な行動とはどのようなものなのか。立ち去る事は責任からの逃避ではあるが、逆に義務でもあるのではないか。いつまでも子供相手に偉そうな顔をしていい気になっていてはいけないのではないか。潔く立ち去り、「少し知り合ったおじさん」として、少しずつ薄れゆく記憶の中の存在となる方が善いのではないだろうか。俺はどうすべきなのか、どうすればいいのか。どうする、どうする……
「どうなさいますか」
「え」
女の言葉に我に帰り、また、驚く。心を読まれたか、あるいは、知らず知らずの間に口に出していたか。いずれにせよ気が気でなく、どきりとしたまま心音が落ち着かなかった。
しかしそれは、勘違いであったとすぐに分かった。
ケーキ、どうなさいますか。好きな方をお選びください」
「あ、はい」
何も考えずにフルーツが飾られたケーキを選んだ。蜜柑や白葡萄が埋まっている生クリームは、俺の頭の中のように、ずしりと重そうだった。
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