124話

 先程彼女の方から口にされたのは、両親から育まれるべく愛が不足していたという内容だった。


 両親からの愛というと、俺自身もそこまで深く注がれた覚えはない。産声をあげて乳をいただいていた頃はまた別だろうが、物心がついた頃には薄情とさえ思える仕打ちを受けた事もままあった。それでも別段なんとも思わなかったのは、比較対象がいなかったからのように思う。急に弟ができた彼女にしてみれば、これまで一身に受けてきた寵愛が奪われ、「今日から年長者の自覚を持て」といわれたようはものだろう。彼女の家庭については知る由もないが、彼女自身がそのような悲劇があったと認識しているのであれば、それはその通りなのだ。こうした事情については客観性よりも主観性が重要である。


 その、親から与えられなかった愛を、俺は彼女に対して抱いていると言ってしまったわけだが、よくよく考えるとこれは大変な事ではないだろか。そもそも世間体がどうのこうのとのたまっていたくせに、世間から誤解されるような発言をした事に対して今更ながら後悔が走る。俺はなんという迂闊をしでかしたのかという辛酸に思わず吐き気がした。これでは若い女を誑かして食い物にしようとしている俗悪な人間だと思われても致し方なく、申し開きもできない。一般的に愛といえば恋愛を指すものであるから、どれだけ俺が「いや、友愛の情です」と言っても聞きやしないだろう。これに関しては、主観性よりも客観的が重視される。



 とはいえ、俺自身にそんなつもりがないのも確かで、恋慕と一緒くたにされると困る。



 愛していると言った以上、それを覆すわけにはいかないが、やはり、彼女と男女の仲となるのは違う気がする。そのためにも俺が抱いた愛と聖愛の線引きを明確にすべきであり、ふしだらな雑念は一切捨てなければならない。俺は今日より、いよいよ煩悩を捨てて涅槃の境地に至らねばならないだろう。

 

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